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第四十七話 道筋

 矢取りを終えた遥は、名残惜しそうに見送った。


 「ーーーー蓮……楽しみにしてるね」

 「うん、また後でな」


 頭に触れる手に頬が染まり、優しく微笑んだ蓮は先に道場を後にした。


 「ーーーーーーーー引退式か……」


 思わず口にした言葉に昨年の射が想い浮かぶ。冷たい風が吹き抜ける中、安土へ視線を移した。


 もう……一年経ったんだ…………


 心地よい弦音を響かせ、吸い込まれるように飛んでいった矢は、五つ並んだ全ての的に四本ずつ中っていた。


 的中率に反し、溜息を飲み込んだ遥は制服に着替えると、いつものメンバーと風颯学園に向かった。


 「弓道部は毎年、人気なんだな」

 「引退式は風颯学園の伝統だからね」


 昨年と同様、目当ての道場に揃って一直線だ。


 「今年は村松くんが主体なんだな」

 「あーー、あの射形の安定してた部長か……」


 大会や合宿で、風颯学園の部員と顔見知りになっているメンバーも多い。部長や副部長だけでなく、把握している部員もいるようだ。

 目の前では、部長の村松が客寄せの真っ最中だ。


 十五時から試合さながらのように弓を引き、引退式が行われる為、昨年の蓮のように村松は朝から部活をまとめるべく動いていた。


 引き終えた村松は、見学者の清澄に気づき駆け寄った。


 「ハル!」

 「村松くん、お疲れさま」

 「お疲れさま。みんなも引いていく? これから参加出来る時間帯になるんだけど」

 「私は回りたい所があるから、みんなは引いてる?」

 「私も遥と行きたいから、またあとで来るねーー」

 「んじゃあ、俺らは引いてくからまた後でなー」

 「うん」


 遥について行くと言う事は、蓮のいる三年A組に行くと言う事だ。男女別になり、遥たち四人は校舎内に向かった。


 「村松……ハル、来てた?」

 「うん、学祭回ってまた来るって言ってたぞ?」

 「そっか……」


 少し寂しそうに応えた彼女は、賑わう出店に視線を移す。


 「サキも会えるだろ?」

 「うん……」

 「じゃあ、清澄のみんなは俺が案内するから、後はよろしくな」

 「部長、ずるいっす!」

 「あーー、頑張れ」


 学祭の陽気な気分も相まって、合宿や大会で見た彼らとは違い、緊張感が和らいでいる。

 残った四人は村松に連れられ弓具を選ぶと、楽しげな笑みを浮かべながら引いていくのだった。




 「何名様ですか?」

 「四名です」

 「ご案内致します」


 浴衣姿の男性に案内され席につくと、浴衣に前掛け姿の生徒たちが接客に当たっていた。メニューは、あんみつと豆かんの二種類と、緑茶のセットだ。

 揃ってあんみつを頼むと、程なくして彼がやってきた。どうやら裏方で働いていたようだ。


 「お待たせしました。みんな、いらっしゃい」

 「蓮さん、お邪魔してまーす」

 「こんにちは」

 「浴衣似合いますねーー」

 「ありがとう」


 次々とチームメイトが彼に話しかける様子に、遥から笑みがこぼれる。


 「遥、また後でな」

 「うん」


 彼女たちの、正確には遥の為に、裏から出て来てくれたのだ。

 あんみつを食べながら次に回る場所を考える。


 「食べたら、陵たちと合流する?」

 「うーーん、いいよ? 別でも」

 「えっ? 美樹、いいの??」

 「何か……四人とも、ずっと道場にいそうじゃない?」

 「確かに……陵は竹弓が引けるって喜んでたよね」

 「うん……」


 彼女たちには、数日前に話をした際の男子四人の姿が目に浮かんでいた。


 「じゃあ、遥は十五時に道場で合流ね!」

 「うん、ありがとう」


 彼女だけ昨年同様、別行動である。彼と過ごす学園祭は最後の機会だ。


 「遥はいいなーー」

 「いいな?」

 「蓮さんと仲良いし」

 「そうかな? それなら、美樹だって仲良いと思うよ?」

 「美樹と陵は、バカップル認定されてたからね」

 「ちょっ、奈美?」

 「いいじゃない。学祭でも仲良さげだったって、噂になってたし」

 「マユまでーー」


 いつもの部活とは違い女子だけの為、恋バナも盛り上がるというものだ。


 蓮が制服に着替え教室に戻ると、遥は友人達と楽しそうに話していた。そこには、彼のすきな笑顔があった。


 「遥、蓮さん来たよ」

 「あっ、うん……また後でね」 

 「うん!」


 チームメイトに手を振り蓮の隣に立つと、ごく自然に手を繋いだまま屋上へ向かう。


 「蓮、お疲れさま」

 「うん、ありがとう」

 「あんみつ、美味しかったよ」

 「よかった……」


 昨年と同じく、鍵を借りていた彼が屋上の扉を開けると、校庭から学園祭の賑やかな笑い声や活気のある掛け声が聞こえてくる。


 「ん、美味しい」

 「よかった……」


 蓮は差し入れのお弁当を美味しそうに食べていた。

 物心つく頃から一緒にいるが、二人きりで過ごす時間はそう多くはない。遥が高校生になってからは特にそうだ。


 二人は晴れ渡る空を見上げた。


 「ーーーー引退式か……」

 「早いね……」

 「そうだな……後で、一緒に引こうな?」

 「……うん」


 仲睦まじい二人の様子を周囲の人が見ていたなら、美樹と陵のように認定されていた事だろう。

 彼女の肩に頭を寄せた蓮は、そっと瞼を閉じた。遥と過ごす最後の学園祭に、想いを馳せていたのだ。

 そして、彼女もまた日差しの暖かい中、時折吹き抜ける冷たい風に季節の移り変わりを感じていた。


 ーーーー蓮……本当に、引退しちゃうんだね…………


 部活動とはそういうものだ。三年間チームメイトと共に切磋琢磨し、記録を、より大きな大会へ進めるようにと目指していく。弓道部で言うなら、高校三年生で出場する全国大会がまさにそうだ。彼は二連覇という実績を残し、幕を下ろした。


 肩を寄せ合っている二人は、特に口にする事はなく、手を繋いでいた。

 遥が彼に視線を移すと、蓮もまた視線を移した。小さな笑みが漏れると、どちらからともなく唇が重なる。


 「ーーーーーーーー遥……」


 頬を赤らめ思わず視線を逸らすと、ぎゅっと抱き寄せられる。


 「蓮…………」


 彼の背中に自然と腕を回し、そっと瞼を閉じていた。




 時間になり、道場では風颯学園伝統の引退式が行われている。次々と試合さながらのように放たれていく矢は圧巻だ。


 ーーーー綺麗……蓮の射は、いつも安定しているの。

 でも、それだけじゃないくて……音が違うの。

 空気を切り裂くような、そこだけ違う空気が流れているような……そんな弦音がするの。


 蓮の後輩だけでなく、遥のチームメイトも、彼の安定した射に目を奪われていた。


 「ーーーーすごいね……」

 「うん……」


 美樹に頷いて応えた遥は、自分の事のように嬉しそうな笑みを浮かべた。村松と硬く手を握り合う姿に重ねていたのだ。


 「ーーーーハル……」


 大きな拍手に包まれながら引退する中、懐かしい声に体が反応する。

 感動を滲ませた遥が振り返ると、袴姿の小柄な少女がいた。


 「…………サキ」


 それは中等部時代の遥のチームメイトであり、彼女が風颯学園から離れた要因の一つでもあった。


 「あの……私……」

 「遥、どうかした?」


 彼女の様子が心配になったのだろう。隣にいた美樹が顔を覗き込む。周囲の友人も、表情が強張っている事に気づいたようだ。


 「ーーーーううん……」


 首を小さく横に振った遥は、ごく自然に言葉を続けた。


 「……サキ、久しぶりだね。元気?」

 「うん……あの、話いい?」

 「……うん、ちょっと行ってくるね」

 「遥……」

 「ん? 大丈夫だよ」


 いつもの笑顔を作って応えると、少女の後をついて行った。


 ーーーー今更……何の話があるんだろう……


 遥の胸中は意外にも冷静だった。


 嫉妬からの嫌がらせも、今では大した事じゃない。

 当時は、それなりに傷ついたり、悩んだりもしたけど……私は一人じゃないって、分かっているから…………大丈夫。


 冷静さを保っているが、声をかけられた事には驚いていた。今までにも合同合宿や大会で顔を合わせる機会はあったが、サキが話しかけてきたのは、初めてだったからだ。


 「……ハル……中学の頃、ごめんなさい……学校まで、変わると思ってなくて……」

 「サキ……もう、気にしてないから……」

 「でも……」

 「私は弓をやめないから…………それだけ、言っておきたくて……」

 「うん……」


 小さく頷く彼女に、遥は中等部の頃よりも凛とした表情で、応えた。


 ーーーーーーーー私の譲れない想い。


 「……またね」


 その場を後にすると、同じような表情を浮かべた彼がいた。いち早く気づき、追いかけてきたのだろう。


 「ーーーー遥、勝負するだろ?」

 「……うん!」


 袴姿の蓮に駆け寄る彼女は、いつもの笑顔だ。


 「はい、これな」


 ジャージを羽織らされ、道場端の的に導かれる。繋いだ手からも想いが伝わっていくようだ。


 「うん……ありがとう……」


 視線を通わせた二人から次々と矢が放たれていく。遥は、迷わずに弓を引けるようになっていた。


 …………楽しい…………ずっと、こうしていられたらいいのに……


 的には既に十二本の矢が中っている。いつもなら此処で止めているが、今日は二十本で勝負するのだろう。

 右隣の彼に視線を移すと、弓を構えた。遥も続くように引くと、心地よい弦音が響く。

 変わらない彼と変わっていく景色に、ただ夢中になっていた。


 ーーーーここから……また始まる。

 逃げ出したくなる日もあるし、緊張しない日もないけど、大丈夫。

 私は……今の場所で、自分の出来る射を続けていくから……


 二十本ずつ中ると、周囲から拍手と温かな声がした。


 ジャージを羽織ったまま、友人と楽しそうに笑っている。その姿に一番安堵していたのは蓮だろう。


 「みんなも引いていったら?」

 『はい!』


 笑顔で応える清澄高等学校の弓道部員に、彼は微笑んでいた。今の彼女があるのは、彼らがいたからだと分かっていたのだ。


 その後、学祭の雰囲気のまま弓を引く彼らの姿に、彼女と共に嬉しそうに引く蓮の姿があった。




 学祭が終わるギリギリまで、みんなで引けて……楽しかった。

 慣れない竹弓にも、数をこなして自分のモノにしていた陵には驚いたけど……蓮も楽しそうだった。


 遥は道場で袴姿に着替えた。彼の最後の学園祭が終わり、気持ちを整えるように弓に触れる。


 ーーーーサキとも……話せるようになっていた……

 私は弓道がすき……それだけは、譲れない。

 そしてーー…………


 「……遥」

 「蓮……お疲れさま……」

 「お疲れさま」


 強く抱き寄せられ、急激に体温が上がる。頬に触れる感触に、更に熱が帯びていくようだ。


 「ーーーーっ!!」


 思わず頬に手をやるが、満足げな顔に言葉が出ない。


 「……楽しかったな」

 「うん……」

 「明日から……また朝、一緒に引けるな?」

 「うん!」


 見上げると、優しい瞳をした蓮がいた。

 二人は額を寄せ合うと、久しぶりに二人で弓を引く機会を待ち遠しく感じていたのだ。


 「ーーーー遥の射、楽しみだな……」

 「うん……私も楽しみ……」


 道場に冷たい風が吹き抜ける。


 ーーーー今年も……あと二ヶ月くらいで終わるんだ。

 蓮と……一緒にいられるのは、嬉しいけど…………


 続く言葉を呑み込む。告げてしまったら、より一層切なくなる事が分かっていたからだ。


 辺りには、変わらない二人の弦音だけが響いていた。

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