―後編―
「え……、あれ? 手がある?」
俺の全てが燃え尽きて消えていた。
だけど、気が付けば何事もなかったかのように普通に立っていた。
両手を握り、ゆっくりと開いてみる。
……感覚もあるし、何の支障もなく動く。何事もなかったかのように。
「何を聞いておったのじゃ? 死なぬ、と言ったであろうに」
「ああ! 死なぬってそういう事なのか」
俺は五体満足を確認するために、腕を曲げたり飛び跳ねたりするけど何ともない。
これは神様の魔法が凄いとか簡単な話じゃない。
冷静に考えれば蘇生は、死んだ者が生き返る魔法だよね。
細胞レベルで焼失したはずの肉体が完全に再生しているよ。
「よし、分かったなら次じゃ! 二つ、万雷!」
「まったく分かりません! もう無理です! 受けられません!!」
全力で逃げようとするが、腹の底から響き渡る重低音の雷鳴に足が止まった。音の振動だけで全身に恐怖が沸き上がってきて、逃げようとしていた思考が止まる。笑ってしまうかもしれないが、音で足を止められた。
足がとにかく動かないのだ。
いや、足ではなく身体が震えていて動けなかった。
「よいか、本当に特別なのじゃぞ? 本当にな、特別じゃ」
「こんな特別いやだぁぁぁ!」
何が特別なのかと反発心で、何とか足が動いた瞬間に止まった。
小さな音がドンと響いた瞬間に足が動かなくなった。
両足に拳の大きさくらいの穴が開いていた。
「痛くなかろう? そんなに喜ばずともよいぞ」
「やめっ……」
痛みすら感じていないのは狙ってやってのことだったのか。
そして向けられている指が、中指が上がる。
―――ドドドドドドドドォォォォーーーン!!!
轟音と共に耳が聞こえなくなり、目の前が真っ白になった。
一瞬にして全身を焼かれた時と同じような感覚だった。
身体が痙攣するまえにボロボロと全身が崩れていった。
立っているはずなのに視点だけがゆっくりと床に落ちていくのが分かる。
視界が徐々に削られて、点だけしか見えなくなる瞬間に戻った。
戻った……そう、普通に自分が立っていた。
「てくれええええ!! ってあれ?」
何も分からなかったけど、たぶん雷に打たれたのだろう。
確かに自分が消えていくのが分かったけど、元通りになっている。
万雷を受けたのに受けた気がしない……何だか気味が悪い。
「小僧は学習しないのう? 三つ、氷瀑!」
もはや言葉すらない、問答無用で薬指が上がる。
どこからか、シューっと空気が漏れるような音が自分自身から聞こえた瞬間に、内側から爆ぜるように冷気と共に氷柱が飛び出した。
身体中を貫かれるような凍てつく冷気が腹から全身を伝い、連鎖して氷柱が飛び出ていく。まるでサボテンかのような氷柱という名の針が内側から貫いていった。
氷に覆われた視界が歪む。身に受けた内容は分かっている……その後、思考が完全に停止した。氷の世界では全ての機能が停止する。
「では、最期じゃ! 四つ、業風!」
神様の声で意識だけが戻った。
これから起こる事を見送ることしかできない。
無情にも小指が上がった。
唐突に目の前に幾つかの竜巻が発生した。
しかもよく見れば白い刃のような欠片も一緒に見える。
冗談じゃないぞ、そんなの受けたら細切れどころじゃすまないぞ!
呻くこともできない。まったく身体がいうことを聞かない。
これはまずい……次第に竜巻の数が多くなってきているし、赤色とか変な竜巻まで発生していて、当たったら即死余裕です的な嫌な予感しかしない。
氷がなくても、最初から逃げ道は無いとばかりに全方位からの数えきれない竜巻に囲まれて、赤い竜巻が俺を覆う氷に触れた瞬間に世界が割れた。
視界が半分になって、さらに細かく割れて竜巻に巻き込まれて粉々に砕け散った。視界がグルグル回って、現状を把握できないくらいに飛ばされている。
終わった……それだけしか思えなかった。
これじゃ、死なないも何もない。俺が完全に粉々になって消えていく。
これが本当の終わりなんだろうか……。
ゆっくりと意識が遠ざかっていく。
「はっ!」
俺は立っていた。
目の前にはあの神様がいた。
最初から悪い夢だったのだろうかと思うくらい出会った時と同じだった。
「これで小僧はこの世界の住人となった。もう何を言おうが戻ることはできぬのじゃ。苦情も受けぬぞ、良いな?」
「あの……色々言いたいことはあるけど、痛くはなかったのでいいです。死んだけど」
もう何を言った所で、どうにもならないのが死ぬほど理解できたので言わないことにした。だって、普通に死んだからね、四回も。さすがに理解しました。
「さて、小僧はこの世界を選択したのじゃ。ならば、我もスキルを与えねば筋が通らぬの。……さて、どうしたものか」
「でも、スキルは一年後なんですよね」
「分かっておる。しかし、今すぐは無理というのは変わらぬ。で、あればじゃ、やはりそれ相応でないとな」
神様が台座まで歩いていくと、手で撫でるように埃を払っていた。
俺も手伝おうと同じように埃を払う。
何となくだけど、寂しそうに見えたから勝手に身体が動いていた。
「その台座は何に使われていたんですかね?」
「これは昔、荒れ狂う海をなだめるために神に供物を捧げていた台座よ。もはや誰も覚えておらぬだろうし、忘れ去られておるのじゃ」
少し自虐的な笑みを浮かべて神様は笑っていた。
その笑いもすぐになくなり、淡々と語り出した。
「身勝手なものよ。困った時だけ救いを求め、助けてやれば忘れ去られてしまう。こうして幾つかの台座は放置され続け、いずれ記憶から完全に消えてしまってこのようになるんじゃろうな」
「魔術とは便利なものじゃ。それ自体が奇跡の業とみてよいじゃろう。小僧よ、人は何故神様に祈りや願いを捧げると思う?」
あれ、神様は魔法使っていたよな。魔術って何だ。
似たようなものと考えていいのかな。
「それは……日々の感謝からするものだけど、災害や不運が起こらないようにって事ですかね」
「ま、小僧に問う内容ではないが概ねそんな感じじゃ。比率から考えれば圧倒的に救いを求める声のほうが大きい。では、どうして救いを求めると思う?」
「そりゃ、それが自分の力でどうにもならないからですよね」
「ならば、人が奇跡の業を持てばどうなると思う?」
「あっ……、でも、それだと魔術ってど……」
「そういうことじゃ。これは過去の遺産という訳じゃな」
神様に遮られて言えなかったけど、だとしたらどうして魔術が使えるようになったのかって事になる。話からすると、今は魔術を扱えているって考えられるな。
俺が死んだ原因になった攻撃は「魔法」だと言っていた。あんなバカげた威力とデタラメな再生、魔法以外の何物でもないだろう。
そう考えると人が使うものは、魔術って事でいいのだろうか。
神様が魔法で人が魔術……何か違う気もするけど、大体そんな感じかのかな。
「さて、小僧は死にたくないと。希望はそうであったな?」
「そうですね。死にたくないです」
「よかろう。我からはスキルを与える事ができぬからな。これを受け取るがよい」
台座をパンと叩くと、表面が水のようになった。
神様が小さな指で台座を指す。
中を見ろってことでいいのかな。
近づいて中を見てみると、人が……いた。
しかも女の子みたいだけど、白の薄いネグリジェを着ているけど完全に透けている。全裸と変わらない。これってまさか……。
「ひっ……、人殺し!?」
「そういうボケはいらぬから、早う受け取るのじゃ」
「そんな、ひどくないですか」
見れば、女の子が少しずつ沈んでいく。
台座の底の面に落ちると、止まらずに更に沈み込んだ。
ちょっと、これマズくないか。
底なし沼みたいに女の子の身体が沈んでいくぞ。
「よいのか? そのまま沈むと、渡すことができぬが」
「それを早く言ってくださいよ!」
さっと手を入れると中の水が冷たい。
とても冷えていて、あまり長時間入れていると身震いしそうだ。
「冷たっ! 何でこんな冷たいんですか」
急いで女の子を引き上げたけど、まったく息がない。
沈まないように、左腕を背中に通して支える。
まさか、俺が引っ張るの遅くて息が止まった?
いや、そもそも口から空気すら出ていなかったはずだ。
「先に言っておくが、死んではおらん。まあ生きてもおらんがな」
生きていないって、確かに口元は閉じたままだった。
顔を見れば透き通るような白い肌。
髪はほとんど黒色なのにどこか青みがかっていて肩口くらいまで綺麗に整っている。
見た目は少女といっていい外見だ。
年齢はいくつなんだろう。十三、四くらいだろうか。
まてよ。水がこんなに冷たい。
女の子は水の中に最初からいたし、生きていないってことは人形か。
人形にしては、背中の感触が妙に人肌っぽいけど。
何にしても、突然な事で理解が追いつかない。
別に見るつもりはなかったけど、普通に大きめな胸が目に付いた。
細いウェストに程よい太さの足まで、目が勝手に色々見てしまった。
まあ、人形だし問題ないか。妙に生身感あるけど。
「これ人形……ですよね? どうすればいいんですか」
「人形ではない。生きてはおらぬとは言ったがの。その娘に魂を入れねばならぬから、これを心臓の辺りに入れるのじゃ」
いつのまにか台座から少し離れた所に神様はいた。
魔力を片手に、またこっちに投げてきた。
普通に受け取ったけど、どういうことなんだろう。
「人形じゃない!? でも、生きていないって」
「人の器と言えば分かるかの。さすがに、転生させるのは手間がかかるからの」
「でも、器を用意するのは簡単という事なんですか」
「それも簡単な事ではない……のじゃが、いいからさっさと魔力を入れるのじゃ!」
手にした魔力は……さっきのキャッチボールしていた時より、とても強い生命力を感じる。じっくり視てもこの魔力が異常なのが分かる。
こんなにもただ暖かく、こんなにも命の波動を感じるのだから。
「入れますね……っと、どうかな」
人の器と言ってた女の子の身体の心臓部に、慎重に魔力を持っていった。
押し込むまでもなく、すっと魔力が勝手に身体の中に吸い込まれていく。
―――ドクン!!
台座の中の水が、少女を中心に波紋ができる。
胸が上下に、少しずつだけどしっかり呼吸をしていた。
「そうじゃ、小僧の名を聞いておらなんだな。どうする、この世界での名は」
名前か。山本海人だからカイト・ヤマモト……何か異世界感ぶち壊しだ。
それならカイトだけでいいか。
「えっと、名前はカイトで」
俺が名前を答えた時、台座の中の少女の目が薄く開いた。
しっかりと息をしているようだ。
あのままだったらどうしようかと思ったけど杞憂のようだった。
「……ん」
少女の口から声が漏れた。
その開かれた深い蒼みがかった瞳は、俺をじっと見続けていた。
問い:主人公、何回死んでしまったの?
答え:4回(死んだので)