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第三十二話 新星

 昼休みの教室は、授業中とは違い賑やかだ。


 「遥、お弁当食べよう?」

 「うん、小百合ちゃんはバスケ部の子いた?」

 「いたよーー、向こうで話してる寛子ひろこ


 長身の女子がクラスメイトと仲良く話をしている様子が目にも入った。


 「遥より背が高いかもねー」

 「嬉しいかも……今まで大体一番後ろだったから」

 「確かめてみる? 寛子ーー」


 呼びかけに応えた彼女が駆け寄る。


 「小百合、どうしたの?」


 寛子も小百合もバスケ部で背が高いというだけでなく、気さくな性格の為、男女共に友人が多いようだ。


 「前に話してた弓道部の遥だよ。ちょっと、そのまま立ってて?」

 「遥ちゃん、よろしくね」

 「こちらこそ、よろしくね」


 小百合の発案により二人が背を比べると、寛子の方が若干高かったようだ。


 「やったーー!」 「わーい」


 二人はほとんど同時に応えているが、その喜びようは寛子の方が大きい。


 「あっ……久々に……自分より高い人がいて、嬉しくて……」

 「私は小百合から、遥ちゃんの方が高いかもって、一年の時に聞いてたから嬉しくて……」


 顔を見合わせ笑い合う二人は、さっそく打ち解けたようだ。


 「遥、お昼食べよ?」

 「あっ、紹介するね。同じ弓道部の篠原美樹ちゃん」

 「美樹です。よろしくね」

 「美樹ちゃんって、松下とつき合ってるって噂の……」

 「うん」

 「もう、遥!」


 顔を赤らめる可愛らしい美樹の様子に、納得する二人がいた。


 「私もお昼一緒していい?」

 「勿論! 美樹ちゃん、よろしくね」


 小百合ちゃんも気さくだから、すぐに仲良くなりそう。


 遥の感じた通り、親しげに話す彼女達がいた。



 

 部活では男女別になる事がない弓道部も、教室では別々だ。ほとんどの生徒が、男女別にグループを作っている。

 翔の周囲には、陵と竹山が近くの席を陣取って、お弁当を広げていた。


 「何かあそこ盛り上がってるなーー」

 「ハル達は目立つからなー。陵は美樹と食べるのかと思った」

 「そういう時もあるけど、遥と一緒で嬉しいみたいだし」

 「そっか……」


 彼女達が楽しそうに話す様子を静かに見つめる二人がいた。




 机をくっつけながら、話題になるのは新入生の確保だ。入学式の一大イベントが終わり、どの部活動も部員確保に余念がない。


 「部員、集まるかな?」

 「矢渡し効果があるよーー」

 「美樹ちゃん、矢渡しって?」

 「うーーん、今では演武みたいな感じかな? 動画あるよー。見る?」

 「見たーい!」

 「えっ? 動画撮ってたの??」

 「うん。遥に言ったら、消してーって、言われそうだから内緒にしてたけどー」

 「うっ……」


 頬を赤らめる遥に微笑むと、美樹はスマホに視線を移す。


 「わぁーー……綺麗……」

 「でしょ! 音もいいんだけど、イヤホン持ってないから残念。小百合ちゃんにも、聞いてほしかったなーー」

 「もう……ご飯、食べよう?」

 『えーーっ』


 態と声を上げる二人に、遥は無言でお弁当を食べ始めるのだった。




 放課後になると、クラスメイト同士で声をかけ合い、揃って道場に向かう。そんな場面も、昨年から変わらないようだ。


 「ハル、部活行けるか?」

 「うん、美樹も行ける?」

 「行けるよーー。ちょうど終わった所ー」


 三人が教室を出ると陵が戻ってきた為、四人で道場に向かう事となった。


 「今日、体験入部の日だろ?」

 「うん、女子は二人、入部希望者いたらしいじゃん」

 「そうなの?」

 「遥……さっき、メッセージきてたよ」

 「あっ……」


 スマホのメッセージに気づいていなかったのだろう。変わらない遥に、三人からは生温かい視線が送られていた。


 道場では、先に来ていた和馬たち四人が準備を始めている。


 「お疲れー、着替えたら案内頼む」

 「うん」 「了解」


 袴姿になった遥たちは、体験入部に来た一年生を案内していく。

 男女合わせて、三十名以上の人が集まっていた。ここ数年で一番の集客である。


 「今から顧問の藤澤先生がいらっしゃるので、靴を脱いで道場へ上がって下さい。足は崩して大丈夫ですので……」

 「こちらにお願いしまーす」


 遥と美樹が一年生を案内していると、藤澤と三年生が入部した二人を連れて顔を出した。


 「加茂かも鈴華すずかさんと、平野ひらの亜弥あやさんです。二人とも弓道経験者ですよ」

 「わーい! 嬉しいですね」

 「よろしくね」

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 「……よろしくお願いします」


 緊張気味の加茂と平野の様子に、部員から笑みが溢れていた。


 ーーーー経験者が入部してくれるなんて……嬉しい……


 二人は微笑む遥に視線を移していた。矢渡しを見ていたのだろう。つい目で追ってしまうようだ。


 「ーーーー顧問の藤澤です。今日は不在ですが、外部のコーチと二人で指導をしています」


 彼は三年生に視線を移すと、隆と由希子が説明を始める。打ち合わせ通りなのだろう。

 スムーズに弓道部の説明を行うと、入学式と同じように男女別に引く事になった。


 陵と翔の姿に、声を上げそうになる一年生が多い。変わらずに人気があるのだろう。


 「かっこいい……」

 「……袴姿いいね」


 一年生は小声で話をしている為、弓を引く本人達に声は届いていない。

 引き終わり、女子と入れ替わると、由希子からいつもの順に引く。


 「すご……」

 「ーーーーうん……音が……」


 落ちで弓を引く彼女は、いつもと変わらずに四射皆中を決めていた。


 「この後、弓や矢を選ぶところから始めますので、ぜひ触れていって下さい」

 『はい!』


 遥は昨年の光景を想い出していた。

 今年も翔と和馬、陵と雅人が教えている的には、女子が集まっている。


 「相変わらず……すごいねー……」

 「奈美! 私達も教えよう?」

 「そうだねー」


 奈美と美樹、遥と真由子、隆と由希子の二人一組で一年生に教えていく。

 中には経験者もいるようで的に中る者もいるが、的に中る射はやはり少ない。


 すでに入部した加茂と平野は、部長達と一緒に体験入部を見学しつつ、弓を引いていた。

 四射二中している彼女達の射に、隆と由希子は嬉しそうだ。


 「神山先輩、弓や矢は一人ずつ違うんですか?」

 「うん、その人に合ったものを使っているの」

 「私も去年はじめたから、一年近く部活の備品を使ってたけど、ようやく自分の弓具で練習できるようになったんだよ」

 「そうなんですか……奥が深いんですね」


 真由子の言葉に、初めてでも弓道ができると感じたのだろう。彼女は瞳を輝かせながら、話を聞いているようだった。


 簡易なテーブルにペンが用意されているが、まだ始まったばかりの仮入部期間の為、入部届けを出す者は少ない。

 それでも、女子はすでに入部している加茂と平野を含め五名、男子も四名入部だ。今年は中学からの経験者や授業で少し習った人ばかりの為、弓道部にとって朗報である。


 「白河先輩! 松下先輩!」

 「青木あおきじゃん!」

 「久しぶりだな」

 「はい!」


 翔と陵に駆け寄った一年生は、とても親しげな様子だ。


 「誰? 二人の後輩?」

 「あぁー、中学の時の部活の後輩」

 「入部するんだろ?」

 「勿論です! さっき提出しました!」


 二人を慕っているのだろう。話が弾み、楽しそうな雰囲気さえある。チームメイトも喜んでいると、彼女が声をかけられていた。


 「神山先輩!」

 「は、はい……」

 「俺! 中学の時に神山先輩の射を見て、感動しました!」

 「あ、ありがとう……」


 遥は握られた両手を上下に勢いよく動かす青木に、終始押され気味だ。


 「青木、ハルが困ってるだろ?」

 「あっ、すみません。嬉しくて、つい……」

 「いえ……青木くん、これからよろしくね」


 笑顔で応えていたが、内心は中学の頃の自分を知っている人がいる事に驚いていた。






 「あと、男子が一人か……」

 「そうだね」

 「もっと入部してくれてもいいけどなーー」

 「うん、体験入部も明日で最後だもんね」


 的を用意しながら、男子があと一人でも多く入部してくれる事を願っていた。五人揃えば、ひと学年だけでも団体出場が叶う日が来るからだ。


 「今日は遥たちが早いんだな」

 「一吹さん、おはようございます」

 「おはよう。三人の矢渡し、よかったぞ」


 撮っていた動画を一吹も見たようだ。


 「ありがとうございます……」


 そう応えた彼女は、ほんのりと頬が赤くなる。嬉しさと恥ずかしさが混ざっているようだ。


 「じゃあ、授業でやった事のある二人は、俺が射形を見るから、こっちに集まってくれー。他は、いつものように実践練習な」

 『はい!』


 一吹指導の下で練習が始まった。人数が多く、活気のある光景に、藤澤から笑みが溢れる。


 「じゃあ、まず男子から団体のように引くからな。五人一組でやるから、一年は順番に一人ずつ入るようにな」

 「はい」


 一年生は立ち位置がまだ定まっていない為、色々な位置で弓を引く事を、ここ数日繰り返している。

 男子が的を使う際、女子は素引きを主に行い、必ず一人は一年生とペアになり、記録をとっていた。

 的中率の高い一年生は四射三中だ。昨年は未経験者もいた為、好調な滑り出しといえるだろう。


 「次、ユキ達な?」

 「うん」


 いつものように由希子から順に五人が並ぶと、順番に一本ずつ引いていく。落ちの遥は、変わる事なく心地よい音を響かせていた。


 「次は一年生と大前がハルちゃんの番ね」

 「はい」


 由希子に応え、遥は続けて弓を引く。

 彼女の音に導かれ、中る一年生もいるようだった。


 掃除を終えると、明日の体験入部の話になっていく。皆、部員を一人でも多く獲得したいのだ。


 「明日で最後かーー、一年生にも今日みたいに弓を引いて貰うとして……」

 「そうだねー。また呼び込みもやる?」

 「ですね!」

 「そしたら、また二年でジャンケンするか?」

 「賛成ーー!」


 まとまりのある様子に、一吹も藤澤も安心して任せられるのだった。






 昨日の結果、和馬と奈美が呼び込みをする事になり、二人は袴姿で慣れない声かけを道場前で行なっていた。


 「見ていっても、いいですか?」

 「勿論! 見学していってね」

 「右手の下駄箱、使ってもらっていいから」

 「はい」


 体験入部最終日の為、疎らだが一年生が集まっていた。


 清澄高等学校は、バスケットボールが男女共に一番人気があり、強豪校でもある為、部員はバスケ、テニス、サッカーのように好成績を残している部へ入部する者が多い。そんな中、昨年の弓道部の活躍は目まぐるしいものがあり、ここ数年で最多の入部数を記録していた。


 「次、女子の一年な」

 『はい!』


 一吹がコーチをしている事も、見学者が増えた事に一役買っているようだ。彼に向けられる女子生徒の視線もあるが、一吹自身は純粋に弓道と向き合える者を望んでいる為、体験入部時に愛想を振りまいてはいない。

 いつもよりも真剣な様子で、彼らが引くさまを見つめていた。


 部員が団体のように引き終わると、一吹も指導に加わった。

 見学者が弓を教わっていく中、藤澤とコーチから指示のあったとおり、半分の三つの的を使い実践練習を部員は繰り返していく。


 「遥、翔、ちょっと交代な?」

 「はい」


 隆と由希子が主に一吹と共に指導に回っていたが、遥と翔が呼ばれ、指導役を代わっていく。

 二人は、中学の時も指導役をした事があるのだろう。スムーズに説明をしていく中、備品の弓を引いて手本を見せるように言われた遥は、自分に合う弓と矢を選んだ。


 備品の弓と矢……これだって、藤澤先生が選んだものや卒業生の寄付が主だから、結構いいものだったりするんだよね……


 選んでいる間は、翔だけが指導にあたっていた。丁寧に説明する様子に、頬を染める一年生が多い。


 「一吹さん、用意出来ました」

 「あぁー。じゃあ、右端の的で八射な?」

 「はい」


 彼女が弓を引く間、体験入部者は見学である。

 背後から視線を感じながらも、深く息を吐き出した。


 「すごい……」

 「……真ん中にあたった」

 「うちの部で、一番の的中率だからな。美しい所作だろ?」

 「はい……」


 八射皆中を決めると、拍手をしている一年生がいた。


 「あ、ありがとう……」


 遥は頬を赤らめながらもそう告げる中、翔も一年生と共に拍手をしていた。


 「お疲れ」

 「ありがとう」

 「じゃあ、次はいつもので、また八射な?」

 「は、はい」


 弓と矢を持ち替えると、同じように放っていく。備品とは違い、竹弓の特徴でもある心地よい音が響いた。


 「一吹さんは、この音の違いを聞かせたかったんですか?」

 「あぁー……これなら、誰から見ても音の違いが分かるだろ?」

 「そうですね……」


 翔は彼女の射形と音を、まっすぐに見つめていた。


 「……入部届、書いていってもいいですか?」

 「勿論!」


 隆の勢いのある声に、嬉しそうに微笑む部員の姿があった。


 結果、最終日にも男子は二名、女子は一名入部となった。目標としていた男女五名ずつの人員をクリアしたのだ。

 昨年の八名の入部から更に増え、今年は十二名が入部となった。

 彼らが喜び合うさまを、藤澤も一吹も嬉しそうに眺めていた。


 ーーーーーーーーよかった……集まったんだ…………


 新しく部員が加わった清澄高等学校での弓道に、期待を寄せる姿があった。

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