三十八話 もし皆を思うのならば、今すぐここから去ってくれ
□□□□ ルリ視点
カイトは気絶した衛兵を運んで牢に向かいました。
あの時、カイトが衛兵に攻撃を受けて苦しみました。
わたしの知らない感情が一気に湧き出て、止める事が出来ませんでした。
もし、あの攻撃が柄ではなく刃のほうだったら。
そう考えた時に、寒気と底知れない殺意を覚えました。
わたしは必死に抑えたつもりでしたが、それでも衛兵は気絶しました。
……気絶で良かったです。あのまま衛兵がわたしのほうへ向かって来たら、きっと……。カイトが地面を叩いた音で正気に戻れました。
地面が小さく縦に揺れる程の衝撃のあと、苦しそうでしたけれどカイトは無事でした。わたしを止めるためにカイトが地面を叩いてくれたのでしょう。
ハーシルドさんについて行きながら、どうして気持ちが乱れたのか自分の中で問い続けます。
ウォルフさんにカイトが殴られた時は、男の人同士の喧嘩……みたいなものだと思いました。カイトも悪かった事もあり、怒りはありませんでした。
けれど、今回は違いました。
カイトが苦悶の表情で膝から崩れ落ちるまで、わたしは後悔しました。
もし、あの攻撃でカイトが……。
それに母様に守るようにと任されていたはずなのに、わたしは……。
「ルリ? ねえ、ルリってば。もう、冒険者ギルドに着いたわ」
キリリさんに言われて、周囲を確認するとギルドの建物の前でした。
わたしは手を固く握りしめていました。
その上からキリリさんが優しく手を包んでいました。
「心配なのは分かるけどね。あのおっさん……じゃなかった。ほら、眉を寄せないの」
カイトをおっさんと言われた事がほんの少し気になっただけでした。
それが顔に出ていたようでした。
そんな意識は無かったのですけど……。
「カイトなら大丈夫よ。あいつに殴られても平気な顔しているんだから」
「……少し痛そうでした」
「ふふっ、そうね。でも、信じているんでしょ」
「……はい!」
カイトの苦しむ表情を見てから、心配で仕方がなかったのです。
でも、カイトは『大丈夫』と言いました。
キリリさんの『信じているんでしょ』と、その言葉でわたしは思い返します。 赤い猛牛との戦いでもカイトは「大丈夫」と言いました。
わたしは頷くと、次は必ずカイトを守ろうと心に誓い、キリリさんの後をついて行きました。
ギルドの中は冒険者の人達で埋まっていました。
どの人も、顔色が悪かったり怪我で体調が悪そうな人が多いですね。
冒険者は身体が資本だと知識にありますけど、これでは教会や診療所で治療待ちの人と変わりません。
ギルドの受付嬢や事務の人も、心なしか顔色が曇って見えます。
ハーシルドさんが受付のカウンター付近まで来ると、皆が一斉に頭を下げます。
「何か変わったことは?」
「いえ、特にありません」
ハーシルドさんの問いに、受付にいる三つ編みの女の子が答えます。
「こちらは、厄介者であるウォルフとキリリに話がある。地下の会議室を使わせてもらうよ」
「は、はい。こちらです」
三つ編みの女の子が先にカウンターの奥にある扉を開けて地下へと降りて行きます。ハーシルドさんはこちらを振り返ると、周りを見て笑いました。
「はっはっは。そうだな。君達はギルドのお仲間とも会えなくなるだろうし、少し話していくといい。ボクは先に下で待っている。せいぜい、傷でも舐め合うといい」
「んだと、このやろう!」
「ボクの優しさに感謝するといい、ウォルフ。はっはっは!」
人を蔑むような目でウォルフさんを一瞥して、地下に降りていきました。キリリさんがウォルフさんの背中を叩いて言いました。
「あんたよく我慢したわね。また止めないとって、構えていたのに」
「さすがにな、ここでハーシルドを締め上げたら悪いのは俺だからよ。さっきは、怪盗のおかげで町に入れねえわ、ハーシルドに煽られるわでカッとなってよ」
「こっちの事も考えてよね。いつもヒヤヒヤするんだから」
「悪りいな。だけどよ……俺たちが出ている間に、また酷い事になってんな」
ウォルフさんが周りを見渡して、ため息をつきました。
キリリさんも同じで、表情が曇ります。
「悪ガキどもが、また何かやらかしたのか」
一見すると初老のおじいさんが話しかけてきました。
部屋の角にある小さな席の椅子に座っていて、手招きしています。
おじいさんは短髪で白髪ですが、その片目から見つめる視線は優し気でした。
左目は縦に斬られた跡が残っていました。
軽装ですけど、身体がしっかりしていて戦士のように見えます。
「別に何もしちゃいねえよ、オグ爺こそ浮かねえ顔してどうしたよ」
ウォルフさんが話しているおじいさんは、オグ爺と言うのですね。
このオグ爺さんと親し気ですがどういう関係なのでしょうか。
「浮かねえ顔にもなるさ。依頼は失敗するわ、怪我してしばらく動けねえしどうなってやがるって、そこの可愛い嬢ちゃんはどうした?」
物珍しそうにわたしを見る目に嫌な感じはしません。
純粋に誰なのか見定めているような視線です。
キリリさんがオグ爺さんに話しました。
「この子はルリと言って、私たちの命の恩人よ。こう見えてもね、とても強いのよ。魔術だって私より凄いんだから」
「ほう……。お前さんは歳は?」
オグ爺さんが話かけてきたので、少しびっくりしました。
私はびっくりしたのです……話しかけてきたついでに魔術を使われた事に。
特に害はなさそうでしたので、あえて魔術を受けましたけど……一体何の魔術だったのでしょう。
「……十四です。あの……今の魔術は何でしょうか?」
「こりゃ驚いた。まさか、今のがバレるとはな。今のは魔術じゃなくてスキルだ」
「……スキルですか。そうだとすると、魔術との判断は難しそうですね」
スキルとはその個人の固有能力の事です。持てる基準は分かりませんが保持している人はそう多くはいません。
スキルの能力は個人によって割り当てるものが違い、その人に合った特性になるものだと知識にありました。
わたしが視たのは、マナサーチと同じ様な魔力の波が飛んで来たので害はないと判断しました。違うのは全方位ではなかったことくらいでしょうか。魔術の流れと同じように見えました。
カイトなら違う視え方をしたのかもしれません。わたしの目は、魔法で魔眼を真似ているだけですから。
「何を言っておる? それよりどうしてワシがスキルを使うのが分かった?」
わたしは伝えるべきか、少し迷いましたけどオグ爺さんのスキルを視て知ってしまったので小声で伝える事にしました。
「……わたしは魔力が少しだけ視る事ができます。ですから分かりました」
「魔力が見える……そんな事が可能なのか。いや、まさか魔眼持ちということか」
オグ爺さんは、姿勢を正して改めてわたしを見ました。
「いきなりスキルを使って悪かった」
「……いいえ、かまいません。わたしもオグ爺さんのスキルを知ってしまったので、おあいこです」
スキルの保持者は、どのようなものか正確に教える事はありません。単純なものであればあえて伝える事もあるみたいです。けれど、魔術の枠から外れたその能力は切り札なのですから知られる事を嫌うのが普通です。
「ルリは魔眼持ちか。それならば、その強さも納得できる」
「……わたしは魔眼ではありませんが、視えるようにしています」
小声で伝えている途中で、ウォルフさんがオグ爺さんに言いました。
「いつまで内緒話しているんだよ。オグ爺、そんなにルリのこと気に入ったのか?」
「ただの嬢ちゃんにしか見えないのに、この強さか。キリリが命の恩人と言ってたのも頷ける」
「アレでルリのことを見たのね。だから言ったでしょ、強いって」
オグ爺さんは周囲を気にしながら小声で言いました。
幸い誰もわたしたちよりも、ギルドの依頼ボードに集まって話しているようでした。
「ルリは十四と言ったな」
「……はい」
「ワシのスキルは相手の強さを見ることができる。そのスキルを使い、まずは相手を測ることにしている。なぜだか分かるか?」
「……分かりません」
「それはな、外見と強さが一致しない奴がおるからだ」
「……それは問題になるのでしょうか」
「それ自体は問題ない。問題なのは、その一致しないヤツに限って恐ろしい奴がいるって事だ。桁外れだと言ってもいい。その判定がルリにも出ている」
「……わたしも、その『恐ろしい奴』なのでしょうか?」
「そうは思いたくないんだが、ワシの知りうる限りを話すとな……赤いローブの者、怪盗、ギルドマスターのバルムがそれにあたる」
「……どのような事になったのでしょうか?」
「赤いローブの者は山を一つ焼き尽くし、世間を騒がす怪盗は空を飛び子供を連れ去る。ギルドマスターのバルムは来てから依頼の失敗が多くなった。ここにいる皆、心も身体もボロボロだ」
ウォルフさんがわたしをかばうように前にでて、オグ爺さんの肩をつかみました。一瞬、辛そうな顔をしましたが普通の顔に戻りました。
「オグ爺、ルリはそんなんじゃねえぞ!」
ウォルフさんを無視してオグ爺さんはこう言いました。
「ルリよ、もし皆を思うのならば、今すぐここから去ってくれ」
オグ爺さんの目は冗談ではないと、遠慮のない鋭い眼光を向けたままじっとわたしの答えを待っているようでした。




