三十二話 気が立っているような感じを受けました
真っ暗の中、俺は歩いていた。
いつも不思議に思うんだけど、何も見えなくても真っ直ぐには歩ける。本当に真っ直ぐかは分からないけど、前に歩くことはできている。
ずーっと先に光が見えた。
その光を遮るように、薄いクリーム色をしたワンピースを着ている人が立っている。強い光のせいか、かなり透けていて身体のラインが見えるくらいだ。
それは、長い銀色の美しい髪と整った顔立ちの少女、フォーレリアだった。
彼女は何故か、俺に話しかけている。
何を言っているのか分からない。
よく分からないけど、ちょっと怒っている様子だ。
聞こえないものは、しょうがないじゃないか。
フォーレリアは手を伸ばしてきた。
俺はその手を取る前に、目が覚めた。
「……カイト、カイト。もうそろそろ起きてください」
声が聞こえる。透き通るような耳に心地よい声……ルリの声だ。
ゆっくりと目を開けると、ルリの優しげな顔が見えた。
俺はルリに膝枕をしてもらっていたようだった。
一晩中、このままで俺の事を守ってくれていたのだろう。
「膝枕、ずっとしてくれていたの?」
「……はい。わたしは平気ですから、気にしないでください」
「ありがとうルリ。よく眠れたよ」
「……それは良かったです」
微笑むルリの顔を見ていると、落ち着くね。
夢で何かを見たような気がしたんだけど、何だっけ。
ルリを見ていると、何か思い出せそうな気がするんだけど……。
うーん……思い出せないから、大した事じゃないんだろうね。
せっかくの膝枕だったけど、起きるかな。
俺は立ち上がると、ルリの手を取って立たせてあげる。
「……ありがとうございます」
「俺のほうが、ありがとうだよ。昨日はあれから何もなかったんだよね」
「……そうですね。この周辺には何もいませんでしたけど、少し遠方には魔物らしい反応がありました。こちらに向かう様子もないので、放っておいても問題ありませんね」
「魔物かどうかまで分かるんだね。マナサーチって便利だなぁ」
「……マナサーチは魔力の反応が分かるだけなので、普通は分かりません。わたしは母様の知識があるので、感覚で人なのか魔物なのかくらいまでは判別できるのです」
「俺にもできないかなぁ」
「……出来ると思いますよ。魔力を小さな波にして遠くへ飛ばすような感覚です。どこまで飛ばせるのかは、魔力の強さ次第です。あとは、返ってくる魔力を全部受け取ると、その場で意識が無くなります」
「それは何となく分かるよ。膨大な情報量で頭で処理しきれなくなるからだよね」
「……はい。返って来る魔力は大小の様々なものがあるので、ある一定以上のものを受け取るのが良いです」
「簡単そうだし、やってみようかな」
「……少し大き目な魔力を拾う感じにしてくださいね」
俺はうなずくと、魔力を集中させる。
波をイメージして薄く……本当に薄くして伸ばして、外へ放つ。
―――マナ・サーチ
飛ばした瞬間に全ての魔力が自分に返ってくる。
これを拾っていくのか……確かに受け取る範囲を限定しないと、反射して返って来る魔力の波に溺れてしまう。
「これは……よくこんな魔術、ルリは使えるね……もう少し簡単かと思ったんだけど、恐いくらいの魔力の波で拾いきれないや」
「……おかしいですね。そこまで魔力を返して来るモノは多くないはずです。まさか、あの……全部から返って来たのですか?」
「多すぎて、受けるのやめたけとほぼ全方向から来ていたね」
「……それは魔力が強すぎるせいかもしれません。もっと小さな魔力で良いのです」
「今のも結構小さい魔力だと思ったんだけど、もっと小さくするのかぁ」
もっと薄くか。指先くらいの魔力を、薄く伸ばしていく。
伸ばすと結構伸びるね。
この辺り一帯を全て覆い尽くすくらいの薄い魔力を飛ばす。
一瞬で帰って来る魔力が、点々と直線に返って来る。
道をまっすぐ進んだ先に数千くらいの魔力を感じた。
これは人の魔力か。
あとは道から少し右に外れた場所から返ってきた魔力は、魔物っぽいなぁ。更に反対側の方角からもいくつか返ってきているけど、こっちはかなり遠いから大丈夫だね。
「この道の先に町があるんだね。ルリの言う魔物の反応もいくつかあったけど、場所からすると問題なさそうだ」
「……はい。町のほうの反応は多いですから、こっちの方角だとすぐ分かりますね」
「その通りです。後はこの道を進んでいけば『ドードルの町』に到着です」
ハースさんの声が後ろから割って入って来た。
「後ろからすみません。おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「俺は良く眠れましたけど、ルリは起きていました」
「……わたしは気が張っていたので。町で宿をとったら休みます」
分かったかのように、ハースさんは頷く。
ウォルフとキリリも戻って来たけど、二人ともハースさんに挨拶すると空を見上げる。徹夜だったのに、疲れた表情はまったく見えない。
何だか俺だけ眠って悪い気がするな。
「ハースさん、このままだと雨が降ってくるかもしれないので、早く行きましょう」
「ええ、そうですね。私もそう思っていました。町までもう少しですから、急ぎましょう」
火の後始末をした後、荷馬車がゆっくりと走り出して移動を始める。
前日と同様に荷馬車を挟んで、前はウォルフとキリリ、後ろは俺とルリがいる。昨日よりも若干早いペースのため、少し軽い駆け足みたいな感じになる。
やっぱり疲れをあまり感じないってのは、それだけで安心感が違う。
ペース配分を考えずに済むし、何より皆の足を引っ張らずにすむからね。
やっぱり護衛とかで雇われる人ってのは、体力が違うよなぁ。
ウォルフはともかくとしても、キリリも普通に駆け足しているだけだし。
ルリもそうなんだよなぁ。
かれこれ一時間くらい走っていても、何ともない表情だし。普通なら歩いていても俺はキツイくらいだよ。
ちょっと小声でルリに話しかける。
「こうやって走って疲れないって、この世界だと普通なことなの?」
ルリは少し小首をかしげるように考えている。
「……疲れますよ。人それぞれになりますが、それを体力で補う人、魔力で補う人、あるいは技やスキルなどで相殺するのが一般的ですね。カイトは循環魔力を行うことで回復しているのだと思います」
「ああ、そういう事なんだね。俺は常に循環魔力を使って魔力を溜めるようにしているんだけど、それが良かったのかぁ」
「……普通、循環魔力は集中して一定間隔の魔力を保つことで行うものです。こんな小走りで使ったりすることはまずできません。カイトのしていることは凄い事なのですよ」
凄い事……と言われても実感ができない。
こっちの世界では、何が普通なのかも分かっている訳じゃない。
ルリがいるから、まだ何とかなっているけど、何でも知っている訳じゃないからね。
「そう言われてもピンとこないんだよねぇ。ところで、もうドードルの町まであと少しだよね」
「……はい。でも……何か変な感じですね」
確認するために、マナサーチを使って魔力を飛ばした。
さっきと少し違うのは、町の人がやけに集まっている所かな。
何かあったということなのかな。
「一ヶ所に集まっているってこと?」
「……それもありますけど、気が立っているような感じを受けました」
同じ魔術なのに差が出るのは、それだけ使う側の練度によるのかな。
俺はそこまで読み取れないけど、使っているうちに何とかなるのかな。
それにしても気が立つって、何があったんだろう。
すると前方からウォルフの声が聞こえる。
「おーい、そっちは疲れていないか? 大丈夫か?」
俺が返すよりも先にルリが答えてくれる。
「……カイトとわたしは大丈夫です」
「なら、もう町が見えているから、あと少し頑張ってくれ!」
「全然大丈夫みたいね……安心したわ。だから言ったでしょう」
「そ、そうだけどよぉ……」
キリリがウォルフに何か言っている。
「だったら、もっと早めにとか」少し聞こえてくるけど、まあそうなんだよね。途中から軽い駆け足っぽくなってきたし、そんなに急がないといけなかったのかな。
小さな坂を過ぎるとウォルフの言うように、町が見えてきた。
ここから緩やかな下り坂になっていて、辛うじて見える感じだった。
町からはいくつか煙が上がっていたけど、工場的なものがあるのかな。
もう少し小さいのかと思ったら、かなり大きい町だった。
そりゃ数千人も入ればこれだけのサイズになるか。
壁に囲われていて、外壁がしっかりしているように見える。
魔眼で確認すると全部ではないけど、所々に円系の中に点々と魔力が込められている。
強度を上げるための仕組みなんだろうと思うんだけど、結構すごいなぁ。




