*番外編*真情
第十七話 風颯学園の学園祭にて蓮視点のお話
「迎えがなー」
「俺が行こうか? ちょうど、その時間なら手が空いてるし」
「いいのか?」
「あぁー、ハルが来るんだろ?」
「ーーーーはい……」
「何だよ、蓮……その目はーー」
「いや……まぁー、土屋先輩が行ってくれたら」
……いいんだけど…………土屋先輩は目立つ。
この間の遥のメイド服姿と一緒に思い出すのは、愛想を振りまく土屋先輩と、天然でスルーする満の姿だ。
俺も満も抜けるのは不可能だから、頼むしかないけど……
「先輩、頼みますよ」
「分かってるって。楽しみだなーー」
頼り甲斐のある先輩ではあるけど、遥との接し方が気にならないと言ったら嘘になる。
この間、妹みたいに可愛がってるのが発覚したばかりで、それまでは……すきなのかとさえ思っていた。
遥はあんな感じだから、中等部時代から先輩にも後輩にも慕われていた。
林みたいに好意を抱いてる人は、結構いたと思う。
あの兄妹とは違って、そういうのは割と気づく方だから分かる。
自然と目で追ってしまうのは、俺自身の経験談だ。
「蓮……引退式、楽しみにしてるからな?」
「うん、俺も……」
引退式って名前を聞くと、部長の満がメインみたいだけど、風颯では違う。
毎年、新しい部長を中心に演武が行われる。
こういうのがなければ、部長でもいいかな……とは思うけど、中等部の時もやった事があるからこそ、面倒くさい部分もある。
満から引き継ぐのは、結構……くるモノがあるから苦手だ。
学祭当日は、朝から道場に出っぱなしだ。
遥が楽しみにしてるって言ってくれたし、頑張るしかないよな。
「松風先輩、お疲れさまです!」
「かっこよかったー!」
何故か俺のところに集まってくる……他にも部員はいるんだから、そっちに行ってくれると有難いんだけど……
「この後は、部員が教えますので……興味がある方は、ぜひ弓に触れていって下さい」
愛想良く振舞うのも限界だ。
満はよく振る舞えるよな…………
約束通り、土屋先輩が遥達を案内していて、すぐに弓と矢を戻して駆け寄った。
「蓮にしては……客寄せ、頑張ってるじゃん」
「そう思うなら、土屋先輩も参加して下さいよ」
「これは部長の仕事だからな」
「こんな時だけじゃないですか」
気を取り直し、彼女達に視線を移した。
「遥、射詰はどうだった? そっちの子がクラスメイト?」
「うん、小百合ちゃんと知佳ちゃん。クラスの仲良い友達だよ」
「小百合ちゃんは文化祭の時に会ったよね? 松風蓮です。今日は楽しんでいってね」
「ありがとうございます」
穏やかな笑みに、二人とも頬が染まりそうだ。
「遥も引いていかないか? 弓懸は持ち歩いてるだろ?」
「う、うん……でも、弓と矢はーー……」
「遥が使ってるのと同じの用意済み。俺が一緒に引きたいから付き合ってよ?」
迷っている彼女を、小百合と知佳が後押した。
「私、遥が弓道やってる所みたい!」
「私もーー!」
「……うん」
「ちょっと遥、借りてくね。土屋先輩、この後案内お願いしますね」
「はいよーー」
遥の手を取って、彼女達から一番近い的の前に立った。
「遥、ジャージ羽織ったら?」
「うん」
受け取ったジャージを羽織り、制服姿のまま弓と矢を整える。
「八本で勝負だな」
「うん」
「俺のジャージ、遥にはちょっと大きいな」
遥はジャージを制服の上から着ると、袖を折り、髪を一つに結んでいた。
「蓮、ありがとう」
それが、ジャージに対するお礼だけじゃない事くらいは分かる。
「挨拶するくらい、何でもないよ」
顔を見合わせ、それぞれ的を向いて構えた。
遥の音を聴いてから引くのは、いつだって心地いい。
そう……いつだって、澄んだ音がするから……
辺りには弦音が響いていた。
「……同中だな」
「楽しかったね……蓮、ジャージありがとう」
すぐに脱ごうとする遥を留めた。
「遥、それ着たまま、写真撮らして」
「いいけど……蓮も写ってよ?」
「うん、満の所に行くんだろ? 俺も着替えたら行くから待ってて」
「うん」
顔を寄せ合って自撮りをした。
遥は恥ずかしそうに頬を染めていたけど、俺としては牽制の意味合いもあった。
「あの子、可愛いと思ってたのになー」
「残念。松風の彼女か?」
「マジかーー」
ーーーーーーーーやっぱりな……
周囲の声は遥には届いてないみたいだけど、彼女ってアピールにはなっただろ?
挑んでくるのは林だけで十分だ。
「蓮?」
あの頃と変わらない瞳に、思わず手を伸ばしそうになった。
「ーーーー行くだろ?」
「うん!」
背中に触れて促した手を褒めてほしい。
確実に二人だけだったら、強く抱きしめていた。
遥のクラスメイトの小百合ちゃんと知佳ちゃんは、バスケ部で一年生なのにレギュラーらしい。
三人とも背が高くて、セーラー服から伸びた長い手足が目立つ。
そこに土屋先輩が加わっていたら尚更だ。
挨拶を済ませた蓮は溜息を飲み込んで、満のいる教室へ向かった。
「ーーーーあの……松風先輩……」
ーーーー誰だろう?
部活の人じゃないし……
「ごめん、悪いけど急いでるから……」
振り返る事なく、三年A組まで急いだ。
途中、何度か声をかけられたけど、勘弁してほしい。
「春馬の彼女?」
扉の向こうから、予想通りの声が聞こえてきた。
「一人くらい紹介してくれよー」
「そういうんじゃないけど、大事な子だよ」
きっぱりと告げる土屋先輩の声がやけに響く。
「あの子、ハルちゃんじゃないか?」
「よく覚えてるじゃん」
「そりゃあ、満と揃って、あれだけ表彰されてれば覚えてるって」
「何? 満の彼女?」
「いや、妹。似てるだろ?」
「えーーっ?!」
「美男美女の兄妹かよー!」
中等部から風颯にいる人なら、みんな知っている事だ。
あの神山兄妹だ。
天然な人たらしの満の妹なだけあって、遥も当時からモテてたし、目立っていた。
土屋先輩が言ってた通り……満の妹じゃなかったら、付き合いたいって人、多かったはずだ。
ライバル多すぎ……
「蓮、お疲れさまー」
「お疲れさま」
…………その笑顔は、俺だけのものだ。
遥の隣に座って、いつも通りのやり取りを学校でしてる事が不思議な感じだ。
同じ学年だったら……もっと、こういう機会があったんだよな……
歳の差は埋められないけど…………というか、あの人、近くないか?
清澄に行った時のように、満のクラスメイトに写真を撮ってもらっていたが、遥との距離が近い。他人から見れば、密着するほどの距離ではないが、蓮にとっては許せない距離だったようだ。
「蓮……今日はありがとう」
「うん……」
少しヤキモキしたけど、嬉しそうな笑顔に誘ってよかったと思った。
遥の友達にも挨拶できたしな。
「遥、また弓道場で待ち合わせね」
「ハルー、後でねーー」
「うん、また後でね」
小百合ちゃんと知佳ちゃんに手を振ると、頬を赤らめられた気がした。
さっきもあったけど、気のせいだよな?
満じゃあるまいし……
「蓮、何処でお弁当食べるの?」
「俺と満のとっておきの場所」
遥の手を取って歩いた。
つい触れたくなるから、手を繋ぐだけにしてる事なんて……遥は知らないよな……
手を引いたまま階段を上っていくと、屋上へ出た。
俺と満のお気に入りの場所だ。
「広ーーい! 屋上も解放してるの?」
「普段は解放してないけど、先生に頼んどいたんだよ」
一応これでも、成績はいい方だから……というよりも、部活の顧問だから多少の融通を効かせてもらってるって感じだ。
「……息抜きしたりする時に、一ノ瀬先生に頼んで鍵を貸して貰ってるんだ」
「蓮とみっちゃんらしいね」
屋上の出入り口の階段に腰掛けて、晴れ渡った空を見上げた。
「ピクニック日和だね」
遥が作ってきてくれたお弁当は、俺の好物が詰まっていた。
唐揚げも、卵焼きも……遥は料理上手だ。
「遥、美味しい 」
「よかった……」
二人の間を時間がゆっくりと流れていく。
「ご馳走さまでした」
「お粗末さまでしたー」
空っぽになったお弁当箱を鞄にしまう遥の肩に、頭を寄せた。
二人きりになったから、これくらい許されるだろ?
「少し……充電させて……」
「うん……膝でもいいよ? ちょっと、休むんでしょ?」
「……ありがとう」
膝に頭を乗せて横になるのは……正直、照れる。
「蓮、かっこよかったよ」
頭上から聞こえてくる温かな声に、思わず手を伸ばした。
我慢ができなくなるような事、言うなよ……。
遥の頭はしっかりと傾けられ、ゆっくりと唇が重なっていた。
「ーーーーっ、蓮……ここ、学校……」
「……鍵かかってるから、誰も来ないよ」
悪びれずに告げると、遥は「ずるい」と言いたげな顔をしている。
どう考えても、ずるいのは遥だからな?
「本当は……もっと、色々したいけど」
「うっ……」
「遥からして……」
予想に反して、手を添え軽く口づける遥に、体温が急上昇した。
こういうところ、本当……ずるい……
素直に従う遥を愛おしそうに見つめていると、そのまま膝の上で瞳を閉じていた。
ーーーー頭に触れる手が優しい。
ポカポカの陽気と、柔らかな感触に、緊張が解けていくのが分かった。
朝から慣れないこと続きの蓮は、僅かな休息をとると、十五時から始まる模範演技に向けて道場へ戻った。
「蓮が女子を連れて歩いてるって、噂になってたぞ?」
「どんな噂だよ? 遥、また後でな」
「うん、頑張ってね! 佐野さんも!」
「遥ちゃん、ありがとう」
遥のこういうところ……満と同じで、人たらしだ。
「……手を振るくらい良いだろ?」
「別に……」
「はぁーー……本当に付き合ってるんだなー」
「んーー……」
準備を進めながらも話しかけてくる佐野の声は、半分くらいしか聞いてない。
佐野には悪いけど、今日で最後なんだ……
予定通りの演武が終わり、場内は俺と満の二人だけだ。
弓道の正しい所作で的前に立つと、弦音と弓返りの音が響く。
満の音が、やけに響いて聴こえた気がした。
俺が気づいた時には、拍手が響いていた。
「お疲れさま……満、部長……」
「お疲れ……蓮、部長……託したぞ?」
「うん」
ーーーーーーーー引退式が終わったんだ……
どちらからともなく手を差し出して、強く握手を交わした。
満から託されるのは、これで二度目だ…………
中等部の時もそうだったけど……押し寄せてくる。
あの頃よりも、もっとだ……だって、満は……
「蓮! ハル! 勝負しないか?」
満の誘いに、すぐに反応した。
やらない選択肢はないし、此処で出来るのは最初で最後だ。
「八? 十二?」
「十六本! で、負けた奴が罰ゲームな?」
「また飲み物?」
罰ゲームは飲み物の買い出しが三人の中では定番だけど、いつもとは違う提案が返ってきた。
「この後、お茶を点てる! ちゃんと着替えてな」
遥と顔を見合わせ、揃って笑顔で応えた。
「はーい」 「了解」
三人の勝負を聞いていた土屋先輩が、話に加わった。
「面白そうじゃん! 俺はハルにお茶点ててもらいたいなー」
「うっ……土屋先輩、頑張りますから!」
「じゃあ、俺から提案ね。順番は満、ハル、蓮で!」
閑散としていた道場に、いつの間にか人が集まっていた。
何でだ? 満がいるからか?
心地よい音が続いていく度、三人は小さい頃を想い出していた。
ーーーーよく、こうして競い合っていた。
一人では……到底辿り着けない高みを目指して、日が暮れるまで……弓を引いてたんだ。
繰り返す日々が、とても特別な事だったんだと、今なら分かる。
三人とも十六射皆中で終わり、こっそりと満に話かけた。
「満……遥に着物、着せたかったんでしょ?」
「まぁーな。お茶のセットは、ここにあるけどな」
親友の想いに応えるような提案をした。
本音の半分は遥の着物姿が見たいのもあるけど……
「遥、同点だったから、それぞれにお茶点て合わない? 着物姿見たいし」
「えっ、ここで?」
「俺のクラスでもいいぞー」
「ーーーー隅っこでいいなら……ここで」
「じゃあ、これ一式な! んで、蓮もな!」
「えっ! 俺も?!」
まさか俺まで着物に着替える事になるとは思わなかったけど、仕方がないよな。
それぞれ更衣室で着替えると、満の満足気な表情が目に入った。
「じゃあ、蓮からな!」
言われた通り、二人分のお茶を点てた。
まともに点てるのは、数年ぶりだけど……気持ちが整っていく感覚は弓道と同じだ。
「……美味しい」
「本当だ……腕、鈍ってないじゃん」
「次は満な?」
満の点てる姿は、教室でも見た綺麗な所作だ。
「結構なお点前でした」
「美味しく頂きました」
遥は久しぶりに点てるのか、緊張しているみたいだったけど、何処か嬉しそうだ。
「では……参ります」
丁寧な所作でお茶を点てる姿は、やっぱり懐かしくて綺麗なままだ。
「うま……」
「……美味い」
お世辞じゃなくて、本当に美味しかった。
三人の間に穏やかな空気が流れていた。
こういう感覚は久しぶりだった。
道場がまだ開いてるなら、もう少し……こうしていたかったな…………
「蓮、ハル、ありがとな」
肩を抱き耳元で告げる満に、優しく頭を撫でられた。
「みっちゃん……」
「満……」
こういう時……歳の差を感じる。
想い出作りをしようとしていたって…………
「満、二人でも撮らない? 遥とも撮るし」
笑顔で応えた満と、何枚になるか分からない程の写真を残した。
隣で笑う満が、来年の春には此処にはいない事を痛感した。
遥も分かっているから、着物を着てくれたんだと思うし…………って、見過ぎだろ?
遠巻きに視線を感じて、遥を引き寄せた。
「蓮、どうしたの?」
「いや……着物、似合うよな……」
「本当?」
花が咲いたように微笑む彼女に、やられっぱなしの蓮がいるのだった。