ドラゴンと夏休み
たくさんの冒険と素敵な出会いのあった一学期。
初夏の湖畔で水遊びをしたり、デイジーちゃんのお屋敷の人と仲良くなったり、大きな亀さんであるパオパオさんに出会ったり……初夏はあっという間に過ぎていって、夏が来た。
◆◆◆
夏って最高。
キラキラ輝くお日様が、体をぽかぽか温めてくれる。
ドラゴンだから、やっぱり寒いのは苦手だ。
さんさんと輝く太陽、最高!
オリビアの通うフローレンス女学院は、今日が終業式。春学期が無事に終わって、今日から夏休みなのだ。
どこまでも広がる草原の真ん中、小高い丘の上にあるフローレンス女学院。高い壁に囲まれた校舎をぐるりと囲むお堀の水面が、お日様を反射して眩しい。
普段は上げられていて外と往き来ができないようになっているお堀に架かる橋も、今は降ろされている。
門の外も賑やかだ。
生徒達を故郷の町まで送迎する馬車がたくさん並んでいる。
「ふふふ、オリビアまだかなぁ」
ひさしぶりにドラゴンの姿に戻って、文字通り羽を伸ばしている。
熱いくらいのお日様の光で翼を温めて、草の匂いのする風にタテガミをそよそよさせる。
小さいサイズになるのもお手の物だし、ニンゲンの姿になるのも良いけど……やっぱり疲れてしまう。元の姿が一番だ。
大きな校門が開いて、生徒達がわぁっと賑やかにはしゃぎながら歩いてくる。
「パパ!」
「オリビア!」
眩しい日差しの中を、名門フローレンス女学院の夏服姿のオリビアが駆けてくる。
草原の瑞々しい緑色に、キラキラのお日様に、オリビアの輝く笑顔!
ボクは心のガン=レフのシャッターをパシャッと切った。
か、かわいい!
「えへへ~。パパ、おっきい!」
走ってきた勢いそのままに、ぽふん、とボクの前足にしがみついてくるオリビア。ボクはお空を仰いだ。今日もボクの娘がこんなにかわいい……っ!
「パパ?」
「なんでもないよ、オリビア……」
上目遣いでボクを見上げるオリビアが、胸がきゅうっと締め付けられるくらいに……かわいいだけなので……。
落ち着け、ボク。
「うわぁあぁ!?」
「地震か!?」
「避けろ避けろ~」
周りのニンゲン……じゃなかった、人間たちがなんだか騒がしいな。
「あっ!」
まずい、オリビアのあまりのかわいさに耐えかねて、思わず尻尾で地面をバンバン叩いていた。
ちょっとひび割れてしまった地面を、そっとしっぽでならして隠す。
お馬さんたち、驚かせてごめんね。
ひとまず証拠隠滅をして、ふぅっと一息ついていると、
「あう……ドン引きなんじゃが……」
じぃっとボクを見上げる満月色の目。
黒い髪に、羊さんみたいな角。ほっぺたはぷくぷくとしている。
「魔王さん!」
魔王のマレーディアさん。
ボクたちのお家として、お城を貸してくれている。人間でいう、えーと、そう、大家さんだ。
今はオリビアと一緒にフローレンス女学院で生活していて、個性的に改造した制服なので、学院のどこにいても目立っている。
「ごめん、気をつけます……」
「いや、推しのかわいさにジタバタする気持ちはわかるのじゃが~」
「マレーディア様、日焼けしてしまいますよ。どうぞ日傘をっ!」
「気が利くのぅ、クラウリア!」
魔王さんにすかさず日傘を差しだしたのは、魔族の騎士クラウリアさん。魔王さんの側近で、オリビアの頼れるお姉さんでもある。
最近気がついたんだけど、クラウリアさんは魔王さんにとっても甘い。
「さぁ、ドリンクも用意しています。スイカジュースとグレープフルーツジュースどちらがいいですか、我が麗しき魔王マレーディア様!」
「あう。我、トロピカルジュースの気分なんじゃが~」
「そ、それは失礼しましたっ! すぐに用意しますので!」
……っていう具合だ。
でも、二人でいると楽しそうだし、それはそれでいいんだけど。
「あれ?」
ボクはあたりを見回す。
「リュカちゃんは?」
「あう、リュカならまだ教室じゃな」
「はい。リュカさん、近頃はお友達も増えて……終業式の後、みなさん別れるのが惜しいらしく教室でご歓談されています」
「えへへ、一年生ってみんなそうなんだね。オリビアもだったよ」
「あぁ、そういえばオリビアも一年生の夏休みはデイジーちゃんをうちに連れてきたよね。お泊まり会!」
オリビアが初めてお友達を家に連れてきたのが、ちょうど去年の夏休みのことだった。あれは嬉しかったなぁ。
「あの様子じゃと、しばらく出てこないじゃろうな~。成績表の見せ合いっことかしておったし」
「マレーディアお姉ちゃん、羨ましいの?」
「あうっ!? そ、そんなわけあるか。我だってあの人の子らとそこそこ仲いいし? 友達たくさんで羨ましいとか思ってないし~っ!」
ボクたちは思った。
魔王さん、羨ましいんだな……と。
「……じゃあ、リュカちゃんが来るまで待とうね」
「うんっ! リュカちゃんも一緒に過ごせるなんて、楽しみだね」
「そうだね、オリビア」
フローレンス女学院の二年生になったオリビアの、後輩。
東の国からやってきた新入生のリュカちゃんは、竜の血を引く竜人族の女の子だ。水の魔力を自在に操る、人間にしてはとっても強い女の子……なんだけれど、魔物さんたちを引きつけてしまうやっかいな体質をしている。
しかも、お家の事情で体内に持っている強い魔力を持った宝物、【七天秘宝】のひとつのせいで、悪い人に狙われやすい。
そんな事情もあって、ボクや魔王さんがフローレンス女学院の守衛さんになることになったんだ。
この夏休みも、リュカちゃんはボクらの家で一緒に過ごすことになっている。保護者のエスメラルダさんが、ちょっと忙しいんだって。
エスメラルダさん、ずいぶん落ち込んでいたみたい。すごくリュカちゃんのこと可愛がってるもんなぁ……。リュカちゃんのことを追いかけて、春学期には何度も学校に忍び込んでいたし。
そんなことを思い出していると、聞き慣れた声。
「オリビアちゃん、それじゃあまた二学期にね!」
「デイジーちゃん、またね~」
「オリビアのおじさまも、また!」
「またねぇ~」
「わ、オリビアのおじさん、今日は大きいですね」
「……ぅ」
オリビアのクラスメイトたちが、それぞれの送迎馬車に乗り込んでいくところだった。
デイジーちゃん、イリアちゃん、ルビーちゃん、ケイトちゃんにレナちゃん。一学年に六人しかいない特待生クラス、通称【ゼロ組】――オリビアの五人のクラスメイトだ。
みんな仲良しで、見ているこっちが楽しくなってしまう。この間も、テストの打ち上げでお茶会をしたんだけど、楽しかったなぁ……オリビアがテスト中にうっかり校舎の壁を壊しちゃったり、今まで発見されてなかった古代魔術っていうのを発見しちゃったり、色々あったけど……とりあえず、無事に春学期が終わってよかった!
「あう……っていうか、なんで我らこんな暑い中で、わざわざ半日かけて家に帰るのじゃ?」
「え?」
「オリビアの引き出しの【悪魔の小径】使えば秒で帰れるじゃろ! じゃろっ!」
あーつーいー、と駄々をこねる魔王さんをクラウリアさんがパタパタと扇いであげている。
「せっかくいいお天気だし、みんなで飛んで帰った方が気分がいいと思って……オリビアも久しぶりにボクの背中に乗りたがってたし」
たしかに、オリビアが住んでいる寮の引き出しには、ボクらの家の食器棚直通にある【悪魔の小径】という魔法の道が開いている。
おかげでボクたちがお家から学校に毎日通って、フローレンス女学院の守衛さんをやっているんだけど……でも、今日は終業式だ。
子どもの成長には、節目をきちんと過ごすことが大切って『四季折々の子育て手帳』っていう、やたらと素敵な挿絵が多い育児書に書いてあった。
それに。
夏の青空の中、びゅんびゅん風を切って飛ぶのはとっても気持ちいいんだ。
「なんじゃそれーっ!」
「マレーディア様、暴れると余計に暑いですよ」
「ぐぅ正論!」
「マレーディアお姉ちゃん、暑いならオリビアが冷やしてあげるね」
「あう?」
「凍てつく風!」
「はわっ!?」
「あぶない、マレーディア様っ!」
オリビアが手をかざした途端に、ピキンと高い音をたてて魔王さんの角が凍った。クラウリアさんが咄嗟に引っぱっていなかったら、顔面が凍っていたかもしれない。
「あうぅう! あっぶなぁ!?」
「あれ? こ、凍っちゃった?」
「オリビアってば、我のこと氷漬けにする趣味とかあった!?」
「ご、ごめん……えっと、ちょっと涼しくなる呪文らしいんだけど……」
ショックを受けているオリビア。
……オリビアは、どうやら簡単な呪文であればあるほど、ものすごい威力にしてしまう悪いクセがあるらしい。神域の山でドラゴンに育てられたから、ものすごい魔力を持っているからなのでは……ってことらしい。ご、ごめんよオリビア……ボクのせいで……。
「ご、ごめんね、マレーディアお姉ちゃん……」
「あう~~、そういうきゅるきゅる顔されると許さざるをえないのじゃが~~っ!」
わかる。
その気持ち、すごくわかるよ。魔王さん。
ボクがうんうん、と頷いていると――リュカちゃんの足音が遠くから聞こえてきた。
オリビアよりも少し小さい人影。走るのに合わせて、二つに結んだ髪がぴょんぴょん跳ねている。リュカちゃんだ。
「オリビアお姉さまっ」
「あ、リュカちゃん」
「お待たせをいたしました!」
「大丈夫だよ~、春学期おつかれさま。リュカちゃん」
「な、なんのっ! リュカは疲れてなどおりませぬっ!」
むむ、と頬を膨らませるリュカちゃん。
相変わらずの負けず嫌い……なんだけど、その横で暑さに駄々をこねて同じように頬を膨らませている魔王さんとそっくりな顔になっていて……ボクは思わず吹き出してしまう!
「うひゃっ!?」
「あうぅ~っ!?」
「わわ、ごめんっ!」
直撃を受けた魔王さんとリュカちゃんが吹き飛ばされて転がっていってしまった!
「ま、マレーディア様っ!? も、申し訳ございません、このクラウリアがついておりながら~っ!」
「リュカちゃん、大丈夫?」
オリビアとクラウリアさんが、二人を慌てて助け起こしてくれる。
怪我がなさそうでよかった……久々にこのサイズになっているから、ドラゴンとしての自覚が薄かったかもしれない。
ボク、反省。
涙目になっている魔王さんの服についた土を払って、クラウリアさんがぽんぽんと手を叩く。
「……こほん。さて、気を取り直して帰りましょうか」
「はーい!」
オリビアの元気な返事を合図にして、みんながボクの背中に乗り込んでくる。
さぁ、あとは家に帰るだけだ。
ボクは翼を大きく広げる。夏の瑞々しい空気を翼で掴んで、羽ばたく。
「あう……早く帰って引きこもりたいぃ」
「夏休み中にオリビアお姉さまの強さの秘密を解明しまする……っ!」
「えへへ、夏休み楽しみだね。リュカちゃん!」
「みなさん、帰りましたらフルーツゼリーが冷えていますからね」
「わぁーい!」
背中では、みんなが楽しそうな声をあげている。
さぁ、ボクたちの家に帰ろう!




