四十一話 このボクが嘘をついているとでも
ハースさんは、何だか少し青白い顏をしていました。
「盗賊の君に聞こう。相手は冒険者ギルドの構成員二名と戦っていた。その後、大男のウォルフと魔術使いのキリリが乱入してきた。間違いないね?」
「え、ええ。その通りですよ。そいつは敵も味方もおかまいなしに斬っていきやがった。そこの女は魔術を使って足止めしてきやがったんですよ」
「だ、そうです。何か反論でも?」
「はっ! 盗賊の証言が当てになるのかよ! 言ってる事も滅茶苦茶だぜ!」
「脳に筋肉しかない君は知らないだろうけど、目撃証言に関しては盗賊とか関係ない。証言が事実かどうかが重要です。もちろん、魔道具で判定してもらっても問題ないですよ」
キリリさんは悔しそうに下唇を噛んで、ウォルフさんに言います。
「ハーシルドの言ってる事は本当よ。魔道具で真偽を判定することができるのよ。だから、誰であろうと目撃した証言に対して否定はできないの」
「そんな馬鹿な話あるかよ! こんな盗賊の言う事が通るってのか!」
ウォルフさんが、声を荒げています。
オグ爺さんが、少し抑えたような声で話しました。
「例え犯罪者であろうと、その証言が正しいものと立証できれば取り扱える。無論、真偽を判定した上での話になるがな」
「その通りです。分かっているのなら、問題はありませんね?」
「くっ……ムカつくけどよ、真偽判定するんなら……一応な、一応は納得できるけどよ。だけどよ、そんな事実はねえからな!」
「これを見てもまだそんな事が言えますかね」
細い紐の先に小さな黒水晶の付いた物をハーシルドさんは持っていました。
この黒水晶は事の真偽を問う『審問官』が使う魔道具です。その魔道具は『断罪の黒水晶』と言い、事実とは異なる言葉を黒水晶が判断し、不実を明らかにします。
水晶は黒に輝くと虚偽を示し、白くなればそれは真実と判断できるのです。
審問官とは事件に関する問題の解決のため、証言を証拠として問題を解決するための判定者たる資格を持つ者です。
そのため、審問官となる者は正しく何者にも屈しない力を持つことが前提とされています。もちろん、他の職業を兼業する事はできません。それなのに魔道具を扱うという事はどういう事なのでしょうか。
「君のさっき話した証言は、本当だった。間違いないね?」
「ああ、そうさ。俺はこの目で見た。この大男は剣を振り回して自分の仲間を斬っていた」
盗賊のお頭さんがウォルフさんを指さして言いました。
すると、ハーシルドさんが持っている黒水晶が白に変化しました。
この発言が真実という事になります。
「次に、この町で一番の商人であるハースさん、あなたにも聞きましょう。このウォルフは仲間である冒険者も殺した。これは間違いないですね?」
「はい……。間違いはありません。護衛であるにも関わらず、ウォルフは盗賊も冒険者も斬っていました」
手にぶら下がっている黒水晶は白いままです。
断罪の黒水晶を使っている以上、黒い輝きは出ない自信があるのでしょう。
「ちょっ、ハースさん! 俺が守っていたの見ていたじゃないですか、どうしたんですか! 最後まで守れなかった事は悪いと思っていますけど、そりゃないですよ!」
「ハースさん、確かにウォルフは配慮が足りない所が……」
「お、おい、キリリ! お前まで何で黙るんだよ!」
ウォルフさんの非難を無視してキリリさんは、ハースさんを見て黙ってしまいました。
おそらくは、わたしと同じ様に違和感を感じているのだと思います。
その違和感が何なのか……魔眼で確かめようにも魔力量が足りません。
先ほど使ったイドグラン・ヒールの魔法で魔力が思ったよりも大きく消費しているのが原因です。本来であれば、わたしを中心に任意の範囲内で回復を行う魔法なのです。それを町全体と加護まで付与した上に、三日という期間を継続的に回復させるというアレンジをしてしまいました。
『神託の巫女の加護』と『火竜イルグスの加護』を受けたこの身であれば、何の問題もなく魔法を行使できると思っていたのですが、少し無茶なアレンジだったようです。
七割に近い魔力を消費してしまったおかげで、魔眼で視れる内容が限られてしまっています。今のわたしの魔力では最低でも四割はないと、相手の状態の把握ができません。オグ爺さんに関しては、私自身が一度状態の把握後に回復したため状態を視る事ができるのですが……。
何度かハースさんや盗賊のお頭さんを視ていますけど、魔力濃度くらいしか確認できません。ハーシルドさんはこの部屋の中にいる誰よりも濃いです。
「断罪の黒水晶を扱えるのは審問官のみのはずだが、それはどうしたのだ」
さっきまで黙っていたオグ爺さんが、『断罪の黒水晶』を指さして言います。
「へぇ……無知な老いぼれではなかったんですね。まあ、これでもボクはギルド員なのでね。『補佐』という形でサポートしているんですよ」
「補佐だと? それで断罪の黒水晶を持ち出せるはずが……」
「ほう……このボクが嘘をついているとでも? 『審問官の補佐』と言うのが嘘だと思っているね?」
「思っては……おらん」
ハーシルドさんが持っている黒水晶が白から黒に輝きました。オグ爺さんは低く唸ると言いました。
「ううむ……どうやら本物ではあるようだな。まさか、補佐という形で兼任するとはな」
「わざわざボクが嘘を吐き、偽物を用意する意味もないでしょう。これで、理解できたでしょうか、ウォルフとキリリの悪事を」
「証言は確かなようだが、もちろん遺体もあるんだな?」
「当然、遺体もありますよ。少し損傷がひどいですけど、どちらも斬られていますよ」
「証言も証拠も揃ってはいる。だが、ウォルフとキリリは違うと言っておる」
ウォルフさんとキリリさんに厳しい視線をオグ爺さんは向けます。
二人が一瞬怯む様な気迫を向けていました。
それでも、ウォルフさんは言いました。
「俺はやってない。信じてくれ。これしか言えねえ」
「あたしも同じよ。魔術は使ったけど味方を巻き込むような真似はしていないわ」
「はぁぁぁ……。分かっておる! そんな事は、最初から分かっている。お前らガキ共がワシに嘘つくはずがないだろう」
オグ爺さんは頭を悩ましています。
断罪の黒水晶は「ギルド員を斬った」と証言を正しいものと判定されています。ウォルフさんとキリリさんは「斬っていない」と否定しています。
わたしは二人とも嘘は言っていないように思います。ハースさんと盗賊のお頭さんは……表情からは何も見えません。ただ、虚ろな感じがします。
どちらかが真実のはずです。
ウォルフさんの証言を断罪の黒水晶で正しいものと判定しても、ハーシルドさんには物的証拠があります。
どちらも正しいとなれば、物的証拠のあるハーシルドさん側が正しいと判断されてしまいます。
「これで納得できましたか。では、二人を連れて審問官の立会いのもと、正式な裁判をさせてもらいましょう」
「裁判を行えば、二人は確実に死刑となるだろう。ならば、もう少し時間をもらいたい」
「先程も、だいぶ猶予を与えたつもりですが?」
「今、この二人を連行したとして、すぐに裁判が始められる訳でもあるまい」
「ふむ……」
今まで聞いた話からは、どれもハーシルドさんの問いから始まっていました。
証言はどれかが正しく、真実は一つしかありません。
では、この真実をどう確認するべきなのか。
「……お待ちください。では、わたしの問いにお答え下さい」
「何を馬鹿な……」
「……その断罪の黒水晶を手にしたままお答えください。ハーシルドさん、あなたの今までの問いの結果は全て真実なのですか?」
「この私に問いだと!? そんな馬鹿らしい問いに答える義理はない!」
ハーシルドさんの手にしている断罪の黒水晶は否定した言葉とは違う様子を見せました。
「これは違う! 何故この女の声に断罪の黒水晶が反応するんだ!」
白い輝きが少しずつ黒くなっていくような変化が見えた……その時でした。
ハーシルドさんが焦っているところで、地響きが聞こえてきました。
甲高い音が聞こえて、何かが激しくぶつかり合う音がします。
壁が崩れるような音と共に、上のほうが騒がしくなりました。
「何だ! 一体何事ですか!」
ハーシルドさんが部屋から出て行きました。
その後を、ハースさんと盗賊のお頭さんもついて行きます。
「オグ爺、どうなってるんだ? 水晶も何か変だったしよ」
「まずいぞ、これは……あの怪盗とギルドマスターのバルムが戦っている。お前たち、行くぞ!」
オグ爺さんが部屋を出ると、ウォルフさん、キリリさんが続いて出て行きました。おそらくはオグ爺さんがスキルで確認したのでしょう。
今のわたしは魔力があまり回復していません。
おまけに、魔眼まで使えないとなると足手まといにしかならないかもしれません。盗賊との戦いの時のように足を引っ張らないか、少しだけ弱い気持ちが生まれました。
「……いえ、大丈夫です。行きましょう」
わたしは、皆の後を追って部屋を出て行きました。




