第十五話 学祭
「三組はコスプレ写真館だよ」
「コスプレ写真館?」
「うん、衣装を用意して、お客さんに着替えて貰ってチェキで撮るって感じ。陵がコスプレして客引きするって、今日決まってた」
「そうなんだ」
部活の帰り道、美樹と文化祭の話をしていると、後ろを歩いていた陵が話に加わった。
「クラスに貢献しろって言われたら、するしかないじゃん」
「どんなコスプレするの?」
「それは当日のお楽しみだってさ。俺も分からないんだよなーー」
「演劇部の子が衣装用意してくれるから、私もまだ知らないんだーー」
文化祭の話で盛り上がる中、翔は先日の大会での出来事を思い返していたのだろう。いつも以上に言葉数が少なくなっていた。
「翔! 翔ってば!」
「悪い……ぼーっと、してた」
「ったく、二組の出し物は決まったのか?」
親友の微かな異変にも気づいたが、ここは追求せずに話題を振る選択をした。
「メイドと執事の喫茶室だって」
「へぇー、じゃあ当日は二人のメイドと執事の姿が見れるって事か」
「あぁー、二日目は俺もハルも、接客担当になってたな」
「うん、被服部の子が衣装調達してくれるから、本格的になりそうだよ」
遥と美樹は二人の前を歩きながら、時折振り返っては話に加わっているが、翔の耳にはあまり内容が入って来ていなかった。
いつも通り、遥、美樹の順に分かれると、男二人だけになった為、陵が話を聞くべく、ファストフード店に立ち寄った。
「翔さぁー、この間の大会の後の事、考えてたんだろ?」
「ーーーーそんなに、分かりやすかったか?」
翔はコーラを飲みのを止め、顔に出ていたのなら気不味いと思ったが、そういう訳ではないようだ。
「美樹と遥は気づいてないよ。文化祭の話で盛り上がってたし」
「それなら、いいけど……」
「……抱き合ってたのが、ショックだったのか?」
「ショックっていうか、分からないな……元々、松風さんとハルはお似合いだって思ってたし」
フライドポテトに伸びた手が止まる。
「俺は……文化祭の時に告白する」
「えっ?!」
考え込んでいた筈だが思わず声を上げた。
「告白って……美樹にか?」
「あぁー……部活もあるし、このままでいるのも良いかなーとは思ったけど……やっぱり無理だな」
「無理って?」
「だって、エロい事もしたいじゃん」
包み隠さず告げる陵に笑いを堪える。
「さすが陵……」
今の言葉に吹っ切れるものがあったのだろう。翔も長考は止めたようだ。
「……そうだな」
「ん?」
「陵の言ってた通りだな。俺は……ハルが好きだってこと」
親友の言葉に、陵は安心した様子だ。
中学の頃、告白されても誰とも付き合わなかった親友が、ようやく自覚したと。
「やっとか……」
「やっとって、何だよ?」
「いや……ライバル多そうだけど、頑張れ」
「そういう陵は……美樹の何処が好きなんだ?」
ストレートに聞かれ、陵は驚きながらもハッキリと応える。
「……気遣いが……出来るところ」
陵の態度で想い人は分かっていたが、一人と真剣に向き合う事が出来なくなっていた。だから彼女を好きだと聞いても何処まで本気か分からない部分があったが、今の真剣な眼差しで本気度は明らかだ。
「……まぁー、早い話は一目惚れかもな」
「それなら、納得……」
入学式の日、初めて美樹と会った日。
握手を交わした彼女の手が、思っていたよりも小さくて驚いたこと。
愛しいと初めて感じたこと。
その全てを親友に告げる事はなかったが、一目惚れという言葉だけで、翔には十分に伝わっているのだった。
清澄高等学校の文化祭は、毎年二日間に渡って行われる。
遥は二日目に接客担当になっていた為、今日はメイド服姿でチラシを配り、呼び込みを行なっていた。
裏方志望のはずだったんだけどなー…………
希望に反し、半ば強制的に接客担当になっていたのは遥だけではない。
「翔ーー、次行くよー!」
「あぁー」
男女ペアでメイドと執事、それぞれの格好に扮しながらプラカードを持って校舎内を回る。
二人だけでなく様々な服装で宣伝しているクラスが多い為、徐々に緊張が薄れていったようだ。
「ユキ先輩!」
由希子の後姿に、思わず声をかける。
「ハルちゃん! 翔! 似合うねーー」
「ユキ先輩は、これから店番ですか?」
「そうだよ。外でおにぎり屋やるから、時間あったら来てね」
「はい! 翔、あとで行こうよ!」
「あぁー、あと他のクラスの奴もな」
仲の良い様子に、由希子も微笑む。
「ユキ先輩も時間があったら、来て下さいね」
「勿論! あっ、二人とも行く前に写真撮らして!」
遥と翔が並ぶ姿をスマホに収めると、弓道部員のグループラインに送る。
学祭を各々が満喫している様子が分かるメッセージや写真が飛び交っていた。
普段は声を張る事が苦手な遥と翔も、文化祭の雰囲気に乗せられているのか、きちんと呼び込みを行なう姿が拡散される事となった。
クラスの使命を果たした二人は、美樹と陵と一緒に、残りの文化祭一日目を楽しむべく回っている。
和馬と真由子のいる一組では、フリーマーケットが行われていた。
「お疲れさまー」
「四人とも来てくれたの?!」
店番の二人は、可愛らしいフリルの付いたエプロン姿で、会計や商品案内をしていた。
「和馬、意外と似合うな」
「そんな真顔で言うなよ……翔」
あまり違和感のない和馬の姿に笑いを堪えつつも、良さそうな商品を探しながら回っていると、図らずも陵が客寄せになった。
「松下くん、写真いい?」
「陵くん、一緒に撮りたい」
「私もーー!」
文化祭の所為か、ストレートに告げる人が多い。
「うーーんと、写真なら明日ね。三組の写真館で店番するから、その時にお願いします」
やんわりと断りつつ、三組の宣伝をする所はさすが陵と言うべきである。
「さすがだねーー」
真由子の言葉に、その場にいた弓道部員は全員納得の様子だ。
一組のフリーマーケットを見終わり、和馬と真由子と分かれると、四組で店番をする雅人の元に向かった。
四組では、的当てゲームや輪投げ等の懐かしの縁日が開催されている。
「みんなー、やってかないか?」
雅人は法被姿で、輪投げの案内係だ。
「うん、やりたい!」
遥は二百円を支払い、雅人から輪投げを受け取ると、器用にお菓子や飲み物等の商品に投げていく。
輪投げに商品が引っかかっていると貰えないのだが、五本とも缶ジュースが綺麗に輪っかの中に収まっていた。
「やられた……遥が今日一番の客だな」
「わーい、ありがとう」
笑顔で商品を受け取ると、雅人に缶ジュースを一本手渡す。
「せっかく取ったのに、いいのか?」
「うん。雅人、これ良く飲んでるから差し入れって事で」
「ありがとう。他はお茶にしたんだな」
「うん、この後、ユキ先輩のおにぎり屋さんに行くから、みんなで飲めるかなーって、思って」
その応えに、最初に反応したのは美樹だ。
「遥は、そういう所、男前だよねーー」
「えっ? 男前??」
「かっこいいって事だよーー」
美樹の反応に、男子一同も納得だ。
「雅人、他のゲームもやりたい!」
「あぁー、色々あるよ」
ライバル心を態と燃やすかのように、陵が声を上げた。
的当てゲームを行うと、彼も三球中一球ボールが枠内にはまり、景品が貰えるようだ。
「すごい!」
「当たったー!」
遥に続いて美樹も、彼の有志に拍手をしていた。
一組の時と同じく、此処でも雅人を含めて写真を撮ると、弓道部のグループラインで共有する事となった。
校庭で行われているおにぎり屋へ行くと、ちょうど由希子と隆の二人が店番をしている最中だった。
「おっ、四人で来たんだな」
「いらっしゃい」
二人は、おにぎり屋と書いてあるお揃いのクラスTシャツを着ている。
「先輩達の写真、撮っても良いですか?」
後輩に笑顔で応え、ツーショットと六人での撮影を終えると、購入したおにぎりを持って、中庭にあるベンチへ腰を下ろした。
「結構、回ったな」
「ねぇー、楽しかったー!」
「うん! これ食べたら、奈美が三組で接客中だよね? 行ってみてもいい?」
遥の提案に、同じクラスの美樹と陵も喜んでいる。
「勿論! せっかくだから、何か着て写真撮ろうよ!」
「それ、いいな!」
「どんな衣装があるか楽しみだね?」
「あぁー」
おにぎりを食べ終えると、さっそく奈美のいる三組に向かう。
「奈美、可愛い!」
「ありがとう、遥」
奈美はナース服姿で接客にあたっていた。
「衣装決まったら、声かけてね」
『はーい』
遥と美樹は衣装の掛かったラックの前で、楽しそうに話ながら、これから着る服を選んでいる。
「遥! チアの服は?」
「スカート短いよ……美樹が着たいなら、いいけど……」
「じゃあ、決まりね! 陵と翔はこれ着てね!」
美樹に推され、指定された服を受け取ると、それぞれパテーションで仕切られた場所で着替え、カメラマン役の前に集まる。
女子はチアリーダーに、男子は長い学ランにTシャツに鉢巻と、体育祭風の衣装に身を包んでいた。
チェキでの撮影はスムーズに行われ、自分達のスマホでも撮って貰う。
学生生活の思い出作りをするかのように写真を撮っていると、陵達の撮影会が開催されそうな勢いだが、翔はすでに制服姿だ。スマホの撮影を終え、すぐに着替えていた。
「遥、翔、またねーー」
「うん」
制服姿に戻った遥が手を振りながら、自分達のクラスに戻った。
「楽しかったー!」
陵の隣には笑顔の美樹がいる。
「明日は接客、頑張ろうね! 陵の客寄せ、期待してるから」
「あぁー、任せろ!」
いつもの調子で応えた陵は、内心ドキドキしていた。美樹が好きだと自覚してからは、二人きりになるといつもそうなのだろう。頬が染まりそうになるのを堪えていた。
「遥達と接客時間ずれてるから、明日は二組のメイドと執事の喫茶室に、一緒に行ける?」
「あぁー……」
先を越されてしまったが、彼女からの誘いに嬉しそうな表情を浮かべていた。
文化祭期間中も部活動休止期間とはいえ、遥は変わらずに朝練をしていた。
「学祭、満とか弓道部の人達と行くよ」
「うん……午後から時間が空くから、少しは一緒に回れるといいなー」
「クラスの子とかは、いいのか?」
「うん、クラスの子とも回りたいけど……少しでも、蓮との学校生活みたいなのを実感したくて……」
照れた様子で告げれば、彼の腕の中だ。
「うん……遥が平気なら、一緒に見たい」
「ありがとう……」
矢取りを終え、いつものように坂の下で分かれると、遥は文化祭へ向けて気合いを入れ直していた。