六十九話 魔術が使えなかったら何の意味も無いじゃないか
「確かに、変なのが視えるのに何もできないのか……」
ルリの額の熱が尋常じゃない。
顔も熱のせいで赤くなっているのを見ると焦燥感が拭えず落ち着かない。
この状況を解決できるような考えが思い浮かばない。このままだとルリが目を覚まさない可能性だってある。
黒いヘドロのようにも見える塊がルリの魂に覆い被さっている状況をどうにかすればいいのに、体内にある場所までは手が出せない。
すぐ目の前にある黒い塊を掴んで引き剥がせばいいだけなのに。
「何なんだよ、魔力って。魔術が使えなかったら何の意味も無いじゃないか!」
心の中にどうにもならない怒りと、良く分からない感情が渦巻いてくる。
魔術が使えない俺が悪いのは分かっている。
もしかしたら、魔法ならどうにかできるかもしれない。
でも、使えないんだから仕方がないじゃないか。
「ごめん……何もできなくて。魔術も魔法も使えやしない。ちょっと魔力があるからって心のどこかでいい気になっていたんだ」
「……わたしは、カイトがいい気になっていたとは思いません。自分自身が出来ることを精一杯やっています」
閉じていた目を開くとルリは俺の目を見た。
ルリの額に手を置くだけで火傷しそうな熱が伝わってきて、辛さが伝わってくる。
「……かつての神様は人間を不憫に思い魔術を与えてくれました。人々は魔術の便利さに喜び、神様を崇めました。そして、いつしか神様は忘れられ、人々は魔術の研究の末に固有魔術を生み出しました」
そこで言葉を止めて、少し苦しそうな息遣いになっていた。
俺が心配なって口を開きかけると、遮るように言葉を続ける。
「固有魔術は、魔術では成し得ない目的を達成するために苦心の末に見つけたものです。カイトには、誰にも使えない唯一の魔力……マナがあります。それは、カイト自身が見つけたものです。だから、どんな事でもできます……絶対に」
ルリに言われて、気が付く。
こんなにも励ましてくれているんだ。
それで落ち込んだままじゃ、本当にただの情けないおっさんになってしまう。
考えろ、自分で言ってたじゃないか相性があると。
病原の根や黒い塊みたいな、よく分からない変な魔力はきっと俺とは相性がいい。魔力を直接視る事ができない人にとっては厄介なものでしかない。
俺が使えるものは……この魔力だけだ。
黒い塊はルリの体内にあるから、手出しができない。
レノの時は、病原の根が身体中を蝕んでいたから、強引に引き剥がすしか方法が無かった。だけど、今はルリの中に塊は乗っているだけのように見える。
そうか、そうだよ。
直接触れられないなら、吸い出してやればいいんだ。
一瞬だけ躊躇する。もしルリの魂ごと引き剥がしてしまったら……。
いや、うだうだ考えても仕方ない。
どちらにしてもこのままだと危険だ。
あの黒い塊だけを狙って剥がそう。
マナ・ボールを重ね合わせて、渦を作る。
小さい渦をルリの心臓付近に作り上げた。
後はここからだ。
渦を高速回転させて、吸い上げる力を強くする。
だけど少し引っ張られるように伸びるだけで変化が無い。
これで駄目なら後が無いんだ。
集中しろ……もっと深く、ギリギリまで渦状の魔力を限界まで重ね合わせて引き延ばすんだ。
ギギギィィ……バチバチバチッ!!
突然、とても小さな暗い雷が音を立てて辺りに散って行った。
そして、渦は消えている。
「こ、これは! 縦穴の時に出たやつだ!」
この雷はマナ・アブゾーブを維持したまま、マナボール二つを少しずつ重ねていくと発生する。渦と違ってマナ・ボールを一つにするまで重ね続けることで消滅する寸前に突如として現れたものだ。
意地になってまとめようとした副産物がここで生きる事になるとは。
これは、マナ・ボルトと名付けよう。
雷が当たったと思われる場所から黒い塊が少し移動している。
これをうまく操作できれば……。
「頼む、これで剥がれてくれっ!! マナ・ボルト!」
マナ・アブゾーブを発生して黒い塊を吸い上げるように固定したまま、慎重にマナ・ボルトの準備をする。マナ・ボールを重ね合わせて少しずつお互いを摩耗するように一つにしていく。マナ・ボルトを黒い塊にだけ当てるように、真下の方向にほぼ全力で魔力を込める。
何かを引き裂くような音と共に魔力による小さな暗き雷…マナ・ボルトが俺の意思を汲み取ったかのように、黒い塊に突き刺さっていく。
刺さった部分から逃げるように剥がれていくと、少しずつ真上の渦に吸い込まれて消えた。ルリの魂に覆いかぶさっていた黒い塊は消えてもう一つの小さな魂が見える。
そうか、これがフォーレリアのだったのか。
いままで気づかなかったけど、こんなに小さな魂だったのか。
「やったぞ、やった! うまくいったよ、ルリ!」
ルリの返事はなかったけど、穏やかな顔をしている。
額に手を当てると、さっきまでの熱が嘘のように無くなっていた。
「熱も下がったみたいだし良かった……間違っていなかった」
椅子に座り直すとめまいがして、世界がグルグルと回っていた。
このまま倒れないように、ルリの上に上半身だけ倒れるように突っ伏すと急に気持ち悪さがこみ上げてくる。
「うっぷ。魔力の使いすぎか。ごれはぎぼぢわるい。目も回るぞ……」
気持ち悪さと、めまいが同時に襲ってくる。
世界が回るような感覚に酔いながら、意識が混濁していく。
意識を失う直前に遠くからか細い声が聞こえた。
――こっちにきて……私が消える前に……
どこかで聞いたような声。
銀色になびく美しい髪が記憶をよぎる。
誰だったのか思い出せないまま俺は気を失った。




