四十八話 静かにしているからレノを助けてくれ
「あ、そうだった。ルリ、レノの左胸の下のあたりに魔力の塊……病原の根があるんだよ。それを取り除きたいんだ」
「……分かりました。調べてみましょう」
ベッドに向かうとオグ爺の声が聞こえた。
「レノは、昔から胸の痛みを患っていた。それが分かっているのならば、カイト、お前に任せよう。だが、何かあれば……」
「そうならないように頑張りますよ」
ガレイムはルリを見ると立ち上がった。
「俺はガレイム。寝ているのは妹のレノだ」
「……わたしはルリです。カイトの妻です」
「頼む、レノを助けてくれ。情けない話だが、俺には傍にいる事しかできないんだよ」
「……わたしに出来る限りの事はします。ですので、なるべく静かにお願いします」
「分かった。静かにしているからレノを助けてくれ」
ガレイムは邪魔にならない隅に移動した。
ウォルフは例のパルクの木の木鱗を割った欠片を持っている。
その欠片を更に小さく千切ってキリリの持つ小さなすり鉢の中に入れていた。
二人が何をしているのか気になったので聞いてみる。
「それって何をしているの?」
「いつもこれで磨り潰して出た樹液をお湯に入れて飲ませるのよ。細かくして潰すと樹液が出やすいの。この木鱗は磨り潰しやすくていいわね」
「ちまちまと千切るの面倒だけどよ、倍くらい出が違うからな」
「それを飲むと、症状が良くなるんだ」
「ええ、体調が改善されて魔力が劇的に回復するわ。だから、とても高価なのよ」
「金貨十枚なんか安いもんだぜ、実際に効果を見るとな」
こんな状態で魔力が回復したとすると全身に流れていくだろう。そうなると、病原の根はどうなるのか、そんなのは考えるまでもない。
「ちょっと待った。今の状態で飲ませるのはマズいから待ってて。ルリはレノを先にみてもらってもいいかな」
「……はい。任せてください」
俺は皆に聞こえるように病原の根の現状について説明した。
ガレイム、ウォルフ、キリリは驚いていたものの、少し納得したような感じだった。
「なるほどな。病原の根がそこにあるなら、今は木鱗は使えねえか」
木鱗の欠片を器用に小さく千切りながらウォルフは言った。
「最悪は病原の根の進行を早める事になるわね。そうなったらレノは……」
「いいか、絶対に今はレノに飲ませるなよ」
「うるさいわね。久しぶりにあったと思ったら偉そうに。役立たずは隅っこで邪魔にならないようにしてなさい」
「うっ……わ、分かったよ」
キリリに言われてガレイムは、ばつの悪い顏をして隅の方で壁に寄り掛かった。
「状況は分かった。それにワシらは見守る事しかできない事もな」
オグ爺がガレイムと同じ様に壁に寄り掛かってため息をついた。
「……こんなに酷いと思いませんでした。本来なら魔力で探るのは少し時間が必要なのですけど、すぐに多数の反応が返ってきました。カイト、早く病原の根を取り除かないといけません」
ルリが呟くように声を出した。
俺も視た限りではルリの言った様なものと同じものは確認できている。
だからルリからは確認できない内容を俺は伝えないと。
「うん。それに魔力の流れがおかしいんだ。何度も止まったり流れたりで」
「……今のわたしでは、魔力が足りないので視る事ができません。病原の根の正確な場所を教えてもらえますか?」
手を伸ばして待っているルリ。
実際の場所を指してくれって事か。
「ちょうど、この辺りなんだ」
ルリの手を取って、病原の根の部分と飛び出ている部分をなぞった。
飛び出している部分をなぞるとルリはびっくりした顔をしていた。
「……身体の外にまで出ている。病原の根は、あくまで身体の内部を蝕むものです。それが表に出るなんて……」
「なら、これは病原の根とは違うものってこと?」
「……いいえ、病原の根であるのは確かなのです。ただ、ここまで大きいのは知識にはありません」
「病原の根の治療は本来どうやるものなのかな」
「……そうですね。このまま実演しますね」
レノの身体の上を探るように心臓を中心に魔力を当てている。
病原の根の本体を除いて。
「……まずは魔力を当てて病原の根を特定します。これで見つけたら少しずつヒールを一点に集中して病原に向けると……この様に、消滅します。恐らく胸の下の大きな病原の根のせいで、小さいものが点々としてありますね」
大きな病原の根ばかり注目していたけど、小さい物のほうが数がある。
ルリが地道にピンポイントでヒールを当てているおかげで次々と消滅していっている。魔力が無いって言ってたけど、これだとルリが持たないよね。
「たぶん、コレをつかめると思うんだ。そうするとレノが痛みで耐えられそうにないんだけど、どうにかできないかな。麻酔みたいなのがあればなぁ……」
「……麻酔ですか? それは、どういうものでしょうか?」
「麻酔って、痛みを感じさせないようにする薬なんだけど……。とにかく、痛みを感じさせなくさせたいんだよね」
「……そういう意味だとすると、麻痺ですね。動きを止めるものではなく、感覚まで効果をもたらすくらいの、より強い麻痺が必要ですね。できますけど、全身を完全に麻痺させるとなると、一回でわたしの魔力は無くなります」
「失敗はできないって事だね」
「……はい」
ルリの真剣な表情に少し押されたけど、レノを助けてあげたい。
神様が「魔力とは何じゃ」と言っていた。
何度も魔眼で視た。
何も無いところから事象を具現化する魔術や魔法。
無だった器から魔力によって命が生まれた。
流れる血に交じって魔力はそこにあった。
魔力同士は交わる事はなく、それぞれが反発しあった。
その全てにおいて魔力は存在している。
病原の根も例外じゃない。
だとすると、やっぱり魔力でどうにかするしかない。
「ルリのその方法だと病原の根を小さくすることはできても消滅させる事はできないよね」
「……カイトの言う通りです。わたしのやり方では根本的な解決になりません」
真剣な表情のままルリは言った。
「……麻痺させる事で、わたしはカイトを一時的にですが守れなくなるかもしれません……それでも、大丈夫ですか?」
守ってもらえなくなるのは、不安だけど……俺が何もしないでレノにもしもの事があったら悔やんでも悔やみきれないだろう。
ルリが心配そうに少し強く言うのは、俺の事を守ることができなくなるからなんだと思う。まあ、衛兵相手に不意打ち受けちゃったからね。
「俺は大丈夫だから、そんなに心配しないでいいよ。ルリの事も守るから、安心してほしい」
「……レノさんの事はわたしに任せてください。後はカイトにお任せします」
俺は魔眼でレノを視ながら魔力を両手に集めた。
「ルリ、頼んだ」
頷いてルリは詠唱を始める。
凛々しくも美しい鈴の音のような声が部屋の中を満たしていった。




