六十八話 魂を拒んでしまった罰なのでしょうか
神様からは聞いてはいたけど、ルリから言われると思わなかった。
「……わたしは、フォーレリアではありません。この身体の中に魂が二つある状態なのです」
「ルリとフォーレリアの魂だよね。知っていたよ。正確には、後から知ったけど」
「……そうでしたか。それは、母様が既にご存じだという事ですね」
「そうだね、神様は知っていたよ。知っていて見ていた」
「……カイトを守護しろとの命も成し遂げていません。わたし自身の魂が不要と判断されるのが怖かったのです。わたしは、消えてしまうのでしょうか」
ルリは自分がフォーレリアじゃなかった場合に、魂を消されるのが怖かったのか。だから、あの過去を見た後にルリが涙していたのもそっちの理由だったのか。
「それで嘘をついたと言う事かぁ。何ていうのか、もっと怖い隠し事でもしているのかと思っていたから、少し安心したよ」
「……カイトは怒らないのですか」
少し目を伏せてルリは言う。
怒られるのを覚悟しているような感じだった。
ルリの嘘があったとしても理由があるんだし、それを信じてあげられないほうが人として悲しいと思うから怒る必要はない。
ルリもこの世界では一人きりみたいなものだから、俺が信じてあげなければ本当に一人になってしまう。
「怒っていないよ。言いたくない事があれば言わなくていいし、話したくなったら話してくれればいい」
「……また同じ事があるかも知れません」
「俺はルリを信じるよ」
ルリを見ると、伏せていた目を俺に向ける。
「……どうして、そんな事が言えるのですか」
「誰にも信じてもらえないのは辛いからね。誰も信じなかったとしても俺は信じるから、そんなに不安にならないでいい。神様もルリが何者なのかが分からないから、観察しているような感じみたいだし」
「……わたしが何者なのか……わたしは何なのでしょうか?」
ルリは真剣な顔つきで俺を見ている。
そんな事を言われても、何者なのかは分からないけどそれでも確実なものがあるとすれば……。
「ルリが何者なのかは俺には分からないよ」
「……そう……ですよね」
「それでも、これだけは言える。今は俺の嫁であり、ファトルムの神殿まで一緒に行く守護者、それがルリだよ。まあ、本当は逆のほうが格好いいんだろうけど」
最後のほうは締まらないなと、笑ってルリに言った。
守られるのは格好悪いかもしれないけど、俺はこの世界の知識が無いからルリに頼るしかない。なるべく負担にならないようにしないと。
「……『かっこかり』は無くなったのですか?」
「何か色々あったけど、ウォルフもキリリもおかしいって言ってなかったから気にしすぎたのかなって思ってね」
「……いずれは外してもらおうと思っていたので、わたしの勝ちになりますね」
そういうとルリは微笑む。
そんな冗談も言えるようになったのかと自然と笑っていた。
ルリは立ち上がると、申し訳なさそうな表情をしている。
「……カイト。実は伝えたい事があります」
「伝えたい事?」
「……はい。今、わたしの中には魂が二つあります。魂とは本来、身体の中に一つがあるべき姿なのです」
「フォーレリアの魂があるのは聞いたけど……」
「……そうです。フォーレリアの魂があるために私の中で拒絶反応が起きて高熱が出たのは覚えていますか?」
「覚えているけど、あれは解決したんじゃないの?」
「……いいえ、解決していません。あれは、カイトが直接過去を視た事で魂が一時的に大人しくなったというべきでしょうか。とにかく、わたしと反発しあわなくなったのです」
「もしかして、また同じことが起こるって話?」
「……どうなるのか分かりません。エルさんに大丈夫かと言われました。恐らく視えていたのだと思います、不安定なわたしを。熱が出たあの時、フォーレリアの魂を拒んでしまった罰なのでしょうか。カイト、わたしは消えるのが怖かったのです」
だから、熱が収まった時に過去を見られて恥ずかしいと言っていたのか。
自分がフォーレリアではないと神様が知った時、消されてしまうのを恐れて。
神様は例外的なものは認めないと、本当なら消す予定だったみたいな事も言っていた。
俺が立ち上がると、ルリが身体を寄せて抱き着いてきた。
「……わたしは、カイトを守ってあげたい」
ルリを抱きしめていると、少しずつ熱くなってくる。
少しでも熱を逃がさないと思い、ルリの手を外そうとするけど嫌だというように更に強く抱きしめてくる。
「……嫌です。わたしは……」
ルリの手から力が抜けていった。
額に手を当てると、少し熱いくらいに上がっている。
「ルリ! 聞こえるか? 大丈夫か?」
少し苦し気だけど、小さく「はい」と返事が聞こえた。
何もできない俺はルリを抱えてベッドに寝かせる。
用意されていたタオルを水に浸し、絞って額に乗せた。
「ルリ、具合はどう?」
「……身体中が焼ける様に熱く感じます。でも、カイトがいるから安心です」
「分かった。ちょっと視てみるから少し我慢して」
さすがに俺でもルリが無理して笑顔を作っているのが分かる。
苦しいのに耐えている。
俺に出来ることは……そうだ、また魔眼で視ればいいのか。
あの時と同じように深く、深く。
ただ、その原因を探るように視た。
視界が暗転するとルリの心臓の部分が黒いヘドロのようなものに覆われていた。
それはあの時と同じく脈打つように蠢いていた。
見た目のせいかもしれないけど、異様なくらいに禍々しく見える。
魂を包むようにしているから中がまったく視えない。
取り除くために手を伸ばすと柔らかいものに手が当たる。
あ、そうか。こいつは中にいるから手が届かないのか。
「……何かを見つけたのですね。ただ、これはわたしの身体の中にあるので、手では届きません」
「レノの時は黒いのが外に出ていたからつかめたけど、これじゃ何もできない! もっと、もっと深く視れば何か……」
その時、止めるようにルリの手が俺の手の上に重なる。
小さな手から異常なくらいの高熱が伝わってくるのに表情は穏やかだった。
「……カイト、大丈夫です。だから、そんな顔をしないでください」
ルリが腕を伸ばすと、俺の首元が熱くなった。
そして、引き寄せられるように唇にも熱いものを感じる。
それはルリの唇だった。
長いキスの途中でルリから灼けるような吐息を感じた。
その腕から力が抜けると唇が離れる。
名残惜しむようにルリの息が引きずるように残った。
「……せめて、カイトだけでもわたしの事を覚えていてくれると嬉しいです」
「そんな……そんな消えるような事、口にしないでくれよ! 俺を守ってくれるってさっき言ってたじゃないか!」
さっきまで汗ばんでいた程度だったのが玉のような汗に変わっていた。
無力さに打ちひしがれながら、俺はルリの汗を拭いてやる事しかできない。
何もできない悔しさに、ただ自分の唇を噛む事で何とか平静を保っていたのだった。




