第二十五話 声援
「遥、明日は校門に九時半でいい?」
「うん!」
「マユと遥、どこか行くのか?」
「明日、女子バスケ部の観戦に行くの」
道場入り口で靴に履き替えながら応えた。今日の練習は終わったのだ。
「うちの学校のバスケ部、男女とも強豪なんだっけ?」
「そうだよ」
「遥、楽しそうだね」
「うん、クラスメイトが出場するからね。マユのクラスの子も出るんだって」
「うん! 楽しみだね」
「うん、また明日ね」
「またねー」
徒歩組の真由子達と自転車組に手を振ると、いつもの四人で駅までの道を歩いていく。
「翔は男子バスケ部の応援に行くの? 山田が試合に出るって言ってたよね?」
「俺は行かないけど、何人かクラスの女子が行くらしいぞ?」
「そうなんだ」
二人の前を美樹と陵が、楽しそうに話をしながら歩いている。
遥は彼女達の様子に嬉しそうな笑みを浮かべながら、隣を歩く翔と話を続けた。
「ハルは……楽しそうに話すよな……」
「えっ? 変?!」
「いや、違くて……明日の応援、頑張って」
「うん、ありがとう」
遥はいつものように道場に寄っていた。一夫の時のように特別な事がない限りは、朝も夕方も部活の前と後に、少なくとも八本は引いているのだ。
「おかえり」
「…………ただいま、みっちゃん……」
道場の明るさで、誰かがいる事は分かっていたけど……
「蓮じゃなくて、残念だったな」
「!!」
顔に出ていたのだろう。兄にはお見通しだったようで、ニヤリと悪い笑みを浮かべている。
「みっちゃんがいるの珍しい……」
「まぁーな、これからは一緒に引く機会が増えそうだな」
「本当?」
「あぁー」
誤魔化し切れてはいないが話題は逸れた。赤らめていた頬は、一瞬で嬉しそうに緩んでいる。
「勝負してから帰るか?」
「うん!」
ーーーーみっちゃんの音がする。
何処か力強くて、まっすぐな弦音が…………
的確に中り、心地よい音が二人分響いていた。
満は言っていた通り、朝から道場を訪れていた。
すでに的が二つ用意され、家で見かけなかった遥が準備を整えている。
「おはよう、ハル」
「みっちゃん、おはよう」
振り返った遥は穏やかに微笑んだ。
二人で引いていくと、その的には十二本ずつ中っている。
「今日は部活なのか?」
「ううん、今日はバスケ部の応援だよ」
「ハルのクラスメイトの小百合ちゃんと知佳ちゃんだっけ? バスケ部って、言ってたもんな」
「うん、よく覚えてるね。スタメンだから観戦して来るね」
「あぁー、気をつけてな」
先に道場を出る遥を見送ると、満は続けて弓を引いていった。昨日と同じ弦音を響かせながら。
袴姿だった遥は、休日にも関わらず制服に着替え、学校に向かった。その横顔は、クラスメイトのスタメンを喜んでいるようだ。
「遥ーー! おはよう」
「おはよう、マユ」
待ち合わせの五分前だが、すでに真由子が待っていた。
「体育館、行こう?」
「うん!」
二人が体育館に入ると、試合前の緊張感のある空気が流れている。
ベンチ入りしていないジャージ姿のメンバーがいる席の近くには、清澄高等学校の生徒も応援に駆けつけていた。遥達と同じ制服姿の生徒も多数見受けられる。
側には応援幕が飾られ、ジャージ姿のバスケ部員が観覧席で見るほど大所帯だ。
コート内で繰り広げられる戦いに、遥は無言のまま目で追っていた。
ーーーーすごい……これが……小百合ちゃんと知佳ちゃんの立っている場所……
二人はスタメンと言っていた通り、第一ピリオドから出場している。
小百合と知佳のコンビネーションは他校からも定評がある為、清澄高等学校の試合を偵察に来ている出場校もいた。
「スリーポイント!」
「すごい! 小百合ちゃん!」
遥と真由子は、弓道とは違い声援に後押しされるように戦う彼女達の姿に気持ちも高まっていく。
得点を重ねる度、拍手やエールを送っていた。
「第一と第二ピリオドの間、二分のインターバルがあるんだね」
「うん、バスケは授業でしかやった事がないから知らなかったよ」
「私もだよー」
話をしていると、すぐに第二ピリオドが始まった。
清澄高等学校は優勢の為、小百合と知佳は交代のようだ。ベンチに腰掛け、声を出している。
二人は……第三ピリオドで、また出るのかな?
バスケは攻守が切り替わるのが早いから、難しい……
「あっ! ユウが決めた!」
「やったね!」
真由子のクラスメイトがシュートを決めたのだ。二人は手を取り合い喜ぶ。
「隣のコートの声援もすごいね」
「うん……青嵐って書いてあるね」
彼女達の黒いジャージには、青嵐女子バスケットボール部と英語で書かれている。
青嵐って……陵達が、以前言ってた弓道部がある高校だっけ…………
清澄はバスケ部の強豪校なんだけど……強そうに見える。
遥の思った通り、清澄に次いで青嵐は東部地区の強豪校だったのだ。
「やったー!!」
「すごいね!」
清澄が七十対五十八で勝利をおさめた。
「遥、ちょっと早いけどお昼食べよう?」
「うん」
「……あの、さっき応援してくれてたよね? よかったら、一緒に食べない?」
バスケ部のジャージを着た彼女は、遥達の会話を聞いていたのだろう。緊張気味になりながらも声をかけた。
「うん! 私、一組の真由子」
「私は二組の遥、よろしくね」
「う、うん……三組の理恵、よろしくね」
気さくに返す二人に対し、理恵は心なしか緊張しているようだが、すぐに打ち解けていく。
「三組って、美樹と奈美に陵がいるクラスだね。知ってる?」
「うん……松下くんは目立つし、美樹ちゃんも奈美ちゃんも仲良いから」
「そうなんだ」
「遥ちゃんと真由子ちゃんの事も知ってたよ? テスト前に、よく集まってるよね?」
「うん、弓道部で毎回勉強会してるの」
「仲良いなーって、思ってたんだ」
理恵に連れられ、バスケ部の揃う教室へ向かうと、小百合と知佳が駆け寄ってきた。
「遥ーー、来てくれたんだ! ありがとう!」
「かっこよかったよ! 二人ともすごいね!」
「ユウ、お疲れさまーー!」
「真由子、ありがとう」
真由子もクラスメイトとハイタッチを交わし、喜んでいる。
「理恵ちゃんに案内してもらったんだけど、お邪魔していいのかな?」
「勿論! 今日は男子も試合だから、応援取られたんだよねーー」
「山田がクラスで声をかけてたよね」
「そうそう」
女子バスケットボール部も仲が良いのだろう。運動部の為、上下関係はしっかりしているが話が弾んでいる。
「本当に遥ちゃん、背が高いんだね」
「理恵もそう思うでしょ?」
「うん、座ってたら分からなかったけど……」
「ーーーーずっと座っていようかな……」
「遥、何言ってんの?」
「そうだよ。袴似合うんだから、いいじゃない」
「マユまで……しかも袴、関係ないよ?」
遥と真由子はバスケ部の一年生と笑い合っている。
「遥、忘れるところだった!」
「そうだった! これ、よかったらみなさんで……」
「チョコレートとかお菓子だけど、差し入れです!」
「わぁー、ありがとう!」
「あれ……始業式の日、表彰されてなかった?」
「は、はい」
「由希子からハルちゃんとマユちゃんの話、聞いてるよー」
「ユキ先輩から?」
「そう、クラスが一緒だからね。今日、弓道部の子が応援に来るって聞いてたから、チョコレートありがとう」
「はい」 「……いえ」
差し入れを受け取った二年生達は、柔らかな笑みを浮かべている。先程の試合で活躍していた部長達だ。
「部長さん、かっこいいね」
「ねっ! 統率力もあって、私も憧れるもん」
「ユウの気持ち、分かる!」
「弓道部は男女一緒なんでしょ?」
「うん、競うのは男女別に行うけど一緒だよ」
「いいなぁー。私、男バスの試合も見たかったんだよねー」
「松下くんって、部活でどんな感じなの?」
「陵? 陵は彼女とラブラブだよ」
「マユ……ラブラブって……」
「美樹と仲良いじゃない」
「そうだね。昨日も仲良く帰ってたよ」
「じゃあ、白河くんは? 彼女いるの?」
「翔? そういう話、聞いたことないかも……マユ、知ってる?」
「ううん、ドライに断ってるのは見たことあるけど」
「そうなんだ」
「へぇー」
「遥も知らなかったの? 部活では割と熱い奴なのにね」
「うん、知らなかった。確かに……熱いかもね」
休憩中はリラックスモードだが、試合になると皆、女子だが『かっこいい』と、彼女達が感じてしまうようなプレーを次々と繰り出していた。
「また決めた!」
「すご!!」
強豪校は伊達ではない。また十点以上の差をつけて、勝利したのだ。
「明日の決勝、見れないの残念……」
「そうだね。私達もトーナメントまで残りたいね!」
「うん!」
気合いを入れる真由子に、笑顔で応える。
校門で分かれると、遥は一人で駅までの道を歩いていく。
バスケ部の試合、すごかったな……小百合ちゃんも知佳ちゃんも大活躍だった。
ーーーーーーーー来月は頑張らないと……
最寄駅に着くと、自宅に帰る事なく道場に向かった。
みっちゃんが一式持っていってくれてるって、メッセージが来てたし。
遥の予想に反し、二人が弓を引いていた。
「同点か……ハルが来たら射詰するか?」
「そうだな」
矢取りをする姿に、自然と口元が緩む。
「蓮! みっちゃん!」
「遥、お疲れさま」
「バスケ部、どうだった?」
「清澄が勝ち残ってたよ! お疲れさま」
先ほど話していた通り、三人で射詰を行なっていく。
ーーーー楽しい…………二人に続いていけるような私でありたい…………
彼らは美しい所作で弓を構えると、次々と放っていた。
「ーーーー久しぶりに三人で引いたな」
「夏以来か……」
「そうだね」
無作法ではあるが、二人が袴姿のまま寝転んだ為、遥も同じように寝転んだ。
「楽しかったー……」
「また、三人で勝負しような?」
「そうだな」
「うん!」
満の言葉に、蓮も遥も笑顔で応えている。
おそらく数える程しか、三人で弓を引く機会がない事を分かってはいたが、その表情は明るい。
久しぶりに行った三人での練習は楽しかったのだ。
「ハル、先に行ってるな」
「えっ?」
「蓮が話あるってさ」
「満!」
「またな、蓮」
「あ、あぁー」
二人きりになると、彼の腕の中にいた。
「…………蓮?」
「明日、遊園地に行くからな?」
「うん、楽しみ……」
「遥……介添、頑張ったな……」
「…………ありがとう……蓮……温かいね」
「そう?」
「うん……」
蓮は温かい……いつだって…………
彼の背中に手を回し、そっと唇に触れる。
「……帰ろう? 明日も朝、早いでしょ?」
頬を赤らめながら、道場を出て行こうとするが、背中から抱き寄せられる。
「…………遥、もう一回」
「……恥ずかしいから、無理……」
「えーーっ」
態と悲しそうにする蓮に、耳元で囁いているのだった。
「……また……明日ね」