四十六話 無かった事にするのはやめてくださいよ
フォーレリアの身体だったからルリと合わずに魂のズレが発生していたのか。
あの過去を視たから生命の波動を感じる魔力の球には、フォーレリアの魂が込められたものだと俺は勘違いしていた。
「器であったフォーレリアの身体に魂を込めれば蘇生するものだと、安易に考えてしまった我にも落ち度があるのじゃが……まさか、別の人格が生まれて来るとは思わなかったのじゃ」
「でも、あの時は神様は平然としていたじゃないですか」
「蘇るどころか別の魂が宿ったのじゃ、驚きよりも興味深いと思ったのじゃ。だが、何故ルリという魂が出来たのかが謎であった。悪意も感じない何も無い空っぽという状態じゃ。基本的な知識を与えてどう反応するかを見たかったのじゃ。だから言ったであろう、好きにするが良いとな。ルリがどのように対応していくのか、どう変化するのか見たかったのじゃが……」
「だからって、乱暴じゃないですかそれは。ルリが可哀想じゃないんですか」
「はぁ……可哀想とかじゃないのじゃ。これだから、人間はまったく」
やれやれと、深いため息をつく神様。
「我は不憫に思ったのじゃ。フォーレリアをな。まだ十五にも満たない何も知らぬ娘がその存在自体を消してまで世に献身した。運命だったといえばそれまでかもしれぬ。だが、結果として竜の同士討ちを阻止することになったのじゃ。あの戦いが続けば被害は広がり、もっと多数の死者も出たであろう。視ていたカイトなら分かるであろう?」
「分かりますけど、だからって……」
「我がフォーレリアを蘇えらせようとした事が始まりなのは分かるな?」
「そうですけど……」
「守護に選んだのも、フォーレリアであれば『神託の巫女』としての経験もあるからなのじゃ。巫女は神の案内役としても最低限の守護の役割も心得ているからの」
「巫女が守護って、神様に必要なんですか?」
「一つ言える事は、『死』は全てに平等という事じゃ」
いつになく冷たい表情で言う言葉に背筋が凍りついた。
お気軽な雰囲気が消えて、まるで裏切者を見るような冷たい視線で見つめてくる。
自然と息が止まる。
不要と思える護衛がいて、死という単語があって、冷たい視線……それはどういう意味なんだろうか。
「そ・も・そ・も、我はカイトを守護しろと言ったはずなのじゃ。だが、ルリは我の言葉に疑問を持ち、自らの勝手な解釈で守護がついでのようになっておる。表面上は我に信頼を寄せているかのように見えるが……」
急に何事も無かったかのように態度を崩して、指差し確認をしていた。
神様はいつもの調子に戻っていた。
「神様は……ルリの事をどう思っているんですか?」
「我とて、ルリに関しては不安があるのじゃ。一つの器に二つの魂は入らぬという事かの。本来であれば、あのような不安定要素が発生した時点で無かった事にしても良かったのじゃが、悪い事が起こる様な気がしてやめたのじゃ」
「急に気が変わったのじゃとか言って、その『無かった事』にするのはやめてくださいよ」
「今となってはそんな事はせぬ。だが、やめろと言ったのはカイトなのじゃ。最後までルリの面倒をみるのじゃぞ?」
「ちょっ、急にそっちに持ってくるんですか。ルリは守護させようと当てたんでしょう」
「何じゃ、嫌なのか? ルリが何者であろうと関係なかろう。それとも、違う者に変えるほうがよいのか?」
また冷たい表情で圧をかけてくる神様。
別に本気でやっている訳じゃないって事が何となく分かってきた。
「いえ、そうですね。ルリがどうであったとしても女の子ですからね、俺ができる限りみますよ。また神様の気が変わると困るし」
自分の事ばかり考えていたせいでルリの事を考えていなかった。
たとえルリのほうが強いとしても女の子なんだよな……守ってもらうにしてもそれ以外の事は、俺が見てあげないと駄目だよね。
「まーーたウダウダ言うのかと思ったのじゃが、少しはマシになったではないか。そうじゃ、行く前に一つ教えておくかの。あのレノという娘は放っておけば死ぬのじゃ」
「ちょっと、待って下さい! 唐突すぎますよ、死ぬってどうすればいいんですか!」
「まーーたく何じゃ。お主は強みがあろう。魔力とは何じゃ、考えてみよ。我は行くのじゃ」
パンッと手を叩く音が聞こえると、急に落下が始まった。
神様が遠ざかるのを見ながら、やっぱり叫ばずにはいられなかった。
「うわああああーー! また落ちる、助けてーー!」
どこまでも落下して行く。
このまま落ちたら地面に衝突したら確実に死ぬ。
そう思った時、小さな光が見えた。
あの光の向こう側に外の景色が見える。
手を伸ばせばギリギリ届きそうだ。
「届け、届いてくれええ!」
―――ゴツン!
盛大に床に頭をぶつけていた。
「いたたたっ!」
良かった、階段を上がった二階にいた。
ちょうど二階に上がる手前で床に頭をぶつけていた。
あの光に手を伸ばさなかったらと思うと寒気がした。
「そんな所でコケるなよ、おっさん!」
「あ、ああ。ごめん! ここって二階でいいんだよね?」
「なんだよ、今あがって来たばかりだろ。俺はレノに早く会いたいんだよ。まあ、あいつらが見てくれていたんだろうから心配ないんだろうけどよ」
ガレイムは勢いよくドアを開けるとレノの部屋に入った。
部屋にはベッドに寝ているレノがいた。
ただ、その様子がおかしい。
「レノ! 今帰った……ああ、嘘だろ、発作なのか? また『病原の根』のせいなのかよ!」
苦悶の表情で玉のような汗を浮かべながら、レノは力ない声で言った。
「……に……さま」
「レノ! レノォォーー! 兄ちゃんならここにいるぞ! ちゃんと傍にいるからな!」
ガレイムがレノの手を取って呼びかけているけど、ぐったりした様子で結界内で見た時よりも顔色が悪かった。
必死にガレイムが呼びかけているけど、レノの呼吸が弱まっていた。
手を握るガレイムは泣きそうな表情になっている。
―――放っておけば死ぬのじゃ
神様の言葉をふと思い出す。
このまま放っておけばレノは死んでしまうのだろう。
ガレイムの言っていた病原の根によって。
戦う事にはなったけどルリと同じ年頃の娘を死なせたくはない。
俺の強みって何だろう……ルリは魔力が強いって言ってたな。
魔力……レノを魔眼で視ると黒い何かが表に出ていた。
ルリの時に見た様なドロドロとしたものじゃないけど、球体のような物の先端が見えているようだった。
それは不安を膨らませるかのように、少しずつ大きくなっていった。




