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*番外編*夏柳

第六十八話 彼女の射で想い返す翔視点のお話

 小学五年生の時に、初めて弓道を見た。

 袴姿に、その綺麗な射形に、弓の音に……その全てに、憧れてたんだ…………


 初めてハルを見たのは中一の夏の大会。

 陵と俺は先輩の応援で行った会場で、心地よい音を聞いたんだ。


 「うまっ……」


 隣で呟いた陵に、頷く事も出来ない。憧れを抱いたあの日と、変わらない音がしていたからだ。


 「ーーーー風颯かぜはやて学園、中等部……」

 「大前おおまえの子、一年生だってさ」


 先輩の手元にあるトーナメント表を覗き見る。


 「神山かみやまはるか?」

 「神山こうやまだって、男子の三年にいるみつるって人の妹らしいぞ!」

 「あの子だろ? 昨日の個人戦、優勝してたの」

 「そうなんですか?!」 「そうそう」

 「一年なのに、かっこいいなー」


 陵は素直に『かっこいい』って口にしてたけど、俺は最初、嫉妬してたと思う。

 一年で試合に出れる事も、整った環境で引ける事にも……


 「あれが、神山こうやま兄妹きょうだいか…………ん? 兄が二人いるのか?」


 陵の疑問に先輩達がすぐに応えた。


 「もう一人は、二年の松風まつかぜくんだな」

 「あそこにいる三人が県大会のトップ勢だよ」

 「右が神山兄で個人戦優勝。で、左の松風まつかぜれんくんが二位だな」

 「先輩、詳しいですね」

 「男子の方は、二人とも一年の時から表彰されてるし、的中率が高いんだよなー」

 「そうなんですか……ってか、あの三人って目立ちますね」

 「そうそう。他校でも、引いてる姿を見に来てる奴、多いよな」

 「ああ」 「別格なんですね」

 「だよなー、あそこだけ全国クラスだからな」

 「そうなんだよな」


 彼等のすぐ近くを少女が通り過ぎていくと、思わず目で追う先輩達がいた。

 すらりと背の高い彼女は、まっすぐに前を見ていて、その立ち姿だけでも美しいと分かる。姿勢の良さが身体に染み付いているようだ。


 翔も自然と視線を向けた。


 「ハルーー、満が呼んでる」

 「はーい」

 「飲み物、買ったのか?」

 「うん……部長に負けたから……」

 「的中率?」

 「うん……はい、蓮にも」

 「ありがとう」


 二人は仲良く並んで話しながら、チームメイトの元に歩いて行ったようだ。


 「ーーーー翔?」

 「いや……目立つのがよく分かったな……」

 「なぁーー、絵になるよな。もっと引いてる所、見たいな」

 「午後も観れるだろ? 女子の方も見てみたいな」

 「だな!」


 観覧席から団体戦を眺める。正確には彼女の射を見つめていた。


 「すご……」


 思わず漏らした陵に深く頷く。彼女が四射皆中を決めたからだ。


 「…………あれで同い年か……」

 「ーーーーーーーー弓……引きたいな……」


 その本音に、陵も深く頷く。


 「学校に戻ったら、引かせてもらおう」

 「あぁー」


 彼女の射に即発され、今すぐにでも引きたい衝動を抑え、残りの試合を眺める。


 吸い込まれるように中れば、彼女に続くように響いていく。最後まで外す事のなかった強さに、驚きを隠せない。まだ中学一年で同い年にも関わらず、圧倒的な存在感を放っていた。


 「……陵、戻るぞ?」

 「あぁー、そうこなくっちゃな!」


 閉会式まで待っていられず、顧問の許可をとり学校に戻る。試合にすら出られない現実に嘆く事なく、弓と向き合う姿があった。


 あの大会の……ハルの射が忘れられなかった。

 あんな音が出せたら、あんな風に引けたら……単純に楽しいだろうなって思った。


 弓の道は長く果てしない。

 一日一日が大切だって言われても、その意味をちゃんと分かっていなかったんだと今なら分かる。

 所作の練習は、あれから毎日続けたおかげで、冬になる頃には大会に出れるまでになってたっけ…………


 「強いって……自由だ……」


 あの日から、今も憧れは続いている。


 思わず出た言葉に陵も頷いていた。


 中学の頃と変わらず隣にいる存在が励みになっていた。ライバルと呼べる親友は、何処か楽しそうなままだ。


 「ーーーー試合も練習も関係ないな」

 「あぁー……」


 親しくなった所で、彼には敵わない。

 チームメイト止まりだって分かってる。

 それでも、いいんだ…………一緒に引いて、初めて知った。

 次元が違いすぎるって…………

 ハルがいるだけで、清澄を全国に導く事が出来た。

 そう言ったら本人は否定するだろうけど…………それくらい的中率が高くて、県内では敵なしだった。


 「すご……」


 あの頃と変わらずに漏らす。


 音の違いも、佇まいの良さも、どれをとっても敵うはずがない。

 そんな現実に打ちひしがれながらも、ここで引けて良かったとも思う。

 腐らずに引いてきたから、清澄でみんなに……仲間に出会えたんだ…………


 最後の大会はいつも以上に緊張感が増す。三度目のインターハイであっても慣れる事はない。


 四射三中して、何とか次に繋がった。

 練習でなら四射皆中する事もあるけど、試合だと高確率で下がる。


 弦音が響き思わず視線を向ければ、憧れの姿があった。


 敵わないな…………あれから何年も経ってるし、俺だって三年連続でここまで来たはずなのに…………


 四射皆中する横顔は、あの頃と変わらずに的を見据えていた。


 ……遠いな…………県内で敵なしって思ってたのは最初だけだ。

 ハルと競えるほど残れる奴は同年代にはいない。

 それこそ、強豪校の風颯でもごく一部だけだ。


 再び四射三中したが、伸び悩んだ結果に悔しさが残る。憧れには到底届かないままであった。


 「ハル、おめでとう」

 「翔も……おめでとう……」

 「あぁー……やっぱ、悔しいな」


 口にすれば余計にそう感じた。


 「……団体も頑張れよ!」

 「うん……」


 明日を心待ちに出来る強さを見習いたいところだけど、これで最後の大会が終わったんだ…………三年間かけても、風颯を崩す事は出来なかった。

 それでも東海大会には出れるようになったし、練習試合を組んでもらえるような清澄になった。

 部員も増えて、今なら団体戦も余裕で参加可能な人数だ。

 ただ増えたって事は、出場できない奴がこれから出てくるかもしれない。

 強豪校になればなるほど、レギュラー争いが苛烈になる。

 それこそ、風颯のように…………


 「…………いよいよだな」

 「あぁー」


 外れが続き、予選敗退が頭の隅にちらつく。ただ次の瞬間に落ちが放てば、萎縮した身体が伸びていくと分かる。彼女の音に釣られるように中っていた。


 予選に止まらず進んでいく仲間に、声援を送りながらも羨む気持ちはあった。憧れと一緒に引ける機会は、そう多くはない。


 加茂が恐れ多いと感じながらも、喜ぶ気持ちが手に取るように分かる。

 あの風颯で無双してた女の子が、今は同じ場所で引いてるなんて…………清澄に入学を決めた時は、思いもしなかった。


 再び並んだ仲間に思わず感情移入してしまう。特に陵には美樹の想いがひしひしと伝わっていた。彼氏というだけでなく、同じく大前に立つ機会が多かったからだろう。


 強く握りすぎた拳に手を重ねれば、微かに陵の表情が緩む。ただ見ているだけでも緊張感が走るのは、翔も同じであった。

 

 小学五年生だった……あの日、初めて弓道を知った。

 袴姿に、その綺麗な射形に、弓の音に……その全てに憧れてたんだ。


 変わずに響く音に当時が蘇る。


 中一の夏の大会で間近に見た弦音は、先生でも先輩でもなくて……同い年の女の子だった。

 あの日の衝撃は…………今も、続いてる。


 心地よい音を響かせて飛んでいく。時には仲間の射を勇気づけるかのように。

 だからこそ、応援していた仲間にも悔しさが残る。あと一本が届かず、二回戦で敗退の結果に。

 インターハイという大舞台では、彼女一人の力では乗り切れなかったのだ。


 ただ悔しさを滲ませる仲間がいる一方で、彼女は晴れやかな表情だ。最後の夏に望んでいた大会に出られたからだろう。

 

 「……ハル先輩」


 立ち尽くす後輩の涙が、彼女にも溢れる。


 「藤田ちゃん…………どうだった?」

 「来年は、私も……」

 「うん……」


 そう宣言した仲間に追随する想いが伝わる。彼女達の射に、自身の目標が定まったのだろう。後輩の熱い瞳に笑みを返す姿が残る。


 「……俺らは叶わなかったけどさ。青木達は頑張れよ!」

 『はい!!』


 陵に勢いよく応える姿が心強く感じた。触発されたのは翔だけではなかったのだ。


 「ーーーーいい返事だな……」

 「一吹さん!」 「頑張ります!」


 努力だけで実を結ぶとは限らないって分かってる。

 それでも、部員の増えた今の清澄なら叶うかもしれない。

 藤澤先生だけじゃなくて、一吹コーチもいる…………来年の今頃には、青木達が出ているかもしれない。

 そんな未来が想像できた。


 彼女を呼ぶ声がして思わず振り向けば、憧れの二人がいた。


 「ーーーーっ、蓮……みっちゃん……」


 駆け寄ってハイタッチを交わす姿が印象的で、他にも私服姿の奴がいるはずなのに目立ってた。

 あの日も、似た想いがあって……学校に戻ってから無心で引いたんだっけ……


 袴姿でなくとも、彼等の佇まいが物語っているかのようだ。抱き合う姿に押し寄せる感情があった。


 何かを耳元で言われたみたいだったけど……溢れ出る涙を拭う術を持たない俺は、ただ眺めていた。

 

 「…………翔、帰ったら引かないか?」

 「あぁー……」


 あの夏の茹だるような暑さとは対照的な……そこにだけ凛とした空気が流れてるような気がした。

 同い年とは思えなくて、驚いたのを今でもよく覚えてる。


 そこには憧れの弓引きの姿があって、あの頃と変わらずに好きだと感じていたんだ。

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