第四十二話 継走
続けざまに響く弦音も、今日まで…………
「もう夏休みも終わりかー……」
「早かったね」
夏休み期間中は何度か二人で出かけたけど……今みたいに、一緒に弓が引ける時間は貴重だったと思う。
学校が始まったら……
「インターハイの表彰だな?」
「うっ……思い出させないでよ……」
「相変わらずだなー」
頭に触れる手に、遥はそれ以上何も言えずにいた。
「ーーーー大丈夫だよ」
「……ありがとう」
並んで座る二人は、ぴったりと寄り添っている。
「スポーツフェスティバルの前に、遥は体育祭だっけ?」
「うん……今年はリレーの選手になったの」
「すごいじゃん」
「蓮は毎回リレーの選手でしょ?」
「あーー、他にいないらしくて」
「それ、違うからね?」
少し天然と言われがちな遥だが、蓮も似たようなものだ。たまにうっかりさんだとお互いに思っている為、突っ込み役がいないのである。
「それより……次は、残りそうだな?」
「ーーーーうん……そうなるように頑張るね」
的に視線を移した遥には、五人が並ぶ姿が映っているようだった。
始業式では、遥の苦手な部活動の発表が待っていたが、今回は他の部活に紛れながら賞状を受け取っていた。
「遥たち、すごいね」
「だろ?」
壇上を見上げる小百合にドヤ顔の陵は、二人に向け拍手している。
「松下が自慢するとこ?」
「いいだろ、五條。自慢したいんだよ」
「まぁー、気持ちは分かるけどねーー」
背の順で並んでいる為、小百合と陵が小声で話をしていると、また拍手が起こる。
弓道部だけでなく、好成績を残した生徒に向けて、賛辞が送られていた。
ーーーーこういうのは、慣れないけど……蓮も受け取っているのかな……
遥が想うのは彼の事だ。この場においては、気を紛らわせる事にも一役買っていた。
他の部活が表彰される度、彼女が拍手をする後姿を弓道部の仲間は微笑ましく眺めているのだった。
道場には新学期早々にも変わらず、袴姿の部員が集まっていた。並んで座る中、遥は部長の務めを果たすべく、藤澤たちと共に立っていた。
「スポーツフェスティバルが、約二週間後にあります。県連秋季大会を目指して、頑張っていきましょう」
「そうですね、今年も頑張りましょうね」
『はい!』
藤澤に応える彼らは、大会が楽しみで仕方がない様子だ。
一吹がコーチを始めて、一年近くが経っていた。最初はコーチを続けるか迷っていた彼も、今は彼らの成長が楽しみで辞められないようだ。
「実践練習するから、まず男子からな」
「はい!」
勢いのある声に、藤澤だけでなく一吹も何処まで進めるか期待を寄せていた。それは部員達にとってもだ。新たな体制で臨む大会に向け、士気も高まっていった。
「体育祭かーー」
大きく伸びをしながら呟く陵と美樹が隣合って歩いている。
「夏休みも練習してたんでしょ?」
「まぁーな」
「三人ともリレーの選手かぁー」
「明日から練習だな」
「あぁー」
「うん……」
必然的に遥の隣を翔が歩いているが、会話はいつものように四人だ。前を歩く陵と美樹が時折振り返りながら話している為、ゆったりな歩幅だ。
応援団や種目は夏休み前に決めており、応援合戦参加の陵は、部活の合間に夏休み期間中の練習にも参加していた。美樹の言った通り、明日から本格的にリレーの練習が始まる為、三人にとっては慌ただしい放課後になりそうだ。
「遥は分かりやすいなぁー、部活に早く参加したいんでしょ?」
「うっ……うん……」
「まぁー、気持ちは分かるけどなーー」
「あぁー、大会が近いしな」
リレーかー……中学の時も、選ばれた事があったっけ……あの時から、この想いにも名前がついたんだよね。
スマホに届くメッセージに、思わず頬が緩む。
遥が美樹たちとまだ一緒にいたなら、尋ねられそうなほど顔に出ていた。
「ーーーー蓮……」
思わず呟く。返答がないと分かっていながら口にした名前に、切なさが混じる。
「ーーーー遥!」
聴き覚えのある声と伸びた影に顔を上げると、彼が手を振っていた。思わず駆け寄った遥は笑顔を見せる。
「……お疲れさま!」
「お疲れさま、タイミングよく会えたな」
「うん……」
昨日まで一緒にいる時間が多かったから、一日会えないだけでも……淋しく感じていたんだ……
「頑張ろうな?」
「うん……」
頭から頬に触れる手に、遥はそっと手を重ねた。
「……蓮、どうしたの?」
「いや……大丈夫そうだな……」
不意に抱き寄せられ、心音が速まる。
「……会えてよかった」
「うん……嬉しい……」
素直に口にした遥に、彼の心音も速まる。柔らかな笑顔に手を伸ばし、唇が重なっていた。
顔を真っ赤に染め、彼の胸元へ額を寄せると、同じ速さに息を吐き出した。
「…………蓮……ありがとう……」
「うん……」
背中に手を伸ばした遥は、そっと瞳を閉じていた。
離れる瞬間は……やっぱり、少し切ないけど……
「……見ててね」
「うん……楽しみだな」
「うん!」
手を振り分かれる二人は、振り返る事なく遠ざかっていったが、心は繋がっているようだった。
教室には、体育祭実行委員を中心にクラスメイトが残っていた。今週末にある体育祭に向け、各々練習を行うからだ。
「美樹、部活遅れるから」
「うん、言っとくねーー。二人とも練習、頑張ってね」
「あぁー」
「ありがとな」
陵も翔も言っていた通り、すでに体操服姿だ。
「遥ーー、行くよー!」
「はーい! 美樹、私も遅れていくから」
小百合に呼ばれ、遥も美樹に託した。
「遥も小百合も、頑張ってねーー!」
「うん、ありがとう」
「ありがとう!」
リレーの選手に選ばれた四人は、一年から三年合同のバトンの受け渡し練習に参加していた。
放課後の校庭では、男女別にリレーの練習をするチームが殆どだ。
部活に行きたい気持ちもあるが、体育祭も楽しみなのだろう。バトンミスの無いように取り組んでいく。
走り終えると、スポーツドリンクを一気に飲み干す姿が校庭のあちこちにあった。
「三人は、これから部活?」
「うん、小百合ちゃんも部活でしょ?」
「うん、いい準備運動になったかな」
「確かになーー」
「あぁー」
遥たちはそれぞれ部活に向かい、ある意味忙しい一週間が始まるのだった。
『リレー頑張れ!』
短い文面に頬が緩む。スマホの画面に額を寄せた遥は、落ち着いていた。まるで大会前の袴姿のようだ。
「行くよーー!」
「うん!」
美樹に呼ばれ、二年生の対抗試合に集中力を高めていった。
夏休み明けの土曜日、体育祭が行われていた。遥の頭には赤色のハチマキがついている。
「お疲れー」
「お疲れさま」
前半戦の大縄跳びを終えた所だ。
昼食を挟んで、午後は応援合戦から始まるプログラムだ。学ランを着て行う応援は、体育祭の目玉と言えるだろう。
校庭からは左から順に赤、白、黄色、青と、スコアボードが並んで見えている。四クラス対抗の為、左から順に一組から四組と、それぞれスコアボードと同じ色のハチマキを頭につけ参加していた。
「腹減ったーー」
「そうだねー」
「遥ーー、三組のリレーは陸部が二人も出るんだってー」
「そうなの? 早そうだね」
「だよねーー」
「五條、やってみなきゃ分からないだろ?」
「……松下のそういう所は、尊敬するわ」
「確かにな」
「おい!」
修学旅行の班のメンバーで、お弁当を食べている中、小百合と陵のやり取りに笑みが溢れる。
「美樹まで笑うなよーー」
「いいと思うよ? そういう前向きな所」
ラブラブカップルを通り越して、クラスの名物バカップルといった所だ。クラスメイトも笑みを浮かべているが、体育祭のお祭り気分も相まって、いつもよりテンションが高い。
「一位と十点差かー……応援団、期待してるぞー」
「あぁー、任せろーー!」
陵はクラスメイトに応援され、上機嫌に応えた。
「今年も勝ちたいねー」
「小百合ちゃん、そうだね」
遥たち、元一年二組の白組は昨年優勝している為、連覇したい所である。
一組から順に始まった応援合戦に視線が注がれ、学年関係なく応援する姿が見受けられた。
「応援団、かっこいいねー」
「本当だね。陵が頑張ってたもんね?」
「うん」
「夏休みも練習してたんでしょ?」
「うん……」
彼に見惚れているであろう美樹の姿に、遥からも笑みが溢れる。特に熱い視線を送っていた事は一目瞭然であった。
学ランを着て行う揃った動きは、男女関係なく格好良さが割増と言えるだろう。
一組が終わると、拍手と歓声が響く中、続いて二組の白組が声を出す。大きな旗を振る姿は圧巻だ。
白組には一年の青木が参加していた。
「あの子、かっこいい!」
「うん、可愛い感じ」
「もしかして、青木くん?」
「美樹ちゃん、知ってるの?!」
「うん、弓道部だよ」
「えーーっ! 弓道部、いいなぁー」
「美樹ちゃんとハルが羨ましいー」
遥と美樹は顔を見合わせた。別の意味でも、彼女達は盛り上がっていた。
「応援合戦の次が一年生の借り物競走で、クラス対抗リレーだね!」
「うん!」
冊子を見ながらプログラムの確認をしていく。
遥は出番が近づく度に、緊張感が増していた。それは普段とは違う表情だった。
クラス対抗リレーでは、各クラス二名ずつ出場し、男女別六人一チームで競い合うのだ。二年一組からは遥と小百合、陵と翔が、それぞれの代表だ。
「はぁーー……緊張するね」
「うん……小百合ちゃんは去年も出てたけど……緊張する?」
「するよーー! 試合の方がマシ」
「それは分かる……」
二人とも緊張気味だが、いつもと変わらない陵の声がする。
「遥、五条、頑張れよーー」
「うん!」
「そっちもねー!」
ハイタッチを交わすと、女子からリレーが始まった。
一年生から順にバトンを受け渡ししていく為、遥が三番手で、小百合が四番手だ。そして、三年生の一番足の速い人がアンカーと、どの組もなっている。
心臓がドクドクと、鳴っているのが分かる。
遥は気持ちを落ち着かせるように、深く息を吐き出していた。
ーーーーーーーー……大丈夫。
バトンを受け取った彼女は、思い切り走り抜けた。
クラス対抗リレーは、応援合戦の次に体育祭の名物だが、あっという間に駆け抜けていく。
トラックを一人半周ずつ走る為、遥は同じチームの上級生と下級生と共に、アンカーがゴールテープを切る瞬間を見守っていた。
「やったぁー!!」
「先輩、すごいですね!」
「やりましたね!」
遥サイドだけでなく、ゴールテープを切った小百合サイドも大盛り上がりだ。一組である赤組が一着だ。
喜び合うチームメイトに続くように、陵と翔の二人の士気も高まる。体育祭ならではの一体感が生まれていた。
「頑張ってーー!!」
美樹の声が届いたのだろう。陵は一番最初に三年生へバトンを繋いだ。
「すごい、すごい!!」
「これ、男女とも一組がいけるんじゃない?!」
自然と声援も大きくなっていく中、ゴール前を赤組が一番最初に通り過ぎていった。
「すげーー!」
「翔と陵が抜いた分、キープしてたな!」
「あぁー!」
スコアボードに視線を移せば、リレーが男女ともに一位だった為、単独首位だ。
参加していたメンバーだけでなく、赤組のあちこちで、ハイタッチをしたり、抱き合ったりしては、喜び合っている。
「小百合ちゃん!」
「遥ーー! やったね!」
「うん!」
遥と小百合だけでなく、元一年二組で、今年一組になった二年生は連覇を果たす事となった。
スコアボードは崩され、体育祭が終わっていく。
遥にとっては、部活にリレーの練習と、慌ただしかった一週間が終わったのだ。
「お疲れー、次はスポーツフェスティバルだな」
「うん、来週だね」
「去年より順位上げたいよなー」
「そうだねー」
部活は休みだが、いつものように四人揃って帰っていた。体育祭の余韻よりも、既に大会へ意識が向いている。
「団体戦、楽しみだねーー」
「うん」
「夏休み明けてから早かったなーー」
「そうだな」
「陵は応援合戦、お疲れさまー」
「ありがとな、美樹」
仲の良い二人を前に、遥と翔が動じないのは、いつもの事だからだ。
まだ暑さの残る中、二人の変わらない熱と体育祭後の高揚感も相まって、あてられそうである。
バイブ音に気づき、一人になった遥はスマホに手を伸ばした。
『お疲れさま』と、可愛らしいスタンプに頬が緩む。
息を吐き出して空を見上げると、ぎゅっとスマホを抱きしめる。その横顔からも、想いが溢れているようだった。