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第三十四話 前進

 お昼休みになると、三人でとる昼食が日常になっていた。


 「遥、県大会どうだった?」

 「今週末、団体の準決勝だよ」

 「すごいじゃん!」

 「小百合ちゃん、ありがとう」


 机を寄せていた所に、美樹がお弁当の包みを持って加わる。


 「小百合ちゃん、ちなみに個人は遥の二連覇だよーー」

 「そうなのーー?! おめでとう!」

 「ありがとう……」

 「部員も集まったみたいで良かったね」

 「うん」

 「バスケ部には敵わないけどねーー」

 「まぁーね、美樹。そこは一応、強豪校だから」


 三人は修学旅行の班も同じになった為、話が弾んでいると、陵が輪に入ってきた。彼も同じ班である。

 六人一班の為、翔と竹山も同じ班だ。来週に控える京都、奈良の修学旅行は皆、楽しみなのだろう。

 ここ数日は揃って食べる事が多い。と言っても、男子は机を寄せ合っていない為、遥たちの揃った机の周りに各々座っている。


 「京都は中学の時も修学旅行で行ったなー」

 「私もー」

 「そうなんだー。竹山は?」 

 「俺は両方行ったことあるな。ハルは?」

 「私も行ったことあるよ。久しぶりに行くから楽しみ」

 「お土産、いっぱい買おうね」

 「うん」


 班毎に自由に回れる為、行き先は決定済みだ。修学旅行も楽しみではあるが、弓道部の四人にとっては、県武道館で行われる準決勝の舞台を待ち遠しく感じていた。




 午後はいつものように実践練習が行われていた。


 「一年は、左端の的で順番にな。射形は俺がチェックするから」

 『はい!』


 一吹の指示通り練習をしていた。団体を控えた二、三年生は、五つの的を使い大前から順に引く。

 藤澤はまとまりのある彼らの様子に安心しつつも、三年生がどこまで続けられるか楽しみでもあった。


 「ーーーー残るといいですね」

 「そうですね……」


 そう口にした一吹に、藤澤も微笑む。

 少なくとも、いつもと変わりなく的中する彼女に不安な要素を感じる事はないのだろう。弦音が響く度、思わず視線を移したくなるのは、部員に限った事ではないのであった。






 準決勝は先週くじで決めた順番に弓を引き、予選も含めた合計的中数の上位四校が、決勝リーグ出場となる。

 清澄高等学校は八校中、男子は三番目、女子は五番目に引く順番となった。


 「ーーーーうま……」

 「風颯は全国クラスだからね」

 「……レベルが高いですね」


 そう口にする仲間の声は、遥には届いていない。彼の音と、その姿に向けられていた。


 一番目だった彼らは、大前の蓮に続き、下村、佐野と四射皆中だ。一立目が五人で二十射十八中と二立目をするまでもなく、単独首位になりそうな出だしである。

 予選と、今日の一立目と二立目の四十射の的中数で決まるからだ。


 ーーーー蓮……美しい射形に、綺麗な音……他に知らない。

 こんなに惹かれる人……他にいないの…………


 遥は風颯学園の射を眺めながら、圧倒的な差を感じていた。

 少なくとも二番目の学校は、風颯のプレッシャーからか外す者が多く、一立目が九射に留まっている。

 全国連覇を成し遂げただけの事はあり、個々のレベルが突出していると、感じずにはいられない射だった事は確かだ。


 清澄高等学校の五人が姿を現わすと、遥は祈るように仲間の射を見守っていた。


 大前の陵から順に放たれていく一立目の矢は、二十射十二中だ。


 「予選が三十九だから、次の二立目で四位以内に入れるか決まるな」

 「はい……」


 一吹に応える彼女達は、自分の事のように緊張感を漂わせている。次々と放たれる矢の行く末に、一喜一憂を繰り返していく。

 一立目を終え、一吹の予想より他校が外した事もあって、清澄高等学校は五十一射と三位につけていた。




 二立目が始まると、一番目の風颯学園は大前の蓮に続くように皆中する者もいる為、二十射十七中だ。

 先程よりも落としたが、八十三射と圧倒的な力を誇り、他校の結果を待たずして、決勝進出が決まった。


 清澄高等学校が会場に再び姿を現わすと、チームメイトは緊張した面持ちで見つめていた。陵から順に放たれていく矢が続くようにと、願いながら。


 「緊張するね」

 「……はい」

 「ーーーー中る……」


 そう呟くように漏らした遥の言ったとおり、彼の射は中っていた。彼女は弓から離れる瞬間に、的に中るかどうか分かるのだろう。そう感じる仕草は、初めてではない。


 二立目も二十射十二中し、合計六十三と四位の的中数で午後から行われる決勝リーグに出場となった。


 「やば……」

 「……手が震えるな」

 「部長……」


 彼らは会場を出た瞬間に抱き合っていた。今の団体メンバーで最後まで残れる機会は最初で最後だと、誰もが分かっていたからだ。




 遥たちは五番目の為、会場で自分達の番が来るのを待っていた。

 思いおもいの精神統一をする中、遥は弓を引ける事が、何よりも嬉しかったのだろう。緊張感はあるが、微かに笑みを浮かべている。


 ーーーー嬉しい……蓮と同じ舞台に立てた…………


 ただ単純に、五人で弓を引きたい想いが強かったのだ。


 大前から順に弓を引く中、遥はチームメイトの放つ矢の音に耳を傾けながら、引き続けられる事を願っていた。


 彼女の放った矢は逸れることなく的に中り、五人で二十射十一中と好調な滑り出しとなった。


 「緊張するな」

 「はい」

 「それ、ユキ先輩たちも言ってました」

 「……だよなーー」

 「あぁー、次も……」


 思いきって弓を引く事ができれば、四位以内に入ると、彼らも確信していた。清澄高等学校は一立目を終え、二位につけていたからだ。




 「うちの女子、今年は通過しそうだな」

 「あぁー、鍛えられて上手くなったからな」


 蓮が応えたとおり、二立目も順当に羽分はわけ以上を出し、六十八射で単独首位になりそうだ。


 「遥ちゃんの所は?」

 「二位か……三位止まりだな……」

 「蓮は相変わらず、弓道に関しては厳しいなー」

 「佐野……一人がどんなに中ったって、次に続いてくれる人がいないと団体は残れないだろ? でも……」

 「でも?」

 「いや……去年の合宿の時とは、別人みたいだな」

 「それは、俺も思った」

 「上手くなったな……」


 彼が嬉しそうな笑みを浮かべると、遥たちの二立目が始まった。

 大前から順に引く中、彼女の音が響き、音が連なっていく。


 「ーーーー決まったな……」


 蓮の呟いたとおり、合計六十三射で二位となった。

 清澄高等学校は、男女揃ってはじめて決勝進出を決めたのだ。


 「遥ーー!」

 「美樹……」


 美樹が勢いよく飛びつくと、揃って抱き合う。張り詰めた緊張感のあった空気が、いつもの五人に変わっていくのを遥は肌で感じていた。




 「みんな、良くやったな。午後もこの調子でな?」

 『はい!』


 一吹に応えた彼らは笑顔だ。レジャーシートを広げ昼食を食べる中、いつものように話をしている。

 一年生が入部して二ヶ月。昨年よりも大所帯になった弓道部員は楽しそうだ。


 大会の度に震えていた手も……緊張感と……自分との向き合い方を覚えてきたみたい……


 学校と変わらない雰囲気に、遥は微笑んでいた。


 決勝はリーグ戦の為、残り三回同じように四射ずつ引けるのだ。先程までとは違い、対戦校との勝敗によって順位が決まる為、一試合ずつが勝負となる。


 「遥、お昼それだけ?」

 「うん……お菓子があるから、大丈夫だよ?」

 「そういえば、藤澤先生は?」

 「先生は、一ノ瀬先生と話してたぞ?」

 「一ノ瀬先生って、誰ですか?」

 「一年は知らなかったな。風颯の顧問の先生だよ」

 「交流あるんっすか?!」


 声を上げた青木だけでなく、一年生は皆驚いた様子だ。それほど風颯学園は、弓道で名が知られていた。


 「去年、藤澤先生のおかげもあって合宿させて貰ったんだ」

 「そうなんですか……」

 「その後に……一吹さんがコーチになって下さって、部員も増えて良い事づくしだな」

 「隆部長……」

 「俺たち三年は、最後の大会になるからな」

 「うん、次も練習通りに引けるようにしたいね」


 隆と由希子の言葉に、部員の士気は高まっていくようだった。




 「一吹くん、どうですか?」

 「そうですね。男女揃って風颯が圧勝という感じですね……東海高校総体出場できるだけでも、凄い事ですけど、本人たちは悔しさが残りそうですね」

 「ーーーーそうですね……」


 弓を引く部員の姿を見守る二人は、師そのものだ。


 「……このメンバーで引ける機会は、もう少しありそうですね」

 「はい……」


 二人の側では、一年生が手を取り合いながら嬉しそうにする姿が視界に入る。


 清澄高等学校は羽分け以上を出すが、対戦相手がそれ以上の的中数を見せた為、男女揃って一勝三敗で決勝リーグを終えたのだ。


 ーーーーーーーー終わった…………

 八月のインターハイ進出は叶わなかったけど……この五人で東海高校総体には出場ができる……また……


 遥は大会の独特の緊張感から開放され、ほっと息を吐き出していた。


 「……三位…………」


 東海高校総体は今月末の土日に、今日と同じ県武道館で行われるのだ。遥、翔、陵にとっては二度目の、他のメンバーにとっては、初めての大会となる。


 ーーーー嬉しい……また、みんなで弓が引ける……


 「やったな!!」

 「あぁー」

 「やったね!」

 「うん、楽しみだね」


 ハイタッチをしながら喜ぶ仲の良い姿に、一年生は羨望の眼差しを向けていた。


 「ーーーー私も引きたい……」

 「うん……」


 士気が高まっていたのは、出場した彼らだけではない。

 

 仲間の表情に、遥は一歩前進したような繋がった今日を喜んでいた。

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