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ドラゴン、王都に行く。~小さな料理人、ケイト・プラシェト①~

 王都、シュトラ。

 この大陸で一番大きな都なんだそうだ。

 馬車から見るとわからなかったけれど、歩いてみるとすぐにわかる。

 人が、多い!


「うわぁ、人がたくさんっ!」


 王都には見たことがないくらい、たくさんの人が歩いている。

 男の人、女の人、大人、子ども、おじいさんにおばあさん。

 村生まれ、山育ちのオリビアも目を丸くしている。

 お買い物に行っていた近くの町だって大きいと思っていたけど、桁が違う。フローレンス女学院の入学式だって、たくさん人間が来ていたけれど、レベルが違う。

 今まで見てきた何倍、何十倍、いや何百倍の人、人、人! ボクとオリビアは、すっかり圧倒されてしまう。


「あわぁっ」

「うわわ……」

「パパ、人がいっぱいだよ!」

「お、オリビア、人がいっぱいだね!」

「「あわぁ……」」


 オリビアがぎゅうっとボクの腰に抱きついてくる。

 目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをしているオリビアを抱きしめる。


「オリビア。ぼぼぼ、ボクの手を握って、離しちゃダメだよ」

「うん、うん!」

「こんなところではぐれたら、二度と会えないよ……っ!」


 いや、もしはぐれたって、ボクが絶対に探し出すけどね。

 どうしよう、今日はケイトちゃんの家に泊めてもらえるそうだけど……こんなたくさんの人の中、たどり着けるのだろうか。

 そうだ、いっそドラゴンの姿になって……いや、いやいや、ダメだ。オリビアには、人間の世界で幸せにくらしてもらわなきゃいけない。

 ここでボクがドラゴンの姿になって解決、なんてパワープレイすぎるよね。うん。

 オリビアにはこういう場所でも、すたすた歩けるようになってもらわないと。

 だったら、ボクも人間の姿でこの困難に立ち向かうべきじゃないか!


「オリビア!」

「パパ!」


 ぎゅうっと、さらに強くオリビアを抱きしめて、手を握る。

 オリビア!

 この大変な状況――だけど、ボクが! パパが絶対に守るからねっ!


「……あの、オリビアお姉さま、パパ殿?」

「リュカちゃんも、ボクに掴まって!」

「はぁ、何をしてるのでありまするか……」


 じとぉっとボクたちを冷めた目でみるリュカちゃん。

 まだお城でお仕事があるというエスメラルダさんの代わりに、ボクたちをケイトちゃんの家までの案内役を買って出てくれたんだ。


「だだだって、人がこんなにたくさん……っ!」

「当たり前でございましょう、これがシュトラの中央市場の賑わいでありまする」


 リュカちゃん、ちょと呆れ顔だ。


「どうしよう。オリビア、迷子になっちゃうよぅ」

「ならないでありまするっ」


 リュカちゃんが、オリビアにすっと手をさしのべる。


「ふふん。このリュカ・イオエナミ、エスメラルダ様の弟子になったその日から、シュトラの街にて育ちました。これくらいの雑踏には怯みませぬ」


 えへん、と胸をはっている。

 お日様がリュカちゃんの背後から差し込み、なんだか、とっても頼もしく見える。

 というか、この人、人、人の波の中。

 リュカちゃんは間違いなく、とても頼もしい。


「さぁ、行きまするよ。オリビアお姉さま。パパ殿もっ!」

「リュカちゃん……っ!」

「さぁ、ついてきてくださいませっ!」


 オリビアが、リュカちゃんの手を取る。


「「は、はいっ!」」


 手を引かれて、ボクたちは歩き出す。

 ありがとう、リュカちゃん!


***


 お城のすぐ近くにある、立派なお屋敷。

 ケイトちゃんのお家だ。ケイトちゃんは、わざわざ門の前でボクたちを待っていてくれたようで、ボクらの姿を見るなり――


「おわぁあぁぁあっ!?」


 叫び声をあげた。


「あ、ケイトちゃん。ただいまぁ」


 オリビアが、手を振る……ボクの、背中の上で。


「どどど、どうしたんすか。オリビアのおじさん!」

「いやぁ……結局迷っちゃって」


 そう。

 ボク、結局は街中を歩けるくらいの大きさで、ドラゴンの姿になってしまったのだ。

 途中までは順調だったリュカちゃんの道案内だったのだけれど、途中で人混みの中でうっかりオリビアと繋いでいた手を離してしまったのだ。

 人混みの中、どうしても小さいリュカちゃんは見つからなくて。

 オロオロしている間に、ついにオリビアが泣き出してしまったのだ。

 うん。

 オリビアが泣いちゃったら、もう仕方ないよね。


 ボクは、パパだから。


 何をしたって、オリビアの涙を止めなくちゃいけない。


 ほら、視点が高くなれば、リュカちゃんを見つけやすいし。

 リュカちゃんだって人混みの中でボクたちを見つけられなくても、――さすがにドラゴンだったら見つけられるだろう。

 ということで、中くらいの大きさのドラゴンにならせてもらったわけである。

 王都の人たち、大騒ぎになってしまったけど……ごめんなさい。


「うぅ……別にリュカは迷子になどなっておりなせぬ」

「えへへ、えと……リュカちゃん泣かないで?」

「泣いてなどおーりーまーせーぬーっ!」

「まぁまぁ、リュカちゃんのおかげで無事にケイトちゃんの家につけて良かったよ」


 二人を背中から降ろして、しゅるる……っと縮んで人間の姿に。

 今夜は、ケイトちゃんの家でお泊まり会だ。


 ***


「お邪魔しまーす!」


 ケイトちゃんの家は、とても大きな食堂のあるお屋敷だった。

 こんな大きな食堂があるなら五十人くらい家族がいるのかな、と思ったのだけれど、どうやらお客さんを招いてのお食事会が多いので、食堂だけが大きい造りになっているらしい。


「まぁ、ウチの父は腕利きの宮廷料理人っすからね! 王族の方がいらっしゃったり、外国の偉い人がお忍びでやってきたりするっす」


 そう語るケイトちゃんは、とっても誇らしそうだ。

 学校でも、いつもお父さんの仕事のことを話している。ケイトちゃんも、料理やお菓子作りに熱心だしね。

 応接室で、ケイトちゃんがお茶とお菓子を出してくれる。


「改めて……オリビアちゃん、おかえりっす~」


 お茶からは、とっても爽やかな匂いがする。お菓子はふっくらつやつやのマドレーヌだ。


「えへへ、おいしそう~」

「ケイトちゃん、今日は急にありがとう」

「いえいえ、謁見おつかれっす。女王様直々に謁見なんて、さっすが【王の学徒】っす。友達として鼻が高いっすよ」

「む……っ」


 リュカちゃんがぷぅっと頬を膨らませる。


「もちろん、リュカちゃんもっすよ」

「と、当然でありまするっ」


 つん、とそっぽを向きながらも、マドレーヌをぱくぱくと楽しんでいる。


「この紅茶、いい匂い」


 すんすん、とオリビアが鼻をひくつかせる。カップを大事そうに両手で持っている指先が、とっても愛おしい。


「えへへ、おいしいね♪」

「ふふふ、我が家秘伝の食前茶っす! 紅茶じゃなくて、ハーブティー……レモングラスのお茶っすよ!」

「レモングラス?」


 なんでも、薬草の一種なんだそうだ。


「食欲増進の効果があるっす。本当なら、リモーネチェッロみたいな食前酒をお出しするのが正式なんすけど……オリビアちゃん、まだお子ちゃまっすからね!」


 ケイトちゃんもお子ちゃまだと思うけど……。


「って、食前酒?」

「はいっ!」


 ケイトちゃんは、えっへんと胸を張る。


「ふふふ……今夜は、オリビアちゃんたちは大切なお客様っすからね! プラシェト家の全力のおもてなし、受けていただきますよ~。ビー・アワ・ゲストっす!」


 ケイトちゃんのおもてなしは、素晴らしかった。

 絵本でも見たことがないような、レシピ本にも載っていないような、すごいご馳走が並んでいた。

 鮮やかな緑色のスープに、色とりどりのサラダに、いい匂いのするお魚の丸焼きに、パリパリふわふわのパン、おおきなフルーツケーキ!


「父はお城の晩餐会で不在っすから、本日のディナーはウチが腕によりをかけたっす! 堅苦しいマナーはなしで楽しんでほしいっす!」


「これは、すごいなぁ……っ」


 テーブルいっぱいに並んだご馳走。

 ボクとオリビア、それにリュカちゃんだけでは食べきれないくらいだ。

 それにどれを食べても、とってもおいしい。

 次々に新しい料理が運ばれてきて、目にも楽しい時間だ。


「んん~♪ パパ、おいしいねぇ」


 オリビアも料理を頬張って、ニコニコ顔だ。

 リュカちゃんは、お魚料理が特に気に入ったらしく無言でもぐもぐと食べ続けている。

 ボクは、鮮やかな緑色のスープに感動しきりだった。

 なぜって、このスープ――なんと、冷たいのだ!

 ひんやりと冷たいのに、深い味わいがある。


「すごい、このスープってどうやって作ってるんだろう……っ。冷たいのに、こっくりしてて、深みがあって……っ!」


 キッチンに立つ一人の、いや、一匹のドラゴンとして感動してしまう。

 スープといえば、オリビアの大好物であるミルクスープのように温かいものだと思っていたけれど。


 冷たい。

 おいしい。

 新感覚っ!


 スープに浮かべた細かくてサクサクした粉も、とっても楽しい食感だ。クラッカーだろうか。

 まるっきり初めて食べる、美味しいスープ……っ!


「こちらは緑豆の冷たいポタージュっす。よーく磨り潰した緑豆を、プラシェト家特製のコンソメで伸ばしたものっす。学校で習った【凍てつく風(アイシクル・ウィンド)】でいい感じに冷やしたものっす!」

「へぇぇ、こういうレシピがあるんだね!」


 ボクも色々なレシピ本を読んだつもりだけど、知らなかった。

 うっとりとボクがスープを味わっていると、ケイトちゃんがモジモジと何かを言いたそうにしている。

 それに気づいたオリビアが、


「どうしたの、ケイトちゃん?」


 とたずねる。

 ナイフとフォークを両手に持って、こてんと首をかしげている。もう、本当にかわいいなぁ。


「いやそのぉ~、これは父のレシピじゃないんすよ」

「え?」

「これ、ウチが考えたっす……冷たい、緑豆のポタージュ」

「……」

「……」


 ボクとオリビアは思わず顔を見合わせる。

 リュカちゃんもさっきまでは「す、すごく緑でありまする……」と警戒して口にしていなかった緑豆のポタージュに、おそるおそる口を付けて目をキラキラ輝かせている。


「す、すみませんっす。やっぱり冷たいって変でした? 父が……お父さんが考えないようなことをしてみようって思ったんすけど……」


 ケイトちゃんの言葉に被せるように、ボクとオリビアは叫んだ。


「「すっごーーーい!」」

「……え?」


 オリビアが畳みかける。


「ケイトちゃん、すごい、すごいよ! スープを冷たくするなんて、誰も考えつかないもんっ」

「そ、そうっすかね……!」

「うん、オリビアの言う通りだとボクも思うよ」


 ボクは大きくうなずく。

 これ、創意工夫っていうんだよね。


「そ、っすかね。実は、自分で考えたレシピをお客様にお出しするのって、ウチ初めてで……すごく嬉しいっす」

「本当に、全部すっごくすごーーっくおいしかったよ」

「うん。急にお邪魔することになったのに、こんなにたくさんご馳走を用意してくれるなんて……またご馳走になりたいよ」


 ボクの言葉に、リュカちゃんが慌てたように首をふる。


「わ、わらわも! ……でありまする」


 両手でパンを持ったままのリュカちゃん。

 ケイトちゃんのご馳走が、よっぽど気に入ったみたいだ。


「くふふ。初めてのお客様がオリビアちゃんたちで、よかったっす」


 ほっとしたように笑うケイトちゃんの作ったご馳走を心ゆくまで楽しんで、夜は更けていった。


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