表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/83

*番外編*綿飴

第十一話 夏祭りにて満視点のお話

 近所の神社で毎年行われている夏祭り。

 何だかんだで、俺は毎年のように仲間と行ってるけど……それも、今年で最後だ。


 「満ーー、また後でなー」

 「あぁー、またな」


 春馬とのこんなやり取りも、あと少しだよな。

 部活も、もうすぐで引退だし…………あっという間の三年間だった。


 「蓮は?」

 「蓮なら先に帰りましたよ。用があるっぽくて」

 「ありがとう、佐野もまた後でな」

 「はい!」

 

 ハルと待ち合わせか?

 蓮も結構分かりやすいよな…………

 ハルには言った事ないけど、蓮はかなりモテる。

 あの見た目で表彰されまくってれば、それも当然だ。

 他校にもファンがいるらしいけど、当の本人は彼女一筋だ。

 昔から、ハルだけが特別だったよな…………


 清澄に入学当初は……会わないで、今日が終わってくれたらいいって何処かで思ってた。

 ようやくハルが前向きに進学したから…………蓮に何も言わなかったって事は、伝える術がなかったって事だろうし。

 それでも……二人が一緒にいるのは、何だか嬉しい。

 幼馴染で親友の蓮と妹が、こうなる事は必然だった気がする。

 

 家に戻るなり昼食を取った満は、妹の姿を探していた。


 「お母さん、ハルは?」

 「ハルなら道場に行ったよ?」

 「早いなー」

 「蓮くんと待ち合わせしてるんじゃない?」


 確かに……蓮も急いで帰ってたし。

 今日もハルとデートするっぽいしな。


 「ごちそうさま」

 「満も行くの?」

 「あぁー、夕方から出かけるから、それまでには戻るけど」

 「夏祭りね。気をつけて行くのよ」

 「はーい」


 自室で袴に着替えた満は弓具を一式持って、道場へ向かった。


 久しぶりだよな……昔はよく、じいちゃん達に教わってたっけ……


 数年ぶりの道場には、変わらない弦音が響いていた。


 「……懐かしいな…………」


 二人の姿に懐かしさを覚え、矢取りを終えるまで静かに眺める。心地よい音に、心も揺さぶられていくようだ。


 「ここに来るの、久々だな」

 「満が来るの珍しいよな?」

 「あぁー……部長になってからは、だいたい学校で練習してるからな」

 「ねぇー、みっちゃんもいるなら…………十二射で勝負しない?」

 「いいぞー。じゃあ、負けた奴が飲み物買い出しな?」

 「うん」 「了解」


 遥の提案に乗り、弓を引き始めた。

 次々と放たれる姿は圧巻だ。


 右の的から順に十二本、十二本、十二本って、当然だけど、勝負にならない。

 こういう時は、中心に中ってる本数の多い方が勝ちだ。

 昔はそんな事なかったけど、今は中白の本数で勝敗を決めるまでになった。

 これを三人でやる事自体が、久しぶりだけど……


 「残念…………私だ。二人とも何がいい?」

 「ポカリ」

 「了解、みっちゃんは?」

 「俺もポカリな」

 「はーい、じゃあ、行ってくるね!」

 「気をつけろよー」


 道場を出て行くハルを見送ると、今更ながら緊張してきた。


 「ーーーーで? 満、用があったんじゃないの? 遥、こうゆうのは察しがいいから」


 こういう時、敵わないなって思う。

 俺の考えてる事は、二人にだけは筒抜けみたいだ。


 「やっぱりか……次の部長は、蓮だからな」

 「……うん」

 「まぁー……引退式までは一応、俺だけど……」

 「……分かった。後は? 進路の事であったんじゃないのか?」

 「あぁー……何校か推薦貰ってるけど、何処に進んでも……四月には、東京に行く」


 頷く蓮には伝わっていた。満が伝える為に、道場に来ていた事が。


 「うん……遥には言ったの?」

 「家族は知ってる。友人に言ったのは……蓮が、はじめてだな。遥のこと、よろしくな」

  「うん……俺も、弓道を続けて行けるように……来年も勝ちたい」

 「そうだな。また決まったら、連絡するからさ」


 道場を後にしようとして、呼び止められた。


 「満……飲み物は、いいのか?」

 「あぁー、今日はデート、楽しんで来いよ」

 「うん……」


 蓮の肩に触れて、出来るだけいつも通りに振る舞った。


 「……満! 俺は応援してるから!」

 「…………あぁー……」


 背後から強い視線を感じた。

 振り返る代わりに、手を挙げる事しか出来なかった。

 今、振り返ったら…………うっかりと泣きそうだ。

 蓮の想いは、十分過ぎるくらい分かった。

 何を選んでも、応援してくれる親友だってこと。


 ずっと……伝えようと思っていた事が言えたから、ある意味すっきりした。


 袴姿のままグラスに入った麦茶を勢いよく飲み干した。


 思っていたよりも、ずっと緊張してたみたいだ。


 「はい、みっちゃん」

 

 ハルからスポーツドリンクを受け取った。

 ペットボトルはすっかり生温くなっていたけど、それが何だか温かな気がした。


 「ありがとう、ハル……助かった」

 「じゃあ、一つ貸しね?」

 「勝負は勝負だからなー。でも、言ってみ?」

 「もし……お祭りで会ったら、綿あめ奢ってね?」

 「了解」


 浴衣に着替えたハルと蓮を見送る。

 二人の姿に、何だかこっちまで幸せな気分になるんだ。


 「満もいってらっしゃい」

 「あぁー、いってきます」


 母に見送られ、一足遅れて神社まで向かった満の足取りは軽い。伝えられた事が大きく反映されているようだ。

 

 「満ーー、こっち」

 「お疲れー、佐々木たちも来れたんだな」

 「うん」

 「浴衣、似合ってる」

 「ありがとう……」


 蓮と同じく満もかなりモテるのだが、知らないのは当の本人だけだ。部長目当ての女子部員も多数集まっていた。

 

 「帰りに花火やるだろ?」

 「あぁー」


 花火セットを用意してるあたり、春馬らしいよな。


 満と同じく浴衣姿の春馬は、さっそく買い食いをしている。


 「佐野も食う?」

 「はい」

 「春馬、早いな。佐々木たちは食べたいのある?」

 「うん、あんず飴」

 「懐かしいな」

 「でしょ?」


 部内での上下関係はあるけど、団体戦を組んでるメンバーの仲だけじゃなくて、弓道部自体が良好だ。

 

 「神山、今年は射的やらないの?」

 「ん? あーー、やる」


 そう応えた満の視線は、数十分前まで間近にいた二人に向けられていた。


 ーーーー蓮のやつ…………めっちゃ取ってるじゃん。


 駄菓子が溢れそうなビニール袋とぬいぐるみで、戦利品が大量な事は一目瞭然だ。


 「満、何かあったのか?」

 「いや…………俺、綿あめ買ってくる」

 「珍しいじゃん」

 「あぁー、お土産にな」


 見かけただけだけど、ハルの機転には感謝してるし。

 あんなに……中白から外すはずがないんだ。


 タイミングが掴めなくて、ギリギリになって伝える事にならなくてよかった。

 それにしても…………


 手を繋ぎながら歩く二人の幸せそうな横顔に、満の頬も緩む。


 合同合宿の時にも思ったけど……こっちが、にやけるよな。

 蓮なんて、部活と別人じゃないか? ってくらい、笑顔だし。


 「満ーー、勝負するだろ?」

 「あぁー」


 春馬の提案に乗って、射的の勝負をした。

 こんな瞬間にも昔を想い出す。


 蓮ともよく競ってたよな…………今思えば、些細な事でも競争してきた。

 同い年だったら、最初から最後までずっと一緒に戦っていられたんだろうなって、思わなくもない。

 蓮は親友だけど、戦友だ。

 一つしか変わらないからこそ、綺麗な射形を羨んだ事もある。

 中高と部長をやって来れたのは、間違いなく蓮のおかげだ。

 ライバルがいたから、俺は此処まで来られたんだ。


 最後のインハイは、久々の敗北だったけど…………それすら楽しかった。

 他の誰にも負けたくないって、特に強い想いがある訳じゃない。

 でも、蓮にだけは負けたくない。

 追いつかれて、追い越して、そんな事の繰り返しだ。

 

 遠ざかっていく二人に気づく仲間はいない。

 満は声をかける事が出来なかった。

 

 見たことのない笑顔だな…………こういうのは、ちょっと妬ける。

 

 嬉しそうな親友と妹の姿に、緩みっぱなしになる頬を引き締める。


 「部長ーー、行きますよー」

 「あぁー」


 学校に寄って花火とか……学生って感じだよな。


 目の前で光る火花に、想いを馳せているようだ。


 「春馬、あの子はいいのか?」

 「本当、そういうのは鋭いよなーー」

 「どういう意味だよ?」

 「まんまの意味だってーー」


 満の隣を陣取った春馬は、線香花火に火を点した。


 「早かったなーー」

 「あぁー、もう引退か……」

 「あと、一試合あるだろ?」

 「そうだな……記念試合みたいな感じだからな」

 「だろ? 来年は……」


 消えていく火の玉と同じく、春馬の声も薄れていった。


 来年は…………此処にはいないんだ。

 今までの当たり前が、特別な事に思えた。

 また……一緒に引けたら…………


 「満、どっちが長持ちするか勝負しない?」

 「あぁー」


 これもよくやったな……大抵、勝者はハルだった。

 

 些細な事に感傷的になるのは、此処を離れる日が訪れると分かっているからだ。それでも、受験と部活の息抜きになっていた。


 許可を得ているとはいえ、顧問が様子を見に来るほど、楽しそうな声が響いていた。


 満の手にはピンク色のビニール袋があった。中身は遥リクエストの綿あめだ。


 「みっちゃん、おかえりなさい」

 「ただいま……はい、ハル」

 「えっ?! ありがとう!」


 嬉しそうに微笑んだハルは、子供の頃と変わらない。


 「それ……蓮が取ったのか?」

 「うん」


 大事そうにぬいぐるみを抱きしめる。


 ーーーー蓮が見たら……やばいやつだな。


 「ハル、虫に刺されないか?」

 「えっ? そういえば、虫除けつけてくの忘れたからかも……」

 「大丈夫か?」

 「うん、痒くないから大丈夫だよ」


 今更だけど…………虫刺されじゃなくて、キスマークか?


 浴衣の襟足から覗く痕は一つだけじゃない。

 気づかない妹を他所に、勘のいい満には分かっていた。


 もしかして……牽制でもするつもりか?

 意外っていうか……ハルの事にだけ敏感だよな。

 まぁー、ハルも何だかんだ言って、モテてたしな。


 中等部時代を想い出し、妹が告白される場面が浮かぶ。


 「みっちゃん、ありがとう」

 「あぁー、どういたしまして」


 改めてお礼を言われると、少し照れるし……それは、こっちの台詞だ。

 『時間を作ってくれて、ありがとう』だ。


 「はい、みっちゃんも!」

 

 差し出された綿あめは、柔らかくて幸せの味がした。


 また遠くない未来に、三人で弓を引ける日を願いながら、想い出の味に包まれていたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ