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第二十一話 恋路

 「遥ーー! おめでとう!!」

 「美樹!」


 袴姿に着替える遥に勢いよく抱きついてきた美樹は、彼女の優勝を心から喜んでいる一人だ。


 「……ありがとう」

 「遥、おめでとう!!」

 「ハルちゃん、おめでとう!」

 「遥、お疲れさまーー!」


 次々とお祝いの言葉を告げる彼女達に囲まれ、頬が緩む。


 ーーーー蓮も喜んでくれたけど…………美樹やみんなが、喜んでくれると……よかったって思う。

 最後まで……残れたんだって……


 「みんなの御守りのおかげです……ありがとうございます」


 笑顔で応え、いつも通り弓を引いていった。




 期末テストを間近に控え、清澄高等学校では部活動休止期間に入った。


 「ハル、帰りに勉強していかないか? って、和馬が言ってるけど行けるか?」


 放課後、スマホのメッセージを見ながら言う翔に、頷いて応える。


 「行くー、マユと奈美……みんな、行けるみたいだね」


 彼女もスマホを見ると、全員参加になったようだ。


 「遥、またねー」

 「うん、また明日ね」


 クラスメイトに挨拶して、翔と共に隣のクラスに来ていた。テスト前になると、弓道部員が三人いる三組に集まって勉強している。今回言い出したのは和馬だが、勉強会は定例になりつつあった。


 「ハル、勉強して行くの?」

 「うん、美樹達とね」


 彼女は三組にも知り合いがいるようで、教室を出て行く人から話しかけられる率が高い。今も友人の一人であろう女子に、手を振っていた。


 「ハルは知り合い多いよな」

 「そうかな?」


 隣にいた翔に曖昧に笑うしかない。


 「今の子は美樹の友達だよ? 中学から一緒なんだって、綺麗な子だよね」


 彼は思わず『ハルの方が綺麗だ』と、言いそうになって留めた。遥は弓道のおかげもあるのか、普段から立ち振る舞いが綺麗である。

 翔が曖昧に応えていると、四組の雅人から声をかけられた。


 「二人ともお疲れーー、三組は掃除中? 」

 「お疲れさま。もうすぐ、終わりそうだよ」


 遥が応えた通り、教室では陵が机を元に戻している。


 「陵ーー、美樹と奈美は?」

 「おーー、雅人たち早いな! 奈美はゴミ捨てで、美樹は図書室に本返しに行ったー」


 応えながらも机を整頓している為、元の教室に戻るうちに八人が揃う。


 「ハルー、またなー」

 「うん……ばいばい」


 また話かけられている遥は、教室で机を合わせている最中だ。陵の近くの席を借りると、それぞれ教科書やノートを広げていく。


 「遥、伊藤と知り合いなのか?」

 「ううん、知らないよ?」


 陵の問いに応えると、その場にいた全員がツッコミを入れそうな勢いだ。


 「えっ! 知り合いじゃないのに挨拶したの?」

 「奈美、えっと……顔見知り? 名前までは知らないけど、三組を覗くとよく話しかけて来る人だよ? 話しかけられたら、無視するわけにはいかないから……」


 そんな彼女の様子に、隣にいた翔がいち早く反応した。


 「ハルって、たまにそういう所あるよなー」

 「ちょっ! 何で笑うのー?!」

 「いや、今のは笑うでしょーー」

 「遥、ごめん……ツボった」


 声を上げて笑う彼らに、彼女の頭には疑問符が浮んでいた。




 それぞれ苦手な教科や他クラスのノートを写し終え、勉強道具を片付ける中、彼の話になった。


 「そういえば……陵、今日告られてただろ?」

 「何で……和馬が知ってるんだよ?」

 「ちょうど渡り廊下から、呼び出されるの見えたんだよ」

 「……断ったからな!」


 陵は和馬というより、美樹に弁明している。そんな彼の様子に美樹が微笑んでいると、二人の雰囲気を察した雅人が尋ねた。


 「……もしかして……美樹と陵って、付き合ってるのか?」

 「……そうだよ」

 『えっ?!』


 はっきりと告げた陵に驚いたのは、雅人と和馬の二人だけだったようだ。


 「えっ? もしかして、みんな知ってたのか?」

 「だいぶ雰囲気出てたし、私達は美樹からちゃんと聞いてるもん」


 呆れ気味に真由子が応えると、態とうな垂れて見せる二人がいた。


 「いや、大会もあったからタイミングがなーー……わざわざ言うのも何だし……」


 言葉を選んで伝えようとする陵に、和馬も雅人も笑顔で祝福する。


 「よかったな」

 「うん、お似合いじゃん」

 「……サンキュー」


 友情を感じる温かな時間が過ぎていった。






 「終わったーー!」

 「陵、お疲れさまー」

 「美樹、一緒に帰るだろ?」

 「うん!」


 期末テストが終わったばかりだ。放課後の勉強の成果か二人の表情は明るい。

 陵と美樹が揃って教室を後にすると、教室では付き合い始めた二人の話題になっていた。


 「松下くんと美樹ちゃん……本当に、付き合ってるんだねー」

 「そうだね。いいなぁー、美樹」

 「松下、かっこいいからねー」


 美樹を羨む女子が多いようだが、彼の一途な一面は彼女がいなければ見ることが出来なかった為、お似合いの二人だと思っている人が多数なようだ。


 「せっかくテストが終わって、部活もないし。何処か寄ってくか?」

 「うん!」


 二人が下駄箱へ向かうと、ちょうど翔も帰る所だったようだ。


 「お疲れー、翔! 遥は?」

 「お疲れー、ハルは先に帰ったぞ?」

 「そっか」

 「あぁー、じゃあ、またな」

 「あ、あぁー」


 先に帰っていく翔は、陵の性格をよく分かっているのだろう。何も言わなくても、彼が二人で帰る事を分かっていたようだ。


 「陵、どうかした? 声がしたけど、翔は?」

 「いや……先に帰った。今日は久々に、カフェに寄ってくか?」

 「いいの?」

 「あぁー、美樹が行けるなら」

 「うん、行きたい!」


 彼女は久しぶりの放課後デートに、嬉しそうな笑みを浮かべていた。




 遥が自宅に帰ると、満が袴姿で待っていた。


 「ハルー、今日も行くのか?」

 「うん、やっとテストが終わったからね。みっちゃんも、これから?」

 「あぁー」


 部活を引退した満は、朝と放課後の一日二回いつもの道場で弓を引いていたが、兄妹きょうだい二人きりで引くのは、久しぶりの事だ。


 「蓮は、部長が忙しいのか?」

 「うん……朝も夕練も、頑張ってるみたいだよ?」

 「そっか……ハルは淋しい?」


 ストレートな問いに、遥の頬はほんのりと赤い。


 「うっ、それは……まぁー……」

 「歯切れが悪いなー」

 「私の事はいいの!」

 「はーい。じゃあ、十二射で勝負な?」

 「うん!」


 的の用意が整うと、息を整えて引いていく。

 心地よい弦音が次々と響いていき、的には十二本の矢が中っている。


 「ーーーーみっちゃんは綺麗だよね」

 「急に何だよ?」

 「ううん……いつ行くの?」

 「来年……三月には引っ越しだな」

 「もう場所も決めてるんだよね?」

 「あぁー、この間決めてきた。大学近くは何処も人気みたいだからな。東京は家賃が高いし」

 「そっか……」


 それ以上に続く言葉が出てこない。矢を握る遥の手に、力がこもっていた。


 「ーーーーハルも、すぐだよ」

 「うん……慶星けいせい大学かー……」


 満は寂しげな妹の頭を優しく撫でていた。


 「……次は射詰でもするか?」

 「うん!」


 笑顔で応えると、また交互に弓を引いていく。二人は射形を崩す事なく引いていくのだった。






 一吹は一週間ぶりに、清澄高等学校の弓道場を訪れていた。期末テストも終わり、今日から補講期間の為、赤点がなければ部活に参加出来るからだ。


 「一吹さん、おはようございます」


 遥の挨拶に応えると、一吹は制服姿のままの彼女を連れて、面談室へ来ていた。


 「遥、来月の全国選抜の付き添いも、俺が同行する事になったから」

 「ありがとうございます」

 「東京の会場は使った事あるか?」

 「はい……中学の時にあります」

 「それなら良かった。冬休みに入ってすぐだからな」

 「はい、またよろしくお願いします」

 「あぁー」


 ーーーーまた……大会で弓が引ける。

 それは、とても嬉しいことだけど…………東京か……


 道場へ向かう中、二週間後に迎える大会に既に気持ちが向いていた。


 補講期間は基本的に学校は休みの為、登校している者は補講を受ける者か、部活動がある者だけだ。

 弓道部は八時から十二時までの四時間。弓が引ける事になっていた。


 遥は一足遅れて道場に入ると、部員が全員揃い、準備運動をしている所だった。


 「遥ーー! 今日は自由練習だって」

 「うん!」

 「ハルは大会あるから右端の的、使うんだぞ?」

 「はい! 部長、ありがとうございます」


 柔軟体操を念入りに行うと、言われた通り右端の的の位置にいる。呼吸を整えた遥は、まっすぐに的を見据えた。

 一週間ぶりに弓を引く者が殆どの中、彼女は一射目から的に中ていく。

 彼女は一日も弓に触れない日がないからだ。弦音と弓返りの音が一定なのも、日々の練習の成果だろう。


 彼女の射に周囲も活気づいていた。


 「腹減ったー」

 「そうだな。陵、何か食べて帰るか?」

 「食べる! 駅前のマック寄って行くか?」

 「あぁー、他に行ける奴いる?」

 「駅前なら、俺も行くー!」


 陵と翔の話に和馬も加わり、いつもの流れで一年生全員で行く事になりそうだ。


 「ごめん、私は先に帰るね」

 「分かったー。遥、また明日なー」

 「遥、またねー」


 チームメイトに手を振ると、足早に道場を後にした。


 「急いでたから、待ち合わせかな?」

 「そうかもねー」


 遥を除く七人で、駅前で昼食をとる事になった。ある意味、これも結束力の一つだろう。


 「何にするー?」

 「クーポンあるか見るか?」

 「そうだね」


 スマホを片手に駅までの道を歩いていく。雅人と奈美は自転車を押しながら歩いていた。


 「雅人ー、チャリ乗せてーー」

 「陵、少しだけだぞ? 駅前、交番あるから」

 「やったーー!」


 雅人の後ろに乗ると、駅まですぐに着いた。


 「自転車だと早いなーー」

 「それはな。でもあと少しだったから、みんなも後ろに見えるぞ?」


 陵が後ろを歩くメンバーに手を振っていると、先程まで一緒にいた彼女がいた。


 「陵、あれ……遥じゃないか?」

 「本当だな。ってか、改札にいるの松風さんじゃないか?」

 「だな。やっぱり待ち合わせだったのかーー」


 二人の仲の良さは、はたから見てもはっきりと分かった為、驚きはない。


 「二人とも、どうしたのーー?」

 「美樹、あれ」


 彼らの視線の先に目を向けると、遥が改札を抜ける所だった。


 「あっ、遥ーー!」


 美樹が躊躇う事なく声をかけると、振り返った遥は手を振り返した。


 「美樹! みんなも、また明日ね」

 「うん! ばいばーい」

 「またねー」


 蓮は彼女の後ろで会釈をしている。二人は並んで駅のホームに消えていった。


 「遥と松風さんって、仲良いんだなー」

 「そうだねー」

 「へぇー、つき合ってるのか?」

 「らしいぞ。文化祭の時に聞いた」

 「そうなのかー?! って、またマユ達は驚いてないんだな」

 「文化祭の時に二人でいる所見かけたから、聞いてたもん」

 「うん、そうだねーー」


 女子には周知の事実だったようだ。

 七人は話しながら、ハンバーガーやポテトを食べていく。女子だけなら恋話こいばなに発展しそうだが、話題になるのは二月に控える高等学校対抗戦についてだ。


 団体競技の為、男女別に五人八射で予選が行われる。今のメンバーで弓を引く、残り少ない機会の一つだ。


 「年明けまで、試合なしかーー」

 「次はトーナメントまで残りたいね」

 「だよなーー」

 「遥は今月、東京に行くんだよな?」

 「うん、冬休み入ってすぐの土曜日でしょ?」

 「そうそう、東京かー」

 「和馬、どうしたの?」

 「うちの県からは、遥と松風さんの他に、二人だけかー」

 「そう考えると、すごいよな」

 「私、遥が外した所見たことないもん」

 「確かに!」


 彼女が的から外した所を、彼らは一度も見た事がない。それだけ的中率が高いのだ。


 赤点を出した者は一人もいない為、明日も十人揃って弓が引ける事を楽しみにする彼らがいた。




 「遥、よかったのか? 部員の子で集まってるんだろ?」

 「今日は急遽だったから、いいの。蓮と会いたかったから……」

 「それは……嬉しいけど……」


 いつもは一人で乗る電車に、今日は蓮がいる。

 それだけで、嬉しくて……


 彼の隣でつり革を持つ遥は嬉しそうだ。


 「お腹空いたなー。何か買ってから行くか?」

 「うん! 今日、おばさんは?」

 「今日は仕事。俺の家で昼食べたら、道場に行くだろ?」

 「うん! 最近はみっちゃんが練習につき合ってくれてるんだよ」

 「よかったな」

 「うん……」


 こちらも弓道が話題である。


 「……大会前に会えてよかった」

 「うん……」


 遥の鞄を彼が持つと、二人は手を繋いでゆっくりと歩いていた。


 昼食を終えると、さっそく道場に向かう。先程までの会話でも分かるように弓道が優先である。


 「蓮は着替えてから行く?」

 「あぁー、遥も着替えたら? 道場、入ってすぐだと暖房の効きが悪いから寒いだろ?」

 「うん」

 「俺、向こうで着替えくるから。遥、ここ使って」

 「ありがとう」


 蓮が道着を持って部屋を出ていき、彼女だけが彼の部屋に残った。


 久しぶりに蓮の部屋に来たけど……相変わらず、綺麗。


 彼の部屋は物が少ない。賞状やトロフィーの類は乱雑に棚に置かれている。あまり興味がないのだろう。


 遥は先程まで着ていた袴に着替えると、髪を一つに結んでいく。整えていく度に、気持ちも高まっていくようだ。


 「遥ーー、入っていいか?」

 「うん」


 蓮が部屋に戻ると、大会でよく見る背筋のピンと張ったような凛とした姿の遥がいた。


 「……遥」


 手招きする彼の方へ歩み寄ると、抱きしめられていた。


 「蓮?」

 「……ちょっと充電」

 「うん……」


 彼女が躊躇う事なく背中に手を伸ばすと、柔らかな笑みを浮かべる蓮がいた。


 いつもの道場に向かうと、まだ日中の為か一夫が弓を引いていた。


 「じいちゃん!」

 「カズじいちゃん、お久しぶりです」

 「おー、蓮とハルか。選抜、楽しみだな」

 『うん!』


 二人は笑顔で応えると、数年ぶりに師の前で引いていく。

 緊張感のある空気が流れる中、蓮から順に弓を引くと、二人とも皆中していた。


 「ーーーー二人とも成長したな……」


 的には四本とも中っていたのだ。


 「ーーーーーーーー私……カズじいちゃんの射、見たい!」


 彼女の声に微笑むと、一夫が的の前に立ち、美しい所作で構えていく。その姿に、遥はかつての祖父の射を想い浮かべていた。


 ーーーー綺麗な射形……極めたような射法八節は、おじいちゃんを想い出す…………


 弦音と弓返りの音を聞きながら、一夫が放った矢の美しい軌道に、心が揺れていたのだ。


 「じいちゃん、やっぱり上手いな……」

 「そりゃあ、若者にはまだ負けないさ。この間の大会は三人ともいい射だったな……。ハルも蓮も、東京に気をつけて行ってくるんだぞ?」

 「うん」

 「うん……ありがとうございます」


 爽やかな笑顔で応える二人に、一夫も思わず笑みを浮かべていた。


 「カズじいちゃんの射、久しぶりに見たけど……やっぱりすごいね……」

 「そうだな。じいちゃん、かっこいいよな」

 「うん」


 一夫が一足先に帰った為、道場には数ヶ月前までのように矢取り中に話をし、弓を引く際は静かになる二人がいた。


 「今日は、そろそろ帰るか?」

 「そうだね。蓮は今日、テストが終わったんでしょ?」

 「うん……だから明日から、また部活優先になるな」

 「お疲れさま。また……蓮の射が見れるように頑張るね」

 「うん、俺も遥に会えるように頑張るよ」


 蓮は彼女を抱き寄せると、そっと唇を重ねていた。一緒にいられる機会が減った分、二人きりの時はよく抱き合ったり、手を繋いだりしては、お互いに充電しているようだ。


 「…………遥、顔赤い……」

 「うっ……そんなに?」

 「うん……可愛い」

 「……蓮……態と言ってるでしょ?」


 頬を真っ赤にした彼女の頭を優しく撫でて微笑む。彼の本心なのだろう。

 愛らしい彼女に深く口づけていた。

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