四十七話 この男からは、何も見えぬのだ
この黒いやつはどうみても魔力だ。
だけど、どうして大きくなっているんだろう。
魔眼で視るとガレイムに隠れて見えないはずのレノの魔力をちゃんと別々に把握できる。
レノの結界内で対峙した時、あの時に確か左胸の下のあたりの魔力の流れが弱く見えた。今は逆に魔力がそこに留まっているような感じになっていた。
流れが詰まっているようにも見える。そして、その詰まりが膨らんでいる。
この詰まりを放っておくことはできない。
少しずつ深く魔眼で視る必要がある。
あまり深く視ると何も見えなくなって恐ろしい状態になるからね。
深く潜るように進むと魔力の流れが視える。
もっとレノの近くに行かないと詳細が把握できないな。
近づいて行くとガレイムに当たってしまった。
レノの魔力を視る事に集中しているせいで、ガレイムが認識できなかった。
「なんだよ! 俺がレノの傍にいるんだよ!」
この濃い魔力しか見えないから、レノ以外がどうなっているのかよく分からない。でも、ガレイムには少しどいてもらわないと細かく視えない。
「レノの状態は思ったより深刻なんだ。ガレイム、少しどいてもらっていいかな」
「深刻だってのは知ってる! 薬がねえんだよ、俺がいてやらねえと!」
「放っておけば……レノは死ぬことになる」
こんなこと言いたくはなかったけど、ガレイムがどいてくれないから仕方がない。その結果どうなるか、本当によーーく分かっているよ、もちろん。
でも、そんな事よりも今はレノを助けてあげたいんだ。
「……今、なんつった? レノが、可愛い可愛い可愛い可愛い俺の妹のレノが死ぬだと!?」
ガレイムがただの真っ黒な影にしか視えていなくてよかった。
どんな形相しているのか考えたくないからね。
何かパキパキと変な音が聞こえる。
ゆっくりと拳が力を込めて握っている嫌な音だ。
前にもこんな事あったような……どうしてこうなったんだろう。
「おっさん。もう一度、言ってみろ」
「はぁ……。レノを死なせたくはないから、そこをどいてほしい」
言った瞬間、魔力の流れが視える。
ゆっくりと魔力が俺の顔面めがけて、正確に流れて来た。
流れるソレを普通に掴んだ。
「今は何をしても視えるから……やめてほしい」
「ッッッッ!! は、離せよ! おっさん!」
腕を振り払おうとするけど、こっちはガッチリと拳をつかんだまま離さない。
また殴られるのは嫌だから絶対に離さないぞ。
舌打ちが聞こえると、魔力の流れがゆっくりと複数視えてくる。
まだ攻撃しようとしているのか……どうしたもんかな。
「攻撃しようとしているのも視えているから」
「……くそっ、何で分かるんだよ! ワケ分かんねえ。そんなに言うなら見てみろよ」
ガレイムから来る魔力の流れが消えた。
ようやく諦めてくれたのを確認して、手を離した。
「それじゃ、視させてもらうね」
素直にガレイムがどいてくれたおかげで間近で視れるようになったけどこれは……。
レノは……想像していた以上に酷い魔力の流れが視える。
心臓を中心として全身に流れる血流は正常なのに、その血流と同じく流れる魔力が何度も一度停止してからまた動いて停止を繰り返している。
この左胸の下にある黒い塊が見える部分が特に酷い。
今は完全にここで塞き止められていて、溢れた分だけがチョロチョロと流れ出ている。
どうみても、原因はこれとしか思えない。
「魔力の流れが酷い。この胸の下にある腫瘍……病原の根みたいなものがある」
「何だよそれ。魔力の流れ? 病原の根が見える? 何も見えないぞ」
ああ、そうか。普通は魔力は視えないんだっけ。
他の人が見えないと説明が難しいな。
「えっと……普通は視えない。だから治せないんだと思う」
「なら、おっさんなら治せるのか? 頼むから治してやってくれよ!」
「治せるか分からないけど、病原の根は視えるから色々やってみる」
この魔力の塊が病原の根だと思うんだけど、問題はこれをどうやって取り除けばいいんだ。手を近づけると魔力同士が反発する音が強くなっていく。
これは触ると何が起こるか分からないな……。
「どこに触れようとしたんだ?」
手を止めたと同時にガレイムに腕を捕まれていた。
場所が場所だけに、分かるんだけども……。
「その下に病原の根があるの。そっちは触ったりしないから」
こんなのばっかりだから、さすがに声を荒げてしまった。
レノも苦しそうなのに、こんなことしていたら話が進まない。
するとガレイムの手が離れた。
渋々納得したような様子が分かるけど、今はそんな事気にしていられない。
「じゃあ、続けるからね」
もう少し、もう少し深く視てみる。
心臓から流れる魔力が病原の根で確かに塞ぎ止められている。
止められている場所は病原の根の中でグルグルと渦を巻いて少しずつ大きくなっていた。
この病原の根は、さっき視た時よりも大きくなっている。
どこまで大きくなるんだこれは。
既に半分魔力の塊がレノの身体から頭を出している。
「これは……マズそうだ」
手に魔力を込めて、病原の根に近づけると魔力の共振する音が聞こえてくる。
段々と耳障りな音が大きくなると、小さく呻く声が聞こえた。
「うぅっ……くる……しぃ……はぁ、はぁっ」
「兄ちゃん、ここにいるからな! 今、病原の根を看てもらっているからな」
ダメだ。
手を近づけるとレノが苦しんでしまう。
魔力無しで手を近づけると触れる事ができなくなって意味がない。
やっぱり神様が言ってたように魔力で何とかするべきなんだろう。
今使えるマナの魔法でどうにかしないといけないよな。
病原の根だけ取り除くなら、小さいマナ・アブゾーブで吸い込んでみるか。
魔力の球を重ねて、渦を作り吸い込ませる形をつくる。
病原の根の真上で発生させたマナ・アブゾーブはちゃんと発動しているのに吸い込まれる様子がない。まったく動かなかった。
どうしたらいいんだ、このままじゃ……。
考えているとドアを開ける音がした。
「おっ? カイトじゃねえか! ガレイム……レノ! どうした!?」
「え、カイト? え? レノ! どうしたの!?」
部屋に入って来るなり、ウォルフとキリリは俺を見てからレノの方へ駆け寄った。
「こ、この小僧は……一体何なのだ?」
入ってくるなり、片目に大きな傷を持つ老人が剣を抜いた。
それをルリが止めに入った。
「……オグ爺さん、待って下さい! 彼はわたしの夫なのです!」
「何? 夫だと!?」
「カイト、ここにいたのですね。無事で良かったです!」
ルリは俺に向かって走って来て抱きついてきた。
思わず抱き止めると、胸に顔をうずめてくる。
「……カイト。カイト……心配だったのです」
「お前がルリの夫のカイトか。ワシはオグ・ベルナード。オグ爺とでも呼ぶがいい」
「カイトです。オグ爺……あの、剣をしまってもらえますか」
「……まったく。ルリの夫でなければ斬っていたぞ」
その声にルリが反応してオグ爺から俺を庇う様に向かい合った。
オグ爺は仕方ないとばかりに頷くと、剣を鞘に納めた。
「……一体どうしたのですか?」
「カイト……この男からは、何も見えぬのだ。スキルが通じぬ相手……どんな事が起こるのかすら分からん。斬るしかないと思うだろう」
「そ、そんな大げさな」
「大げさなものか、現にレノの容態が悪い。こんな事は今まで無かった」
ベッドの上で苦し気なレノを厳しい目でオグ爺は見つめていた。




