四十二話 生きていれば良かろう
階段を駆け上がりギルドの建物から出ると、人が大勢集まっていました。
混雑の先には、二人の男の人が向かい合っていました。
その二人を中心に町の人やギルド員の人が囲むように見ています。
そこにハーシルドさんが二人に近づきました。
「バルム様! ボクがこの怪盗を捕らえてみせます!」
「待て、ハーシルド!!」
「し、しかし! ……分かりました」
ハーシルドさんの言葉にバルムさんが制止をかけます。
この人がギルドマスターのバルムさん……。
魔眼では確認できませんが、それでも一見しただけで強い事が分かります。
がっしりした体格に服の上からでも分かるような筋肉質な体型と安定した立ち姿。その視線の先にいる黒いタキシードの男の人に向けているはずの威圧感がこちらまで伝わります。
オグ爺さんと同じような年齢に見えるのに、内側から溢れるような魔力を感じます……いえ、溢れるというよりも噴きだしそうな魔力を押さえているかのような……。
「バロンよ! いい加減に観念するがいい! こちらは多数でお前は一人だ。どうあろうが逃げ出す事はできまい!」
「何を言うのかと思えば、ギルドマスターともあろう者が今更になって我を諭すとは愚かな……」
「この状況が分からないほど、愚かでもあるまい」
「この状況が分かっていないのはそちらのほうでは? 私を捕らえた事で、子供達がどうにかなったとしたら?」
「フッ……怪盗が何を言うかと思えば……」
―――キィン!!
二人の距離が一瞬でなくなり、剣と杖が重なり合います。
バルムさんが言いました。
「生きていれば良かろう!!」
「そうか、生きていれば良いと。どうなっても構わないのだな」
バロンさんが軽く手にしている黒い杖を振るとバルムさんは飛ばされましたが、何事も無かったかのように着地しました。
「ふんっ! 何が問題か!」
バルムさんを片腕で飛ばしてしまう腕力……ギルドマスターと呼ばれる人の攻撃をあんなに簡単に受け止められるものなのでしょうか。
ギルドマスターと呼ばれる人物には資格があります。
一つはS級であること、またはそれに準じたスキルまたは能力を保有していることが最低条件です。
おそらくバルムさんはS級の中でも頭一つ飛び抜けている存在でしょう。その攻撃をああも容易く……ただの怪盗の強さではないですね。
この異質な感じはどこかで似たような記憶が……。
いえ、それよりも連れ去られた子供達を取り戻す絶好の機会。
わたしがバロンさんに向かおうとすると、後ろからオグ爺さんの声で止められました。
「待つんだ。アレはルリが思うよりも厄介なヤツだぞ」
「……視なくても分かります……簡単には行きません」
ウォルフさんとキリリさんも遅れて来ました。
「わりぃ、人が多くてよ。おっ、てめぇが怪盗か! おとなしく捕まりやがれぇっ!」
「ちょっと! このバカ、突っ込むの早すぎるのよっ! あーーっ、もうっ、仕方ない! アースバインド!」
ウォルフさんが走る先にはバロンさんがいます。
キリリさんの魔術の発動よりも早くウォルフさんがバロンさんの目の前に立ち、拳を前に突き出しました。
バロンさんは軽く身を引いて避けますが、ウォルフさんは拳を止めて相手の襟をつかみました。
それと同時にキリリさんのアースバインドで土がバロンさんとウォルフさんを巻き込むように下半身を土で固めてしまいました。
「ふむ、即興にしては中々やるではないか」
「何を余裕ぶってんだよ! お前はもう捕まっているんだって……うわっ!」
バロンさんが杖でウォルフさんのつかんだ手を叩くと、たまらずウォルフさんは手を離しました。
そして、その杖で円を描くとキリリさんに向けて突き出します。
するとウォルフさんの身体が回転しながらキリリに向かって飛んで行きました。
「うぉぉぉ! ヤバい、キリリそこをどけっ!」
「そ、そんなの無理だってば! きゃあーー!」
わたしは無詠唱でエアウォールを使い、空気の壁をキリリさんの前に創りました。
「ぶわっ! 何だ、見えない壁が! ルリか、助かったぜ!」
「まったく、あたしは生きた心地がしなかったわ。ルリ、ありがと!」
わたしは頷くと、バロンさんに駆けるように直進するオグ爺さんの後ろに隠れるように走ります。
「未熟なガキ共が世話になったな。ささやかなお返しだっ!」
「この我を相手に、隙を作ってもいいのかね?」
背を見せるオグ爺さんにバロンさんは杖で攻撃すると、その懐に入り込み肘打ちを当てて動きを止めました。
「ぐっ、何だと!?」
「隙ではない、これは返しの型でもある! 受けるがいい。攻防一体、天の一閃! 弾けろっ!」
オグ爺さんの天へ振り上げる剣が、空気を裂くようなうなりを上げてバロンさんの杖を吹き飛ばしました。
「はははっ! 人間如きが、やるではないか!」
杖に向かって飛び上がるバロンさんを追って、わたしはオグ爺さんに言いました。
「……オグ爺さん! 背中、お借りします!」
「応よっ! 行ってこい、ルリ!」
わたしはオグ爺さんの背中に足をかけて、バロンさん目がけて飛び上がりました。
「……子供達を返してもらいますっ!」
―――ウィンドバースト
無詠唱の魔術で足元に集められた風が爆ぜて加速します。
これはわたしが倒れそうになった時、カイトがしてくれた事を応用しました。
足元からの加速で高く飛ぶように。
「これはこれは、今度はお嬢ちゃんと来た……なにっ!」
その声を追い越し遥か頭上にいるわたしは、剣を抜くとバロンさんに向けて振り下ろします。
「おっと! この私を追い越すまでは良かったが、いささか単純では?」
小さな点にしか見えないような位置から、落下に合わせて魔術を使います。
―――テン・バースト
無詠唱からのウィンドバーストを十連でバロンさんに向けて発生させました。
普通に加速すれば難なく躱されてしまうでしょう。
ならば、直線ではなく左右に加速しながらの一撃。
爆ぜる風を蹴りながら雷の様な回避不能の一撃を狙います。
「どこにくる!?」
九個の風を蹴りながら最後の一つは、バロンさんの手前で爆ぜてわたしは急停止します。そして、バロンさんの目の前で身体を捻って縦に回転させます。
「……単純かどうか、受けてみてはいかがですか! エンチャント……サイクロンプレッシャー!」
わたしは剣に手を添えると、そこに竜巻が球体に圧縮されて付与されました。
剣の先に球体の巨大な竜巻のハンマーをバロンさんに振り下ろすと、ドンッと当たる音と耐えるような声が聞こえます。
「ぐぅっ、馬鹿な! ソレは上位魔術か! 不規則な動きで加速しながら我の動きを止めさせ……この我がっ、押されるなどっ!」
エンチャントした上位魔術の威力に押されながらも、バロンさんは耐えています。このままだと、地上で戦う事ができません。
「また会ったな、バロン。次はどうなると思う? これが溜めた天の一閃よ!」
オグ爺さんが放った一撃をバロンさんが片手でどうにか止めています。
「ぐっ、今度の一撃はっ、中々やるではないかっ!」
バロンさんが声を上げると、オグ爺さんの天の一閃を握り潰しました。
見上げているオグ爺さんに向けてバロンさんは笑いました。
「いや、もう終わりとしよう。病み上がりのような二人を相手にしてもつまらない」
バロンさんが発した強風で、皆が押されて下がっていきます。飛ばされるような風ではなく、ただ押して来るだけの風。わたしは落下の途中で押し返す事もできずに、流されるがままでした。
わたしは着地すると、バロンさんが言いました。
「まさか、私に風で攻撃をするとはね。だが、私に風は無駄だよ。ウィンドプリズン」
耳を押さえるような圧が少しかかると、周囲には風で閉ざされた檻のような形で閉じ込められたようです。
「風で押されたと思ったら、今度はこれか」
オグ爺さんがわたしを見て言います。
「……まるで風の牢獄ですね。目を凝らしてよく見れば分かります。向こう側には行けそうにありませんね」
ウォルフさんが風の格子に、何度も握り締めた拳を叩きつけています。けれど、まったく手応えは無いようです。
「何だよこれ、殴っても手応えがねえぞ! どうすりゃいいんだよ、キリリ」
「こんなに広域で使うとなると相当な魔力量が必要なはずなのに……それでいてウォルフが殴っても反応がないなんて、どうしようもないわ」
「もう少し楽しみたかったのだが……私も予定があってね。バルム殿とハーシルド殿には特別に強固なものを用意しておいた。しばらくすれば、解けるからおとなしくしているといい」
バルムさんとハーシルドさんにだけ新しくできた風の牢獄に入っています。内側から破壊しようと色々しているみたいですけど……諦めたようでした。
「このままでは何をしても無駄なようだ。待つとしよう、ハーシルド」
「バルム様がそうおっしゃるのであれば。……怪盗めぇっ! 次はありませんよ」
ハーシルドさんの怒りの視線を見もせずに、私のほうにバロンさんは視線を向けます。
「さて、ところで君は何者か?」
バロンさんがわたしを見定めるようにじっと見ています。
「……わたしはルリです。カイトの妻です」
「これは偶然なのか……私もカイトは知っているよ。まさか、その若さで妻とはね。その高密度な魔力、彼も同じだった。しかも、それだけではないね」
「……子供達を返してください!」
わたしの質問に答えずに、バロンさんは高く跳びました。
「追いかけられても面倒だ。ブラインドクラウド!」
バロンさんの魔術で、風の牢獄の中が全て真っ暗になりました。
視界が完全に黒一色で何も見えません。
「では、さらばだ!」
その姿が見えなくなる時に、わたしの耳元に風が囁くように声が聞こえました。
―――子供達ならカイトが知っている、と。




