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ドラゴン、入学準備をする。

だって、この合格通知はオリビアがニンゲンの世界で、はじめて自分ひとりの力で勝ち取った「成果」だ。


パパとして、嬉しくないわけないじゃないか!

 合格通知。


 ボクはその紙を、何度も何度も見返した。

 オリビアが受験した王立フローレンス女学院の入学試験の合格通知書だ。


 育児書に「名門」とか「狭き門」とか書いてあった学校だ。


 全寮制の学校で、入学には試験に合格する必要があるのだとパンフレットに説明されていた。

 ほとんどニンゲンの社会で育っていないオリビアだから、セキュリティはしっかりしていた方がいいなと思って、その学校を選んだ。門が狭いなら、危ないヤツも入ってこないだろうしね。体の大きいドラゴンとか。



「合格、かあ」



 そんなボクを見つめながら、オリビアはおやつのプディング(ボクの手作り)を嬉しそうに食べている。プディングはオリビアの大好きなラズベリーソースたっぷり。甘酸っぱい果汁が、プディングのパンにしみっしみである。最近のボクの得意料理だ。



「えへへ。オリビア、がんばったかなぁっ」



 オリビアは、褒めて欲しそうな上目遣いでボクを見る。



「うんうん。オリビアは頑張ったんだね……っ!」



 ボクは、オリビアの頭をうんと優しく撫でる。

 オリビアは長く伸びた髪を三つ編みにするようになった。はじめは、クラウリアさんに習った三つ編みをボクがやってあげていた。けれど、オリビアはすぐに自分ひとりで三つ編みができるようになった。やっぱりウチの子は天才だ。



「うふふっ、パパ。髪の毛くしゃくしゃになっちゃうよ~」



 オリビアは、頭を撫でられながら嬉しそうに笑っている。

 ボクは手元にある合格通知を改めて確認して、オリビアの笑顔をもう一度味わう。


 合格。

「えへへ~」

 オリビアの笑顔。


.

.

.


 ボクは嬉しくてたまらない。

 だって、この合格通知はオリビアがニンゲンの世界で、はじめて自分ひとりの力で勝ち取った「成果」だ。パパとして、嬉しくないわけないじゃないか!

 とっても感慨深い。



「オリビアは、入学試験っていうのを合格できるくらいに大きくなったんだなあ」


「うん、簡単だった!」


「へえ。この、ガッカリ試験っていうのは、ニンゲンのお勉強のことだろう」


「パパ、学科試験ね。マレーディアお姉ちゃんのお勉強よりも、ずっと簡単だったよ!」


「そうなのか。魔王さんには感謝だね。この、実戦試験っていうのは?」


「うーん、なんか動くお人形といっしょに遊ぶの。クラウリアお姉ちゃんとの訓練よりも、全然楽ちんだったよ」


「そうだったのか。クラウリアさんにも、よくお礼を言っておかないとね……この、魔力測定っていうのは何だろう?」



 ちなみに、学科試験・実戦試験・魔力測定すべてに「SS評価」と記してある。

 なんだろう、「SS」って。

 合格したくらいだから、悪い評価じゃないんだろうけど。


 オリビアは、ボクに一生懸命、魔力測定の説明をしてくれる。



「えっとね、背の高さとか体重とかを測ったの。あと、なんかパパの洞窟にあった大きい水晶球みたいなのにお手々をつけたらね、虹色にパアァッって光って綺麗だった! たぶん、図書館の本に書いてあった発明品だと思うよ」


「ふぅん、そうなのかぁ」


「みんながね、オリビアの水晶玉を見て『りゅうのみこだー!』って言ってたの」


「りゅうのみこ……って、竜?」


「うんっ。神嶺の古代竜って、パパのことでしょ?」


「ああ、ニンゲンはパパのことをそう呼ぶけど」


「そっかあ」



 オリビアはボクの言葉に、にこにこと微笑んだ。



「古代竜の魔力反応にそっくりだって言われたよ。やっぱり、パパとオリビアは親子なんだねっ」


「へええ、そんなことを言われたのか……!」



 なんでも幼い頃から大きな魔力をもった存在のそばで育つとその魔力が子どもにうつることがあるらしいと、『魔法使いと魔女のための子育て』という育児書に書いてあったのを思い出す。


 オリビアの魔力がボクの魔力に似ているというのは、親子としてずっとそばで生活してきたことの証明みたいなものだ。


 つまり。

 ボクは立派にオリビアのパパなのだ。それを客観的に証明されたみたいで、ボクは誇らしい気持ちになった。


 入学試験、ありがとう!





***





 王立フローレンス女学院。

 その入学の手引き書を見ると、制服のほかに私服や晩餐会用のドレスや細々した道具を買いそろえる必要があるそうだ。


 オリビアは10才になったとはいえ、魔王さんの持ち物の服はまだ大きい。

 入学準備のために、買い物に行く必要があった。



「というわけで、今日は買い物をするよ」


「わーい、わーい、パパとお買い物っ!」



 ボクたちの住んでいる神嶺オリュンピアスの森から近い繁華街、ミランダ。

 たくさんの商店がひしめいていて、行き交う人たちも華やかだ。

 はじめてやってくる都会の街に、オリビアは目を輝かせている。なんにでも興味をもってくれるのは、オリビアのいいところだ。



「あうぅ……なぜ我まで外出しなくてはならんのだぁ」


「ありがとう、魔王さん。やっぱりボクが選ぶよりも、オリビアに年が近い魔王さんのほうが服を選ぶのはいいのかなとおもって」


「年が近いっていっても数百才は離れているけどねっ! っていうか、こないだは我のこと老人と言っていただろう古代竜っ!」


「そ、それは言葉のあやというか……すみませんでした」


「まったく。我が城の外にでるなど、数百年ぶりであるぞ!」



 魔王さんは、家にいるときよりもさらに厚着をしている。

 レンズに色のついた眼鏡をして、長い黒髪から突き出る羊角を隠すようフードを目深にかぶっている。


 ――なんでも、そのほうが安心するのだそうだ。まあ、魔王さん一時期すごい有名人だったしな。ちいちゃいもの達のなかでも、エルフとかは長生きだというし、魔王さんのことを覚えている人もいるのかもしれない。



「おーい!」



 と声がして、クラウリアさんが手を振りながらこちらに歩いてくる。

 魔王さんのリクエストで買いに行ったクレープを片手に歩いてくるクラウリアさんは、とても動きやすそうな格好をしている。袖のない上着に、とても短いズボンだ。

 道行く人たちも、クラウリアさんのすらりとした(たたず)まいをチラチラとうかがっている。やっぱり、鍛えられた身体は格好良いなあ。



「マレーディア様、クレープ買ってきましたよ~」


「あうっ! クラウリア。ちゃんとチョコバナナであろうなっ」


「もちろん。クリームもたっぷりと頼みました」


「うわあ……お、おいしそう……!」



 クレープを受け取った魔王さんは、キラキラと金色の瞳を輝かせている。それを見たオリビアが、ぴょんぴょん跳ねながら魔王さんに、



「いいなっ、オリビアも食べたい!」


「一口だけだからなっ。ほら、あーん」


「あーん!」


「あうぅっ!? 一口が大きいぞ、オリビア~っ!」



 と、クレープを分けて貰っていた。

 微笑ましすぎる!



「魔王さんがオリビアと仲良くしてくれて、嬉しいです」


「マレーディア様も、毎日とても楽しそうで私も安心していますよ」



 まるで、本当の姉妹みたいにじゃれあう二人を見ながら、ボクとクラウリアさんは内緒話をする。まるで学校の保護者同士みたいなやりとりだなあ。学校で、魔王さんと同じくらい仲の良いニンゲンの友達がたくさん出来ると良いなあ。



「よぅし、まずはドレスからだな!」


「マレーディア様。その前に口の端のチョコをふいてくださいねっ」



 何度か街に買い物に来たことがある、というクラウリアさんが先頭。

 ボクたちはオリビアの入学準備のための買い物をはじめた。


 オリビアと手を繋いで街を歩くのは、なんだか誇らしい気持ちだなと思う。

 道行くみなさん、見てください。

 ウチの娘はこんなに可愛いんです!



 ――それからの時間は、なんというか怒濤だった。



「わあぁ、オリビアがドレスを着ているっ!!」


「えへへ。オリビア、ちゃんとお姫さまみたいかな」


「お姫さまそのものだよっ!!」



 ドレスの色で数刻迷った結果、魔王さんのおすすめで全部買うことにした。

 ボクが寝床にしていた(ほこら)からいくつか拾ってきた金の粒は、なんでもドレスを100着買ってもお釣りが来るらしい。

 これくらいの金なら、祠にはそれこそ山のようにあるから気付かなかった。



 制服を売っている店では、



「オリビア、制服とっても似合っているよ」


「そうかな。パパも着る?」


「えっ!? うーん、パパは着ないかな」


「えへへ、冗談だよ~」



 なんてやりとりをした。

 ここは買う物が決まっているので、スムーズだった。

 魔王さんは、「我もなかなかイケるではないかっ!」といいながら上級生用の制服を当てて、鏡の前でニヨニヨしてた。


 街に出かけるのも、いいものだな。




***




 教科書、ペン、それから日用品。

 ミランダの街にはなんでも売っていた。


 オリビアは両手に抱えきれないくらいの荷物を持って、ほっぺたを紅く染めていた。

 家に帰ろうというころには、そのほっぺたと同じくらいにあかい夕焼け空が広がっていた。



「……よく寝ておるな」


「本当ですね」


「うん。たぶん、はじめてこんな街中に来たから」


「ふふふ……この魔王マレーディアに荷物持ちをさせるとは、オリビアは将来は大女傑になるであろうな」


「それでもいいし、ニンゲンとして平凡に幸せに暮らしてくれてもいいな」



 ボクにおんぶされて、すやすやと寝息を立てているオリビア。


 学校に入学したら、しばらくは会うことはできないけれど――それはきっと、オリビアにとって必要なことなんだ。


 背負ったオリビアの、温かな体温と小さな心臓の音。


 ボクは、あの寒い日を思い出す。まだ赤ん坊に近いくらいに幼かったオリビアを背に乗せて、のしんのしんと村まで歩いた、始まりの日だ。


 安心しきった様子で、ボクの背中で眠るオリビア。


 ボクが「パパ」になったあの日から何年も経って、オリビアはいつしかボクにとって大切な宝物になっていたのだと、――夕焼け空を見上げながら思い知った。

オリビアちゃん、入学試験でやらかしている気配がしますね(笑)


***


日間総合ランキング36位に上がっていました! ありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無双している場面をやんわり表現しているの良いですね
[良い点] ツッコミ不在でボケ×4人しかいないのにこんなに楽しくていいのか…笑 皆良いキャラですね。魔王組も仲の良い女性二人で、男女の惚れた腫れたのストレスがなくて良いです。 続きも楽しみに読みます。…
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