第二十三話 初空
「お母さん、明日着物着たいんだけど……」
「初詣に着ていくの?」
「うん」
「後で出しておくけど、何色にする? 蓮くんと行くなら、ピンク系がいいかしら?」
「ちょっ! 何で、お母さんまで知ってるの?!」
お節料理を親子並んで作りながら、元旦の話をしていた。神山家には親戚一同が集まる為、大晦日はその準備で忙しいのである。
「そんな事よりハル、千切りは終わったの?」
「もう……出来てるよ」
彼女の手元には、なます用の大根と人参が細く綺麗に千切りされていた。
「じゃあ、次は飾り切りお願いね」
「はーい、おばあちゃんが黒豆作ってくれたんだっけ?」
「そうよ。後で味見する?」
「うん」
人参を飾り切りする遥の元へ、和室の準備を整えた満が顔を出した。彼は花束を抱えている。
「ハルーー、スマホ鳴ってる」
「誰からーー?」
「ラインかな? めっちゃメッセージきてるみたいだったぞ?」
「弓道部かも……これが終わったら見るね」
「あぁー、テーブルに置いとくなー」
「うん」
満は広い和室に、祖母の生けた花を飾っていく。神山家の正月準備は万端のようだ。
本当だ……すごい、メッセージきてるけど……明日、学校の最寄り駅にある神社で初詣か……
遥は彼と約束をしているだけでなく、正月は親戚一同が集まる為、不参加の返事を出した。
陵や翔に美樹も用があるようで、参加は和馬、雅人、真由子、奈美の四人だけになりそうだ。弓道部は少人数の為、全体に声をかける事はよくあり参加も自由だ。
可愛らしい参加や、変な顔の不参加のスタンプが、並んでいる。
「ハルーー、お昼にするってさー」
「はーい! みっちゃん、今行くー」
エプロンのポケットにスマホを入れると、キッチンに再び立っているのだった。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
新年の挨拶を家族で交わすと、朝から家族五人揃ってお雑煮を食べている。
「ハルちゃん、着物着るんでしょ?」
「うん、着替えたら初詣に行ってくるね。みんなが集まる頃には戻ってくるから」
「気をつけて行くんだよ?」
「おばあちゃん、ありがとう」
片付けを終えると、和室で着物に着替える。学祭の時も一人で着替えていたが、祖母の影響もあり着付けは出来るのだ。
姿見の前で、帯の最終チェックを済ませる。髪も着物に合わせ編み込みにし、綺麗なアップに整えていた。
「ハルちゃん、入るよー」
「はーい」
「綺麗に着れるようになったね」
「ありがとう」
笑顔で応えていると、玄関のチャイム音が鳴った。いつもはスマホで連絡を取り合い、家まで来ない事が多い彼だが、新年の挨拶はきちんと行なっていた。
「あけましておめでとうございます」
「蓮くん、あけましておめでとうございます。遥をよろしくね」
「はい」
少し緊張した声色で応えていると、遥が玄関にやって来た。
「蓮くんも時間あるなら、帰りにお昼、寄っていって?」
「ありがとうございます」
母と話す姿に、遥から自然と笑みが溢れる。
「いってきまーす」 「いってきます」
「いってらっしゃい」
二人は手を繋ぎながら、夏祭りにも行った神社へゆっくりと歩いていく。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「うん、よろしくな」
艶やかな着物姿の彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「蓮、さっき緊張してたでしょ?」
「ある意味、試合より緊張するよ」
微笑む彼女に、優しい視線が向けられる。
「遥……着物似合うな。綺麗だよ……」
「あ、ありがとう……」
二人は夏祭り以来の賑やかな神社に並んでいた。お祭り程ではないが出店や甘酒が振舞われている為、活気がある。
「遥、はい」
「ありがとう」
温かい甘酒を飲むと、身体も温まっていくようだ。
美味しい……御守りも……新しく買おうかな……
「新しい御守り、買うか?」
「うん!」
彼も同じ事を考えていたようだ。
二人はお参りを済ませると、御守りを買い合い交換した。
「また矢筒につけるね」
「俺もつけるな」
「おみくじ、引いていい?」
「じゃあ、せーのでな?」
「うん、せーの……」
二人同時におみくじを開くと、吉と小吉だった。
「内容はーー……」
「悪くはなさそうだけど……木にくくりつけて帰るか?」
「うん」
二人は思っていたよりも近くに顔を寄せ合って、おみくじを見ていたようだ。
ーーーー顔……ちか……
思わず頬を赤らめる彼女の手を引くと、人気の少ない裏手まで歩いていく。
「れ、蓮?」
「そんな顔……他の奴に見せるなよ?」
「えっ?」
唇をそっと手でなぞられ、柔らかな感触が触れ合う。
「ーーーー……木にくくりつけたら帰るか?」
「うん……」
蓮が手を取ると、遥のゆったりとした歩幅に合わせ帰っていった。
「蓮くん! ハル! あけましておめでとう!」
「航、稔、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。二人とも相変わらず元気だな」
神山家に着くなり、遥の従兄弟が二人を出迎えていた。
「ハル、おかえり。蓮くんもお昼、食べていって? マキちゃんには、連絡済みだから」
「はい」
彼女の母にも誘われ、彼は遥とお昼を食べてから、帰宅する事になりそうだ。
広い和室に入ると、大人達はビールや日本酒で乾杯をしていた為、既にほろ酔い加減だ。
「蓮、あけましておめでとう」
「満……あけましておめでとう」
久しぶりに会う幼馴染に頬が緩む。同じ学校でも学年が違う為、部活がなければ会う機会は殆どない。
「お節食べたら、久々に将棋やらないか?」
「うん」
彼らは祖父母の影響を色濃く受けているのだろう。特に二人はスマホやテレビゲームもするが、将棋や花札等のような日本の昔ながらの遊びも得意である。
「ハルちゃん、綺麗ね。そうしてると恵子さんに似てるわね」
「ありがとうございます」
遥は着物姿のまま宴会の席に参加していた。
母に似ていると言われながら、度々お年玉を受け取っている。学生の彼らにとっては貴重な収入源だ。
「蓮、栗きんとん食べる?」
「うん、遥が作ったのか?」
「お母さんのお手伝いだけどね」
「美味しい」
「よかった……蓮は意外と甘党だよね」
「意外?」
「うん、甘いの食べなそう」
「それを言うなら満だって、そうじゃん」
「確かに……みっちゃん、クリーム系すきだもんね」
幼馴染三人に、航と稔の従兄弟を合わせた五人は特に歳が近く、同年代同士で話も合うのだろう。
その後、満の誘った通り将棋や花札、百人一首等をして盛り上がる事になるのだった。
ーーーー蓮のお休みも今日まで……洋服、変じゃないかな?
遥は朝から待ち合わせをしていた。久しぶりのデートだ。
「遥、おはよう」
「おはよう……」
「とりあえずショッピングモールに行くか? 見たい映画があるって、言ってただろ?」
「うん!」
駅まで手を繋ぎながら歩いていく。
電車に乗って二人で出かける事は滅多にない為、彼女は少し緊張していた。
「遥? 大丈夫か?」
「うん……蓮と出かけるの楽しみで……」
顔色が移ったのだろう。蓮の頬も微かに桃色に染まっている。
「あんま……そんなこと言わないで……」
「そんなこと?」
「……チューしたくなるような顔、するなって事」
「!!」
耳元で囁かれた遥は、顔が真っ赤に染まっている。
「ーーーーーーーー蓮……」
「今のは遥が悪い」
「私のせい?」
そんな甘いやり取りをしながら目的地に着いた。
彼女の誕生日が今月末にある為、彼にとってはプレゼントのリサーチも含めたデートのようだ。
今も、アクセサリーを彼女の手元に合わせている。
「遥は華奢なのが似合うな」
「そうかな? すきだけど……普段つける機会ないから、あんまり持ってないかも」
「そういえば、遥がつけてるのってネックレスが多いよな?」
「うん、お下がりが多いからね」
彼女の首元には、オープンハートが可愛らしいネックレスがつけてあった。
「遥、そろそろ昼にしないか?」
「うん、映画は二時半からだったもんね」
手を引かれエスカレーターでレストラン街に向かうと、遠くに山が見えている。
「ーーーー綺麗……」
「初富士だな」
「うん……」
彼女は蓮といられれば、それだけで楽しいのだろう。終始笑顔だ。
「久々に、ここに来たね」
「そうだな……二人で来たのは、初めてだな」
「うん……懐かしいね…………」
二人が訪れた洋食屋は、小学生の頃に祖父に連れられて来た事のある場所だった。
懐かしい味に当時を想い出していたのだろう。遥は手元から、目の前に座る彼に視線を移す。
おじいちゃんやカズじいちゃんが、弓を引いた後……連れて来てくれたことがある場所。
まだ……弓に触れることが出来ない私は、二人が羨ましかった……
何でも先に、蓮とみっちゃんが出来るようになるから……でも、やめたいとは思えなかったんだよね。
あの音や……独特な空気感がすきだったから…………
彼は、懐かしむような表情を浮かべる彼女の口元を指先で拭う。
「遥、ついてた」
「あ、ありがとう……」
拭ったクリームを舐め取った彼の仕草に頬が赤くなる。
「映画、ちょうどいい時間になるな?」
「うん……」
「行くか?」
「……そうだね」
彼が腕時計で時間を確認すると、遥の手を引いて歩いていく。
「蓮……家じゃないんだから、さっきみたいなのはやめて?」
小さな声で抗議する彼女に、悪そうな笑みを浮かべる。
「何で?」
「うっ……いじわる……」
「はいはい。ほら、行くぞ?」
彼も久しぶりのデートが楽しみだったようだ。
先に予約しておいた映画を見る間も、時折彼女に視線を移していた。
映画を見ながら涙する遥にハンカチを手渡すと、恥ずかしそうに微笑んで目元を拭っている。
蓮は彼女の頬に触れる代わりに右手を握った。一瞬驚いた表情を浮かべた遥は、その手を握り返していた。
ーーーーーーーーこのまま……ずっと、一緒にいられたらいいのに……
エンドロールが流れる中、遥は手の温かさを感じながら、そう願っていた。