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第七十三話 星影

 新年の挨拶を交わし、航の合格を知る。滅多に連絡のやり取りはない為、直接伝えることになったのだろう。嬉しそうな両親に自然と綻ぶ。


 「ハルちゃん、あとで道場に行かない?」  

 「えっ?」


 新年早々に告げる稔に驚きながらも、玄関先で見かけた荷物に納得であった。きちんと弓具を持参するあたり従兄弟の本気度が分かる。


 「俺もやるから、ちゃんと着替えろよ?」 


 珍しい航に、受験の息抜きになりそうだと二つ返事で頷く。正月といえば将棋や百人一首、花札と、昔ながらの遊びが中心だが、満の不参加を考慮したからだろう。


 ほろ酔い加減の大人達に見送られ、道場に足を運べば寒さが身に染みる。急いで暖房をつけて道着に着替えれば、数年ぶりに三人が集う。特に航と共に引く機会は中学一年が最後であった。


 「……八?」

 「どうせなら十二だろ?」

 「賛成ーー!」


 乗り気な稔に釣られるように頷く。幼馴染と揃って引いた夏が想い浮かぶようだ。


 「じゃあ、俺からな!」


 文句を言いながらも稔が二番手になり、最後が遥だ。

 久しぶりに耳にした弦音に脈を打つ。航らしい力強さがありながらも、何処か繊細だ。はやる心を抑えるように息を吐き、的を見据える。その姿は正しく、祖父の音に重なる響きがあった。


 次々と放たれ、規則正しく中る姿は圧巻だ。ここが風颯であっても、確実に他者を寄せ付けない強さを誇っていただろう。見事なまでの正射必中であった。


 白い吐息が漏れ、まっすぐに的を見つめれば十二射皆中が並ぶ。


 「あーー、また負けた……」

 「あぁー、中白か……どんまい」

 「航、心がこもってないよーー」


 肩を組んで抗議する弟をあしらう姿に、兄弟仲の良さが分かる。


 「俺たちに勝とうなんて早いんだよ」

 「いいじゃん! これでも優勝したんだから、少しくらい褒めてよ!」

 「はい、はい」


 頭を撫でて退け、もう一本引くように促す姿は、さすがは兄だと感じる場面だ。


 「…………ハル、次も勝つだろ?」

 「ーーーーうん!」


 並んで引くを繰り返す。皆中に変わりはないが、集中力が途切れたのだろう。彼女との差は開くばかりであった。


 「あーーーー、二人とも加減してよ! 年下なのにーー!」

 「加減していいの?」 「加減していいのか?」


 真面目な顔で揃って告げられれば、自身の未熟さを思い知るしかない。態とらしく怒って見せる稔に、顔を見合わせて微笑み合う。


 「ハル……次は、向こうで引こうな?」

 「うん!!」


 素直に頷かれ、頬が染まる。従兄弟として心配していたが、距離感を掴みかねていたのも事実だ。クラスメイトの女子とは違い話しかけづらさがない。身内といえばそれまでだが、年頃の少年心は複雑であった。

 比較されることで見えていたものも、離れたことで見えてきたものも確かにあったのだろう。進路が決まり清々しい従兄弟に、遥も笑みを見せる。

 差し出された拳を突きつけ合う姿に、ライバルの文字が浮かんではすぐに消えていった。


 弦音を響かせて飛んでいった矢の行方のように、思い通りにはいかない。離した瞬間に中ると確信が持てるように、試験の結果がすぐに分かればいいが、そうはいかないのだ。


 『頑張れ!!』


 早朝から届いたメッセージが浮かび、気合を入れる。周囲のペンの走らせる音が気にならない程度に集中していた遥は、手応えのよさを感じていた。


 空を見上げてしまうのは、また探してしまうから…………


 白い息に重なる想いがあり、空気の澄んだ今朝の射を想い浮かべる。


 たくさんの応援メッセージが届き、グループラインが文化祭のように賑わう。後輩には受験日を伝えていなかったはずだが、いつの間にか知られる事になり、遥が東京に行く事が周知の事実となっていた。過ぎる不安が掠れるほどに、自分よりも信じている節さえある仲間に感謝だ。そして、それは彼も同じであった。あと三ヶ月もすれば、一緒に引けると確信していたのだから。


 気力が尽きたように眠り、答案用紙が全て埋まったと安堵する姿は、周囲の反応とは異なる。余程のケアレスミスがない限りは上手くいったと、信じたい気持ちが強いのであった。


 進路が決まる者が増え、週明けに登校すれば仲間の合格を喜ぶ。翔も第一志望の合格が決まり、遥を除くメンバー全員の進路が決まった。

 自己採点の結果を踏まえて出願した彼女の目指す大学は、あの日から変わっていない。二人が通う慶星大学だ。


 前祝いと称して道場を借りるあたり、待ちきれなかったと分かる。部活を引退して時間が出来たとはいえ、個別で道場に通う暇が受験生にあるはずがない。

 進路が決まった陵たち男子メンバーは、一吹の実家の道場に何度か足を運んでいた。引退直後は素引きをしていたが、それだけで埋まるものではなかったのだろう。皆中した事のある陵や翔ですら、数ヶ月振りに触れれば上手くいかなかったようだ。ただ今は勘を取り戻して、現役の頃と変わらない的中率である。

 一方の女子は、一度離れてしまうと二の足を踏んでしまう者もいるが、時間があれば男子と共に道場に足を運ぶ者もいた。単純に進路を決めた上での今後の差だろう。真由子の志望した専門学校は、弓道部はおろか部活動も盛んに行われていないのだから。


 「……楽しい……」

 「マユは凝り性だからねー」 


 感覚が戻り、練習した日々が重なる仲間に微笑む姿と、変わらない弦音に心が揺れる。憧れと引く機会は最後になるかもしれないと。


 「早いなーー……」

 「そうだね」 「あぁー」


 冷たい床を気にする事なく座って語らう。現役の頃はギリギリの時間まで練習していた為、長期休み以来であった。


 「何か食べて行かないか?」

 「行くー!」 「あぁー」 「うん」


 八人と大所帯で移動すれば目立つが、弓具を持ち運んでいる事が最大の要因だろう。周囲の視線を気にする事なくファミレスに入れば、テーブルをくっつけて貰った八人席に案内された。席の端っこに荷物を置いて、メニューを見る間も話は続く。


 「青木達、頑張ってたな」

 「うん、団体戦かぁーー……」

 「すごかったよね!」


 入部当初の弱小だった弓道部が、地区内で上位が常連になった。風颯との差は中々埋まらないままだが、それでも大きな進化だ。

 今年も練習試合が組まれると聞いた時は、自身の事のように喜ぶ顔が並んでいた。


 「腹いっぱい……」

 「陵は相変わらずよく食べるなー」

 「腹減るだろ?」

 「まぁーな」 「確かに集中したから分かるけど」


 ドリンクバーを何往復もして、デザートまでシェアして食べればお腹がいっぱいにもなるだろう。


 すっかりと日が暮れた夜空から仲間に視線を移す。弓具を持つ姿に、数ヶ月前まで共に過ごした時間があったと実感していた。


 手を振り分かれれば、一人で電車に乗り込む。ポケットで震えるスマホに手を伸ばせば、彼からのメッセージに自然と綻ぶ。


 『よかったな!』


 三年生だけで弓道をすると、伝えていたからこその反応だ。引退後に揃う機会が稀だというのは自身の経験談だろう。


 『うん、楽しかったよ』


 返せばすぐに既読がつき、電話が鳴った。


 「蓮……お疲れさま……」

 『遥、お疲れさま……よかったな……』

 「うん、楽しかった……また……」

 『また……引けたらいいな?』

 「うん…………」


 素直に頷き、また揃う機会を願う。通話しながら帰宅すれば、寂しさが薄れていくようだ。


 ーーーーーーーー楽しかった…………三年前は、苦しい方が強かった…………


 周囲の視線は突き刺さるように痛く、苦しみながら放った矢は確かに中っていたが、今のような精彩さには欠けていた。和解したとはいえ、当時の精一杯な自身に苦笑いだ。


 …………会いたいな……………………今回がはじめてな訳じゃないのに……


 卒業していく背中を見送る度に、込み上げる感情があった。

 半年近く離れていた時間に比べれば、残りの二ヶ月足らずはあっという間だろう。三年前にも同じような時期があり、悩み抜いて決めた進路も、弓道も、離れる選択だった。それが最適解であると信じていたし、それが最善の選択であっただろう。微かな後悔があるとすれば、彼と離れる事だけであった。


 『……淋しいけど…………楽しみだよ』


 強がって言った事に偽りはない。


 『二人が競う姿はかっこいいから……』


 ずっと、みっちゃんが羨ましかった。

 ライバルって感じがして…………二人みたいに、引けたらいいなって思ってたの。ずっと…………


 部活で結果を残す度に重圧だったプレッシャーが、少しずつ変わっていったのだろう。


 届いたばかりの封筒に手が震える。リビングで開封すれば、歓喜の声がした。

 両親が喜ぶ姿に実感する。あと少しで叶う日が現実になると。


 すぐに送れば、時間を空けずに既読がつく。彼も待っていた一人だ。


 『遥、おめでとう!!』


 電話をかけてくる辺り、直接伝えたかったと分かる。


 「……ありがとう…………蓮……」


 自室で話す横顔は、その声色からも喜んでいると伝わる。綻びながらも頷き返せば、画面に映った表情に涙が出そうだ。


 『遥……待ってるから…………』

 「ーーーーっ、うん…………」


 何度となく伝えられてきた言葉に勇気づけられ、今に繋がる。それは彼にとっても同じであった。


 『ハル、おめでとう!』

 「みっちゃん……ありがとう……」


 押しのけるように現れた兄に微笑む。変わらない二人と結果に安堵して、次の約束を交わす。


 一人で弓具を抱きしめていた幼かった少女に手を振った。それは今の遥のように、明日に期待する姿だったのかもしれない。

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