三十話 病原の根を治すには大量の魔力が必要です
放たれたの巨大な炎による光に反応して、ウォルフとキリリが急いでこちらに走って来る。そういえば見張りしていたんだっけ……。
「おい、今の炎は何だったんだ!? この辺りから飛んで行ったように見えたぞ!」
「あんな巨大な炎、何だったの?」
慌てて駆けつけて来てくれたのに、ファイアボール使ってましたとか言いにくいんだけど……。
「……魔術を使っていました」
「ええ!? さっきの魔術だったの!?」
「ああ、魔術か……って、おっさん! 今度は後ろからルリの事を襲ってんのか!」
キリリは驚いていたけど、ウォルフも納得しかけてルリを襲っているって、そんな馬鹿な。誰が襲っているっていうのさ。
「いやいや、これのどこら辺が……」
ウォルフが無言でルリのお腹に添えてある手に指差ししていた。
俺は自分の手の位置を思い出してサーっと血の気が引いた。
よく考えてみればルリに密着して、後ろからお腹に手を当てているとなれば、見ようによってはそう見えなくもないか……つまり……。
「観念しとけ、おっさん」
ウォルフの冷めたような表情が、怒りよりも逆に恐ろしい。
それに加えて、ご丁寧に握りしめた拳でボキボキと鳴るこの音が死へのカウントダウンに聞こえてくる。
「ウォルフちゃん落ち着いて」なんて言ったら、容赦のない全力の鉄拳でとんでもないことになる。
「ちょっと、ウォルフ。あんた分かってやってるでしょ。やめなって」
ウォルフの手が俺を掴みそうになった時、キリリが手でウォルフを遮る。
「ちっ、止めんなよ」
「そういう八つ当たりみたいのは、みっともないからやめなよ」
「…………」
「まー、あたしもそうなんだけどね。ルリを見ていると何だか知らないけど『レノ』の事を思い出しちゃうのよ。もうすぐ街だからってのもあってね」
キリリがルリの事を優しい目で見ている。
二人ともやけにルリに対して優しい感じだったのは、助けられた恩もあるんだろうけど、そっちのほうが大きかったのか。
という事は、そのレノって子は二人にとって大切な存在ということか。
「別にルリと容姿が似ている訳じゃないんだけどね……似ているのよ……何ていうのかな……」
キリリが言葉に迷っていると、ウォルフが後に続けて言った。
「アレだ、雰囲気だ。この純粋な感じがよ……何だかレノに似てるんだ」
「……わたしに雰囲気が似ている?」
「それよ! 外見はもちろん違うわ。でも、雰囲気がとても似ているのよ。……で、ちょっと気になる事を思い出したの」
キリリはウォルフを見るけど、首を傾げている。
どうやらキリリの言いたい事が、分からないようだ。
「ああ? 俺は別に思い出すも何もねえぞ」
「そうなの? あの誘拐事件の事を気にしてたのかと思ったわ」
「そうだ、そうだ! 何か気に食わねえと、思っていたんだがそれか……」
「その事と重なって怒っているのかと思っていたんだけど?」
「そう言うなってキリリ。でもよ……無意識に思っていたのかもしれねぇ」
ウォルフが俺を睨んでくる。
恨まれるような覚えなんて……そういえばあった。
倒れて死にそうな時に散々言っちゃったからなぁ。
「レノはよ、俺達の大事な妹分なんだ。手を出す奴は容赦しねえ」
拳を握りしめる音がもろに聞こえてきて心臓に悪い。
いちいち威嚇しないと気が済まないのかね、この巨漢の男は。
「その話だと、レノは誘拐されなかった。そういうことなんだよね」
「ああ、そうだな。だが、そのおかげで体調崩してな……絶対安静の身だ」
「誘拐犯がどうもおっさんらしいのよ。そう、丁度あんたくらいのね」
「……そういう事だったのですね。話をまとめると、レノさんは誘拐されずに犯人の顔を見た。それが中年の男……という訳なのですね。でも、カイトは違います。わたしと一緒にいたのですから」
「……分かっちゃいるんだが、どうにも納得できねえ事もあるんだわ。おっさんに聞くが、誓ってレノを誘拐した犯人じゃないって言えるんだな?」
ウォルフの真剣な問いに、俺は答える。
「誓って俺じゃないよ。ルリと一緒にいたんだからね」
やってないし、むしろ転移したばかりの俺がどうすればそんな事できるの。
さすがに転移の事は言えないけど。
「……ま、そうだろうな。悪かったな」
「……ウォルフさん。どうしてカイトだと思ったのですか」
「このおっさん、とぼけた顔をしていやがるが……俺の攻撃が効いてねえ。実力を隠している……そういうやつは、何かしら知られたくない事があるんだよ」
……粗雑な男だと思っていたけど、そういう所はカンがいいみたいだ。
別の世界から来ました、なんて言ったところで信じてもらえないだろうけど。
「い、いやぁ……殴られた時とかちゃんと痛かったよ?」
「あんたねぇ。ウォルフの攻撃を受けて『痛い』で済む方がおかしいのよ。誘拐犯はレノから逃げおおせたのよ……それを考えると怪しいって、あたしも思ったのよね。最初は、だけど」
「疑って、すまねえ」
ウォルフは俺とルリに頭を下げるけど、ルリは頭を振った。
俺も別に気にしていない、とルリに視線を返した。
助けるためとはいえ、言った負い目もちょっとだけあるからね。
「……ウォルフさん。カイトもわたしも気にしていません。ただ、その誘拐犯は許せないですね……」
ルリが俺のほうを見てくる……つまり、協力してあげようってことだよね。
まあ、ウォルフやキリリは知らない仲じゃないけど……。
ウォルフやキリリがいるのに、捕まっていないって誘拐犯は結構な実力者なんじゃないか。でも、今のルリは加護も相まってより強くなっているし……大丈夫かな。それに、ウォルフみたいに俺が疑われるような状況は避けたいところだし。
「ルリは誘拐犯を捕まえる手伝いをしたいって、言いたいんだよね。それは、協力しよう。それにおっさんだからって疑われるのは嫌だからね」
「……はい! カイト、ありがとうございます」
「い、いや。手伝いは嬉しいんだがな……実はレノの病状を見てほしいんだ。誘拐されそうになったおかげで、レノはいつになく体調が悪くなっているんだ。本当だったらよ、すぐにでも薬を買ってやりたいんだが……」
「だから、今回護衛の依頼を受けたんだけどね。正直、護衛だけじゃ全然足りないのよ、お金がね」
「ルリの魔術で病気を治してあげればいいんじゃないの?」
「……怪我を治す事は、その部分が見えるので直接治すことができますけど……病気は別なのです。身体の中は見る事ができないので、『病原の根』を直接治すことができないのです」
「病原の根だって、よく分かったな。さすがは神官!」
「……治療にお金のかかる病気と言えば、大抵は病原の根ですから」
「それで分からないのは、ウォルフくらいよ。よく分からない病気は一括りで病原の根にされているのも、どうかと思うけどね」
「ま、俺は病気とは無縁だからな」
ウォルフは得意げに言ってるけど、キリリはため息をついていた。
俺がキリリだったら、同じようにため息していただろうなぁ。
治療か……全身にやれば、すぐ治せそうな気もするけど……。
「時間はかかるかもしれないけど、全身に回復の魔術を使ったら治せないの?」
「……病原の根を治すには、大量の魔力が必要です。それを全身に行えば魔力が枯渇するのは目に見えていますし……それに、無暗に病原の根でない場所に治療をすると悪化してしまう場合があるので、簡単にはできないのが実情なのです」
単純に全身に治療を行うと、病原の根を活性化させてしまうってことか。治療は病原の根に直接しないといけない、魔力は大量に消費するってなると簡単にはいかなそうだなぁ。
「マナサーチみたいな感じで体内に魔力を流して、病原の根を特定とかは?」
マナサーチは魔力を波状に薄く引き伸ばしたものを遠くに飛ばして、同じ魔力に反応したものを特定している。これは魔力同士が重なり合うと反発する現象を応用したものだと思っている。
これなら病原の根に対して行えば、特定できるのかと思ったんだ。
「……マナサーチの対象はあくまで魔力です。人の体内にある病原の根だけを当てることはできません。なぜなら、人は魔力を持っているからです」
「ああ、そうか。血は特に魔力が濃かった……病原の根は体内にあるからダメってことか」
あの縦穴の中で散々自分の魔力は視てきたから、よく分かる。人を深く視るほど、黒い物体になってしまう……その中から病原の根を探すのは、相当根気がいるというのが何となく分かってしまった。
「……はい。そういう事になります」
「回復魔術は万能って訳でもないんだね」
ルリの説明からすると、マナサーチをしても人自体が魔力として感知されてしまうから、体内で行っても病原の根は特定できない。大量の魔力を使っても病原の根のせいで悪化する可能性がある……この悪化というのは、回復の為に使った魔力の効果が血液に乗って病原の根を活性化させてしまうからだろう。
重症のウォルフを治療できたから、回復魔術っは万能と思っていたけど、病気は別なんだなぁ。ルリの話を聞いたら余計にそう思う。
「あんたねぇ、ルリの旦那なのにそんな当たり前の事言ってどうするのよ。だから病気回復のための寄付金はバカみたいに高いの。診察自体は無料が多いけど、完治させるなら金貨三百枚は必要って言われたわ。そんなのってある?」
普通に暮らせば三百年分の金額か……。
一概にどうとは言えないけど、俺から見たら高すぎとしか言えない。
大量の魔力を消費する繊細な作業だと考えても……やっぱり高いかな。
他に治療できる方法が無いから、そんな高い価格なんだろうなぁ。
「そういう事だから、治療なんてまず無理だ。薬で押さえているんだが、これも金貨十枚とかなり高価だ……。これだっていつまで続けられるか、分からねえ」
ルリがまた俺の事をチラチラと見てくる。
ええ、分かってますよ。
パルクの木の『木鱗』の事だよね。
放っておくと、ルリは木鱗の話をするだろう。
そうなる前に少しだけ話さねばなるまい!
俺はルリにだけ聞こえるくらいの小声で話す。
「言いたい事は分かるけど、十年分だよ、十年分!」
ルリも同じ様に小声で返してくる。
「……でも、ウォルフさんとキリリさんは困っています。レノさんも苦しいと思います」
「でもさ、十年……」
「……だめですか?」
あからさまに悲しそうな表情をするルリ。
ルリが助けたいのは分かるんだけど、この木鱗だけで十年分……。
俺が悩むのはおかしい事なんだろうか。
……巫女か。
人の為に、世界の為にって自分の身さえも捧げてしまう。
そんな生き方は俺にはできない。だけど……。
レノが苦しんでいる……というのも聞いてしまった。
これで拒否したら、完全に俺が悪者になるじゃないか。
そうか、選択肢なんて最初からなかったんだ。あはは……。
「分かった……いいよ。だけど、それはルリの物だ。俺は関係ない。いいね?」
「……え? これはカイトの……」
「ルリの持ち物だから俺は知らないし、そんなのただの木の皮だし」
自分とは関係ないものだと思わないと、今にも叫びそうになる。
心の中では、「うわああああ!!金貨十枚!十年分がああ!!」と嵐のように渦巻いていて、感謝の言葉すら素直に受け取れないだろう。
誰もいなかったら、悲鳴を上げて叫びたい気分だ。
「……分かりました。カイト……ありがとうございます」
「おい、何をコソコソ話してるんだよ。またルリに変な事言ってるんじゃないだろうな」
変な事どころか、ウォルフ達に良い事なんだけどね。
あれは俺のじゃない。アレは俺のじゃない。アレはオレのジャナイ。
考えてはいけない。よし、何も考えないことにした。
「違います。木鱗を持っているのをカイトが教えてくれたのです」
ルリが腰の皮のケースから木鱗を出すと、ウォルフに渡した。
ウォルフは「うーん」と唸りながら角度を色々変えて見ているけど、キリリが横から奪い取ってそれを見る。
「ほら、貸しなさい! ウォルフが見たってただの木鱗くらいしか分からないでしょう! これ、パッと見ただけでも相当魔力が濃いのが分かるわ! こんな木鱗があるなんて信じられないわ」
「へぇー、そうなのか。木鱗なのは分かるんだが、魔力が濃いとどうなるんだ?」
「これだけ濃いなら、四回くらい使えそうね」
「なんだよ、これって使い切りじゃなかったのか」
「普通の木鱗の魔力だと薬を一つ精製するだけでも、かなり大変な作業なのよ。これだけ濃密なら楽に作れそうね」
キリリが木鱗を返そうとすると、ルリは言う。
「これは、レノさんに使ってあげてください。とても弱っているのでしたら尚更使ってあげないと大変な事になりますよ」
「でも、さす……」
「もういいから、ウォルフは黙ってて」
「お、おう……」
ちょっとキレ気味なキリリの迫力にウォルフはおとなしくなる。
ウォルフは尻に敷かれるタイプだな、これは。
「ありがたく頂戴するわ。命と木鱗……この二つの恩は必ずどこかで返すから。ルリ……本当にありがとう。カイトあんたもね」
キリリが深く頭を下げると、ウォルフも続いて下げる。
俺はついでな感じだけど、言ってしまえばウォルフが気づくからか。
キリリはよく見ているな……ウォルフがあんな感じになるのも納得だ。
何か感謝されてばかりな気もするけど……ルリが積極的に協力しようとしなかったら今みたいな状況は無かったんだよね……。
ああ、俺の愛しい木鱗ちゃん。さようなら……。
さらば木鱗よ!
未練タラタラなおっさんであった。
病に倒れた作中の神様が「評価をするのじゃ……」と
吐血していて大変なので、面白かったら評価をお願いします。




