三十六話 もう逃がしませんよ、怪盗バロン
バロンは満足そうに頷いている。
少しおどけたような表情は変わらないけど、真剣な雰囲気は伝わってくる。
「この話をするまえに。先程の頼み事もやってもらいたい。それと、問題なのがまだ分かっていない事がある」
「分かっていない事? それが解決しないと駄目ってことですか?」
「ああ、その通りだよ。私も最近まで気が付かなかったんだが……この町全体で魔力を少しずつ吸収するような何かが行われている」
「どうしてそれが分かったんですか?」
「まず、子供達が倒れた。次に高齢のお年寄り……倒れた原因は魔力の欠如によるものだった」
「それって、魔力を使い過ぎると気を失うやつですよね」
横から得意げにガレイムが割って入って来る。
「特に子供は後先考えずに魔力使ったりするからな。疲れてすぐ寝るってのは魔力の使い過ぎによるものもあるんだって、レノは言ってたな!」
「ガレイムの言う通りでね。魔力の少ない子供達が倒れた事に誰一人として気にかけなかった。私も含めてね」
「そんなもんさ、んなガキが倒れたって疲れて寝ているくらいにしか見えねえもんさ。魔力を使い過ぎると死ぬって話があるけどよ、それは違うってレノは言ってたぜ。何だっけか……魔力が底を尽きる事で意識が無くなるのは『魔術自体がそういう仕組みだから』なんじゃないかってな。あと、『魔術を使う子供は魔力の制御を意識しないから』とかよく分からねえけど、難しい事言ってたな」
魔術を使い過ぎると死ぬ?
俺はあの縦穴で使い過ぎなんてレベルを通り越して、使いまくってしまったんだけど……。
そういう話はしていなかったけど、ルリからは聞いていない。
もし本当にそうなら、注意点でルリが真っ先に話してくれそうな内容だよなぁ。
「それって噂話だよね?」
後でルリに聞こうかと思ったけど、一般的にどうなのか聞いておきたい。
「いや、それが何とも言えねえんだよな。実際に死んだって話もあったって聞いたぜ。これはキリリからだけどな。だからよ、子供は魔術をあまり使い過ぎないようにって普通の家庭なら怒られるんだとよ」
「そういう事だね。ましてや魔術を使いきるという自殺行為はまずないと言ってもいい。だから、お年寄りが倒れた所からおかしいと、私は思ったのだよ」
ガレイムに続けてバロンが話す。
一般的には死ぬのか……俺は使いまくったけど大丈夫だったんだよなぁ。
「すみません、魔術を使いきるのが自殺行為というのは何故ですか?」
「はははっ! おっさんバカだな! 何言ってるんだよ。魔力を使いきると気絶するんだぞ? その時に戦っていたらどうする? 殺してくださいって、言ってるようなもんだろ。戦いじゃなくてもだ、使っている最中に気絶なんてしたら魔術がどうなるか分からねえだろ」
「だから使いきる事が自殺行為なのか」
それは気付かなかった。
本来なら魔術を使う場面なんて限られている。
戦いの中で使いきればそれは即、死につながる。
魔術を使っている時に魔力が切れると、どうなるか分からないというのはそんなことを実践する人がいないって事か。まあ、あえて危険な事をする人もいないか。
「人は年月を重ねていくと魔力の最大量が減っていくらしい。だから、次にお年寄りが倒れたのだ」
バロンの言葉に、ガレイムがそれは違うとばかりにチッチッと指を立てて否定した。
「ところがそうじゃないんだよな。魔力の最大量が減る原因は、使用頻度が極端に落ちるからさ。爺さん婆さんほど魔力を使う機会もなくなるから最大量が減るんだってよ」
「それもレノが言ってたって事だよね?」
「そりゃ当然!」
「ふむ、なるほど……どうやら、そういう細かい所はレノのほうが詳しいみたいだね。私も勉強になったよ」
「礼ならレノに言えよ」
ガレイムの言葉にバロンはフッと笑う。
「話が脇道にそれてしまったが、君達は私の依頼を受けたのだよ。レノの件は勿論のこと、この魔力が抜けてしまう状況もどうにかしなければならない」
「そうは言ってもな、それだけじゃ何も分からないのと一緒だろ」
「だから君達に任せたのだよ。私が動けばおそらく目を付けられ、そうなれば最後、力ずくでいくしかなくなるからね」
「怪盗とか言う割に、実は大した事ないんじゃねーの?」
「はははっ、言うじゃないか。この魔力が欠如する現象はね、どうやらそれだけではなくうまいこと隠蔽されている。おそらく範囲は町中だけだろう。これだけ大規模だとどこかに『術式』があるはずなのだが……」
術式って初めての単語だ。
これを見つけないといけないだろうから、どんなものか聞かないとね。
「その術式とは何でしょうか?」
「ふむ。術式とはね、発動させる魔術をあらかじめ文字として記憶させておくものだよ。発動するキーは魔力か言葉になるね」
「おっさん、大丈夫か? 『巻物』や『魔道具』も術式が組み込まれているから魔術が発動するんだよ。これも、レノから教えてもらったんだけどな!」
という事は、その術式が書かれている場所を見つけ出して文字を消すとかすればいいのかな。
「ガレイムだってレノから教えてもらわなかったら知らなかったんだから、同じだよね。ただ、その術式が書かれている文字は普通に消せばいいってことですかね?」
「それは違いねえな! レノとキリリがいなかったら魔術関係は何も知らなかっただろうな」
レノって子は本当に魔術関係が詳しいんだろうなぁ。
ガレイムが自慢したくなるだけはあるね。
「いいかね。術式は破壊すれば良いのだが、これだけ大規模になると簡単には破壊できるものではない。それは、君達の仲間と相談して何とかしてほしい。まずはレノを町の外の森の家まで連れて行ってもらいたい」
「町の外って言われても、場所が分からないですよ」
スマホで現在位置が分かるはずもないし、地図すらない。
それで場所を言われてもピンと来ない。
この世界に来てから痛感するのは、やっぱり場所が分からない所だね。
「それは大丈夫。とある仕掛けをしていてね、北門を出た先にある大岩があるのだが、それに手をつけたまま『バロン』と言えば分かるはずだ。子供たちは元気にしているよ、行けば分かる」
「だったら最初から、誰かに伝えれば良かったんじゃないのかよ?」
「彼等に気付かれたら、何が起こるか分からないからね。私一人で子供を移動させる必要があったのだ」
「ああ? 彼等って、誰の事だよ」
「彼等とは、ギルドマスターのバルムとその片腕のハーシルド……君は思う所があるんじゃないか?」
ガレイムが牢屋の柵を掴むと、力を込めて握っているのが分かる。
「そうか! そういうことか! やっぱり奴らが企んでいた訳か!」
バロンは無言でうなずいた。
「彼等には悟られないように行動してもらいたい。そして、カイトには『真実の指輪』を渡そう。これは隠れた真実を暴く事ができる。それ故に、高い魔力を持っている程度では扱えない代物なのだ」
バロンから小さな緑色の指輪を受け取った。エメラルドの宝石のように正方形にカットされた形をしていた。中央に近づくほど深い色をしている。
試しに魔眼で視てみると、中央の深い緑に吸い込まれるような小さな穴のような黒い点が見える。
「こんな凄い指輪、俺に渡していいんですか?」
「君以外に使えそうな人もいない。それに使えてもあと数回程度だろうからね。使う時は指輪に魔力を集中させて相手に向けるといい」
サイズが小さいけど、左手の人差し指につけてみる。
不思議な事にそのまま指にピッタリと収まった。
「これはどこで使えば……」
「それは自分で考えるんだよ。君にはその目がある、この使い方が分からないようではこの先が思いやられてしまうよ」
と、足音が聞こえて来た。
遠くからコツコツと確実にこちらに向かってきている。
「どうやら、見つかってしまったようだね。……では、あとは君達に任せる」
足音が突然消えた。
次の瞬間、打ち合う音が響く。
―――ギィィィン!!!
風圧と共に、バロンが何者かの剣をステッキで受け止めていた。
「こんな場所に、ネズミがいたか!! それが貴様の正体か、怪盗!!」
今まで感じた事の無い気迫を受けながら、バロンは涼しい顔で笑っていた。
「これはこれは、ギルドマスターのバルムではありませんか! どうですかな、ギルドの乗っ取り具合は!!」
この人がギルドマスターの人なのか。
六十は過ぎているような風貌なのに、内に秘めた魔力を無理やり抑えられているように視えた。
それにギルドの乗っ取りって何だろうか。
「抜かせ! この盗人風情が!!」
バルムは怒りの表情のまま、怒号で返す。
茶髪に白髪交じりの髪が揺れると、赤茶色の半袖から鍛えられたバルムの腕の筋肉が一回り膨れ上がり、通路の奥の壁までバロンを押して行く。
それを不利と思ったのか、ガレイムが身を乗り出す。
「ちっ。おっさん助けに行くぞ!」
いつの間にか牢の鉄格子が開いていた。
これは、バロンが気づかない内に開けていたのだろうか。
バロンが押された先でバルムと打ち合う音が聞こえる。
「後は任せる! 行け!」
それでも行こうとするガレイムの肩に手をかけて俺は言った。
「ガレイム、行こう。わざわざ引き付けてくれているんだから」
「くそっ! 後で泣き言は聞かねえからな!」
俺とガレイムは急いで地下牢から脱出した。
地上は既に薄暗くなっていて、外灯のライトボールの光が辺りを明るくしていた。
「レノのいる場所に行こう」
「こっちだ! 早くレノを外に連れて行ってやらねえと!」
ギルドの建物とは反対側に向かい走っていくガレイムについて行く。
背後から小さく地響きが聞こえてくる。
おそらくバロンがギルドマスターのバルムを引き付けているんだろうけど、ここまで音が聞こえてくるなんてどんな戦い方をしているんだろうか。
到着した場所は一軒家で二階建ての家だった。
小さな庭があって、周りの家に比べると少し大きいくらいだ。
ガレイムがドアを開けて二階へ駆け上がる。
二階へ到着した時、違和感があった。
目の前に広がる辺り一面の白い花々。
空は淀んだ紫色で、白い花びらが舞い散るとそこには少女が立っていた。
「もう逃がしませんよ、怪盗バロン!」




