六話 魔術の意味が薄れてしまうのじゃ
少し短めです。
□□□□ ルリ視点
耳障りな音で気を失いそうになるのを、何とか耐えることができました。
カイトも赤い猛牛も倒れました。
わたしは急いでカイトのもとに駆け付けると、魔術のリカバーを使いました。
リカバーは上位魔術で欠損を繋ぎとめ、失った血液などを自己の自然治癒力を活性化させることにより回復させます。失った分の血を戻すために集中しました。傷の回復はその過程でついてくるので問題ありません。
「まったく、このカイトとは何なのじゃ。無茶苦茶な魔力の使い方をしよって。魔術の意味が薄れてしまうのじゃ」
母様はカイトに文句を言われているようでした。
わたしにはカイトが何をして赤い猛牛を倒したのか分かりませんでした。
少なくともわたしでは一撃で倒すことはかないません。
「……母様。……どういう事なのでしょうか」
「どうもこうも無いわ。この阿呆、百を超える魔力の球を全部レッドアピちゃんに叩き込みよったのじゃ」
「……それだけでは問題ないのでは?」
母様の赤い猛牛は、ちょっとやそっとでは倒せるはずのない、強固な個体です。
魔物の中にいるどんな変異種が相手でも、赤子の手をひねるように倒してしまうでしょう。
耐久力も他と比較できない高さです。
戦う人からすれば、とても嫌な相手なのは間違いありません。
「ただの魔力の球であれば十や二十程度、問題にもならぬ。じゃが、さすがに百を超える魔力の球を受ければレッドアピちゃんといえども動けぬくらいにはなろう。しかし、じゃ……この阿呆は、あの音のする魔力の球を、当てる寸前に全て破裂させよった。そのおかげでレッドアピちゃんは気を失ったというワケじゃ」
「……気絶しただけなのですね」
少し安心しました。赤い猛牛は母様の大切な乗り物だと、知識にはありました。カイトの魔力の球で、もしもの事があっては母様も悲しまれたはずです。
「そうじゃ、しかも後から倒れたのがあの阿呆じゃ。手加減したとはいえ、負ける事は無いと思ったのじゃが」
「……母様。……カイトは頑張りました。阿呆は可愛そうだと思います」
母様は難しい表情で、お考えになっているようでした。
カイトの魔力の球のことでしょうか。それとも、あの異常ともとれる魔力のことでしょうか。
リカバーをかけたおかげでカイトの顔色が良くなりました。
意識は無いはずなのに、この回復の速さは気になりますけど……。
……でも、回復できて良かった。
あのままだった事を考えると、怖くなります。
「変異種……」
母様がぽつりと呟くように言いました。
変異種……確か頂いた知識にありました。
「……変異種……魔物が突然変異によって同種族でも数倍強い別個体で誕生する。……その個体は凶暴かつ狡猾であり、数々の災厄を人々にもたらすと。母様から頂いた知識ではそうありました」
「カイトか……まさか……」
母様のお考えがそこに至った理由は、わたしにも理解できました。
カイトのあの魔力です。
先ほどの膨れ上がるような魔力は、暴走ともみられる上昇の仕方をしていました。
何故おかしいのか。
わたしが目覚めた時にカイトの魔力を見た時は、私を上回る程度でした。
魔眼で視た訳ではないので、正確ではありませんけど。
それでも、血だらけになった時は数倍以上の魔力量を感じました。
魔力とは底上げできるものですが、その総量をすぐに上げる事はできません。
決まった形の入れ物に、それ以上のものを無理やり詰めることができない事と一緒です。
仮に詰めてしまった場合、どうなるのか……それが魔力の暴走というわけです。
本来であれば時間をかけて底上げするものです。
それを可能としているものは何なのか……母様のお考えはそこなのだと思うのです。
それは……。
「……母様。……変異種とは魔物に限った話だと思いますが」
「そもそもの話をしてしまうとな、変異種が発生する事がおかしいのじゃ。例えるならば竜は変異種などおらぬ。じゃが、ゴブリン、コボルト、オーク、このあたりは変異種が多い。他にも変異種はおるが、それ自体は稀だといっても良いじゃろう」
「……変異種についての生態がそもそも謎と仰るのですね」
「その通りじゃ。最近になって特に発生率が多いと聞く。……ルリはどう考える?」
母様の話を聞く限りは、強い個体自体は問題視しておられません。
その個体自体が別種と見て捉えるくらいに、強くなりすぎている所に問題を見られているようです。想定していない別種が発生した場合、どうなるのか……。
生態系が一変してしまう事になりかねません。
そうなると、困るところはやはり大陸に生活の拠点を置いている人間ということになります。
母様はこのままだとおそらく変異種を超えるような魔物の発生を危惧しておられるのでしょう。そうなれば、いままで以上に人々の生活が脅かされてしまう。
……多発する変異種……変わる生態系……人間……。
どれもが違うものなのに、どれも関連しそうな靄がかかったような感じがします。
「……母様。……全てが人為的なものとお考えですか?」
「うむ。もしくは、別の何かの手によって……かの。まあ、考えられる要素が多すぎてキリがないのじゃ。……そうじゃな、ルリよ。旅のあいだに変異種は見つけ次第、討伐しておくのじゃ。無論、可能な限りでよいし無理する必要もない。もし、魔法を使うようであれば、我に一度許可を取るように」
「……かしこまりました」
「あとな、もしで良いのじゃが……」
「……母様?」
「いや、これは問題ないか。ある方がおかしいし。ありえはせん。……四大古竜じゃぞ、ありえぬじゃろ」
「……あの……母様?」
「ないない……ああ、すまぬな。今のは無しじゃ。討伐のほうだけで良い」
「……はい。……母様も、げんじつとうひ?」
「んなわけあるかい! あり得ぬ不要な事を考えてしまっただけじゃ! 我にも色々と考える事があるのじゃ。とにかく、レッドアピちゃんも無事だったからよい。ルリよ、カイトに伝えておくのじゃ」
いつの間にか起き上がっていた赤い猛牛に母様は乗ると消えるようにして、お言葉だけを残されていきました。
「スキルは一年後以降であればいつでもよい。北の大陸アイスパレスにあるファトルムの神殿で待っておると」
「……必ずお伝えいたします。……母様の心のままに」




