第四十六話 同学
一般公開されている文化祭二日目は、昨日よりも多くの人で朝から賑わっている。二年一組のパンケーキ店にも多くの客が訪れていた。
「いらっしゃいませー」
遥の髪には、昨日買った白い花のヘアピンが付いている。ムームーに合わせ、昨日と同じく美樹とお揃いのアップスタイルだ。
「遥ーー、蓮さん達、来るの?」
「うん、お昼前には行くって、言ってたよ」
「楽しみだねーー」
「うん」
「えっ、ハルの彼氏が来るの?」
待機中の美樹との会話に寛子がすかさず入るが、振り返った遥は素直に頷く。
「えっ? あっ、うん」
「私も見たいなー」
「寛子ちゃんまで……」
「これ、三番テーブルねー」
「はーい」
寛子から受け取った生クリームとフルーツの乗ったパンケーキと、ハムやレタスの乗った食事系のパンケーキを運んでいく。昨年の文化祭の慣れもあるのか、抵抗なく接客していた。
「……美味しい」
「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
思わず笑顔になると、食べていた客の手が止まるが遥が気づく事はない。次の席にパンケーキが乗った紙皿を運んでいった。
「次のドリンク出来た」
「はーい」
接客は苦手でも、みんなで作ったものを評価されるのは嬉しいし、やっぱり楽しいよね。
笑顔で応え、裏方と連携しスムーズに接客していく。忙しさに時間が経つのを忘れるほど、繁盛していた。
「蓮、遥ちゃんのクラスって、今年は何やるの?」
「パンケーキだって。今日は昼まで接客担当って言ってたな」
「へぇー、去年はメイドって言ってたっけ?」
「何で、森が知ってるんだよ?」
「神山先輩が言ってたよな?」
「あぁー、あと佐野も言ってた」
「似合ってたから、いいじゃん! 今年は、どんなのだろうな?」
「ムームーって言ってたな。男子はアロハシャツって」
「ハワイっぽいって事か?」
「あぁー」
制服姿の蓮たちは、話ながら真っ先に二年一組へ向かった。一つの教室で行われていると思っていたが、二組の教室も借りている為、広々としたスペースだ。二つの教室には同じ飾り付けが施されていた。
「五名様ですね」
「竹山ーー、こっちに頼む」
「了解。では、ご案内します」
竹山が席に案内するタイミングで、翔が一組の教室に戻ってきた。
「あっ、松風さん、こんにちは」
「こんにちは」
「副部長の白河くんか! 袴姿じゃないから新鮮だね」
「……佐野さんですよね? お久しぶりです」
「蓮、覚えてくれてるよーー」
ワンテンポ遅れた返答にも嬉しそうに蓮の肩を叩く。
「よかったな」
「心がこもってないなーー」
「ほら、甘いの食いたいって言ってただろ?」
「あっ、食事系もあるじゃん!」
「本当だ。美味そうだな」
「森は焼きそば食いたいとか言ってなかったか?」
「別腹、全然食える」
パンケーキ店に男が五人で入れば目立つが、それが他校生なら尚更だ。彼らの場合は進学校の制服という事も、人目を引く一つの要因となっていた。
「翔、隣の教室に和馬たち来てるから、一瞬顔出せるか?」
「あぁー、今行くー。竹山、ハルが戻ってきたら五名の所、注文頼んでやって」
「う、うん」
陵に呼ばれ、またすぐに出て行った翔に、何の事か分からないまま竹山は頷いていた。
程なくすると、飲み物を受け取った遥が顔を出した。
「ハル!」
「竹山、どうしたの?」
「それ運んだら五名の所を頼むって、翔が」
「翔が?」
視線を移した一番端の席には、風颯学園弓道部の五人が座っていた。
「あっ、分かった。ありがとう、竹山」
持っていた飲み物を席まで届けると、蓮の元へ注文を取りにいった。チラチラと受けるクラスメイトからの視線は、彼氏がいるかもしれないという期待感と、顔面偏差値の高さからだろう。
「……蓮、お疲れさま」
「遥、お疲れさま」
「みんなで来てくれたんだね。ありがとうございます」
「この間は入賞おめでとう」
「田中先輩、ありがとうございます。風颯は中日本大会ですね」
「村松部長が頑張ってるからな」
「あぁー」
久しぶりに会う先輩らと談笑する遥は、可愛らしいムームー姿だ。
「そのヘアピンが美樹ちゃんとお揃いで買ったやつ?」
「うん、弓道部の子が作ったんだよ」
彼の方に右耳を傾ける横顔は嬉しそうだ。
「あっ、何にする?」
「アイスコーヒー四つと、アイスティー。あと、どれにするって言ってたっけ?」
「食事系を一つと、生とフルーツの二つ、生とハニーナッツ二つで」
「飲み物は先に持って来る?」
「うん」
「では、少々お待ち下さいませ」
遥が席を離れ、裏手で飲み物を用意していると、翔が戻って来た。二つの教室を使用している為、美樹と陵は隣の教室担当で、遥と翔がこちらの教室担当になっていたのだ。
「翔、伝言ありがとう」
「あぁー、次、案内してくるな」
「うん」
隣の教室で陵と美樹が注目されていたように、裏手のある教室では翔と遥の長身組が視線を集めていたが、本人達が気づく事はない。
「お待たせしましたー」
「ハルちゃん、よく分かったね。蓮がアイスティーって」
「あっ……」
無意識に蓮の前に置いた紙コップに気づく。
「紅茶、よく飲んでるから……気にしてなかったです……」
正直に応える微笑ましい姿に、彼らの頬も緩む。
佐野以外のメンバーにとっては、満部長の妹であり、中等部時代の後輩でもある為、他の女子部員よりも話しやすく、妹的な存在で見ている者も少なくない。
「お待たせしました」
「翔、ありがとう……寛子ちゃん、裏方は?」
「えーーっ、ハルの彼氏が来るって言ってたからー」
翔だけでなくエプロン姿の寛子も、裏方から仕上げたばかりのパンケーキを両手に持って出て来た。
「もう……蓮、小百合ちゃんと同じバスケ部の寛子ちゃんだよ」
「松風蓮です。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
寛子が珍しく緊張気味になっていたのは、彼がにこやかに微笑んだからだろう。
「それから、弓道部の先輩方で……田中先輩、下村先輩、森先輩、佐野さんだよ」
「えっ、俺だけ、さん?」
「あっ……えっと、佐野先輩」
「ハルちゃん困らせると、蓮が後から怖いぞ?」
「森、ほら食べるぞ?」
「はーーい、いただきます」
「残り一つ、すぐに持ってくるね」
「うん」
遥が残りの食事系を田中の前に置くと、五人分の注文が揃った。
「ハルちゃん、この後案内してくれるんでしょ?」
「はい、何処か行きたい所ありますか? これ、文化祭の冊子なんで、よかったら見て下さい」
昼時になった為、教室はまた満席だ。
「ハルーー、飲み物頼む」
「うん、用意したら渡しに行くね。あっ、陵の方の出来てるから、持って行ける?」
「了解、メモある?」
「うん」
部活の連携もあるのか、スムーズに接客していく姿に、蓮は笑みを浮かべていた。
「弓道部、仲良いんだなーー」
「そうだな。白河くんと松下くん、あと美樹ちゃんは、同じクラスらしいからな」
「へぇー、白河くんがさっきの副部長の子だろ?」
「うん、安定してたな。この間の大会」
「俺も思った!」
引退式を残し、部活は引退したとはいえ、さすがは強豪校の弓道部員だ。弓の事になると真剣な表情が並ぶ。
「さっき、遥が冊子くれたけど、何処に行くんだ?」
「ハルちゃんの所は見れたからなーー。買い食いはしたい」
「外でも焼きそばとかクレープ、おにぎりと豚汁とかも売ってるらしいぞ?」
「いいじゃん! お祭りの出店っぽくて」
「体育館でも色々やってるんだなーー。他校の学祭って、新鮮だよな」
「分かる! 自分の所だと、大体道場で時間取られて終わるからなー」
「だよなーー。今年は蓮と村松だな」
「あぁー」
衣装やハワイっぽいBGMも相まって、パンケーキ店は盛況だ。
「遥、写真撮ろ?」
「うん! 竹山、お願い」
「了解」
「二人じゃなくていいのか?」
「せっかくだから、先輩方も一緒に撮りましょう?」
「ハルーー、撮るぞー」
竹山に撮ってもらうと、遥は蓮と二人でも写真に収まっていた。彼が文化祭へ来てくれるのは、おそらく最後になるからだろう。想い出作りの一環は満に通じるものがあった。
「着替えてくるね」
「うん、待ってるな」
手を振り合う二人の仲の良さは、周囲から見ても明らかである。
「なぁー、翔」
「竹山、どうかしたのか?」
「あの風颯の人達、知り合いなのか?」
「あぁー、弓道部の合宿で世話になったんだよ」
「へぇー、じゃあハルの彼氏って、さっき話してた人か?」
「あぁー……ってか、竹山も知ってるんだな」
「さっき、あれだけ寛子が騒いでればなーー」
遥の知らない所で、彼氏が文化祭に来ている事がクラスメイトに周知されていった。
教室に戻ると、会計を済ませた彼らが廊下で待っていた。
他校生が五人も揃っていれば、それなりに目立つ為、遠巻きに眺める生徒が多く見受けられる。
ーーーー目立つ……風颯は、この辺りだと有名な進学校だから、しょうがないかもだけど……
近寄るのを躊躇しそうになる程だが、彼がいつものように柔らかな笑みを浮かべている為、安心したのだろう。いつも通り歩み寄った。
「お疲れさま」
「……お疲れさま、お待たせしました」
「ハルちゃんの制服姿、久々見たなーー」
「いつも袴ですもんね」
「じゃあ、俺らは適当にぶらついてから帰るから」
「えっ?」
「遥ちゃん、またねーー」
「じゃあなー」
「えっ??」
てっきり、みんなと回ると思ってたのに…………
声を掛ける間もなく、四人は何処かへ行ってしまった。
「遥、女バスの出店に行くだろ?」
「う、うん……」
そう言った蓮は、気にする事なく右手を取った。
「…………よかったの?」
「うん、帰りは適当に合流するから大丈夫だよ」
「ありがとう……」
思いがけず蓮と二人で回れて、嬉しい…………
気持ちが漏れているのだろう。握った手からもその想いは伝わっているようだ。
「ーーーー焼きそば買ったら、何処かで食べるだろ?」
「うん! あっ、おにぎり持ってきたよ」
「ありがとう。楽しみだな」
二人は、校庭にいくつかあるテントのうちの一つに並んでいた。女子バスケ部の売り子は小百合と千佳だ。元気よく売りさばいている為、繁盛していた。
「小百合ちゃん、千佳ちゃん!」
「遥! いらっしゃーい!」
「焼きそば、二つお願いします」
右手でピースサインを作って注文する遥と、隣にいる彼にすぐに気づく。
「こんにちは」
「蓮さん、こんにちはーー」
「来てたんですねー。さっき、風颯の制服着てた四人組も買いに来てましたよ」
「じゃあ、同じ部活の奴かも」
話しながらも、注文した焼きそばは直ぐに出来上がり、遥は手を振りテントを後にした。
「相変わらず、仲良いねーー」
「そうだねー」
さすがに校内の為、ぴったり寄り添っている訳ではないが、遥は小さな手提げを左手に持ち、右手は彼と繋がったままだ。小百合と知佳でなくても、二人がカップルという事は一目瞭然である。
「蓮、座って食べよ?」
「うん」
中庭にある四人掛けの椅子に並んで腰掛けると、遥は手提げに入れていた飲み物やおにぎりを取り出し、蓮は買ったばかりの焼きそばをテーブルに並べた。
『いただきます』
揃って両手を合わせると、美味しそうにおにぎりを食べる彼に、嬉しそうな表情を浮かべる。
「また……蓮と回れて嬉しい……」
「うん、俺も……遥と同級生だったら、面白そうなのにな」
「うん……そうだね……」
蓮と同級生だったら、同じクラスになれたりしたのかな?
考えただけで、楽しそう……
妄想だけが膨らんでは、萎んでいく。
……年の差は縮まらないし……別々なのは、分かってるの……これが現実だって…………学校だって、私が決めて外部を受けたんだから…………
自分の選択に後悔はしてないけど、蓮と一緒に過ごせたらいいなって、思う時はある。
今も…………
「同じ学年は無理だけど、また一緒に弓が引けるように頑張るね……」
「うん、楽しみだな」
「みっちゃんと会うのが?」
「あーー、それもな。満はついで」
「そんな事言ったら、みっちゃんが悲しむよ?」
「満はバイトもしてて、忙しそうだよな」
「うん……長期休みの時には、短期のバイトを入れてるみたいだよね」
「うん、大学生かー」
先に大学生になった満を、揃って想い浮かべていた。
蓮が頻繁にメッセージのやり取りを行なっているのは、今の会話からでも明らかだ。
「ーーーー早いな……来月は、うちの学祭に来れるか?」
「うん、弓道部の子達と行くね!」
「また人数分かったら、チケット渡すから」
「ありがとう。今年は……蓮から受け継がれていくんだね」
「そうだな。早いよな……」
一年が過ぎ去るのを早く感じたのは遥だけではない。部長になり一年足らずで引き継がれていく伝統に、蓮もまた重ねていたのだ。
「蓮、今日は来てくれてありがとう」
「うん、今年の衣装も可愛かったよ」
「……うん、ありがとう」
少し照れた様子の遥に、彼も頬が緩んでいるのだった。
「蓮、お待たせーー」
「見て回れたか?」
校門に一番乗りした蓮に続いて五人が揃う。
「あぁー、お腹いっぱい」
「佐野は食い過ぎだろ?」
「焼きそばに、クレープ、じゃがバターとか美味しかったなー」
「通常運転だな」
「だよなーー」
「これ、遥から」
蓮はそう言って、ショートブレッドが入った小さな袋を手渡した。
「来てくれて、ありがとうだってさ」
「ハルちゃん、相変わらず器用だなーー。手作りだろ?」
「あぁー、今日は付き合ってくれて、ありがとう」
「蓮はそういう所、素直だよなーー」
「だな」
蓮は佐野とは約三年、他のメンバーとは約六年間、部活動を共に過ごしてきた為、彼にとっても感謝のひと時であった。
祭りの後の寂しさをほんの少し滲ませながら、仲間と共に帰っていった。
遥が教室に戻ると、小百合や翔も教室に戻っていた。文化祭は間もなく終わりを告げるのだ。
「お疲れー」
「お疲れさま」
ーーーー早かったな…………もっと、蓮と一緒にいたかったけど……教室に戻って来ているのは、在校生だけ。
こういう時、年も違えば、同じ学校でもないんだ……って、思い知る。
そばにいると忘れそうになるけど……
教室がいつもの風景に徐々に戻っていく。机にかけられたテーブルクロスは撤去され、追いやられていた教卓は、黒板前の定位置に移動する。
そんな教室の風景ですら、彼女は別れの時を感じていた。
寂しさを紛らわすように、笑顔で友人達と祭りの余韻に浸っているのだった。