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第四十四話 対戦

 東部地区を男女ともに団体一位で終えた清澄高等学校弓道部は、朝練と午後練の練習にも気合が入っていたが、遥たちは放課後も教室に残っていた。

 黒板には文化祭実行委員が書き出した案が並んでいる。


 「今年は外でも出来るけど、他にあるかーー?」


 寛子が黒板にクラスの出し物の候補を書いている。クレープやタピオカドリンク、パンケーキと、女子に人気の食べ物ばかりが並ぶ。団子屋や毎年人気のおにぎり屋もあるが、一組はどれに決まっても食べ物屋になりそうだ。


 「これで多数決でいいかーー?」


 特に異論がない為そのまま挙手をしていくと、パンケーキが圧倒的多数だ。放課後でお腹が空いている時間帯だったからかは定かではないが、パンケーキ店に決定したのである。




 「一組はパンケーキかーー」

 「四組は?」

 「外でクレープ屋だったな」

 「青木は?」

 「二組は輪投げとかの縁日ですね」

 「去年、雅人が法被着てやってたな」

 「うん、またみんなで回れるといいね」

 「そうだねーー」


 部活が終わり、それぞれ校門で分かれる所だ。

 電車組の一年生の四人と遥たちは、駅まで一緒に歩いていく。


 「コバちゃんとマスちゃんのクラスは、手作りアクセサリーのお店だっけ?」

 「はい! 楽しみです」

 「渡辺は?」

 「俺のクラスは写真館でしたね」

 「去年、俺らもやったよなーー」

 「うん! 楽しかったよねーー」

 「先輩たちのメイドと執事の喫茶室、人気だったらしいですね?」

 「えっ? そうなの?」

 「ハル、売上げ一位だっただろ?」

 「そういえば、そうだったね」

 「部長たちの写真、ないんですか?」

 「あるある! 見るーー?」


 美樹がスマホをスクロールし、二人の写真を探していくと、メイド服の遥と執事の衣装を着た翔が写っていた。


 「クオリティー高いですね!」

 「被服部の子が頑張ってくれてたからね」

 「あぁー」


 ーーーー懐かしい……みっちゃんが、弓道部のメンバーと来てくれたんだよね。

 少しでも、蓮と一緒に回れて嬉しかったな……


 遥はスマホに残る写真に、昨年の文化祭を想い返していた。

 いつものように駅で分かれると、電車の窓から移り変わる景色を眺めていた。


 …………団体か……今年で最後の大会だから、入賞できるといいな。

 いつもの射をできたら…………


 矢筒につけた御守りに視線を移し、願っていた。少しでも長く仲間と引けるようにと。






 県連秋季大会は県武道館が会場の為、父に車で送って貰っていた。


 「遥、いってらっしゃい」

 「うん、お父さん、ありがとう。いってきます」


 車を降りた遥は秋晴れの空を見上げ、深く息を吐き出す。


 一人八射、団体計四十射で予選が行われ、男女別上位四校が準決勝、決勝と、トーナメントを勝ち抜き、八位以上が入賞。二位以上が中日本大会へ出場となる。

 清澄が勝ち残った東部地区、風颯のある中部地区、そして西部地区の計二十七校の中から順位が決まるのだ。


 「ーーーー緊張していますね」

 「そうですね……」


 藤澤の呟きに近い声に応えた一吹にも、団体出場メンバーの緊張感が応援に駆けつけた一年生にも伝わっている事が分かった。部活動中とは違い、極端に会話が少ない。


 「会場は大きいけど、基本はいつもと変わらないからな?」

 「はい」


 一吹に反応したのは遥だけだ。

 彼女は緊張する度に深く呼吸をし、震えないように整えながら、特に顕著に表れる後輩に声をかけた。


 「……カモちゃん、大丈夫だよ」

 「部長ー……」


 加茂の背中をそっと押し、笑顔を作ってみせた。

 二年生にとっては最後の大会になるが、それとは関係なく、ここにいるメンバーで引ける事が楽しみであるとはいえ、精一杯の強がりでもあった。


 「皆なら大丈夫だ。実践練習もたくさんしてきただろ?」

 『はい!』


 今度は部員全員が返事をする姿に、一吹は藤澤と顔を見合わせ、強くなった事を実感しているのだった。




 清澄の緊張が和らぎ始めた頃、会場には彼の姿もあった。濃紺のジャージはどこへ行っても注目の的であるが、今日は制服姿だ。


 「蓮、楽しみだな」

 「そうだな。また中日本大会に出れるといいな」


 風颯学園の団体メンバーだった五人は、後輩の応援に駆けつけていた。全国大会に参加していた三年生が、この大会を見学に来る事は毎年恒例である。


 「はじまるな」

 「あぁー」


 二年生だけで編成された団体メンバーに、蓮は勝ち残ると確信していたが、勝負はやってみないと何が起こるか分からない。


 「ーーーー村松……いい感じじゃん」


 次々と放たれる矢に、最初に気が緩んだのは佐野だ。それをきっかけに森や下村と、次々に口を開く。

 彼らにも後輩の緊張感が多少なりとも移っていたようだ。


 「……だな。さすが部長」

 「確かに。村松と足立は割と安定してるからな」

 「うん……上手くなったよな」


 そう応えた蓮は、後輩の頑張りに自然と頬が緩む。


 「次、清澄だな」

 「東部地区、一位だったんだろ?」

 「あぁー、高校から始めた二人が安定してきたからな」

 「詳しいな。遥ちゃんから聞いたのか?」

 「ん? あぁー、遥も楽しみにしてたからな」

 「蓮といい、ハルちゃんといい、心臓強いよなーー」

 「森、そんな事ないだろ? 毎回、緊張するし」

 「蓮は分からないんだよなー。いつも落ち着いてるし」

 「そうそう。冷静な感じだし」


 散々な言われようだが、蓮自身も緊張は毎回のようにしていた。そして、彼女が緊張している事も痛いくらいに分かっていたのだ。


 「ーーーー白河くんと松下くんが六中か……」

 「午後の決勝トーナメントは、うちと清澄で決まりだな」

 「あぁー」


 風颯は危なげなく一位の為、四十射二十五中で四位になった清澄との対戦が決まったのだ。


 「蓮、楽しそうだな?」


 佐野の問いに頷く。


 「…………うん、楽しみだよ」




 男子に続いて女子の試合が始まるからだろう。藤澤と一吹には、部員の緊張が手に取るように分かった。


 「ーーーー会場も地区大会より大きいですからね」

 「そうですね。こればっかりは慣れですしね」

 「ええー」


 小声の会話は側にいた部員にも聞こえていない。一度は治ったはずだが、緊張した面持ちで彼女たちの出番を待っていると、男子団体メンバーが戻ってきた。


 「皆、よく頑張ったな。午後もその調子でな」

 「はい!」


 見学していた一年生に対し、戻ってきたメンバーは清々しい顔だ。たった一年の違いでも、緊張感との付き合い方も先輩である。

 一年生の青木に限っては、中学の経験が活かされているのだろう。メンバーだけでなく、藤澤や一吹にとっても頼もしい限りだ。


 「…………始まるな」


 翔の声で揃って視線を向けると、女子団体メンバーの五人が姿を現した。再び独特の緊張感が場内に満ちる。


 チームメイトが見守る中、大前の美樹から順に放つ。

 成長した彼女たちの射に、自然と笑みが溢れる藤澤と一吹がいた。


 「すご……」

 「上手いよなーー」


 後輩の漏らした声に応えたのは、ムードメーカーな陵だ。


 「遥が高校の公式戦で外した所、見た事ないよなーー」

 「あぁー、部長は頼もしいだろ?」


 頷いて応える一年生は、同い年の加茂を応援しながらも、安定感のある射に、ただ圧倒されていた。それは全国覇者に相応しい射だった。


 「…………四十射二十六中で、三位か」

 「俺たちも負けてられないな」

 「そうだな」


 彼女たちの健闘に、仲間も感化されたようだ。

 男女揃っての決勝トーナメント出場は、清澄高等学校と風颯学園高等部の二校だけだ。


 「まさか、両方とも風颯と当たる事になるとはな……」

 「そうだね」


 風颯学園は男子が一位、女子が二位だ。決勝トーナメントの準決勝では一位と四位、二位と三位が当たる事になっている。その為、必然的に風颯学園対清澄高等学校となった。


 昨年は午後の試合に参加出来なかった男子にとって快挙ではあるが、県内No1の高校に当たるとは、勝利運があるのか微妙な所だ。


 「次は四射だろ?」

 「うん、一位と四位のトーナメントから始まるから、男子がトップバッターだね」

 「はぁーー、緊張するなーー」 

 「そうだねー。でも、みんな課題はクリア出来てたんじゃない?」

 「うん、美樹の言う通りだね」


 皆、八射四中以上と結果を残していた。

 特に青木と加茂に至っては、さすがは経験者というべきだ。練習と同じ本数を引ける時点で優秀である。


 会場入りした時よりも、柔らかな表情が並んでいる。試合の独特の緊張感から一時いっときでも解放されているからだろう。


 ーーーー楽しみ……午後も弓が引けるなんて…………


 微かに笑みを浮かべ、チームメイトと楽しそうに話す遥の姿があった。




 「両方とも清澄とかーー」

 「うん、さっそくだな……」


 蓮が視線を移すと、風颯、清澄の順に会場に入ってきた。これから一人四射、合計二十射で競い合うのだ。


 矢を放つ音、的に中る音が、次々と会場に響いていく。

 先週までは大会出場の度に緊張していたが、見学する今もあまり変わりはない。部員の息遣い、視線、手の震えと、微かな動作を見ているだけでも伝わっていた。


 「…………決まったな」


 右側の五つの的には全部で十六射。左側の五つの的には全部で十三射。風颯学園が決勝進出を果たしたのだ。


 「次の勝利校と決勝戦か。女子の準決は最後だなーー」

 「そうだな……」


 蓮からは観覧席でチームメイトを見守る姿が目に入った。悔しさよりも、何処かすっきりしたような表情を浮かべる彼女は、自分の番へと気持ちを整えるように呼吸をしているようだ。


 「ーーーー蓮? 何かあったか?」

 「いや、何でもない。中日本大会は決まったな」

 「だな!」


 佐野に視線を移せば、自分の事のように喜び合う仲間がいた。




 ーーーーーーーー緊張する。

 いつもの事だけど、慣れないよね……


 見た目には分かりにくい為、『心臓が強い』と、言われる事も頷けるが、いつもよりも速く鳴らないように息を吐き出したにすぎない。


 「ーーーー頑張る……」

 「うん!」


 明らかに緊張気味で告げた美樹に、遥はいつもと変わらない笑みを浮かべる。その姿に仲間は勇気づけられていたはずだ。


 一射、また一射と、的に放たれていく矢は、時折外れているが、そのまま崩れる事なく、持ち直すように引く姿があった。


 ーーーー最後…………あっという間だったと思う。

 この大会で弓を引く機会は最後……もっと綺麗な形で、もっと響くような音で、もっと…………と、望んでしまう。

 何度も……最後にしたくないと、願ってしまうから。


 右側の五つの的には全部で十四射。左側の五つの的には全部で十二射。風颯学園との対決は男女ともに、風颯に軍配が上がった。


 遥が感じていたのは悔しさよりも安堵だった。

 此処まで仲間と来れた事が、何よりも嬉しかったのだ。


 「…………楽しかった」


 思わず溢れた本音に、チームメイトからも笑みが溢れる。全国クラスの高校と対戦できる所にまで来たのだ。


 「よく頑張りましたね」

 「入賞おめでとう!」

 『はい!』


 藤澤と一吹に応える表情は晴れやかだ。

 男子は昨年の八位入賞からの躍進に、女子にとっては悲願の初入賞である。


 「やったね、遥ーー!」

 「うん!」

 「お疲れー!」

 「お疲れさまー!」


 団体メンバーが喜び合う中、応援に駆けつけた一年生は、羨望の眼差しを向けているのだった。




 決勝の舞台に立った風颯学園は、予選結果と同じく男子が一位、女子が二位となった。そして、清澄高等学校も予選と同じく、男子が四位、女子が三位と入賞を果たした。


 入賞校発表の際、嬉しそうに笑い合う姿に、藤澤と一吹も頬を緩ませた。


 「遥、またねーー」

 「うん、また月曜日にね」

 「またなーー」


 現地解散の為、遥は迎えの車をベンチに腰掛けながら、一人で待っていた。


 少し寂しさを滲ませていた頬に、冷たいペットボトルが触れる。


 「ひゃっ!」

 「……お疲れさま」


 驚いて振り返った彼女の目の前には、微笑む姿があった。


 「…………蓮」

 「楽しかったか?」

 「うん……此処にいて、大丈夫なの?」

 「うん、村松中心でミーティングしてるから、大丈夫だよ」


 そう言って、ごく自然に腰を下ろす。


 「そう、なんだ……」

 「一週間ぶりか」

 「うん……」


 近い距離に少し照れた様子の遥は、差し入れのスポーツドリンクを口にした。


 「もう少ししたら、いつもの所で一緒に出来るな?」

 「うん……引退式、楽しみにしてるね」

 「うん」


 そっと触れる手に頬が染まる中、彼のスマホが鳴った。


 「……時間か…………遥、またな」

 「うん、ありがとう」


 後姿を眺めながら、今日の射を振り返っていた。


 初めての合同合宿では、まるで相手にならなかった風颯に、今日は少しでも挑むことが出来たかな……楽しかったけど、蓮の弦音が……もっと、聴きたかった…………


 高校の大会で竹弓の使い手は稀な為、彼のような弦音は滅多にいない。今回の県大会で竹弓を用いていたのは、遥だけだった。


 自宅に帰る中、スポーツドリンクで喉を潤していると、バイブ音が鳴った。


 「遥、どうだったんだ?」

 「んーー、女子が三位で、男子が四位入賞だったよ」

 「すごいじゃないか!」

 「うん、ありがとう……」


 父に褒められ、嬉しそうに応えたが、スマホに視線を移したままだ。そこには、彼からのメッセージが届いていた。


 『お疲れさま! 入賞おめでとう!!』

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