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第四十五話 再演

 「遥、こっち向いてーー」

 「うん……」


 返事が微妙なのはムームーを着ているからだ。パンケーキ作りの裏方希望だったが、美樹の推しに負け接客担当になっていた。

 そんな遥とは違い、美樹はアロハシャツを着た陵と楽しげだ。既に撮影会が行われ、流石はクラスの名物カップルである。


 「美樹ちゃんと松下は、サイズオッケーだから着替えてー」

 「はーい」 「了解」


 文化祭を明日に控え、パンケーキ店になった二年一組から甘い香りが漂う。


 「美味しそう」

 「遥、味見する?」

 「うん!」


 小百合からフォークを受け取ると、何度も試作しただけあり、ふんわりとしたパンケーキが口の中を満たす。最終の試食は誰もが納得する出来だ。

 教室も文化祭仕様に彩られ、準備万端である。


 「小百合ちゃんは、バスケ部でも焼きそば屋さん、するんでしょ?」

 「うん! 二日目にそっちの接客するから買いに来てよ」

 「うん」

 「ハル、弓道部は何かしないのか?」


 制服に着替えた竹山が話に加わり、修学旅行班のメンバーが揃う。エプロン姿の小百合を除き、接客担当になっていた。


 「毎年、何もしてないからね」

 「あぁー」

 「何かやっても良かったかもなーー」

 「そうだねー」


 文化祭はクラスだけでなく出店や展示を行う部活もあるが、主に部員の多い運動部や文化系の部活動が中心だ。その為、教室や校庭だけでなく体育館でも、演劇やカラオケ大会等、様々な催しが行われる事になっている。


 「明日、楽しみだね!」

 「うん!」


 明日に向けて放課後の校庭には、テントや迷路等が設置され、学校全体がお祭りムードになっていた。


 学校とは対照的な静かな道場から、心地よい弦音が聞こえる。遥は静かに道場に入り、彼の背中を見つめていた。


 ーーーー蓮の……音だ…………


 まっすぐに放たれる矢に、その背中に、想い返していた。


 ……あの頃から変わらない……澄んだ弦音が響くの。


 遥は引き終わる姿を見届けてから声をかけた。


 「…………蓮、お疲れさま」

 「遥……お疲れさま、少し引いてくだろ?」

 「うん!」


 手早く制服から袴に着替えると、彼の隣に並んで弓を引く。

 カンと、美しい弦音が場内に響いていく。

 遥は隣にいる音を聴きながら、終始楽しそうだ。その手元が狂う事はなく、的確に射る姿があった。


 彼もまた、久しぶりに近くで感じる遥の射に、心を奪われそうになりながらも引いていた。


 二つの的には十二射ずつ中り、どちらからともなく視線が交わる。

 矢取りを行う僅かな間も、二人にとっては貴重な時間だ。


 「蓮、明後日来れる?」

 「うん、見に行くよ。今年はパンケーキだっけ?」

 「うん! 食事系と甘いのと、両方用意してるよ」

 「楽しみだな」


 笑顔を見せる彼女に、蓮も嬉しそうに微笑んでいた。






 「二年一組では、パンケーキ店をやってまーーす!」

 「ぜひ食べに来て下さい!」


 遥は美樹とムームーを着て、呼び込みを行なっていた。

 二人の後ろには、制服の黒いパンツにアロハシャツを着た陵と翔がプラカードを持っている。


 「陵がいるなら、俺いらなくないか?」

 「私も。あと、任せる?」


 陵は三年生からも一年生からも、変わらずに人気があるのだろう。彼女がいるにも関わらず、今も声をかけられているが、全て愛想笑いで断っている。


 「……美樹は大変だな」

 「うん、慣れた」


 翔は親友歴が長い為、陵の性格をよく分かっている。美樹もこの一年で慣れたのか、声をかけられて気にしていない訳ではないが、気にしないように心がけているようだ。


 「これ終わったら、他のクラス見て回るでしょ?」

 「うん」

 「途中サボってた陵に、奢らせような!」

 「賛成!」


 翔と遥の様子に、美樹もクスクスと可愛らしい笑みを浮かべた。


 「何食べる?」

 「クレープ食べたいなぁ」

 「和馬たちが店番してるって、言ってたからな」

 「うん」


 ムームーとアロハシャツを着ていた遥たちは、今日の役割を終えると、外でクレープ屋の出店を開いている和馬たち四組の元を訪れていた。


 「お疲れー」

 「お疲れさま」

 「お揃いのTシャツいいなぁー」

 「うん、可愛い」

 「遥、ありがとう。食事系はツナで、スイーツ系は生チョコバナナか生クリームとブルーベリーだよー」

 「遥、シェアして食べる?」

 「うん!」


 雅人がクレープを焼き、奈美が仕上がると、接客担当の和馬と真由子が遥たちへ手渡す。弓道部の連携が取れた時間帯だ。


 「美味しい!」

 「ありがとう、明日は私たちが一組に行くね!」

 「うん、待ってるね」

 「またなーー」


 中庭に用意された簡易のテーブルに飲み物を置き、椅子に腰掛ける。先程寄ったクレープの他に、由希子や隆のクラスで買ったフランクフルトやじゃがバターも並んでいる。腹ごしらえをしてから一年生のクラスを巡るのだ。


 「一組は宮崎くん、杉山くんにカモちゃんで、二組が青木くんとヒラちゃん、オチちゃんだよね?」

 「うん、三組はコバちゃんとマスちゃんに、石田くんと曽根くんでしょ?」

 「うん、四組は渡辺くんとイノちゃんだよね?」


 遥と美樹は文化祭の冊子を見ながら、各クラスの催し物をチェック中だ。一年は一組から順に、ホスト喫茶、輪投げ等の縁日、手作りアクセサリーの販売、写真館となっている。


 時折、弓道部のグループラインには写真が上がっていた。皆、思いおもいの文化祭を楽しんでいるようだ。


 「食べたばっかだから、宮崎たちのホスト喫茶は最後に回るか?」

 「うん!」

 「じゃあ、四組から順に回って行くかーー」

 「写真館って事は、美樹たちがやったのと同じ感じかな?」

 「ねっ、どんな衣装があるか楽しみだよねー」

 「去年の新撰組は目立ってたからな」


 昨年も一日目は四人で回っていた為、共通の想い出が多いのだ。


 「いらっしゃいませー」

 「おっ、渡辺が接客してんじゃん!」

 「先輩! 来てくれたんですか! 今、井上が衣装の所で接客中ですよ」

 「じゃあ、四人で頼むなーー」

 「はい!」


 昨年の一年三組が行ったコスプレ写真館と同じような感じだが、接客担当は執事とメイド風の衣装に身を包んで客寄せをしている。

 親戚の子に会ったかのように、渡辺と井上の写真を撮る四人だったが、さすがは彼らの後輩だ。上手く誘導し、六人揃って写っていた。


 「部長ー、どの衣装にしますか?」

 「うーーん、美樹どうする?」

 「メイド!」

 「美樹は、こういうの意外と好きだよなーー」

 「面白くない?」

 「否定はしないけどなーー」

 「遥に髪の毛やって貰ったから、可愛いアップになってるし」


 美樹の推しで、遥と翔は二年連続でメイドと執事に扮していた。


 「二人でも撮ってー」

 「追加料金貰いますよー」

 「了解」


 陵と美樹は、カップルでも仲良く写真に収まっていた。


 「いーちゃんの先輩って、仲良いんだね」

 「うん、みんな仲良いよー」


 遥と翔はカップルにはついていけず、早々と制服姿に戻っているが、二人をおいて行く事はなく、渡辺と井上と話をしながら待っていた。


 三組では、手作りのアクセサリーを販売する小林と増田が髪飾りを、石田と曽根がレザーのブレスレットを付けていた。制服のままだが、アクセサリーは普段付けない為、文化祭ならではの装いだ。


 「コバとマスが作ったのは、この辺りっすね」

 「石田くんと曽根くんは、作ってないの?」

 「俺たちは、レザー系のキーホルダーっす」

 「二人とも器用だなーー」


 遥たちが、どれを買うか迷っていると、小林と増田が接客担当の入れ替わりなのだろう。教室に戻って来た。


 「先輩! 来てくれたんですね!」

 「お疲れさま。みんな、器用だね」

 「ありがとうございます!」

 「美樹、どれか買って付けない?」

 「するするー! ムームーにも合わせたいから、花のにしようかなーー」

 「うん、この白いの二つにする?」

 「うん!」


 遥と美樹は、小林と増田が作った白い花モチーフのピンをその場で付けた。


 「明日もつけて接客するね」

 「はい、ありがとうございます!」


 手を振り教室を出ていく遥たちは、隣のクラスに入っていった。


 「先輩たち、仲良いねー」

 「だよなーー。明日は奈美先輩たちが来るって言ってたよな?」

 「うん!」


 二年生に負けず劣らず、一年三組の四人の仲も良好なようだ。


 「何か人だかり出来てないか?」

 「去年の陵みたいだね」

 「そうだねー」

 「おい!」


 美樹にまで言われ、思わず声を上げる。

 人だかりの原因は法被姿の青木だ。クラスでも盛り上がっていたが、体育祭の応援合戦から人気があるのだろう。今も上級生に話しかけられていた。


 「あっ! 先輩!」

 「青木、すごいな」

 「陵みたいだった」

 「いや、陵先輩には敵わないですよ」

 「おまえらなー……」


 文化祭のテンションの高さもあり、楽しさも割増しなのだろう。終始笑顔の四人に、青木だけでなく、その場にいた平野も落合も笑顔だ。


 「ハル、本当に得意だな。履歴書に書けるんじゃないか?」

 「いやだよ。特技、輪投げって……」

 「去年も雅人が、遥が一番の客って言ってたもんね」

 「縁日の遊びは割とすきだよ?」


 遥は取ったばかりの飲み物を一年生に渡すと、残りの飴とキャラメルを、美樹たちと四人で山分けにした。


 「懐かしいなーー」

 「うん、小さい頃すきだったなぁ」

 「私も……」


 チェルシーとミルクキャラメル……前はよく食べたよね。

 今も、糖分補給に使う時もあるけど……


 久しぶりに見る小さな箱のパッケージに懐かしさを感じていると、時間があっという間に流れていく。

 残すは、最後に来る事にしていたホスト喫茶のある一組だ。


 「何か、暗い?」

 「カーテン閉めて、暗くしてるんだなーー」

 「すごいね」


 スーツ姿の男子生徒が接客にあたっている。ホストと名付けただけあって、髪をあげたり、ネクタイを崩して着たりと、スーツの着方は様々だ。


 「ってか、ホストってだけあって女子率高いなーー」

 「確かに……」


 遥も見回せば、陵と翔以外では一組しか男子の客がいない事に気づく。


 「いらっしゃいませ」

 「宮崎と杉山はいる?」

 「は、はい! お呼びします!」


 陵に勢いよく応えた男子生徒、これではどちらがホストか分からないと感じる三人がいた。


 「お疲れさまです!」

 「こちらがメニューになります」


 宮崎と杉山は弓道部の中でも背が高い為、スーツ姿がよく似合う。他の席で接客をしていたようだが、弓道部の先輩という事で来てくれたのだ。

 部活と変わらない雰囲気の二人に視線が集まっていた。チラチラと、女子生徒の視線を多く感じるのは、二人だけのせいではなく陵と翔がいるからだろう。


 「加茂、呼んでーー」

 「はい、ただいま」 「喜んで!」


 宮崎と杉山もノリが良いが、陵の場合は悪ノリし過ぎである。隣に座る美樹の冷ややかな視線を浴びながらも、平然と振る舞う姿はいつもの事だ。


 「先輩、来てくれたんですね」

 「カモちゃん、出てきてくれてありがとう」

 「もう、陵は少し反省してよ?」

 「えーーっ……」


 抗議しながら美樹の肩に触れるが、さっと避けられ笑いを誘う。


 「……美樹、避けるのはやめてよ」

 「陵……似てないからね!」

 「あぁー」

 「先輩……もしかして、部長の真似ですか?」

 「えっ? 私??」

 

 呆れ気味な美樹と翔に、自分の事だと思いもしなかった遥は驚いた様子で持っていたグラスを机に戻した。


 「似てるだろ?」

 「似てないよ!」


 悪そうな顔をして笑う陵に、抗議したのは遥だ。

 ホスト喫茶という事もあり、接客担当がテーブルに付いている為、何処も話はしているが、人数の多さと人目を引くメンバーでいえば、このテーブルが一番だ。注目の的である事は明白である。


 「なぁー、杉山。お前のとこ、先輩とめっちゃ仲良いんだなー」

 「だろ?」


 自慢であるかのような返答に、グラスを持ってきたホスト役も思わず頷く。仲が良いと言われる程、他の運動部に比べ上下関係が曖昧だからだろう。


 「そこの君、撮って貰えるか?」

 「は、はい!」


 抜かりない陵に誰も気にする様子はなく、ここでも写真を撮り一年生との交流を終えると、自分たちのクラスに戻っていくのだった。

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