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第六十七話 距離

 理由をつけて帰省したのは、彼女に会いたかったからだ。自身の大会は終わり、自由参加が主流な強豪校ならではである。そうでなければ、夏季休暇中も部活動で帰省は出来なかっただろう。


 「ーーーー遥!」

 「ーーーーっ、蓮!」


 素直に駆け寄る彼女と半年も経っていないというのに、ずっと会えていなかったような感覚だ。それは遥自身もだろう。微かに潤んだ瞳のまま微笑んでみせた。


 『…………会いたかった……』


 揃って告げて微笑み合う二人の本音だ。清澄に進学してからも、彼は当たり前のように側にいた。それがどれだけ特別な事だったかと、思い知らされてもいたのだ。


 「全国大会、出場おめでとう」

 「ありがとう……蓮、優勝おめでとう」

 「うん……」


 どちらからともなく手を繋ぐ。半年前までは確かに一緒に歩いた道だが、隣にある横顔に自然と綻ぶ。


 蓮は全国大会で結果を残した…………強豪校に進学したのに、当たり前のように一年からレギュラー入りしてる。

 来年の今頃は……一緒に大会に出ることができるように、なっているのかな……


 繋がれた手に安堵しながら帰路に着く。久しぶりの感覚に頬を染めながらも、遥から離す事はない。


 「……また明日な」

 「うん……」


 そっと離れていく手に押し寄せながらも手を振り返すが、遠距離に慣れる要素は皆無であった。


 夏休み中に制服に袖を通すが、学校に行く訳ではない。広い畳がある部屋にはお坊さんがお経を読み上げ、親戚一同が揃っている。


 壁の上部に飾られた遺影に真新しい祖父が並び、心にくるものがある。普段はあまり入らない部屋だが、部活の忙しさが理由ではないだろう。仏壇を見るたびに視界が滲んでいては、入るにも入れなかったのが本音だ。 


 「ハル、元気にしてたか?」

 「うん、みっちゃんは? 優勝したって聞いたよ」

 「あぁー、久しぶりに強い奴がいたな」

 「そうなの?」

 「まぁー、俺と蓮の圧勝だったけどな」


 楽しそうな表情で、対戦相手に強者がいたと歴然である。なんでも卒なくこなす兄が興味を惹かれるモノは少ない。それは妹目線でも分かるほどに極端だ。その兄が『強い奴』と言ったからには、対戦校に相当な実力者がいたのだろう。

 互いに認め合う幼馴染には他者を寄せつけない強さがあり、それは三連覇という結果からも確かだ。そして、それ以上に強い絆があるようにも見える。


 「…………楽しそう……」

 「あぁー、来年はもっと楽しくなるな!」


 くしゃくしゃと、整えた髪を乱す大きな手を退けたのは蓮だ。


 「ーーーー満」

 「出た……カズじいちゃんに言うぞ?」

 「うっ、じいちゃんのネタにされるのは勘弁」


 相変わらずな幼馴染に嬉しそうな笑みを見せる。素直な反応を微笑ましく思っていたのは、彼だけではないだろう。


 「二人とも相変わらずだなーー」

 「稔、風颯に入ったんだってな!」

 「全国大会にも出るんだろ?」

 「うん、二人がいたら頼もしかったのになーー」


 高校から風颯に通う稔は寮生活だ。離れて暮らす弟の頑張りは航にも届いていた。無邪気に話す彼女との対戦を聞いた時は心配もあったが、楽しそうに語る姿は頼もしくもあり、強くなったと実感していた。


 「航も東京に出るの?」

 「あぁー、一応な」

 「おっ、じゃあ来年は二人の歓迎会だな!」


 乗り気な満の頭に不合格の文字はない。


 「そうだな、楽しみにしてるよ」

 「うん」 「あぁー」


 すぐに示した蓮にも、二人が東京に出てくる未来しか想像がつかないのだろう。遥は思わず航と顔を見合わせ、呆れ気味になりながらも微笑んだ。


 ーーーーーーーー来年は……同じ場所で引ける、私でいたい…………


 賑やかな食事の席で語られたのは、遠い未来ではなく約半年後には現実になる事ばかりであった。


 「ハルちゃんはまた大会でね」

 「うん」


 手を振りかえす横顔に迷いはない。戸惑いの色を見せなくなった姿に成長を感じると共に、ほんの少しの淋しさを感じる。手助けが必要ないと分かっていながら、つい差し伸べたくなるのが本音だろう。


 「……遥、また明日な」

 「うん……」


 同じ言葉でも相手が違うだけで反応が異なると、すぐ側で見ていた兄には分かっていた。幼馴染で親友の彼ですら、離れ難いと微かに声色に出ていたのだから。


 「ーーーーーーーー明日は、朝から一緒に引くか?」

 「うん!」


 満面の笑みに頭を撫でれば、変わらない妹がいたと気づく。言葉を呑み込んでやり過ごす事に慣れてしまっていたと。




 道場に弦音が続け様に響く。ここ数ヶ月は一人でいた場所に三人が揃えば、それだけで弾む。ただ手元は狂う事なく四射皆中する姿は、さすがとしか言いようがない。練習であろうと、本番であろうと、その射に遜色はない。中ることを目的に放っていないからだが、そう簡単に辿り着けるような場所ではないのは、部活動の中りからも明らかだ。


 「気をつけてな」

 『うん』


 素直に応える二人を見送り道場に残れば、弦音が響いていった。


 私服に着替えて駅に向かえば、気づいた彼が手を振った。小さく振り返し駆け寄れば、当然のように右手が握られ電車に乗り込んだ。

 間近に交わる視線を逸らせず、言葉が出ないでいると、握られた手に微かに力が込められる。


 「ーーーーーーーー遥、やっと会えたな」

 「うん……」


 今生の別れではないと分かっていても押し寄せる感情があり、それは彼も同じであったと気づく。

 潤んだ瞳で見上げれば、試されていると感じたのは彼の方だろう。


 「…………カフェに行くの楽しみだね」

 「うん、何の料理にするかな……またシェアして食べるか?」


 たわいのない会話で誤魔化して続けながらも、そばにいられる現実に安堵していた。だからこそ手を繋いだまま行動していたのだろう。物心ついた頃から側にいた幼馴染の存在は、自身で思っていたよりもずっと大きな存在になっていたのだ。


 朝から一緒に弓を引いて、デートをしたけど…………もう一日が終わっちゃうんだ……

 

 また戻るだけだと、言い聞かせた所で感情までは伴わないが、それは彼も同じだ。どんなに取り繕った所で微かな不安は過ぎる。信頼していないからではなく、ただ心配なのだ。無理をしていても気づけない距離にいる。仮に電話越しに気づいたとしても、すぐに駆けつけるなんて出来ない。学生にとって交通費が高額なことだけが理由ではない。離れているからこそ気づけた想いもあるが、離れなければ気づかなかった想いもある。複雑な心情はどちらも大差はないだろう。大切だからこそ、側にいたいのだから。


 「……満もデートって言ってたな……」

 「そうなんだ……」

 「……早いよな」 

 「……うん……」


 限られた時間の中で一緒にいられる時間はわずかだ。

 

 弾む会話がなくとも、沈黙に違和感はない。車窓から眺める景色が見慣れたものに変われば、下車する駅だ。無言のまま歩けば、すぐに分かれる道になる。


 「…………蓮」 「遥……」


 ほとんど同時に声を上げれば、どちらからともなく瞼を閉じる。そっと触れ合った唇が離れ、間近にあるのは揺れる瞳だ。


 「…………来れるか?」


 小さく頷いたかと思えば、真っ赤に染まった頬が愛らしい。数ヶ月前までは確かに触れ合える距離にいたのだと、再認識させられる度に鳴る。


 久しぶりに触れ合えば言葉にならない。今度は呑み込んだ訳ではなく、ただ言葉にならず唇を寄せ合っていた。


 きちんと家まで送り届けられ、遠ざかる後ろ姿を眺める。


 ーーーーーーーーあと、少し…………


 これから始まる大会は三連覇がかかっている。それは兄も幼馴染もなし得なかった夢だと、知っているからこそ奮い立たせる。

 悲観することなく前を見据えて放つ横顔は美しく、その場に彼がいたなら誇らしく思っていただろう。


 道場に響く弦音に吸い寄せられるかのように、静かに眺める視線に遥が気づく気配はない。集中力の高さを窺えるが、朝日を浴びて光り輝いているかのような錯覚を覚える。


 「ーーーーーーーー蓮……見惚れてただろ?」

 「み……」

 

 核心をつかれ、思わず声を荒げそうになり抑える。邪魔にだけはなりたくなく、それは兄も同じであった。ずっと眺めていられるような射形の持ち主はそうはいない。強豪校で有名な部内でも僅かで、幼馴染以外はあり得ないと感じていた。対戦校にいたはずの強者ですら敵わないのだから。


 深く息を吐き出した横顔に思わず息を呑む。矢取りに出た背中に声をかければ、幼い頃の面影の残る笑顔が映る。


 「蓮、ハル、勝負しないか?」

 「うん!」 「何本?」


 乗り気な反応に綻び、一列に並ぶ。何度となく繰り返してきた練習の一つだが、続けざまに響く弦音は圧巻である。この場に祖父達がいたなら同じ言葉を口にしただろう。


 「ーーーー楽しみだな」

 『うん!』


 自身に期待して大会に挑む覚悟はすでにあった。


 「…………先に行くな」


 手を振り道場を出ていく満の背中を見送れば、肩に触れる手に揺れる。気づけば腕の中にいた。


 「…………遥……待ってるから……」

 「……うん…………」


 重なる心音から離れがたく、無意識に背中に手を伸ばす。


 「……蓮……ありがとう……」


 自身の行動に気づき染まった頬が愛らしく、思い切り抱き寄せれば、抗議の目を向けられる。ただ蓮には無意味であった。


 「…………遥……」


 甘い声色で、まっすぐに向けられる瞳が物語っているかのようだ。

 名残惜しさの滲み出る頬に唇を寄せ、分かりやすく上気する素直さは見習いところだが、弱音を吐いてばかりはいられない。これから本番を迎える彼女は、夏休み中でも部活動がある。どんなに側にいたくとも一緒にいる事はできないのだ。


 「…………私……叶えるから……」

 

 どれだけの覚悟をもって告げたかは伝わっていた。敢えて告げた彼の期待に応えていたのだから。

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