三十一話 魔力を形にして制御した状態をマナと呼んでいました
嵐のようにやってきたウォルフとキリリは、木鱗を持っていってしまった。いいんだ、それでレノって子が良くなってくれればね。
全然、惜しい事をしたとか思っていません。
あれはルリの物だったんだからね。
「……ウォルフさんとキリリさんは見張りに戻りましたけど……。あの木鱗でレノさんが良くなるといいですね」
「そうだね。その盗賊が俺に似ているってのが気になるけど」
「……そうですね。カイトに似ている……そんな偶然あるのでしょうか」
「似ているというのは、こんな平凡なおっさんって感じなんじゃないのかな」
「……カイトは平凡ではないと思いますけど」
「どうみても平凡でしょ……まあそれはいいとして。やっぱり街に近くても野営って大事なの?」
「そうですね……これだけの暗闇でも、魔物は普通に移動できますから。火の明かりがあると、魔物は普通は寄りつきません。ですが、それでも寄って来る魔物は危険です。だから野営は必要なのです」
「やっぱり魔物でも火を恐れているからってことなの?」
「……火を恐れる……というよりも魔術の火を恐れるという意味合いが大きいのだと思います。強い魔物は自分の縄張りを持つ傾向がありますから、あえてこちらに来ることはありません」
「こっちから縄張りに入らなければ、問題ないってことだよね」
「……はい」
縄張りか……確かにそういうのはどこも同じなのかもしれないね。
魔力の球を小さくして出してみる。
出るのは一瞬で出せる。消そうと思えばすぐに消える。
青の実を食べた時は、目に見える全てを視たせいで、うっすらと全体が暗く見えていたんだよね。
極力小さな球を沢山作って、球を繋げて人型にして簡単なあの時の現在地を再現しながら考えていた。
最初は森みたいな場所にいた。
次に細いけもの道に沿って歩いていたら、狼に殺されそうになった。
魔力を自分の位置に見立てて、場所を想定して動かしてみる。
この場所から先に進んで狼がいたんだよな。
という事は、あの辺りは縄張りだったということになるのか。
灰色の狼ってグレイウルフだったんだよなぁ。
あの殺気……あれで弱い?
今なら分かるけど、灰色の狼は軽い殺気を当てて、弱すぎる俺を落とすためにわざわざ追い込んでくれたって訳だ。自分の手で殺すにも値しない存在だった……そのおかげで助かったともいえる。
話を聞いた限りでは、そんな強いグレイウルフなんていないはずだ……ルリが言ってた変異種だったのかな。
「……カイト? さっきから何をしているのですか」
「ああ、コレ。グレイウルフが弱いって言ってたの思い出してさ、こっちに来た時の位置からどう動いたのか思い出していたんだよね。やっぱりどう考えても皆の言ってたグレイウルフと違うなって思ってさ」
魔力の球をルリに見せて、自分のいる位置を説明する。
「……カイトはここから森の奥へと入って行ったのですね」
「正確ではないかもしれないけど、この辺りでグレイウルフに見つかったんだ。それで、ここで地盤ごと落下して流されたんだよ」
魔力で自分の行動をなぞりながら動かして、落ちた所まで見せた。
「……それでカイトは洞窟に流れついて、神様と出会ったということですね。それにしてもカイトの魔力の球を操作する力……というのでしょうか。とても凄いです……この数を自在に操るなんて器用ですね」
「まあ、縦穴でずっとやることなくてさ、意地になって魔力の球をずっと動かしていただけなんだよね」
「……その昔、魔力を形にして制御した状態を『マナ』と呼んでいました。魔法を極めんとする者はマナを自在に操るところから始まったとされています。今では魔術が一般的になってしまいましたが」
ルリが俺と同じように手に魔力を込めているようだけど、何も出てこない。俺が魔術の練習をした時と同じだった。
俺は特に苦労することもなく、簡単に魔力の球を出せる。
「この魔力の塊はマナって呼ばれていたのか。じゃあ、魔力の球はマナボールってところかな」
「……そうですね。わたしにはマナボールは出せそうにありません。そもそも、魔力を扱うというのは、発動する魔術の精度と威力に関係するものなのです。マナという形を持つ魔力を扱うことは、本来あり得ないのです」
「でも、昔はマナを使っていたんだよね」
「……それはまだ魔法しか存在しなかった昔の話です。魔力から魔術や魔法を創り出していくものなので、マナがどう扱われていたのかまでは、知識にはありませんでした」
「魔力から魔術と魔法が発動するんだよね。その魔力自体がマナってことになると、それは魔術、魔法に続く第三の『魔法』みたいなものかな?」
「……そういう……ことになりますね。第三の魔法……とは考えつきもしませんでした。でも、マナを知っている人はいないと思いますから……あとは書物か何かで調べるしかありませんね」
「知っている人がいないって、このマナはかなりレアなものなんだね……」
ルリに見せていたマナで作った簡易地図を全て消すと、一つ思い出したことがあった。
「ちょっと確認したいことがあって、ルリに協力してもらいたいんだけどいい?」
「……はい。どんなことでも」
妙に力を入れてうなずくルリを見て、ちょっと吹き出しそうになる。
大したことじゃないから尚更だった。
「全然大したことじゃないんだよ。俺に向かってファイアボールを撃って欲しいんだ。もちろん加護なしで、普通のやつでお願いね」
「……分かりました」
少し距離をとるように離れて、ルリは俺に向けて手をかざす。
「では、いきます……ファイアボール!」
ルリの声でファイアボールが発動する。
思った以上に大きいし、早いけど無詠唱じゃないからタイミングはとれた。
俺は一瞬で二つのマナボールを出して、ほんの少しだけズラして重ね合わせる。
完全に重なり合わない二つのマナボールは、お互いを追いかけるようにして小さな渦になった。
そこにルリのファイアボールが吸い込まれるように入っていく。
ここまでは想定通りだった。問題はこの先だ。
何もしないと、こいつはファイアボールを吐き出してしまう。
あの時は、勝手に吸い込んだ海水をそのままにして大変なことになった。
今度は出さないように閉じてみよう。
重なり合わずに渦になっているマナボールを完全に重ね合わせてみる。
すると、音も立てずにスッと消えていった。
「思った通りだ……吸い込んだまま消えた。これは使える!」
「……ええ!? ど、どういうことでしょうか。ファイアボールが消えてしまいました」
うろたえているルリが面白いので、見ているとちょっと拗ねたような声で言ってきた。
「……カイトはいじわるです……」
「あははっ、ごめんよ。マナボールをギリギリまで重ねると、二つが交わらないから渦になるみたいなんだ。そうすると、渦は吸い込む形態に変化するんだよ。これは、マナアブゾーブと名付けるかな」
「……カイトのマナの使い方は、普通は想像できないようなことをするのですね。今の魔術を吸い込む……そんな事をするのも信じられません。対魔術防御として用意されているものは、属性によってそれぞれウォール系、シールド系と防御として用意されているものしかありません。でも、カイトのマナアブゾーブは吸い込む……わたしは普通に見ていたので、消したようにしか捉えることができませんでした」
「これの利点は魔眼で視ない限り、ネタバレしないところだね。ルリですら動揺したんだから、分からないように使えば切り札として効果的に使えるね」
「……魔眼で捉えたとしても、すぐには理解できないと思います。消えたと理解できても、吸い込まれたとは考えないでしょう。相手に分からないように使えば、カイトの言うようにとても効果的です」
魔術は使えないけど、マナボールとマナアブゾーブを使えば何か色々できそうな感じだ。マナボールも小さなサイズでも貫通する威力はある。あれを大きくすれば更に威力も上がるだろうし、マナアブゾーブも避けられない魔術がきても回避できそうだし……ルリもいるから物理的にもどうにかなりそうだ。
何となく安心したら、急に眠気が襲ってきた。
今まで知らないうちに気が張っていたんだろうか。
色々あった……ああ、そうか。
ルリを助ける時に、魔力を使ったけど……あれって想像以上に使っていたのか。あのフォーレリアの過去を追体験したような形で視ていたんだ……そりゃそうなるか。
「ルリ……何か急に眠くなったんだけど、ごめん先に……」
「……カイト、ゆっくり休んでください。わたしが見守っています」
ルリが身体を支えてくれたところまでは覚えていた。
その後、気を失うようにして俺は眠りについた。