十六話 それは一人の少女が海竜を鎮めたという話です
泣いていたのが嘘のように平静さを取り戻している。
ルリが泣く……それが、いつもの静かな様子からはまったく想像ができなかった。
感情が表に出てくれば、普通の女の子なんだと改めて認識する。
俺がライトボールの魔術が成功してから、ルリは初歩的な魔法を熱心に教えてくれた。その勢いで基本的な四属性のファイアボール、ウォーターボール、ウィンドスラッシュ、アースストーンを教わったけど、発現できたのはライトボールだけだった。
俺はライトボールしか成功していない。
当然、ルリは少し悲しそうな顔をする。
変に一つ成功してしまったのがいけなかった。
気まずい雰囲気を払う様に俺は言う。
「そんなすぐに魔術を使えると思っていないし、ライトボールがちょっと使えただけでも大成功だよ。ルリ先生の教え方が良かったからね」
「……そう……なのですか?」
「そうだって。だから次は魔法の種類を教えてほしい。初歩的な部分は押さえておきたいから。ルリ先生、お願いします」
「……分かりました。では、初歩的な魔術は……」
何とか話の方向を変えると、ルリはテキパキと魔法の系統や種類を教えてくれた。
まったくどうしてこうなったんだ……って、俺が悪いんだよね。
ルリから聞いた初歩的な魔法だと、以下のような魔術があるみたいだ。
○……今も使われている。 X……今は使われていない。
初級
火系統 ○ファイアボール、○ファイアアロー、○ファイアランス
水系統 ○ウォーターボール、○ウォーターアロー、○ウォーターランス
風系統 ○ウィンドスラッシュ、Xウィンドアロー、Xウィンドランス
土系統 ○アースストーン、○アースブリッド、xアースドロップ
光系統 ○ライトボール、Xライトスパーク
初級上位
雷系統 Xショートサンダー ○サンダー
魔術の初級だけでも色々ある。
使われていない魔術があるなんて知らなかったな。
ルリの使っていたショートサンダーは威力は弱めとは言っていた。
それでもあの盗賊達は、白目をむいて倒れていた。
平然としていられる威力ではないのは確かなんだろう。
サンダー系は、ほぼ必中の命中精度があり、基本的にどの魔術の中でも上位にあたると言っていた。扱いが難しいため、下手をすると味方や自身にまで被弾しかねないので、同じ初級の中でも上位になるみたいだ。サンダーを覚えずに中級を覚えている魔術使いも多いみたいだね。
アース系は若干毛色が違うみたいで、アローの代わりに石つぶてのようなアースブリッド、ランスの代わりに巨大な石を落とすアースドロップと若干異なる。アロー系の命中重視やランス系の威力重視という部分では共通しているんだと思う。
キリリの使っていたアースメルトは中級の魔術で、広範囲に渡る影響を及ぼす魔術のようだ。中級が使えれば一人前らしくて、広範囲の魔術が多いそうだ。一人前と言われるだけあって中級ともなれば難易度がまた格段に違うんだって。上級になれば更に難易度が桁違いになり、最上級のものは全て同列になり唯一無二の魔術で世界でも数名しかいないという。
最上級の魔術なんて気軽に使えるものじゃないだろうし、威力だって想像もできないくら強力なものだというは聞かなくても分かるよ。さすがに神様ほどじゃないにしても近いんだろうなぁ。そんな限定的にしか使えない魔術より、使える場面の多い魔術のほうがいいかな。
中級以上は初級を覚えてからじゃないと使えないんだろうなぁ。一人前くらいには魔術を使えるようになりたい。せっかくの異世界なんだし、魔術を色々使ってみたいよね。
「……まずは初級の四属性を覚えてから、中級を覚えたいですね」
「そうだなぁ。失敗はしたけどライトボールが使えたから、いずれは火水風土の四属性を全部使えるように頑張るよ」
「……できます。カイトなら使えます。一緒に頑張りましょう!」
ルリが俺の手をギュッと握って励ましてくれる。
しっかりと教わっているはずなのに、ライトボールくらいしか使えていないダメな生徒を相手によくやっていると思うよ。
一つはちゃんと発現したんだ。他の魔術もコツをつかめば行けるはずだ。
「ライトボールは光の魔術なのに、一般的に使えるみたいだけど、あれは神官から習うのとは違うのかな」
「……ライトボールは光源として広く使われているため、魔術を使える人ならばほとんどが使えます。この世界の夜は非常に暗く、月明りしかないため光源としての魔術として、一般的に伝えられているようです。非常にわずかな少量の魔力でも使える簡単な魔術というのも、広まった要因の一つですね」
「どちらにしても、魔術を使える素質を持っていないと使えないってことだね」
「……残念ながら、そうなります。ただ、ライトボールは誰でも使えるくらい難易度が低いのです。それが使えないと他の魔術を使う事は難しいです。カイトはこの最低ラインの条件は満たしているので大丈夫です」
「最初の一歩はクリアできた感じか……先は長そうだなぁ」
「……慌てずにゆっくり進んでいきましょう。ハースさんがこちらにきています。食事ができたようですね」
ルリと一緒にハースさんに向かって移動すると、声をかけてくる。
「ルリさん、カイトさん。ようやくできましたよ。沢山量を作ったので食べてくださいね」
ハースさんの後について行くと、焚火の前でウォルフとキリリが座っていた。
奥さんが鍋をお玉のようなもので回していて、シチューのようないい匂いが漂っていた。
焚火の上に鍋が吊るせるようになっていたんだけどこれは……。
コの字型になるように、先端をクロスした木を両端を立てて、その先端に挟むように木の棒を横に乗せていた。地面に木がめり込んでいて安定しているのはウォルが突き刺したからなんだろうなってすぐに分かった。こういう時は力技って最高だねって思う。
ハースさんの奥さんが、器に薄い赤色のシチューを全員によそってくれていた。
全員がシチューと木のスプーンを受け取ると、ハースさんは言った。
「それではみなさん。少し時間はかかってしまいましたが、フォアベア肉野菜シチューをどうぞ頂いてください」
「ハースさん、フォアベアって……」
「こら、ウォルフ! いいから食べなさいって、出来立てなんだから」
赤いシチューの中に中くらいの肉がゴロゴロあって、ジャガイモとニンジン、ブロッコリーみたいなやつが入っていてうまそうだった。匂いはトマトっぽい風味でいいな。
まず第一声がウォルフ。続いてキリリ、俺、ルリで感想と言えば、美味いとしか言いようがない。口の中でとろけるようにほぐれていく肉とトマト風味の少し酸味のあるシチューが最高にかみ合っている。野菜のほうも、シチューの味が染みていて合っている。
「や、やっぱり、この肉は確かにフォアベアの肉だ。ハースさん……むぐっ」
「はいはい、うるさいのは黙ってて。本当、この肉フォアベアって煮込むとこんなにとろけるような感じなのね。とても美味しいです!」
ウォルフがまた余計な事を言うのを騙さらせるのに、ジャガイモっぽいやつをウォルフの口に詰め込んで黙らせていた。
「本当、このフォアベアって肉おいしいですね。こんな肉食べた事ないですよ!」
本当にこの肉は美味すぎる。美味しいけど……やっぱりお高いんですよねぇ。ウォルフの反応を見た限りだと。
「……わたしも、初めて食べますけど……お肉が特に美味しいです。……野菜のほうもとっても美味しいです」
「そうですか。それは良かったです。おかわりも沢山あるので、食べてください」
ウォルフはそれこそ小学生の子供みたいに夢中に食べていた。キリリもウォルフに注意することなく食べている。ルリも初めての肉のせいなのか夢中になって食べていた。当然、俺もこの世界での初めての飯だったから夢中に食べたよ。鍋の中身はあっという間に空になった。
「ハースさん、ごちそうさまでした。こんな、美味しいシチューが食べられると思ってなかったです」
シチューもさることながら、この肉は本当に美味しかったな。
「先ほども言いましたけど、助けてもらったお礼です。それとウォルフさんが気にしていたようなので言いますが、このフォアベアの肉は非常に高価な物なのですが……先ほどの盗賊の襲撃で、荷馬車が倒されたおかげで肉がとても傷んでいたのですよ。それでは町に戻った頃には捨てないといけません。だから、どうせならこの場で食べてしまおうと思ったのです」
「な、なるほど。確かにフォアベアの生肉は繊細と聞きますからね。俺は焼いたフォアベアしか食べた事ないですが、シチューにする発想がなかったです」
「美味しく食べていただけた。それが何よりです。後片付けもこちらでやっておきますので……そうですね……代わりに周囲の警戒だけお願いできますか?」
「えーっと、そう言われたらドンと任せてくださいよって事しか言えないじゃないですか」
「ははは。では、よろしくお願いしますね」
ウォルフは頭をかきながら返事をしていた。
キリリがほらみたことかという表情で少し笑っていた。
「先に言われちゃったねぇ。おかげで、あたしが言わずに済んだわ」
「いやぁ、気ぃ使わせちまったな」
今更だけどウォルフはあの鉄鎧を着ていなかった。どこにやったのかと思ったら、荷馬車のほうに二つ立てかけてあった。
「ウォルフってあの鎧二つあったの?」
俺は荷馬車のほうを指さすと、ウォルフは答えた。
「ああ、あれか。普通の鉄鎧だと俺の身体じゃ着込むことができないからな。あれは前と後ろ半分に分かれているのを留め金で鎧同士を繋ぎ合わせて使うんだよ」
「どうやって脱いだのかと不思議だったんだよね。そういうことか」
「おかげで留め金の隙間から短剣とかで刺されちまったんだけどな。普段なら盗賊ごとき寄せ付けさせねえんだがな」
「数が多かったからじゃないの? あんたにしては納得しないなんて珍しい」
「反省のために色々考えてんだよ。納得いかねえから、後からムカついてきてな」
「それじゃ、町に着いたら聞きにいかないとね?」
「ああ、そうなるな」
ウォルフとキリリの間だけで話がまとまったようだった。
誰に何を聞きに行くのか知らないけど、冒険者ってのも色々大変だね。
俺としてはもめ事なんかに巻き込まれるのは、遠慮したいところだ。
辺りは暗闇に包まれている。
都会にいた時とは比べ物にならないくらい暗い。
ライトボールで照らさないと何も見えなくなるな。
月明りだけでこの暗闇を見通せるほど明るいわけじゃない。
つまり、光源を確保できないと、身を隠せる場所にいないとグレイウルフとかに襲われたら、それこそまずい。ここは焚火のおかげでだいぶ明るいけど、ちょっと外れると真っ暗だ。
「さぁーてっと。ここか先は、俺らの仕事だからな。夜番は任せてくれていいぜ」
ハースさんが戻ってきて、ウォルに言った。
「それでは、あとはウォルフさん達にお任せいたします」
「任せてください。飯も頂いたので、元気になりましたよ」
「それはよかった。っと、そうでした。ルリさん少しいいでしょうか」
「……はい。何でしょうか?」
ハースさんがルリに話かけると、少しの間ルリの顔をじっと見ながら考えているようだった。
「ここに来る前にですね。とある魔術使いに会いまして……その時に本をお売りしたのです。その本の保存状態に気に入ったのか、この大陸での昔話をしていただいたのです」
「……はい。それがわたしに関係があるという話……でしょうか?」
ハースさんは困った顔をして答えた。
「いえ、そういう訳ではないのですけど。光の矢を撃ちましたよね。確かホーリーレイという魔術を」
「……はい」
「私は魔術に詳しくはありませんが、その魔術使いの話の中で『ホーリー』と言う単語が出てきたので、もしかしたら何かルリさんに関係があるのではと思ったのです」
「……ホーリーレイは……その、母様から伝え頂いた魔術ですのでホーリーとは少し違うとは思います」
「私もそう思ったのですが、ルリさんの使った魔術はかなり珍しい部類のものだと思います。実際、私も初めて見たくらいですから。それを見て聞いた話と似ていると思ったのです」
「……」
ルリには関係ない話だろうけど、魔術が似ているという話じゃないんだよね。
最後まで聞いてみないと判断できないか。
ルリが黙り込んでいる。何か心当たりでもあるのかな?
「その魔術使いから聞いた話というのが、このガルン大陸の南部……つまり私たちが今いる場所がフォーレリア地方と呼ばれるようになった話です」
「……その話はどういう……」
「それは一人の少女が海竜を鎮めたという話です」
その時、驚いたかのようにルリの瞳は大きく見開かれていた。
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