二十八話 魔術使いは戦士によく狙われていました
「ルリ、体調は大丈夫?」
「……はい。何ともありません。それよりも、体調はいいくらいです。とても不思議です」
良かった。何とも無いようだった。
あんな熱出して、倒れられたら何があってもおかしくない状態だったからね。
「それよりさ、ちょっと不思議な事があってさ」
俺はルリが熱を出した時に、魔眼で原因を探った事を伝えた。
話ながらルリを視る。
以前とは明らかに魔力の濃さが違う。
より一層濃密になって安定している。
きっと、加護の影響もあると思うんだけど……フォーレリアの記憶を引き継いだからなのだろうか。
「……フォーレリアの記憶を見ていたのですね。何だか少し恥ずかしいです。母様にお会いしたというのは驚きました。そう……お会いしたのですね」
「そこでフォーレリアの魂を見たんだよ」
「……はい。母様の言っていた事は本当です。わたしは母様の提案を蹴って、魔法をお借りしたのです。本来であれば、わたしは存在しないはずだったのです。それでも、母様はわたしに再び命を授けて下さいました。わたしは母様に感謝しています」
ルリが神様を盲信的に慕っているのは、そういう事だったのか。あの記憶の中でフォーレリアは魔法を借りた。存在の全てをかけて封印するという選択をしたんだ。本来であれば消えていても、おかしくなかった。
「カイトにも感謝しています……おそらくカイトが母様を納得させたものだと思っていますけど」
「あ、ああ……思わず言ったんだよね……『スキルなんて無くていい』って。でもさ、それは俺が強く……」
「……母様はカイトだったから、わたしをスキルの代わりとして護衛に付けたのです。私は母様のためにも、カイトを必ず守ります!」
何だかルリが急に使命感を得たように息巻いている。
死ななければいいだけだから、そこまで頑張らなくてもいいんだけどね。
神様からもらった、この装備のおかげでウォルフに殴られても何とかなっているし。
自分でも防御するように魔力は集中させているけど。
「あーあ……俺がちょっとでも強ければなぁ……はぁっ……」
ルリが驚いたように、俺の事をじーーっと見ている。
何だか知らないけど、じーーっと見るのをやめない。
「あ、あの……ルリ、どうかした?」
「……どうかしたのはこちらの台詞です。わたしはカイトのこと、強いと思っています。それは、初めてカイトに会った時にも言いました。守る必要があるのか、分かりませんでした。それは……今も変わりませんが、母様の命なので必ずお守りします」
「いやいやいや、待ってよ。本当に何度も死にかけたし、村人でも倒せるくらいのグレイウルフにでさえビビって逃げ出したくらいなんだよ?」
ルリは俺の事をじっと見つめながら、考えているようだ。
「……初めは、カイトの勘違いなのかと思いました。今、改めて聞いてみると……それは変異種かもしれませんね。グレイウルフが殺気はあり得ないと思ったのですけど、変異種であれば納得できます」
「え、魔物に変異種なんてあるんだ。何が違うの?」
「……カイトが最初に話した時、皆がそんな事あるはずがないと言いましたよね。それくらい違うのです。グレイウルフとはまったく異なる種と見ないといけません」
「じゃあ、容姿はグレイウルフでも中身は別の魔物ってこと?」
「……はい。母様も把握し得なかった、新しい魔物という事になります。それに変異種は全て強さが上位の位置にあります。……そうですね。最低でもBランクレベルの強さという事になります」
「そ、そんな魔物にいきなり出会ってたってこと?」
「……よくご無事でしたね。本当に良かったと思います」
「そんな魔物が発生したら、村とか街とかまずいんじゃないの?」
「……はい。確実に被害に遭うのは村人です。母様からは変異種は見つけ次第、討伐するように言われています。……無理して倒さなくてもいいとは、おっしゃいましたけど」
「そ、それなら別に……」
「……カイトは……放っておいた方がいいと、そう言いたいのですね」
「変異種が強いなら、尚更に無理して倒しに行かなくても……冒険者ギルドの人が倒してくれると思うし……全部を助けるのは無理だよ」
「……全てを助ける事はできません。わたしもそこは理解しています。手の届く範囲でも……駄目でしょうか?」
「分かったよ。それじゃ、手の届く範囲は任せるけど……アレもコレもっていうのは無しにしてほしい。どれも助けようとして、何も助けられないのは俺だって嫌だからね」
「……分かりました。カイトの言うように、何も助けられない結果になるのは嫌ですから」
あまり余計な事に首を突っ込んで欲しくないんだけど……色々見てしまった今では、たぶん無理なんだろうなと半分あきらめている。
俺だって助ける事を否定している訳じゃないんだ。ただ、関わりもない人までどうしてそこまでして助けようとするのか。それが分からないでいた。
「……カイト、少し魔眼で視てもらっていいですか?」
ルリが近くにあった手に乗るくらいの石を持ってきたので、魔眼で視る。
石は普通のもの……手は魔力が集まっているのが分かる。
「この石は、普通に握っては硬くて手のほうが痛くなります。ですが、魔力を込めるとこうなります」
パキッと聞こえると、軽く握った感じに見えたのに石が粉々に砕けている。
魔眼で視えたのは握る一瞬だけ魔力が濃くなっていた。
「一瞬だけ魔力が濃くなったように見えたけど……そんな簡単に粉々になるんだ」
「これは魔力操作によって、個々の部位を強化する方法です。ただし、これには問題があります。循環魔力を正しく制御できるくらいの繊細な操作ができないと使えません。ですので、普通は身体強化の魔術を使うのです」
「今は魔術のほうはダメそうだけど……魔力操作のほうなら、俺にも使えるってことなのかな?」
「……カイトは無意識に使えていると思います。もし使えないのであれば、ウォルフさんの拳を受けた時に……大変な事になっていたと思います」
「え!? あれって神様の装備品の恩恵とかじゃないの?」
「確かに身体能力や魔力は強化されますけど、アレを痛い程度に抑える防具は無いと思いますよ。あの赤い猛牛を……例え手加減された状態だったとしても倒したのです。自信を持っていいと思います」
「で、でもさ……実感……ないんだよなぁ」
「……知識によると、昔は戦場で魔術使いは戦士によく狙われていました。どうしてだと思いますか?」
「それは簡単な話だよ。魔術使いは接近戦に弱いからだよね」
「……いいえ、それは違います。魔術使いはそもそも、術の詠唱時間を考慮した戦いを想定した立ち回りをします。接近戦でも魔術使いは強かったのです。循環魔力によって魔力を回復しながら戦うため、基本的に戦士は近寄ることができないのです」
「それだと魔術使いって、近接も遠距離も強くて負けそうなイメージないよね」
「……そうですね。近接では壁や足止めの魔術で相手の動きを止めて、遠距離では攻撃魔術で相手を倒します。戦士は弓を使って牽制しながら近づいて、魔術使いを攻撃するのです」
「それでも近接でも魔術使いは強いんだよね?」
「……問題は循環魔力にあるので、長期戦を望めば間違いなく戦士は負けます。ですから、戦士は近接戦で攻撃を行い魔術使いの魔力を削っていくのです」
「攻撃しても、さっきの魔力操作で受け止められて終わりじゃないの?」
「……そこは、そうでもないのです。近接の攻撃を受け止めるという事は、大量の魔力を使用することに繋がります。戦士は魔術使いの魔力を、どれだけ多く削り取るかで勝負が決まるのです。仮にウォルフさんのあの攻撃を受け止めたら、普通は魔力切れで倒れてしまいます」
「つまり、より強力な攻撃を受けると、より沢山の魔力を消費するから魔力切れになるってことだよね。うーーん……特に魔力を使った感がないんだよなぁ……」
「……それはカイトが循環魔力によって常に魔力を回復しているからなのではないでしょうか」
「循環魔力は使っているけど、魔力を使ったなーって思ったのは縦穴にハマっていた時くらいなんだよね。魔眼でも、そこまで魔力使ったような感じがしないんだよなぁ……」
「……今は使われなくなりつつある循環魔力……それをカイトはあまり意識せずにやっていますよね。おそらく実感がないのはそのためです。かつてのあるべき魔術使いの姿が今のカイトなのだと思うのです」
「まあ、魔術はライトボールがチョロっと出るくらいなんだけどね」
「……それは……いずれ使えると思います。カイトは循環魔力が使えるほどの高度な魔力操作を扱えているのです。使えないはずがありません……わたしも頑張って教えますので少しずつ進めるようにいきましょう」
ルリが俺の両手を握って励ますように上下に振っているんだけど、魔術に関しては本当に少しずつでもいいと思っている。一応は、ライトボールという光の魔術がほんの少しでも発現しているんだから、本当に俺の覚えが悪いだけなんだろう。
そう思っていると、ハースさんがやってきた。
「お取込み中、すみません。私たちのほうはそろそろ睡眠をとろうと思います。荷物も少し減って狭いですけど、眠れる場所ができたので荷馬車で休むことにします。火の番はお任せしてもいいですか?」
「大丈夫ですよ。ハースさん達はお休みになってください。俺はまだ眠くないので起きていますよ」
「……わたしもカイトと同じで起きていますので、ゆっくりおやすみください」
「それでは、お任せしますね。朝になったらお呼びしますね」
ハースさんが荷馬車のほうへ戻って行った。
ルリが焚火に薪をくべると、遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。
異世界での初めての夜。
それはとても静かで、いつもより深い暗闇が辺りを包み込んでいた。




