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第四十話 連覇

 カメイアリーナ仙台の特設弓道場にて、開会式が行われている。インターハイが始まったのだ。

 今日から四日間かけて行われるが、清澄高等学校からは昨年と同じく個人戦のみの出場だ。

 引率の藤澤と共に遥と翔が参列していた。


 個人戦は初日に予選から決勝まで行われる為、今日一日ですべてが決まるのだ。


 「緊張するな……」

 「うん……」


 全国から各都道府県内で勝ち進んだ者だけが、出場できる大会の為、的中率は県大会よりも高い。そんな中、最後まで残る事ができるのは、ほんの一握りの人だけだ。


 開会式が終わると、女子個人予選から始まっていく中、遥は心を落ち着かせるように、大きく息を吐き出した。はやる気持ちを抑えていたのだ。


 「神山さんの出番ですね」

 「はい……」


 藤澤と翔は、二階の観覧席から彼女の射を眺めていた。四射三中以上を決めなければ、準決勝に出場できない。県大会よりも厳しい条件だ。


 彼女はいつも通り弓を引いた。その姿を見ていたのは、二人だけではない。昨年の個人優勝者の為、注目の的になっていたが、集中している遥は気づかない。ただ自分の射と向き合っていた。


 風颯学園の部員も、先月の合同練習を思い出すかのように眺めていた。


 「……外さないなーー」

 「佐野、行くぞ?」

 「ちょっ、蓮! いいのか?」


 佐野は『最後まで見なくていいのか?』と、言いたいようだ。

 気持ちを整える蓮は、足早に控え室に向かう中、振り返った。


 「ーーーー遥は……四射皆中で進むから、心配ないよ」


 当然の事のように告げる蓮に、佐野から呆れ気味の溜息が漏れる。


 「はぁーー……遥ちゃんの射に関しては、信頼してるんだなー」

 「ん? 佐野の射も期待してるけど? 明日、楽しみだな」


 そう告げた蓮は、個人戦で外すイメージがないのだろう。団体で満から受け取った連覇を続ける事が、最も重要であり、目標のようだ。

 微かに笑みを浮かべる蓮に、チームメイトも期待を寄せ、予選の舞台に立っていた。


 九十六名参加の中から四射三中以上で、準決勝へ進める者は、女子は三十八名、男子は四十八名となっていた。

 準決勝でも四射三中以上の者だけが、決勝進出となる。


 今年の県内で四射皆中する者は蓮と遥くらいだったが、全国では男女共に十名以上皆中する者がいる。そんな中、翔も四射三中を決め、準決勝に二人揃って進出となった。


 遥はチームメイトの応援をしながら、彼の射に視線を移す。


 ーーーー蓮……綺麗な射形に、変わらない音。


 澄んだ弦音に心を奪われていたのは、遥だけではなかったようだ。

 彼も昨年の優勝者である為、周囲の視線を集めていた。

 緊張感のある中、次々と放たれる矢は圧巻だが、そんな中でも彼の射は際立っている。


 「風颯も順当に残りましたね」

 「はい……」

 「白河くんも残りましたし、次も楽しみですね」

 「はい!」


 笑顔で応える遥は、緊張はしているが心の底から弓を引く事が楽しみなように藤澤の目には映っていた。


 ーーーー四射三中以上…………普段の練習で皆中していても、本番で……大会で実力が出せなければ意味がない。

 いつも平常心を心がけ、初心を忘れずに弓を引ければ…………大丈夫。


 遥は矢筒につけたピンク色の御守りを、両手で握りしめている。

 大会の度に、弓を引く度に、願っていたのだ。彼と同じ場所に立てることを。


 澄んだ弦音を響かせながら、一射、また一射と中っていく。

 周囲から見れば、危なげなく四射皆中をしていた遥だが、彼女自身は緊張していたのだろう。息を深く吐き出す姿があった。


 男子準決勝を前に、遥はパウチゼリーで栄養補給をしていた。

 決勝は射詰競射による順位決定が行われる為、集中力が勝利のカギと言えるだろう。

 五射目より直径二十四㎝の星的を使用する事になっている。そこまで残る事ができれば、合宿の効果的な練習を発揮できる機会がくるのだ。


 「白河くんも危なげなく四射三中、できるようになりましたね」

 「……はい」


 藤澤に、遥も微笑んでいた。一年間、藤澤のもとで弓道を学んできた彼らは、より良い方向へ導かれていたのだ。


 『再生に手を貸してくれますか?』


 そう、先生は言ってくれたけど……実際に居場所をもらったようで、再生していたのは私の方だ。

 この一年間で、清澄高等学校弓道部を弱小だと呼ぶ人が減ったのは、チームメイトの……部員全員の力だと思うから……

 投げ出すことなく続けてきた結果が、今に繋がっている気がするの。

 藤澤先生と一吹さんには、感謝の言葉だけじゃ足りないくらい…………


 試合前に想い出すのは、今までは苦い想い出が多かったようだが、今は違うのだろう。その表情は緊張感を滲ませながらも晴れやかだった。


 「決まりましたね……」

 「はい……」


 翔も遥と同じく決勝進出を決めたのだ。

 チームメイトの結果に、彼女もまた勇気づけられていた。


 「ーーーー藤澤先生、見ていて下さい」


 はっきりと告げた横顔は、凛としていた。

 彼には予感があった。彼女なら連覇を叶えるという予感が。


 藤澤のように予感していた彼も、美しい射に視線を向けていた。


 「……決まりだな」


 そう呟いた蓮は自分の射に集中すべく、控え室へ向かう。


 彼女は澄んだ音を響かせながら中っていた。

 六本目まで残ったのは、遥だけだったのだ。


 チームメイトの射に羨望の眼差しを向ける翔と、彼女に続くように集中する蓮がいた。


 彼らにあるのは高みにある目標の為、精進してきた日々が結果として表れた日となった。

 遥の連覇に続き、蓮もまた男子個人の優勝を果たした。


 インターハイ一日目に、個人の表彰式まで行われている。

 翔は五位入賞を果たし、昨年より順位を伸ばしていたが、彼女の優勝する姿を羨ましくも感じていた。

 全国大会の舞台に出れるだけでも凄いことだが、百名近くいる中から入賞できるのは、限られた人だけだ。翔もその中に入っているのだが、より順位の上の者に羨望の眼差しを向けてしまうのは、仕方がない事なのかもしれない。


 「……よく頑張りましたね」

 『はい!』


 藤澤に、二人とも笑顔で応える。ようやく張り詰めた緊張感から一気に解放されたようだ。


 ホテルへ戻る三人に、一ノ瀬が声をかけた。

 風颯学園も個人入賞者が男女合わせて三人いたのだ。明日の団体も男子は出場の為、藤澤は彼らにもエールを送っていた。県代表である彼らに、少しでも長く弓を引いてほしいのだろう。


 藤澤が話をしている間、遥はテレビ電話を美樹にかけていた。

 大会中は部活が休みの為、デートを楽しんでいたのだろう。美樹の部屋には陵がいた。


 『二人ともおめでとう!』

 「ありがとう!」 「ありがとな」

 『団体戦、ムービー撮ったら送ってくれよ?』

 「分かってるって」

 「美樹は今日、デートだったの?」

 『うん、久々にねー』

 『ちょっ! そういう話は、俺らのいない所でしてよ!』


 少し照れた様子の陵に、美樹も遥もくすくすと笑っている。


 『はーい! じゃあ、遥またねーー』

 「うん! 戻ったら、話そうね」

 『うん!』


 楽しそうに手を振る美樹と遥に対し、陵と翔はいろんな意味で女子には敵わないと、感じているのだった。






 二日目は団体予選が、三日目には団体一回戦、二回戦が行われていた。

 予選では四十八校いた団体も、三十二校、十六校と試合の度にチーム数が減っていく。


 遥は勝ち残っている風颯学園男子弓道部員を、翔、藤澤と共に応援していた。

 二人とも制服姿で会場を訪れている。明日に控える大会最終日は閉会式がある為、袴姿での参加だが他の日程は見学だ。


 冊子を見ながら、二階の観覧席に並んで座り、同じ県の代表や、昨年強かった九州の学校等の記録を撮りながら見ていた。


 「強いな……」

 「うん……」


 彼らの前では第八試合が行われていた。今日の団体最後の試合だ。

 風颯学園は二十射十八中、対戦校は十三中だ。


 ーーーー蓮……すごい……明日も頑張って……


 遥がそう感じるのも当然だ。県内からは、男子のみ明日の準々決勝へ進出となった。

 彼らは県内の全国クラスの強豪校と合宿を出来た事に、改めて感謝しているのだった。




 「……もしもし?」

 『遥、今いいか?』

 「うん、大丈夫だよ。明日の試合も楽しみだね」


 電話の相手は彼だ。ホテルの部屋に一人でいた彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべている。


 『うん、楽しみだな』

 「うん……応援してしてるね」

 『ありがとう……遥……』


 ーーーー話したいこと、いっぱいあったはずなんだけど……蓮の声を聞いたら、それだけで…………


 しばらくの間、沈黙が流れる。無言でも気まずくならないのは、遥と蓮だからだろう。


 「……蓮、お祭り……楽しみにしてるね」

 『うん……他にも遥と行きたい所があるから、出かけような?』

 「うん……電話ありがとう」

 『……うん……遥、また明日な』

 「うん……」


 名残惜しそうにしながら、電話を切った。


 ーーーー蓮の射が見れるのも……あと少し……


 彼女には、二ヶ月後に引退する事が分かっていたのだ。






 遥も翔も閉会式がある為、袴姿で会場を訪れていた。


 「今日で最後かーー」

 「あっという間だったね」

 「あぁー」


 団体決勝トーナメント、準々決勝から決勝戦。表彰式に閉会式もあるが、その全てが午後一時頃に終わるのだ。

 試合開始から三時間半程度で優勝者が決まる為、会場では出場校が次々と入れ替わっていく。


 ーーーー蓮の射が一番…………弦音、矢が的を射る音、弓返りの音、そのすべてが綺麗な所作から生み出されているのが分かる。


 蓮が弓を引く度に、冴えた音が響く。

 心の中でエールを送りながら、彼の射を見つめていた。


 「すご……」

 「強いですね」


 そう告げた藤澤の言葉通り、風颯学園は二十射十八中で優勝を果たした。

 部長である蓮は、予選から最後まで一本も外す事なく、大会を終えたのだ。


 遥は思わず立ち上がると、一番前にある手すりに掴まっていた。高校最後の全国大会に相応しい、彼の締めくくりに泣きそうになっていたのだ。


 蓮には、彼女が何処にいるかすぐに分かった。


 「やったな!」

 「うん」


 団体優勝を喜ぶ彼らが場内を去る中、彼は遥に向けて微笑んでいた。

 昨夜の電話が彼の気持ちを落ち着かせ、勝利へ導いてくれた。少なくとも蓮はそう思っていたのだ。


 「二人とも、お疲れさまでした」

 「藤澤先生、ありがとうございます」

 「ありがとうございました」


 閉会式が終わり、遥と翔は並んでホテルに戻っていく。また学校での練習の日々が始まるのだ。


 「翔、お疲れさま」

 「あぁー、お疲れー」


 二人が結果を残した姿に、藤澤は実を結んでよかったと改めて感じていた。


 「ーーーー遥!!」


 大きな声で呼ばれ振り向くと、テンションが高めなままの蓮が駆け寄った。今まで学校が違うとか色々と彼なりに考え、彼女との距離感を配慮していたが、この一瞬ですべてが無になったかもしれない。


 「……蓮、お疲れさま」


 両手を握り合ったまま、笑顔で応える。


 『優勝おめでとう!!』


 同時にお互いの勝利を祝うと、その勢いのまま満にテレビ電話をかける。二人が二番目に報告したい相手だ。


 『二人ともお疲れさん。大会どうだった?』

 「叶ったよ!」

 『よかったな、おめでとう!!』

 「ありがとう!」


 寄り添ってピースサインを満に向ける。そんな二人の仲睦まじい様子に、満がつっこんだのは言うまでもない。


 我に返った二人はハイタッチを交わすと、それぞれの場所に戻っていった。


 「神山さんは、松風さんと仲がいいんですねー」

 「はい……」


 藤澤にまでからかわれ、遥は恥ずかしかったのだろう。頬を赤らめていた。




 「松風くんは、遥ちゃんと仲が良いんだなー」

 「赤崎あかざきさん!」

 「連覇おめでとう! 少し取材いいかい?」

 「……はい」


 満ほど社交的ではない為、返事はきちんとしていても明るい声ではない。蓮はこういう事が苦手なのだ。それでも部長らしく対応するさまは、さすがと言えるだろう。


 ちなみに遥にもこの手の取材はあるが、個人的な為すべて断っていた。


 「今度、遥ちゃんも取材したいなー」

 「駄目ですよ。来年、団体で来れたら……また別ですけど……」

 「へぇー、それは期待しておかないとな」


 赤崎の応えに、蓮は微かに笑みを浮かべた。彼女の実力なら、次は出場まで手が届くかもしれないと、期待を寄せていたのだ。


 風颯学園は、団体三連覇と個人も蓮の二連覇と、結果を残したインターハイとなった。





 遥はいつも通り、朝から道場を訪れていた。

 大会を終えた翌日の部活は休みだが、習慣になっている為、いつもと変わらずに引いていく。

 五つの的に四射ずつあてた所で、蓮が顔を出した。彼も部活は休みなのだ。


 「おめでとう!!」


 会場では抱き合う事はできなかったが、今は抱き合っている。お互いの健闘を称えていた。


 「昨日は、声かけて悪かったな」

 「ううん、嬉しかったよ! ありがとう」


 抱き合ったまま、喜びを分かち合う。


 「蓮、連覇おめでとう」

 「うん、遥もおめでとう」


 蓮は頬に触れると、そっと口づけた。


 「ん……蓮……」

 「ん?」

 「……かっこよかったよ」

 「ありがとう……遥は、綺麗だったな」


 彼の言葉に頬を赤らめる遥は、可愛いらしい反応だ。

 微笑み合うと、場内にはまた弦音が響き始めた。


 ーーーーーーーーやっと実感した…………

 連覇を果たした事も、大会がまた一つ終わってしまった事も……私……宣言した通り……最後まで引く事ができたんだ……


 二人で弓を引く度に、その仲も深まっていくようだった。






 学校ではチームメイトが二人を笑顔で出迎えていた。


 「二人とも大会、お疲れさまーー!」

 「お疲れさまでしたー!!」


 メッセージのやり取りで、遥が連覇を、翔が五位入賞を果たしたことを知っていた為、ちょっとしたお祝いの雰囲気だ。

 お弁当を食べ終えると、様々な種類のアイスが用意されていた。二人が一番乗りで好きな物を手に取っている。部員からのお祝いの品だ。


 「わーい、ありがとう!」

 「ありがとな」


 遥も翔も嬉しそうに、チームメイトが用意したアイスを食べている。仲間に祝って貰える事は、自分達が思っていたよりも、心にくるものがあったようだ。


 ーーーーーーーー嬉しい。

 緊張で眠れない日もあったけど、頑張ってよかった。

 来年はみんなで挑めるような……そんな弓道部を、目指していきたい……


 それは彼女だけでなく、部員共通の想いだったようだ。


 「来年は、俺も出る!」

 「あぁー、近づきたいな」

 「そうだねー」


 はっきりと口にした陵に、笑顔で応える仲間がいた。

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