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第十話 最盛

 全国高等学校弓道大会。通称インターハイは、開会式の日に男女共に個人戦予選から決勝、表彰式まで行われる。

 二日目からは団体戦の予選、決勝トーナメントの一、二回戦。準々決勝から決勝の順に、三日間に渡って行われ、最終日の四日目に団体の表彰式と閉会式が開催される日程だ。


 清澄は個人戦のみの出場の為、開会式のその日に順位が決まり、また最終日の閉会式へ参加する事になっていた。


 今年は県内の総合運動場公園の特設会場で行われる為、清澄弓道部員は現地集合だ。

 遥は母に車で送ってもらい、満はいつものように蓮と共に学校からバスで向かった。


 「ハルちゃん、気をつけてね」

 「うん、お母さんありがとう! いってきます」

 「いってらっしゃい」


 母に見送られ、チームメイトの集まる場所に向かう横顔は、期待に満ちているようだった。


 開会式に合わせ、今日は部員全員が袴姿だ。


 「いよいよ始まりますね。白河くん、神山さん、緊張感のある会場ですが、迷ったら深呼吸をして気持ちを切り替えるようにしていきましょう」

 『はい!』


 元気よく藤澤に応え、迎えた開会式では独特の緊張感が漂う。


 ーーーーーーーー久しぶりの感覚。

 初めてじゃないけど…………高校生になってからは、初めてで……もう、ずっと前のことみたいで…………

 

 周囲の緊張感を受けながら出番を待つ僅かな間も、強く鳴っているのだろう。遥は意識を逸らすように空を見上げていた。


 静かな雰囲気のまま開会式を終えると、いよいよ個人戦だ。

 全国から上位入賞者が集まる為、県大会よりもレベルの高い試合である。

 予選から四射三中以上の者だけが、次の準決勝に進出だ。


 午前九時半、男子個人戦予選が始まった。


 「はぁーー、緊張するな」


 和馬の呟きに、チームメイトも頷く。初めて来た会場も、この独特の雰囲気にも、慣れている者はいない。仮に経験者がいたとしても、そう慣れるものではないだろう。


 「次の組で、三十九番の白河くんが出ますよ」


 そう言われ場内を見下ろすと、ちょうど翔が入場して来る所だ。


 場内は静寂に包まれ、矢を射る音と、掛け声や拍手の音が時折、響いて聞こえてくるだけだ。

 初めて見る大会の光景に圧倒されながらも、翔の射を見守っていた。


 「ふぅーー、よかったね」


 思わず漏らした真由子と、チームメイトも同じような反応だ。

 藤澤はそんな部員の様子を間近で見ながら、ここにいる子達も一緒に戦っていると、改めて感じていた。

 

 翔は四射三中を決め、順当に準決勝へ進む事となった。


 「次は、風颯の二人が出ますね」

 「はい……見ていてもこんなに緊張するんだから、あそこに立ってる人達はすごいですね」


 緊張気味の北川に、藤澤は笑みを浮かべる。


 「そうですね…………でも、本人達はいつも通りみたいですよ?」


 場内に視線を戻すと、合宿と変わらずに引く姿があり、思わず拍手を送っていた。




 男子予選が終わり、女子の予選が始まっていく。


 ーーーーーーーー独特の緊張感は……あの頃と変わらない。


 遥は久しぶりに立つ大きな会場に緊張しながらも、懐かしさを覚えていた。


 「次、五十八番で遥が来るよ」


 美樹はそう口にしながら、彼女の姿を見る事を期待していた。自身が弓道をするきっかけになった射を、この会場で見れる事を。


 遥はいつもと変わらない射形で引いていく。

 弓返ゆがえりの音が響き、的には四本の矢が中る。四射皆中を決めたのだ。


 清澄高等学校弓道部は二人揃って、すぐに始まる準決勝を迎えていた。


 「先生、準決勝からは坐射ですよね?」

 「そうですよ。今までの試合は、時間短縮も出来る立射だけでしたが、ここからは坐射です。座りながらの一連の動作も覚えなくてはなりませんからね。そして、準決勝も四射三中以上で、ようやく決勝です」

 「あっ、始まりますね」


 いち早く気づいた陵が、二階の観覧席から視線を場内に戻すと、準決勝一組目の男子が始まった。


 弓を引く音が響く中、遥は控え室で蜂蜜入りのレモンティーを飲んでいた。


 ーーーーーーーー緊張はする……でも、ここで頑張れば……また弓が引ける。

 きっと……翔も順当に勝ち上がっている筈だから、私も頑張らないと……


 チームメイトの有志を自分の力に変え、遥は準決勝の舞台に立った。


 深く吐き出し、呼吸を整えてから弓を引く。彼女の矢は吸い込まれるように放たれていった。


 「ーーーー綺麗だな……」


 予選に引き続き四射皆中する姿を、準決勝を終えたばかりの蓮が静かに見守っていた。




 決勝戦は射詰め競射により順位が決定する。五射目より直径二十四㎝の星的を使用する事になっている。


 男子決勝の舞台には、翔の他に、風颯の団体戦メンバーの三人も順当に勝ち上がっていた。

 八位入賞まで残れるかが、一日で決まってしまうのだから集中力が必要といえる競技だ。


 一本、また一本と、弓を引く度に人が減っていく。

 的が変わって五本目を引き、残っていたのは、たった六名だ。そのうち県内勢は、翔、満、蓮の三人だ。

 練習と実戦の的中率は、また別物である。


 また一本引く度に人は減っていき、八本目を引く頃には風颯の二人だけとなっていた。

 これが練習なら、もっと続いていたであろう二人も、的に中ったのは一本だけーーーー蓮の矢が中っていた。


 優勝が蓮、準優勝が満。

 翔は六位入賞という結果に終わった。

 無名の高校がここまで来れただけでも快挙だが、入賞するなんて前代未聞の出来事と言えるだろう。それでも翔にとっては悔しさの残る大会となった。


 「はぁーー……終わったな……」


 座り込んで呟いた翔に、陵が手を差し出す。


 「お疲れさん」

 「……悔しいな」


 立ち上がった翔は気力を使い果たしたようだ。

 珍しくはっきりと口にした言葉に驚きながらも、これから彼がどう変わっていくか期待しているようだった。


 「……遥の射、見たいんだろ?」

 「あぁー」


 手早く片付けると、二階の観覧席にいるチームメイトの元に急いだ。


 『間に合った!』


 階段を駆け上がってきた陵と翔を優しく出迎える。


 「翔、お疲れさまー、陵も案内ありがとう」

 「お疲れー」

 「女子決勝が始まるよ」

 

 二人は無事に合流し、遥の姿を探した。


 彼女のいつも変わらない射形は、何処から来るものなのだろう。

 そう思わずにはいられない程、遥は落ち着いているように映る。




 「ーーーー遥……少し緊張してるな……」


 場内で彼女の射を見ながら呟く蓮に、満が頷く。


 「そうだな。女子は、五射目で残り三人か……思いのほか、早く終わりそうだな」

 「うん……遥が優勝で決まりだな」


 蓮の言ったとおりになった。


 緊張していても射形が乱れる事はなく、的に中っていく。残った二人は弓を引く際、僅かにだが震えていたからだ。


 こうして、全国高等学校弓道大会女子個人戦を一年生にして、遥は優勝したのだ。


 表彰式を終えると、清澄の面々は会場外で藤澤の前に集まっていた。


 「まずは神山さんの優勝、白河くんの六位入賞おめでとうございます」


 チームメイトの拍手に、二人は改めて大会が終わったと実感した。


 「二人とも、お疲れさまでした。初のインターハイはどうでしたか?」

 「緊張感が……すごかったです。大会と練習は別物だって、改めて思いました」


 翔がそう応える一方で、遥は言葉に詰まる。


 「神山さんは、どうですか?」

 「……私は……またここに…………団体戦にも出れるように、頑張りたいと思いました」


 想っていた事を、チームメイトの前で口にしたのは初めてだ。

 その言葉に応えるように、美樹が抱きつく。


 「遥! 私、頑張るから!」

 「うん……」


 チームメイトが頷き、決意を新たにした顔で写真に収まる。

 それは、藤澤には少し眩しい青春の一ページを感じさせる光景だった。




 チームメイトと分かれる頃、スマホのバイブ音が鳴った。遥には通知を見る前から、相手が誰かは分かっていた。


 「蓮! お疲れさま」

 『遥、お疲れさま!』

 「優勝おめでとう」 『優勝おめでとう』


 同じタイミングで喜び合う。


 「遥ーー!」


 試合を終え、テンションが高めの蓮は彼女を見つけ、後ろから抱きしめていた。


 「びっくりしたー! 蓮、おめでとう!」

 「おめでとう! よく頑張ったな……」


 耳元で囁くように言われ、遥は泣きそうだ。ようやく張り詰めた緊張感が途切れたようだ。


 二人が近距離のまま向き合っていると、母の迎えが来た。


 「二人とも優勝おめでとう」

 「ありがとう、お母さん」 「ありがとうございます」


 母が現れても変わらずに手を繋いでいる。そんな二人の様子を幸せそうに見つめていると、満が声をかけた。


 「蓮、そろそろコーチが戻ってくるぞー」

 「うん、分かった」


 集合場所に戻ろうとする二人を呼び止める。


 「ちょっと待って、二人とも! 久しぶりに三人の写真、撮りたい!」


 半ば強引に遥を真ん中にして並ばせられ、メダルと表彰状を持って立たせる。


 「お母さんがごめんね……」


 思わず謝る彼女に、蓮は笑顔のままだ。


 「こうゆうの久しぶりだな」

 「中一以来じゃないか?」


 三人とも学年が違う為、彼らが揃うのは中学、高校と遥が一年生の時だけである。


 「ハイチーズ」


 何処か懐かしさも感じるような笑顔で、写真に収まっていた。






 全国高等学校弓道大会開催期間中、清澄高等学校は部活が休みの為、 昨日も訪れた会場に制服姿で集まっていた。合同練習をした風颯の試合が見たかったからだけでなく、県内でインターハイが行われる貴重な年でもあるからだ。


 隆部長とユキ副部長は、藤澤と夏休み期間中の部活動について改めて話し合いがあるらしく、八人だけで見学に来ていた。


 「団体予選は立射なんだなー」


 冊子を見ながら言う雅人に、遥が応えた。


 「うん。各自四射で、それぞれ一チーム二十射。上位三十二チームが、翌日の決勝トーナメント一回戦に進出だね。競射は……予選通過決定の場合、一人一射で競う感じだよ」

 「予選通過の学校が、その後に決勝トーナメントの抽選をする感じかー」

 「そうだね」

 「おっ、始まるな」


 二階の観覧席にいた清澄弓道部員は、見ていた冊子から場内に視線を戻すと、風颯学園の男子団体メンバーが揃っている。


 「団体は行射制限時間も立射と坐射で違うから、よく見ておこうぜ」


 陵に頷いて応えると、『始め』の合図で試合が始まった。

 予選という事もあるのか、風颯の五人は外す人の方が圧倒的に少ない。

 立射の為、僅か七分の間に全てが決まるのだ。


 「二十本、パーフェクトか……」


 陵の驚きを隠さない声に、翔も呟く。


 「ーーーーやっぱり、すごいな……安定感が……」


 男子団体予選は風颯が一位の成績で通過し、幸先のいいスタートを切った。




 まだ暑さの残る夕暮れ時に、遥はいつもの道場で引いていた。今日見た試合の高揚感もあったのだろう。五つある的には、全て四本ずつ中っている。


 「遥……いると思った」

 「ーーーー蓮……」


 入口に視線を移すと、袴姿の蓮がいた。


 「予選突破、おめでとう」

 「ありがとう……遥が上から見てたの分かったよ」


 彼女の肩を引き寄せ、強く抱きしめる。


 「……充電させて」


 腕の中で小さく頷き、抱きしめ返す。


 「…………蓮……」


 蓮が頑張っていることも、勝ちたいと想っていることも、十分に分かってるよ……


 「…………私……蓮の射がすきだよ……」

 「今……煽るなよ……」


 頬を赤く染めた遥に、蓮はいつもより強く口づける。


 「ーーーーっ……れ、蓮……」


 上手く息が出来ず思わず声を漏らすが、腰を強く抱き寄せている為、逃れる事は出来ない。

 足の力が抜け、その場に座りこむと、彼女のそんなさまに我に返ったようだ。


 「遥、大丈夫か?!」

 「…………びっくりして……力が……」


 遥の視線に合わせ、隣に座るといつも通りの二人に戻る。


 「加減できなくて……悪かった」

 「ーーーーうん……」

 「もう少し、このまま居てもいいか?」

 「うん……」


 二人は的を正面にし、壁側に並んで座る。その手はしっかりと繋がっていた。






 決勝トーナメント一回戦は、午前九時から男子、女子の順に行われ、二回戦は午後一時半から開催される日程だ。

 昨日の予選と同じく一チーム二十射で競い、同中の場合は各自一射による競射が行われる。

 予選では三十二組残ったチームのうち、翌日まで残れるチームは、たった八組になるのだ。


 「同じ学校から両方残ってるのって、九州だけだな」


 隆部長の呟きに、前日の試合を見ていた翔が応える。


 「はい……男女両方残るって、すごいですよね」


 清澄弓道部は昨日と同じく、二階の観覧席から見ていた。

 美樹は手元にある冊子に、時々丸を書いたり、勝った方を分かるように、かこったりしている。

 チームメイトがそれぞれの形で試合を見守る中、風颯の五人が揃う。


 遥はまっすぐに蓮を見つめていた。彼のいつもの射が見れるようにと願いながら。


 弓を引く音が次々と響く。

 風颯は神奈川県の高校に、十九本対十五本で勝利を収め、午後の二回戦進出を決めたのだ。


 「ーーーー圧勝か……分かってたつもりだけど、本当に風颯は全国クラスなんだな」


 陵の隣にいた翔も頷く。


 十五射でも平均すれば、一人四射三中と的中率がけして低い訳ではないのにも関わらず、ここで敗退になる学校がある。それ以上に風颯の的中率が高いからだ。


 両校が会場から出ていくと、次の組み合わせが入場し、女子団体が始まった。


 各都道府県の上位入賞チームが次に進む中、九州の強豪校は十五本ずつと同中だった為、競射を行なっている。

 次の二本で全てが決まるのだ。

 プレッシャーのかかる中、向かって右側の的だけが中っている。県内の山野やまの学園だ。


 県内から男女共に午後の二回戦へ出場を決めたのだ。




 彼らは会場の外に集まり、午後に備えて昼食をとっている。見ていただけでもお腹が空くのだから、戦っている人達の体力は相当削られている事だろう。


 「次も男子からかーー。なんか県内の高校が出る度に緊張するよな」

 「そうですね……こんなに大会を見たの初めてで、何か……すごかったです」


 隆の言葉に真由子が応えていると、雅人が話しかけた。


 「本当、強かったよなー。特にハルの兄さんの所」

 「……ありがとう」


 一言返しただけだったが、強いのは風颯では当たり前の事だ。

 特に満が入学してから全国高校総体を二連覇している為、今年三年の彼にとっては、今年が最後の大会で三連覇がかかっている。

 それでも、彼にとっては連覇よりも、数少ないライバルとの今年最後の試合に気合いが入っていた。

 そんな兄達の想いを、遥も十分に理解していた。




 「満、部長ーー、次はラストの組だっけ?」

 「あぁー、蓮はまたハルの弁当?」

 「うん。今朝、満を待ってる時にもらった」


 蓮は手作り弁当を美味しそうに食べている。二人は幼い頃から弓道を学んできた親友であり、ライバルでもある。その為か部活中、『部長』と呼ぶようにしている蓮も時折、素が出てしまい『満』と呼び捨てになってしまうのだ。


 「個人は蓮に負けたけど、この団体では負けないからな」

 「俺も……満には負けないよ」


 団体戦でチームメイトではあるが、二人は事あるごとに競い合ってきた弓道がすきな者同士でもある。


 「負けたら、久々に飲み物買って来いよ?」

 「分かった」

 「五人分だからな?」

 「勿論。俺、ポカリな」


 そんな事を笑って言い合えるくらいに、二人は強くなっていた。




 時間となり、決勝トーナメント二回戦が始まった。会場は午前中と変わらず緊張感のある空気が漂っている。


 「ーーーーーーーー来た……」


 隣に座っていた遥の言葉に、翔が場内に視線を戻すと、風颯の五人と対戦校が入って来た。


 弓を引く音に続けて、『よーし』の掛け声が響く。落ちの満まで流れるように五人の矢が中った証だ。

 その後も射形の乱れはなく、蓮、満ともに四射皆中を決め、十八本対十六本で明日の準々決勝へ進む八組が出揃った。

 その為、 二人の勝負は翌日に持ち越される事になったが完全に忘れているのだろう。ハイタッチをして喜び合っていた。


 「女子は山野学園が二組目だから、すぐだね」

 「はい、県内から残るなんてすごいですね」


 ユキの言葉に冊子を見ながら美樹が応えていると、両校が現れた。


 山野は二十射十二中、対する右側の五つの的には二十射十五中。

 山野学園女子弓道部は二回戦止まりとなった。

 清澄の向かい側の席にいる山野学園の部員は、泣きそうになっていた。彼女達のインターハイは終わったのだ。






 全国高校総体、最終日の四日目。決勝トーナメント準々決勝から決勝戦。表彰式に閉会式もあるが、その全てが午後一時頃に終わる日程だ。

 試合開始から三時間半程度で優勝者が決まるのである。

 清澄の部員も閉会式がある為、今日は袴姿で会場を訪れていた。顧問の藤澤も付き添いながら見守っている。


 「では、観覧席に向かいましょうか」

 『はい』


 弓を引く音が会場に響く中、決勝まで残ったのは風颯学園だ。県内で強豪と呼ばれるだけの事はあるが、一本の差が勝敗を分ける。

 この事実に、全国はレベルの高い戦いが行われるのだと改めて感じる清澄の面々は、これから始まる男子決勝戦に期待の眼差しを向けていた。


 さすがは強豪校だ。準決勝で少し射形の乱れていた選手も、この舞台では持ち直し、四射三中を決めている。

 少なからず部長へ恩返ししたいという想いも下級生にはあったのだろう。

 満と蓮の二人は団体予選から一度も外す事なく、決勝の舞台を終えた。

 十九本対十六本で、風颯学園が三連覇を成し遂げたのだ。


 そんな彼らの様子を遥が涙目になりながら見つめている事に、翔だけは気づいていた。


 表彰式に閉会式と滞りなく終わると、左腕にプレス用の腕章をつけたカメラマンが取材をしていた。


 「神山くん、団体三連覇おめでとう」

 「ありがとうございます。赤崎あかざきさん」


 どうやら二人は知り合いのようだ。


 「個人戦の優勝、準優勝もすごかったけど、今年も風颯は強いねー」

 「そうですね。チームメイトと顧問の先生やコーチのおかげで、いい大会になりました」


 優等生のような模範解答は、さすがは部長と言えるだろう。


 「最後に、団体メンバーと個人でも神山くんと松風くんの写真いいかな?」

 「はい」


 満は団体メンバーを呼び寄せ写真を撮られている。


 「蓮、これで終わりだから」

 「分かってる……赤崎さんは、いつも取材してくれてるでしょ?」


 蓮も笑顔を作っているが、早くこの場を離れたいらしい。それもその筈、見える位置に彼女がいるからだ。


 「みなさん、お疲れさまでした。今日は帰ったら、ゆっくり休んで、次の大会に備えましょう。改めて、団体戦男子優勝おめでとう」


 顧問の一ノ瀬の言葉に、部員の拍手が響く。

 風颯学園高等部は、個人戦優勝の蓮、準優勝の満。

 女子は五位入賞の佐々木。

 そして、団体戦男子は優勝し、インターハイを終える事となった。




 一昨日と同じく、遥は道場へ来ていたが、今日は私服姿にお弁当持参だ。


 「お疲れさま」

 「蓮、お疲れさま……」


 待っていた腕の中に思わず飛び込む。袴姿の蓮は、少し息を乱しながらも受け止めた。


 「……遥…………ありがとう……」

 「うん……おめでとう……」


 抱き寄せる腕に力がこもる。


 「…………遥……」


 頬に触れる手に、そっと瞳を閉じた。柔らかい感触が離れ、肩に額が寄せられる。


 「…………うん……見てたよ……」

 「うん…………やっとだ……」


 遅くなった昼食を取りながら、息を吐き出す。並大抵の努力で叶う記録ではないと知っているからこそ滲んでいく。


 「ーーーーーーーー遥……」

 「…………すごかった……」

 「うん……」


 目元に触れる指先で泣いていた事に気づく。


 「…………おめでとう」

 「うん……遥も、おめでとう」

 「うん……」


 押し寄せてくる想いに潤ませながらも、いつの間にか弦音が響いていた。

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