*番外編*表白
第三十話 卒業式前後の満視点のお話
こうして……蓮と此処で昼に過ごせるのも、あと少しだ。
「満が一人暮らしか……自炊するんだろ?」
「まぁーな。部活引退してから、簡単なものは作れるようになったぞ?」
「じゃあ、東京に行った時は手料理ふるまって貰おうかな?」
「あぁー……」
くだらない事を笑い合って過ごしたは屋上は、極寒すぎて無理だ。
屋上に続く階段に腰掛て、久しぶりに二人だけだ。
蓮は一つ歳下だけど…………クラスメイトとも、部活の仲間とも……誰とも違う。
親友に変わりはないけど、同じモノを目指す同士みたいな感じだ。
「この間は、久々に三人で遊んだな」
「うん……また、しばらくは別々か……」
名残惜しそうにしてくれてるのは、こっちまで伝わってきた。
「あぁー、淋しいか?」
「満!」
ーーーー図星だな。
声を上げた蓮の頬は微かに赤い。
「ーーーー蓮が来るの待ってるな」
「うん……」
未来を見ていたい。
いつだって……背中を押してくれる幼馴染に、胸を張って『ついて来い』って言えるように…………
残り少ない此処での時間、有意義に過ごしていたと思う。
遥との朝練はすっかり日課になっていたし、今まで控えてた学校帰りに教室に残ってくだらない話をしたり、寄り道したりして……卒業式まで、あっという間だった。
「満!」
教室に顔を出した蓮の手には花が握られていた。卒業生の胸元に付ける花だ。
「蓮、どうした?」
「これだよ」
花を見せる蓮が三年前と重なる。
「どうせなら、女子部員から付けて貰いたかったな」
「満、動くと刺さるぞ?」
「はーい」
冗談を交えながら胸元に付けてくれる蓮は、微笑んでいるみたいだ。
「ーーーー卒業、おめでとう」
「ありがとう……」
こうして……蓮に見送られるのも二度目だ。
風颯学園の卒業式が第一体育館で行われていた。
在校生の中から蓮を探す事は出来ないけど…………そっか、卒業するんだな……
幼馴染で弓道したり、河津桜を家族で見に行ったり……想い出作りは、十分過ぎるくらいしたけど、それでも……油断したら泣きそうだ。
歌う中、駆け巡る想いがあった。
「神山……ボタン、ちょうだい?」
「ん? あぁー」
そういえば……佐々木と約束してたんだっけ…………
無造作に取った第二ボタンを手渡すと、それが合図になったかのように争奪戦が行われる。それは満だけでなく、春馬もだ。
一足遅れて教室に来た後輩にまで、満はボタンをせがまれていた。
「神山先輩! ボタン下さい!」
「私も欲しいです!!」
「ごめんな……もうないんだ」
ーーーーそんなにボタンが欲しいのか?
鈍い満は、彼女達の想いには気づかない。写真を求められても笑顔で応えるだけだ。
部活を六年間共に過ごした佐々木にだけは、少なからず好意を抱いていたが、その想いを口にする事はお互いにない。二人は別々の場所で、これからの生活が始まるのだ。
「ーーーー佐々木、またな……」
「うん……神山、元気でね」
それ以上の言葉は告げず、春馬と教室を出て行った。
ブレザーには三つしかボタンがないが、すでに一つも残っていない。隣にいる春馬のブレザーにもボタンはなく、ネクタイまで誰かにあげてしまった後のようだ。
「……春馬は相変わらずだな」
「満に言われたくないけど?」
春馬はどうやらシャツの第一、第二ボタンまであげてしまった為、制服の上からコートのボタンをしっかりと閉じていた。
「春馬も東京の大学だろ?」
「あぁー、向こうで会おうな?」
「勿論! 楽しみにしてるよ」
「じゃあな」
「あぁー」
満は風颯学園で過ごした六年間を振り返っていた。
ーーーーまさか……本当に、東京の大学に行くことになるとはな……
予想していなかった未来も、不安な事もあるが、彼は四月からの生活が楽しみな様子だ。
自分で選んだ道だからな……また、全国を目指して進むだけだ。
あの日の約束を叶える為に……
思わず空を見上げる満は、風颯学園で過ごした六年間を振り返っていた。
「ーーーーーーーー神山!!」
「佐々木…………どうした?」
息を切らした彼女に駆け寄る。赤く染まる頬は、走ってきた事だけが理由ではない。
「……あの……あのね……」
震える声に気づいた。
これ……俺から伝えないと…………
「佐々木……すきだよ……」
ようやく顔を上げた佐々木は、見た事ないくらいに顔が真っ赤だ。
「………………何か言ってくれ……恥ずかしいじゃん……」
顔を逸らした満も、同じくらいに真っ赤だ。珍しい表情に、佐々木の頬が緩む。
「…………うん……私、神山がすきだよ……」
「ありがとう…………」
「……うん…………」
上手い言葉が見つからない。
部活の時は、緊張なんてしないのに……
「……よかった…………」
そう口にした佐々木の肩を思わず抱き寄せる。
「ーーーー神山?」
「…………離れがたくなるな……」
今の今まで、告うつもりなんてなかった……
俺は東京で、佐々木は地元の大学だ。
進路は変わらない。
これくらいじゃ変えられないんだ……
「佐々木、六年間ありがとう……」
「うん……神山と弓道が一緒に出来て、楽しかったよ」
「あぁー……」
「東京でも……頑張ってね……」
「……佐々木もな」
手を差し出す事しか出来ない。
距離は理由にならないけど、『付き合ってくれ』とは告えない。
すぐに遠恋とか……ないだろ……
「…………神山……私…………つ」
「佐々木……俺と付き合ってくれる?」
「うん……」
抱きついてきた佐々木は、部活の時とは違った。
柔らかな感触と潤んだ瞳に心臓が鳴ってる。
試合の比じゃない。
「…………神山は……優しいよね」
「そんな事ないだろ?」
「そんな事あるの……今も……」
続く言葉は聞こえなかった。
俺は佐々木が言うほど優しくない。
だって……
「佐々木……」
「ん……」
顎に触れて、そのまま唇を重ねた。
優しかったら……外でこんな事しないだろ?
「……ちょっ…………意地悪……」
これくらい許されるだろ?
だって……告白されそうにならないと、伝えられない小心者だし。
告うつもりなんてなかった筈なのに、離れがたくて抱きしめてしまうほど優柔不断だ。
「……連絡するから」
「うん……」
思わず佐々木の髪に触れた。
ストレートなハルと違って、少しクセ毛の筈なのに、今は綺麗なストレートだった。
「……満……満!!」
「悪い……で、何だっけ?」
「……満、何かあった?」
「いや……」
「佐々木先輩と」
ゴホゴホと咽せている。危うくコーラが出てきそうだ。
「ーーーー何で?」
「それは、卒業式に抱き合ってるの見た人がいたから」
「はぁーーーー……」
「付き合ったの?」
「あぁー……告うつもり……なかった筈なのにな」
「俺としては嬉しいけど?」
「何でよ?」
「だって、妹離れ出来るだろ?」
態と言ってくる蓮の頭をくしゃくしゃと撫でる。
照れ隠しでやってるのはバレているだろう。
「ったく、満! すぐだよ!」
「あぁー」
先に卒業する度に感じる心寂しさ。
蓮が……ハルが……同い年だったらって、何度も思ってきた。
「とりあえず、おめでとう」
「ありがとう……ハルをよろしくな」
「うん……遥は強くなったよ」
「あぁー」
泣き虫のハルは、確かに強くなった。
俺がいなくても平気な事は分かってる。
蓮もいるし、もう大丈夫だって……
「ハルには言うなよ」
「言わないよ……」
離れて寂しいのは、きっと俺の方だ。
ずっと味方であり、ライバルでもあった蓮がいない一年は、いつだって必死だ。
「やっぱり……佐々木先輩かー……」
「ん?」
「満は美味しい所を持っていくって話」
「そんな事ないだろ?」
満の分かっていない様子に、蓮から溜息が出そうだ。遥からも慕われていた彼女は、男子から人気がある人だったのだ。
「遠距離になるんだな……」
「あぁー……佐々木よりも……」
…………親友との別れの方がくる。
出来たばかりの彼女よりも、幼馴染との別れの方が鳴る。
正直に告げても、蓮なら笑い飛ばす事なく頷いてくれる自信はある。
幼馴染とか歳下だとか関係なくて……憧れた。
蓮は揺るぎない想いを持っていたから……今も……
「ーーーー俺もだよ」
それだけで十分だった。
見透かされたような言葉も、親友ならではだ。
きっと蓮は、俺よりもハルとの別れの方がくるだろうけど…………それが寂しくも、嬉しかったりする。
ずっと続いてくれたらって、何処かで願ってる。
「あぁー……」
「…………満、必ず続くよ」
「分かってるって!」
頭をくしゃくしゃと撫でて、気恥ずかしさを逸らした。
そうでもしないと泣きそうだ。
連覇は並大抵の事じゃない。
そんなの……俺達が一番よく分かってる。
何十回も首位を競ってきたんだ…………それこそ、蓮と競ってきた回数は数えきれないくらいだ。
「やっぱり……苦手だな……」
「遥と同じだな」
「蓮だってそうだろ?」
「うん……」
ーーーーーーーー春は苦手だ。
出逢いと別れが一度にくるから……泣きそうになる事も多々あるし。
だけど……楽しみもある。
必死になって弓道に打ち込む一年は、ライバルがいないチャンスの年でもある。
同年代で、蓮以上の弓の使い手は知らない。
だからこそ、強くなって挑みたい。
来年はリベンジだ。
「……蓮」
掌を差し出すと、心地よい音が響いた。
何度も交わしてきたハイタッチが特別な事に思えた。
「満……負けるなよ」
「あぁー、蓮もな」
『負けるなよ』……それは、三年前もくれた言葉だ。
発車ベルの音が響いた。
いざ家族に見送られると、やっぱり……くる……
ハルは俺以上に涙目だ。
蓮と交わした時と同じようにハイタッチをして、想い返していた。
佐々木をすきになって、強くなれた部分があったってことを。
東京へ向かう中、さっそく届く親友からのメッセージに、また鳴っていたんだ。