第十六話 彼氏
昨日と同じく、黒のフレアなミニスカートのワンピースに、白いフリルの付いたタブリエとお揃いのレースのカチューシャをつけていた。
「遥、やっぱり似合うー」
「本当? スカート短いけど平気?」
「そこが良いんじゃない! 似合ってるよ!」
「うん、ハルも白河くんも背があるから、着せ替えがいがあるわー」
「被服部のみんなのおかげだね」
くるっとその場で回り、不備がないと確認して見せる。
「じゃあ、遥と白河は接客頼んだよー」
「はーい」 「了解」
遥は接客にもこの格好にも若干緊張していたが、クラスメイトが頑張っているのを見て、笑顔で対応していく。
「ハルちゃん、翔ーー、来たよーー」
「ユキ先輩! 隆部長!」
「二人とも似合ってるなーー」
「ありがとうございます。お席にご案内しますね」
「袴じゃないから新鮮。翔、写真撮らしてーー」
「いいですけど……部長、たくさん注文して下さいよ」
「翔は意外と商売上手だね」
二人の写真をスマホに収め、昨日と同じく弓道部一同に送る。部員の仲の良さは相変わらずだ。
「折角だし、食べ終わったら一組のフリマ、三組の写真館と四組の縁日も覗いて見るか?」
「うん!」
隆の後輩思いな提案に、由希子も笑顔で応えていた。
「お、おかえりなさいませ」
テンプレートな挨拶を済ませ、席に案内していくが、他校生という事もあり、接客担当のクラスメイトは緊張した様子だ。
「……かっこいい、誰かの知り合いかな?」
「あれって、進学校の風颯の制服じゃない?」
他校の制服というだけでも目立つが、イケメンの部類に入る面子が五人も揃っていれば、周囲の反応は妥当だろう。とはいえ、遥にとっては殆どが中等部から知る良き先輩達だ。
銀色のトレイに飲み物やスコーンを乗せ、慎重に注文客の元に運ぶ遥には、周囲の色めき立つ声に気づく余裕はない。
「ハルー、お疲れー」
聞き慣れた声に驚いて振り向くと、満は元男子団体メンバーの蓮、春馬、佐野、進藤を連れ、すでに席へ座っていた。
「みっちゃん! 来てくれてたんだ……」
「あぁー、ハル、こっちの二年の佐野が外部から来た奴で、話した事ないだろ?」
「うん、妹の遥です。佐野さん、今日は来て下さってありがとうございます」
「よろしくね……」
「えーーっ! ハル、俺には?」
「土屋先輩はいいんです」
「いつもの袴姿もいいけど、メイド服似合ってるじゃん。可愛い」
「ありがとうございます。注文、どうしますか?」
聞き流しながら、メニュー表を差し出す。
「スコーンが、お勧めですよー」
「じゃあ、全種類一個ずつ頼むよ」
「わーい! さすがみっちゃん!」
「満も相変わらずだなーー」
妹に甘い満に、中等部から知っているメンバーは呆れ気味だ。
「飲み物は何にしますか? 蓮はミルクティー?」
「うん」
人数分の注文を受けると、カーテンで仕切った奥に入っていった。
「遥、今の風颯の人でしょ?」
「うん、よく分かったね」
「県内だと進学校で、あの制服有名だもん! 知り合いなの?」
「うん……兄と部活の先輩方だよ」
話かけられながらも紙コップを用意し、飲み物を注ぐ。
「ハルーー、スコーンだけ温めるから後でお願い」
「はーい」
先に用意出来たお菓子を受け取ると、満達の待つ席に向かう。
ーーーー風颯ってだけで、目立つんだ……
遥は改めて周囲を見渡し、そう実感した。満達のテーブルに視線が集まっていたからだ。
「……お待たせしました」
笑顔をキープしつつ、飲み物を注文した人の元に置いていき、一度下がろうとした所で手を握られた。
「ーーーー遥、写真撮りたい」
そう告げた蓮と遥は、満に指示されるがまま、仲良くピースサインをして写っていた。
「みんなでも撮って貰おうよ。小百合ちゃん、写真お願いしてもいい?」
「うん」
「クラスメイトの小百合ちゃん。こっちが兄の満と部活の先輩方だよ」
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
優しい笑みを浮かべる満に、部活の時と顔が違うと彼らは思っていたが口にする事はない。部活でなければ優しい先輩だ。
「遥ーー、もうちょっと寄れる?」
「うん……わっ……」
蓮が手を引き、膝の上に座らせた。
「……蓮……重くない?」
「軽いよ」
遥はそのまま写真に収まると、お辞儀をして接客に戻っていた。
「…………蓮が女子と仲良くしてるの初めて見たかも」
「ハルは特別だからな」
満が代わりに佐野に応えると、正直に告げた。
「…………彼女だから」
『えーーっ?!』
思わず声を上げたのは、佐野と進藤だ。
「春馬は驚かないんだな」
「正直に言った蓮には驚いたけど、蓮もハルも顔に出やすいからなーー」
「土屋先輩に言われたくないです。それに……他校で、こんな話しなくても……」
「休日じゃないと、こんな話する機会ないじゃん?」
「そういう先輩や佐野は、どうなんですか?」
その流れのままプライベートな話をしていると、遥がスコーンを持ってきた。
「お待たせしました」
「美味しそう」
「美味しいですよー」
翔に呼ばれすぐに席を離れると、美樹と陵。そして和馬と真由子、雅人に奈美が合流する形で、弓道部員が集まっていた。
「おかえりなさいませー」
「二人とも似合う! 写真撮らせてー!」
賑やかな声が聞こえてくる中、遥と翔が並んで写る姿を、彼は嬉しそうに眺めていた。
「部長の妹さん、大会の時と雰囲気変わりますね」
「あぁー、試合の時は本気だからな」
「満……それだと、遥がいつも本気じゃないみたいだろ?」
「うーーん、普段はあれが素なんだけど、試合は独特の雰囲気があるだろ? 弓道って、一人でも出来るし……だから、自分と向き合ってるというか……とにかく集中力が、桁違いだからな」
「中等部は風颯だったんですよね?」
「あぁー、中三の時は俺達と同じで部長やってたな」
スコーンを食べながら、進藤が懐かしい話を続けた。
「ハルちゃんが入部して来た時は、蓮とはまた違って衝撃的だったな」
「強かったんですか?」
「ハルが一年の中で、一番射形が綺麗だったな」
「そうそう。ハルちゃん、普段は引っ込み思案で可愛いのに、袴姿の時は誰よりも綺麗だと思ってたよ」
「確かに。ちょっと前まで、小学生だったとは思えない程にな」
「そんな風に思ってたのか?」
「まぁー、満の妹じゃなかったら、付き合いたいって奴、多かったと思うぞ?」
「何でよ?」
「いや、素直で可愛いし」
春馬に、進藤だけでなく、佐野までも頷く。
「確かに……モテそうですよね」
「佐野、ダメだからな」
「ほら、そういう所だよ満ーー!」
「当時も告られそうになってるの、満が邪魔してたようなもんだし」
「なるほど……」
「そんな事ないだろ? 佐野も納得しない!」
蓮は飲んでいたミルクティーを今の会話で吹き出しそうだ。
「っていうか蓮、妹に激甘な満の許しが出て良かったな」
「……そうですね」
ほぼ棒読みで応える彼に、満は反論を続ける。
「おい! 俺の許可なんていらないし、だいたい弓道に本気じゃない奴が告ろうとするからだろ?」
「いやいや。一年の林とか、まだハルちゃんの事すきだよ絶対! 合宿の時とか超見てたじゃん!」
「ないな。ハルは蓮のだし」
「言い切ったよ。あの満がーー」
「はぁーー、でも納得だわ」
「ん?」
「さっきの写真もさ。蓮の膝にハルを乗せてたじゃん? 普段なら、もっと恥ずかしがりそうなのに、そうでもなかったもんなーー」
「土屋先輩、よく見てますね」
「そりゃあ、自分の妹にしたいくらい可愛いって思ってるからな」
「それは分かる。満が可愛がるのも無理ないもんなーー」
弓道部員と分かれた遥は、満達の元に戻って来た。
「何の話で盛り上がってるんですか?」
「もちろん、ハルの話」
そう応える春馬に、クッキーが入った袋を手渡す。
「他の話にして下さいよ。これ、今日来てくださったお礼です。よかったら食べて下さい」
「サンキュー! ほら、ハルちゃんのこういう所だよ」
「進藤先輩、どうかしたんですか? 佐野さんも、兄に付き合って下さって、ありがとうございます」
「ありがとう」
「惚れるなよー」
「惚れませんよ! 不毛じゃないですか!」
和やかに話をしていると、翔が声をかけた。
「こんにちは」
「白河くん、燕尾服似合うねーー」
「ありがとうございます」
遥と二人で並んでいると、周囲の視線を集めている事が分かる。
「ハル、交代だって」
「翔、ありがとう。着替えて来たら、案内出来るよ?」
「ん、食べたら廊下で待ってるよ」
「うん、すぐ戻るね」
蓮はクラスメイトと楽しそうに過ごす横顔を見つめていた。
制服に着替えると、兄達の待つクラスに急ぐ。
「ハルーー、何処か案内してよ」
「いいですよー。土屋先輩、何処に行きたいですか?」
「おい! 春馬、邪魔するなよ」
「満、冗談だって。二人で楽しんで来な」
春馬は頭を軽く撫でているが、遥にとっても日常だったのだろう。特に抵抗する事なく受け入れていた。
「えっ……蓮、いいの?」
「また帰る頃、連絡取り合えばいいし」
「わーい、ありがとう」
頬を緩ませる遥の手を蓮が握った。その後姿に、二人の仲の良さが伝わっていくようだ。
「二人は、ナチュラルに手を繋いだりするんだなーー」
「羨ましいのか?」
「まぁーね。微笑ましいよね」
「確かにな」
満の問いに、春馬に続いて進藤が応えると、蓮と同じクラスの佐野が意外性を指摘した。
「でも、あの蓮が女子と仲良く話したりしてるの意外です」
「クラスだと話してないのか?」
「話してない訳じゃないですけど、あいつモテるくせに自発的にはないんですよね」
「まぁー、蓮は……昔からハルだけが特別だったよ」
「幼馴染だからか?」
「それもあるけど、やっぱり……弓道だろうな」
その言葉に納得したようだ。二人が弓道をすきな事は、見ているだけで伝わっていたからだ。
「蓮、何処か行きたい所ある?」
「遥は? 美樹ちゃんの接客中だけ見てないって、言ってたじゃん」
「コスプレ写真館だよ? いいの?」
「うん、遥に何着て貰おうかなー」
「蓮も着るんだからね?」
三組を覗くと、美樹と陵は和装に身を包んで案内役をしていた。
「いらっしゃい、遥、蓮さん!」
「松下くん、すごいコスプレだね」
町娘の衣装を着た美樹の隣には、新撰組に扮した陵がいた。彼のおかげもあってか、人混みが出来ている。
「遥は何着る? 蓮さんは、遥に何を着せたいですかーー?」
「あーー、可愛いやつで」
「了解です!」
「じゃあ蓮さんは、これ着て下さいね!」
カラードレスとタキシード姿になった二人は、笑顔で写真に収まる。
「なぁー、美樹。あの二人って付き合ってるの?」
「うーーん、それは本人に聞きなよー」
二人の様子が気になり、陵は尋ねずにはいられなかったようだ。
「遥……松風さんと付き合ってるの?」
ストレートに尋ねると、あっさりと返される。
「うん……」
「……そうなんだ」
「うん、どうかした?」
「いや、お似合いです」
急に敬語になった陵の可笑しな様子に、遥はクスクスと笑っている。
「二人とも頑張ってね」
「うん! 遥も楽しんでねーー」
「ありがとう」
三組を出ると、二人は案内図を見ながら何処へ行くかを考える。
「蓮のおかげで行きたい所は行けたよ。ありがとう」
「他は? 昨日、行きそびれた所はないのか?」
「うん、大丈夫だよ。蓮は見たい所ある?」
「そうだな……普段、遥が行ってる所は見たいかな」
「普段……弓道場とか? 今日は風颯と違って解放してないと思うけど、それでもいい?」
「うん」
二人が道場に着くと、予想通り鍵がかかっていたが、ネット越しに矢が通る道から安土を眺める。
「ここが、遥のいつも練習してる所か……」
「うん……ここが、今の私の居場所……」
優しく見つめられ、その手は頭に伸びる。
「楽しそうで、よかった」
「うん……蓮、今日は来てくれてありがとう」
「遥の可愛いメイド姿も見れてよかった。今度、うちでも学祭あるから、時間あったら来てよ」
「うん、行きたい!」
「来る人決まったら、チケット渡すから教えて?」
「ありがとう」
二人きりの時間は、すぐに過ぎていく。
話をしながら出店を見て回っていると、満から蓮のスマホに連絡が入った。
校門に向かうと、満達が待っていた。彼らは周囲の視線を集めていた為、何処にいるかは一目瞭然だ。
「みっちゃん、土屋先輩、進藤先輩、佐野さん、今日はありがとうございました」
礼儀正しい所作に、佐野だけは慣れずに頬を赤らめる。
「ハルちゃんも、風颯の学祭においでよ」
「案内ならするよーー」
進藤と春馬の優しい誘いに、遥も微笑む。
「ありがとうございます」
「じゃあ、またな」
「うん」
手を振り見送ると、残りの時間をクラスメイトと楽しむのだった。
文化祭の片付けが終わると、クラスの打ち上げが行われていた。
カラオケ店で盛り上がる中、遥は小百合と知佳に質問攻めにあっていた。
「遥の彼氏って、今日来てた中にいたの?!」
「他校生と歩いてるの噂になってた!」
「う、うん……来てたよ……」
「えーーっ、見たかった! 今度、紹介してよーー」
「うん……じゃあ、来週風颯の学園祭に行く?」
「いいの?! 風颯ってチケット制でしょ?」
「う、うん……彼も、兄もいるから大丈夫だよ」
終始二人に圧され気味だ。
「行きたーい! でも、遥は部活の子と行く予定?」
「弓道部の模範演技があるから、誘うつもりだったけど……別行動でもよければ、平気だよ?」
「本当?! 遥のお兄さん、かっこ良かったからまた会いたい!」
「小百合ちゃん、ありがとう。兄が喜ぶよ」
「風颯は弓道の名門校だっけ?」
「うん、ここ数年はインターハイで優勝してるね」
「すごいねーー」
「うん……」
身内の事を褒められ、思わず頬が緩む。
ーーーーーーーー久しぶりの感覚……
すごい人達と一緒に弓を引ける機会がある事は、私にとって、とても幸運なこと。
みっちゃんと蓮には、きっと……一生敵わない。
「ハルーー、次はハル達の番だよ?」
「うん!」
我に返るとマイクを受け取り、知佳と一緒に歌う。
そんな彼女の姿を翔が密かに見つめていると、声をかけられた。
「白河くん、燕尾服姿かっこよかったね」
「……ありがとな」
こんな時、陵ならもっと愛想よく出来るんだろうな……と、翔は思っていた。
話しかけられても、何処か上の空で聞いている姿に気づいたのだろう。邪魔にならないタイミングで、遥が話を振った。
「翔、鈴木達が一緒に歌おうってー」
「あぁー」
言われた通りマイクを受け取ると、鈴木達と一緒に懐かしい曲を歌う翔がいた。
「遥、ちょっといい?」
「うん、美樹……どうしたの?」
昼食を取り終えた遥は、彼女に呼び出されていた。
美樹のいつもとは違う様子に黙ってついて行くと、二人は中庭のベンチに腰を下ろした。
「……言いたくなかったら、このままのんびりしてるだけでもいいよ? 外の風が気持ちいいし」
気遣いのある言葉に、美樹は胸の高鳴りを落ち着かせるように、そっと口を開いた。
「ーーーーあのね、遥……彼氏…出来た……」
「…………陵?」
頬を赤らめ頷く美樹に抱きつく。
「……よかったね」
美樹の想いを知っていた遥は、心の底から喜んでいた。
「……ありがとう」
「……美樹から告ったの?」
「ううん……陵から、文化祭の後に……」
元々小柄で可愛らしい美樹だが、そんな彼女の様子に遥が乙女だと感じたのは言うまでもない。
「陵も……喜んでそうだよね」
二人が彼の様子を思い浮かべ笑い合っていると、張本人の陵と翔が飲み物を片手にやって来た。
「遥ーー、俺達も風颯の学祭行きたい!」
「うん、奈美と雅人も行けるって言ってたから、五人で来てね」
「チケット制なのに、ありがとな」
「ううん、ギャラリー多いと兄も喜ぶので」
遥と美樹の座ったベンチの手摺に、二人はもたれ掛かりながら話を進める。
「陵、よかったね」
遥の言葉に、彼は少し照れているようだ。
「サンキュー。たまには二人で帰ったりするかもだけど、基本は変わらないからよろしく」
「こちらこそ、美樹をよろしくお願いします」
「ハルは美樹の母親みたいだな 」
「違うけど……でも、それくらい大切ってこと」
今度は、美樹がぎゅっと抱きついていた。
「遥、ありがとう……」
仲の良い二人の姿に、陵も翔も少なからず羨ましいと感じているのだった。




