*番外編*綿飴
第十一話 夏祭りにて満視点のお話
近所の神社で毎年行われている夏祭り。
何だかんだで、俺は毎年のように仲間と行ってるけど……それも、今年で最後だ。
「満ーー、また後でなー」
「あぁー、またな」
春馬とのこんなやり取りも、あと少しだよな。
部活も、もうすぐで引退だし…………あっという間の三年間だった。
「蓮は?」
「蓮なら先に帰りましたよ。用があるっぽくて」
「ありがとう、佐野もまた後でな」
「はい!」
ハルと待ち合わせか?
蓮も結構分かりやすいよな…………
ハルには言った事ないけど、蓮はかなりモテる。
あの見た目で表彰されまくってれば、それも当然だ。
他校にもファンがいるらしいけど、当の本人は彼女一筋だ。
昔から、ハルだけが特別だったよな…………
清澄に入学当初は……会わないで、今日が終わってくれたらいいって何処かで思ってた。
ようやくハルが前向きに進学したから…………蓮に何も言わなかったって事は、伝える術がなかったって事だろうし。
それでも……二人が一緒にいるのは、何だか嬉しい。
幼馴染で親友の蓮と妹が、こうなる事は必然だった気がする。
家に戻るなり昼食を取った満は、妹の姿を探していた。
「お母さん、ハルは?」
「ハルなら道場に行ったよ?」
「早いなー」
「蓮くんと待ち合わせしてるんじゃない?」
確かに……蓮も急いで帰ってたし。
今日もハルとデートするっぽいしな。
「ごちそうさま」
「満も行くの?」
「あぁー、夕方から出かけるから、それまでには戻るけど」
「夏祭りね。気をつけて行くのよ」
「はーい」
自室で袴に着替えた満は弓具を一式持って、道場へ向かった。
久しぶりだよな……昔はよく、じいちゃん達に教わってたっけ……
数年ぶりの道場には、変わらない弦音が響いていた。
「……懐かしいな…………」
二人の姿に懐かしさを覚え、矢取りを終えるまで静かに眺める。心地よい音に、心も揺さぶられていくようだ。
「ここに来るの、久々だな」
「満が来るの珍しいよな?」
「あぁー……部長になってからは、だいたい学校で練習してるからな」
「ねぇー、みっちゃんもいるなら…………十二射で勝負しない?」
「いいぞー。じゃあ、負けた奴が飲み物買い出しな?」
「うん」 「了解」
遥の提案に乗り、弓を引き始めた。
次々と放たれる姿は圧巻だ。
右の的から順に十二本、十二本、十二本って、当然だけど、勝負にならない。
こういう時は、中心に中ってる本数の多い方が勝ちだ。
昔はそんな事なかったけど、今は中白の本数で勝敗を決めるまでになった。
これを三人でやる事自体が、久しぶりだけど……
「残念…………私だ。二人とも何がいい?」
「ポカリ」
「了解、みっちゃんは?」
「俺もポカリな」
「はーい、じゃあ、行ってくるね!」
「気をつけろよー」
道場を出て行くハルを見送ると、今更ながら緊張してきた。
「ーーーーで? 満、用があったんじゃないの? 遥、こうゆうのは察しがいいから」
こういう時、敵わないなって思う。
俺の考えてる事は、二人にだけは筒抜けみたいだ。
「やっぱりか……次の部長は、蓮だからな」
「……うん」
「まぁー……引退式までは一応、俺だけど……」
「……分かった。後は? 進路の事であったんじゃないのか?」
「あぁー……何校か推薦貰ってるけど、何処に進んでも……四月には、東京に行く」
頷く蓮には伝わっていた。満が伝える為に、道場に来ていた事が。
「うん……遥には言ったの?」
「家族は知ってる。友人に言ったのは……蓮が、はじめてだな。遥のこと、よろしくな」
「うん……俺も、弓道を続けて行けるように……来年も勝ちたい」
「そうだな。また決まったら、連絡するからさ」
道場を後にしようとして、呼び止められた。
「満……飲み物は、いいのか?」
「あぁー、今日はデート、楽しんで来いよ」
「うん……」
蓮の肩に触れて、出来るだけいつも通りに振る舞った。
「……満! 俺は応援してるから!」
「…………あぁー……」
背後から強い視線を感じた。
振り返る代わりに、手を挙げる事しか出来なかった。
今、振り返ったら…………うっかりと泣きそうだ。
蓮の想いは、十分過ぎるくらい分かった。
何を選んでも、応援してくれる親友だってこと。
ずっと……伝えようと思っていた事が言えたから、ある意味すっきりした。
袴姿のままグラスに入った麦茶を勢いよく飲み干した。
思っていたよりも、ずっと緊張してたみたいだ。
「はい、みっちゃん」
ハルからスポーツドリンクを受け取った。
ペットボトルはすっかり生温くなっていたけど、それが何だか温かな気がした。
「ありがとう、ハル……助かった」
「じゃあ、一つ貸しね?」
「勝負は勝負だからなー。でも、言ってみ?」
「もし……お祭りで会ったら、綿あめ奢ってね?」
「了解」
浴衣に着替えたハルと蓮を見送る。
二人の姿に、何だかこっちまで幸せな気分になるんだ。
「満もいってらっしゃい」
「あぁー、いってきます」
母に見送られ、一足遅れて神社まで向かった満の足取りは軽い。伝えられた事が大きく反映されているようだ。
「満ーー、こっち」
「お疲れー、佐々木たちも来れたんだな」
「うん」
「浴衣、似合ってる」
「ありがとう……」
蓮と同じく満もかなりモテるのだが、知らないのは当の本人だけだ。部長目当ての女子部員も多数集まっていた。
「帰りに花火やるだろ?」
「あぁー」
花火セットを用意してるあたり、春馬らしいよな。
満と同じく浴衣姿の春馬は、さっそく買い食いをしている。
「佐野も食う?」
「はい」
「春馬、早いな。佐々木たちは食べたいのある?」
「うん、あんず飴」
「懐かしいな」
「でしょ?」
部内での上下関係はあるけど、団体戦を組んでるメンバーの仲だけじゃなくて、弓道部自体が良好だ。
「神山、今年は射的やらないの?」
「ん? あーー、やる」
そう応えた満の視線は、数十分前まで間近にいた二人に向けられていた。
ーーーー蓮のやつ…………めっちゃ取ってるじゃん。
駄菓子が溢れそうなビニール袋とぬいぐるみで、戦利品が大量な事は一目瞭然だ。
「満、何かあったのか?」
「いや…………俺、綿あめ買ってくる」
「珍しいじゃん」
「あぁー、お土産にな」
見かけただけだけど、ハルの機転には感謝してるし。
あんなに……中白から外すはずがないんだ。
タイミングが掴めなくて、ギリギリになって伝える事にならなくてよかった。
それにしても…………
手を繋ぎながら歩く二人の幸せそうな横顔に、満の頬も緩む。
合同合宿の時にも思ったけど……こっちが、にやけるよな。
蓮なんて、部活と別人じゃないか? ってくらい、笑顔だし。
「満ーー、勝負するだろ?」
「あぁー」
春馬の提案に乗って、射的の勝負をした。
こんな瞬間にも昔を想い出す。
蓮ともよく競ってたよな…………今思えば、些細な事でも競争してきた。
同い年だったら、最初から最後までずっと一緒に戦っていられたんだろうなって、思わなくもない。
蓮は親友だけど、戦友だ。
一つしか変わらないからこそ、綺麗な射形を羨んだ事もある。
中高と部長をやって来れたのは、間違いなく蓮のおかげだ。
ライバルがいたから、俺は此処まで来られたんだ。
最後のインハイは、久々の敗北だったけど…………それすら楽しかった。
他の誰にも負けたくないって、特に強い想いがある訳じゃない。
でも、蓮にだけは負けたくない。
追いつかれて、追い越して、そんな事の繰り返しだ。
遠ざかっていく二人に気づく仲間はいない。
満は声をかける事が出来なかった。
見たことのない笑顔だな…………こういうのは、ちょっと妬ける。
嬉しそうな親友と妹の姿に、緩みっぱなしになる頬を引き締める。
「部長ーー、行きますよー」
「あぁー」
学校に寄って花火とか……学生って感じだよな。
目の前で光る火花に、想いを馳せているようだ。
「春馬、あの子はいいのか?」
「本当、そういうのは鋭いよなーー」
「どういう意味だよ?」
「まんまの意味だってーー」
満の隣を陣取った春馬は、線香花火に火を点した。
「早かったなーー」
「あぁー、もう引退か……」
「あと、一試合あるだろ?」
「そうだな……記念試合みたいな感じだからな」
「だろ? 来年は……」
消えていく火の玉と同じく、春馬の声も薄れていった。
来年は…………此処にはいないんだ。
今までの当たり前が、特別な事に思えた。
また……一緒に引けたら…………
「満、どっちが長持ちするか勝負しない?」
「あぁー」
これもよくやったな……大抵、勝者はハルだった。
些細な事に感傷的になるのは、此処を離れる日が訪れると分かっているからだ。それでも、受験と部活の息抜きになっていた。
許可を得ているとはいえ、顧問が様子を見に来るほど、楽しそうな声が響いていた。
満の手にはピンク色のビニール袋があった。中身は遥リクエストの綿あめだ。
「みっちゃん、おかえりなさい」
「ただいま……はい、ハル」
「えっ?! ありがとう!」
嬉しそうに微笑んだハルは、子供の頃と変わらない。
「それ……蓮が取ったのか?」
「うん」
大事そうにぬいぐるみを抱きしめる。
ーーーー蓮が見たら……やばいやつだな。
「ハル、虫に刺されないか?」
「えっ? そういえば、虫除けつけてくの忘れたからかも……」
「大丈夫か?」
「うん、痒くないから大丈夫だよ」
今更だけど…………虫刺されじゃなくて、キスマークか?
浴衣の襟足から覗く痕は一つだけじゃない。
気づかない妹を他所に、勘のいい満には分かっていた。
もしかして……牽制でもするつもりか?
意外っていうか……ハルの事にだけ敏感だよな。
まぁー、ハルも何だかんだ言って、モテてたしな。
中等部時代を想い出し、妹が告白される場面が浮かぶ。
「みっちゃん、ありがとう」
「あぁー、どういたしまして」
改めてお礼を言われると、少し照れるし……それは、こっちの台詞だ。
『時間を作ってくれて、ありがとう』だ。
「はい、みっちゃんも!」
差し出された綿あめは、柔らかくて幸せの味がした。
また遠くない未来に、三人で弓を引ける日を願いながら、想い出の味に包まれていたんだ。