三十三話 そこのおっさんはあの怪盗の疑いがある
「町って結構大きいんだね。ルリは……あっ」
「……分かっています。大丈夫ですよ。フォーレリアの記憶はわたしの中で受け入れています。神託を伝えるための経由で何度か町に寄った事はありますけど、ここまで大きいのは初めてです」
そんなに簡単に受け入れられるものなのだろうか。
幸せだったとは言いにくい記憶だ。
俺だったら、ちょっと苦しくなるよ。
魂の元がフォーレリアだけど、本来なら存在しない魂なんだよなぁ。
それを神様が器として拾い上げた。
ルリ自身はフォーレリアの魂を器として使って創られたものだ。
自我はルリだけど魂はフォーレリアなんだ。
だったら、自我もフォーレリアのままでいいはずなのに、どうして神様は……。
「……カイト、どうかしましたか? もう町ですよ。今、入り口でハースさんが滞在証を確認しているみたいですけど……どうやら揉めているようですね」
ルリの言うように、ハースさんは町の入り口の槍を持っている衛兵に止められていた。
何かウォルフとキリリも中に入れてもらえていないみたいだ。
ハースさんが、とても怒っている。
そりゃ商人やっていて町に入れないとか意味分からないよねぇ。
「一体、どういう事でしょうか。私はこの町にも住んでいます。滞在証もあります。通していただけませんか!」
衛兵は悪びれずもせずに、同じ事を言っているようだった。
やっぱり町に入るのに滞在証がいるんだ。
まあ、よく分からないやつが勝手に入っても治安が悪くなるだけか。
「だから、何度も言いますけど、今は町に入れる訳にいかないんだ。例の怪盗がまた子供をさらって逃げたのだ。奴は姿を変える事が出来る。例え知った顔であろうと、入れることはでない!」
その声に、怒りを感じたウォルフがとうとう口を出してきた。
「おい、てめぇ! 俺はギルドの人間だ! ドードルの町に貢献しているんだぞ!」
「ギルドの厄介者のウォルフとキリリじゃないか。話は今言った通りなんだよ。文句があるなら、バルム様に言うんだな! 俺は言われた通りにしているだけなんだよ」
「ぐっ、この野郎っ!!」
手を出しそうなウォルフをキリリが止めに入る。
止めていなかったら完全に殴っていたでしょ、ウォルフ。
「ウォルフ、下がってて」
無言でキリリに睨まれると、すぐに引き下がった。
完全にウォルフは尻に敷かれているなぁ。
ああはなりたくないな、うん。
「あたし達は、ギルドの依頼で護衛をしていたの。依頼者はハースさんよ。ドードルの町でも一番の商人なのに、この扱いはおかしいでしょう。バルムの命令がそんなに従わなければならないものなの?」
「そんな事は、こちらも分かっているんだよ。問題は盗賊がまた子供を連れ去ってしまったことだ。奴は変装するんだ、何度も逃がす訳にもいかないだろ。ただの衛兵の俺にそれを見破る力なんてないんだよ。バルム様に従うしかないだろ」
衛兵も仕事なんだろうけど、バルムの命令でなくても怪盗は逃がしたくないんだろうな。
「それとな、バルム様は今、北門を封鎖されている。北門から逃げる事はできないだろう。そうなれば、問題はこの南門だけなんだよ。俺たちも遊びでやっている訳じゃないんだ。もうすぐ、ハーシルド様もここに来るんだ。そうすれば怪盗も逃げられないだろう」
キリリがため息ついて首を振った。
「はぁっ、これはダメそうね」
「おい、キリリ。俺は納得いかねぇぞ」
聞いたことのない声が、門の入り口のほうから聞こえてきた。
「おやおや、納得いかないと? 我らがギルドマスターであるバルム様の指示に従えないということかな、ウォルフ」
いつの間にか、そこには金髪で物静かそうな男が立っていた。
全身真っ赤な服装に剣を帯刀している。身に着けているマントは白い。
身長はキリリくらいで子供と言っても違和感はないかな。
ちょっと細身の温和そうな顔をしているけど、何だか嫌な感じを受けるな。別に何がおかしいわけじゃないんだけど、変な違和感を感じる。
魔眼で確認してみると、剣が特に異様な魔力を持っている。ルリに比べたら全然だけど結構濃いな。
「てめぇ! ハーシルド! 中に入れやがれ!」
「ふむ、中に入れろと?」
「あたしからもお願いするわ。依頼の件もあるけど、このままだと埒が明かないの」
「そうですね……いいでしょう。ウォルフ、キリリならびにハースさんはギルドまでご同行願います」
「なんだよ、入れるなら最初からそう言いやがれ」
ハーシルドはにやりとした顔をすると、こう言い放った。
「ええ、最初から言うつもりでしたよ。ウォルフとキリリの両名に、ギルドのメンバーに対しての殺人容疑がかかっています。大人しく付いてきてもらいますよ」
「何言ってやがる! 俺もキリリも何もしてねえぞ!」
ウォルフが我慢の限界とばかりに、ハーシルドの胸倉をつかんで持ち上げるが、軽く手で払われて外された。
「そんな事をボクにしてもいいのかな?」
ハーシルドが腰の剣を抜こうとする前に、キリリの声が割り込んだ。
「分かったわ。大人しく付いて行くから、それでいいでしょ?」
キリリはウォルフの腕を両手で押さえたまま、声を押し殺したように言った。逆らった所で良くなる事もないと判断したのだろう。
「最初からそうしていればいいんですよ。それとハースさんは証言者として、お話を聞きたいことがあるので……よろしいですね?」
「分かりました。私も行きましょう」
有無を言わさぬハーシルドの言葉に、ハースさんは頷いて付いて行く。
「そこの女の子、君も一緒に付いてきてください。あとは、そこのおっさんはあの怪盗の疑いがある。ちょうど年齢もそんな感じだろう。牢に連れて行くように……そうだな、逃げられないようにあの牢に入れておくんだ」
「分かりました。おら、おっさんは付いてこい」
衛兵は持っている槍の石突きで、俺の鳩尾を強く突いた。
「ぐはっ!!」
完全に意識していなかったから、直撃を食らって息が詰まる。
腹の中で回していたマナがバラバラになって、行き場を無くしている。
おまけに息ができない。
息を吐き出して、片足をついた。
まずいぞ、このマナどうにかしないと暴走する!
身体の中であちこちマナが飛び交っていて、身体中が痛い。
息が、苦しくて、吸えない。
異様な熱気が背後から当たって来る。
振り返るとルリが怒りを通り越したような、冷たい表情で衛兵を見て言った。ルリの身体全体が陽炎のように揺らいで見えた。
「カイトに……何をしたのですか」
「ひ、ひぃぃ! な、何だお前は!」
ルリから衛兵に向けて、威圧と熱気と殺意の入り混じったものが、直接向けられている。
衛兵の向けられている殺意が俺も感じているけど、これはまずい!
この衛兵が余計な事を言えば、ルリが何をするか分からないぞ!
「や、やめてくれ……た、たすけ」
「聞いているのです。何をしたのですか」
放っておけば、ルリが衛兵に何をするか分からない。
ルリも止めないといけないのに、俺の腹で回していたマナも破裂しそうだ。
これをどうにかできないか。
そうだ、外にマナを逃がせばいいんだ!
バラバラに身体の中で動き回っているマナを無理やり右手に集めた。
右腕に激痛が走るけど、おかまいなしに地面に叩きつけた。
ドン!!っと凄まじい音を立てて地響きを起こした。
その場にいた全員が静まり返っていた。
ルリから発していた恐ろしいくらいの圧も消えていた。
「ぶはっ!! はあっ、はあっ、はあっっ! 危なかったぁ!! ……ルリ、俺は大丈夫だから。ただの誤解だからすぐ出られるよ」
「カイト!! 大丈夫……なのですか?」
「大丈夫だから、ルリは落ち着いて。戻ったら、この入り口あたりで会おう」
「分かりました。取り乱してごめんなさい」
ルリは俺に謝ると、ハーシルドのほうに歩いて行った。
厳しい表情のままだけど、さっきよりは幾分ましになっている。
「誤解だと思いますので、すぐ終わりますよね」
「え? ああ。い、いや、それは話をしてみないと何とも言えない」
あれだけ威勢のよかったハーシルドが、ルリに一歩引いているような感じだ。
何だか滑稽で噴き出しそうになったけどいい気味だね。
「そうですか……では、行きましょう」
「え、衛兵のもう一人のそこの君! そのおっさんを牢に連れていくんだ」
少し後ずさりするようにして、ハーシルドはギルドに向かって歩いていく。
ウォルフ、キリリ、ハースさん、ルリの順で後を歩いて行った。
「お、おい、何なんだよ! あの女の子は!」
「あはは……」
「まったく何なんだよ。こいつ気絶しているから運ぶの、おっさんも手伝ってくれよ」
「分かった、手伝うよ」
愛想笑いで誤魔化して、気絶している衛兵を宿舎っぽいところまで運んだ。
宿舎は寝るだけの簡易な場所だったけど、そこそこ広かった。
気絶している衛兵を寝かせてから、俺は牢屋に直行だった。
牢屋まではずっと無言で歩いて行った。
途中で中央付近に二階建てくらいの立派な建物があって、武器を装備している人達が出入りしていた。あれが冒険者ギルドなのかなって思うと、その付近の頑丈そうな作りの建物から地下に入った。
薄暗い地下の中で、ぼんやりとした光球が所々に照明代わりに壁に掛かってる。奥の角部屋みたいな所までくると、鉄格子を開けて中に入れられた。
「悪いけど、誰かが呼びに来るまでおっさんはそこで待ってるんだな」
「どれくらい待っていればいいのかな?」
「まあ、ハーシルド様次第じゃないか。運が良ければすぐ終わるさ。ここで大人しく待っているんだな」
言うだけ言って、衛兵は立ち去った。
薄暗いけど、湿気は感じないからまあいいかなぁ。
待っている間、暇じゃないかこれ。
薄暗い牢屋の中を見渡すと、奥に人影があった。
「う、うわ! 誰かいるの?」
人影がこっちに歩いてくると、姿が見える。
端整な顔をした男だった。つまりイケメンです。
俺より身長が高くて、細身の割に筋肉質だった。
青色の上下で半袖から出ている腕の筋肉が、この体型からすると付きすぎているように見えた。
「ちっ、何だよ。おっさんかよ。あんた、何で捕まったんだ」
「俺は、よく分からないんだけど、怪盗に間違えられたみたいなんだ」
「あー? こんな冴えないおっさんがか? はははっ、んなわけあるかよ」
「そうだよね。俺なんかどこが似ているんだか」
「何か上が騒がしいと思ったら、また出たって訳か。おっさん、名は?」
「ああ、俺はカイト」
「そっか、俺は『ガレイム』ってんだ。まあ、短い間かもしれないけどよ、よろしくな」
その名前を聞いた時、悲鳴を上げそうになるのを堪えた。
代わりに空気を飲み込んで、俺は喉を鳴らしたのだった。




