十四話 お聞きしたい事があります
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少し説明が多いです。
ルリ視点からは、ゆっくり読んでもらえれば。
ハースさん達が確認できて、声は届かないくらいの距離でルリは足を止めた。少し薄暗くてルリの顔がはっきりとは見えない。
「……この辺りで良いでしょうか」
「ここで話をするのはいいけど、暗すぎない?」
ルリの指から小さい光球が出ると淡い光が灯った。
強すぎない優しい光が俺とルリを包むように広がった。
これなら光が遠くまで届きすぎて、余計な注目を集めないですみそうだ。
「ちょうどいい明るさになったね」
小さな光球はルリの頭上で停止したまま光っていた。
明るくなって落ち着いた。
俺は座ると、ルリは正座をしてこっちを見ている。
この落ち着いた雰囲気が独特に感じるんだよね。
あの神様と似ているんだ、真剣な時の雰囲気が。
「……これはライトボールです。周囲を光で照らす魔術ですけど使い方によっては目くらましにも使えます」
「山に向かって撃ったのはホーリーレイだっけ、あれは詠唱ありでこっちは無いんだね」
「……この世界では基本的に詠唱することで魔術が発動します。詠唱は、適切な魔力量を抽出して威力と命中精度を一定の水準に確保できるのです。……それに比べて無詠唱は発動までの時間が無い分、有利ですけど使用する魔力量にどうしても無駄が発生してしまいます。そして、魔力量が一定に達しない場合は不発になり、発動まで満たしていても、その後の工程を組み立てられなければ一瞬で消えたりします」
「完全に使う魔力と発動までの工程を把握していれば、無詠唱でも問題ないって事なんだよね」
「……その通りです。ですから、無詠唱で魔術を使う事は一般的ではありません。……ただ、使える人はとても高いレベルで魔術に対する深い知識と見識があることになります」
「明確なイメージが出来ていないと不安定な感じなのかな。逆に言えばイメージができていれば何とかなるのか」
「……例えばですけど……井戸から水を汲んで、足を踏み外しそうな細い橋を渡って一滴もこぼさずに桶に水を入れます。この一連の動作を目隠しをしたまま行うのは、とても難しいことです。これを一瞬で行うのが無詠唱です」
「な、なるほどね。そう言われると思ったよりも難しそうだ。やっぱりルリから魔術を教えてもらわないと使えそうにないなぁ」
「……感覚だけで魔術を使える人もいます。正確な理解が一番の近道ですけど、理の終点を把握してつなげることが大事です。わたしで良ければ、教えるのは構いませんけど……」
「ルリ先生、よろしくお願いします!」
頼む身だからなぁ。ルリに大したこともしていないのに厚かましく教えを乞うんだ。
やっぱり、これしかないだろう。
俺はウォルフを見習って豪快に土下座をした。
さすがに地面に頭をめり込ませるところまではできないけど。
「……カイト。……そんな事しなくても、教えますのでやめてください」
困ったような顔をしてルリは言う。
眉がちょっと眉間に寄ってるのがいつもと違った感じで新鮮だね。
「ありがとうございます。ルリ先生!」
「……あの、先生って付けなくてもいいですから」
「ルリ先生、教えて欲しい事があるんだけど」
「……もう、分かりました。……何でしょうか」
どうやらルリ先生を受け入れてくれたようだった。
というか、完全に諦めたような顔をしているけど。
俺は教えてもらうから、ルリ先生のほうがしっくりくるからいいよね。
「以前に話した魔術と魔法の違いについて教えてほしいな」
「……分かりました。……先ほどお話した内容ですけど、魔術は詠唱によって発現します。例え無詠唱であっても、発動させる魔術の名は思い浮かべる必要があります」
「無詠唱でも使う魔術の名がないと、何を発現させたいのか分からないからってことなのかな?」
「……その通りです。……魔術とは決められた名が引き金となり発動する現象です。そして魔法とは実現不可能な事象を、理の枠を超えて発現させる現象を指します」
「それって乱暴に言ってしまうと魔法は何でもできるってこと?」
「……はい。……何でもできる……つまりは創造するという工程が必要になります。魔法の発現は例え上位魔術が使えたとしても、その難易度は比較になりません。魔術とは決められた型を発動するものであって、魔法と同じなのは発現だけで内容はまったく異なるものです」
「そうなると、魔術はあらかじめ決められた型で魔法は自由な型ってことでいいのかな」
「……はい、そうなりますね。……知識によれば、その昔は皆が魔法を使えていたようです。ただ、魔法は自由度が高すぎて、扱う人の差を大きく付けすぎてしまったせいで徐々に使われなくなってしまったみたいです。誰でも決まった内容の魔法を発現させる……それが魔術となっています」
つまりは、魔法が難しすぎて一部の人達しか自在に操れずにいた。一部の人以外の多数の人達はその難易度に追いつく事ができずに困っていた所に、誰でも扱える魔術ができたという事か。
言われてみれば、確かに「ファイアボール」みたいな単語で発動する術があればみんなそっちを使うか。今だって魔術使える人と使えない人がいるとするなら、この先はどうなってしまうのだろうか。
異世界なのに魔法や魔術の類のものが無くなってしまうとしたら、そんなつまらないことはない。やっぱり、魔術は使えるようになりたい。いずれは魔法も使えるようになりたい。そうでないと異世界にいる意味がないと感じてしまう。
「……今、この世界で魔法を扱える人は本当に希少な存在です。魔術のその先の到達点である魔法。魔法という単語を知っている人すらあまりいないようです。魔法の代わりに固有魔術という単語まで出てきてしまうくらいですから」
「キリリが固有魔術って言ってたね。ホーリーレイは魔法って事になるの?」
「……それはわたしも不思議に思いました。……ホーリーレイは魔術なのですけど……系統が光の魔術だからなのでしょうか。光の魔術は、神を奉る神殿から習うとされています。主に回復魔法などがそうですけど……光の攻撃魔法は無くなったということでしょうか」
「どうなんだろう。少なくとも魔術に詳しそうなキリリが固有魔術って言ってるくらいなんだから、光の攻撃魔術は扱っていないのかもしれないね」
神殿で光の魔術を習うのに、光の攻撃魔術は知られていないのか。
ルリの言うように回復魔術を扱うから不要としているのかもしれない。
神官が攻撃魔術を扱うのはゲームならあったりするんだけどね。
それとルリを神官と言ってたのも気になる。
今までの話からすると、回復魔術を使ったからルリは神官という予想はしていたけど、そう捉えても間違いないような話し方だった。
あの時は、面倒になりそうだから、否定しなかったけど……ルリも分かっていて否定しなかったんだろうね。
ハースさんのほうを見ると忙しそうにしている。
奥さんや娘さんに指示していて野菜を切っていた。
まだ、しばらく時間がかかりそうな雰囲気だ。
ルリを見ると同じように確認していたようで、意を決したように話をしてきた。
「……少しお話したい事があります。その前に……カイトはお腹が空いたのですか? あちらを見ていたようなので、少し気になりました」
そろそろ本題がくるかなと思っていたけど、ルリが勘違いしてお腹が空いたのかと聞いてくれたからそれに乗っかるかな。別に話す事でもないだろうしいいかなと思っているんだけど……。
俺がハースさん達のほうを見たから、ルリが勘違いするのも分かる。
普通ならもうお腹が空いていてもおかしくないからだ。
お腹が空いているかと言えば、空いている。
ただ、今すぐにでも食べたいってほどじゃないだけで。
「あんまりお腹が空いてないんだよ」
「……あまり食べないほうなのですか?」
「いや、全然食べるけどね。こっちに来てから、そこまでお腹が空いたって感じないんだよね。どうしてなんだろう?」
ルリが俺の事をまたじーっと見てくる。
突然じーっと見てくるから、思わず視返してしまった。
おや、これは視ているのか。
ルリの瞳に少しだけ魔力が偏って集まっている。
「あの、ルリ? もしかして、ルリも魔眼持ってるの!?」
「……わたしは魔眼ではありません。知識にある魔眼にそって実践してみたのですけど……なるほど。あまりお腹が空かないという原因が分かりました」
「え!? 魔眼で視るだけで原因なんて分かるの?」
「……わたしも魔眼を真似て視て分かったのですけど、カイトのお腹あたりに回している魔力のせいですね。それは循環魔力といって、魔力を自在に操るための方法なのです」
「この魔力の球を回す事って、循環魔力っていうんだ」
「本来のやり方とは異なりますけど、カイトのお腹の中の魔力の球は十くらいですか……そんなに回せるものなのですか」
「どうしてって、これやってると……そう体調が良くなるし。確かにこれやってからあまりお腹が空かなくなった気がする」
「……循環魔力とは、本来は自身に流れている血液に魔力を乗せて全身に巡らせながら、身体の中で流れを作って回していく方法です。方法は人それぞれですけど、魔力を全身に循環させることを常に意識し続ける事ができればいいです。例えば、身体を中心に魔力の波紋を巡らせ、戻って波をまた巡らせる事を繰り返す方法があります。これはマナサーチと似ていますね。もう一つは常に円を描くように身体の中を回す方法ですね。こっちがカイトの循環魔力に似ていますね」
「俺のやつは円の循環魔力ってことか。これやると魔力の回復も早く感じるんだよね」
「……そうですね。……循環魔力を行う事で、外の魔力を取り込むので回復するのも早くなります。それに加えて循環している間は、魔力が身体に必要なものを補ってくれます。お腹が空かないというのは、循環魔力の副産物みたいなものですね」
つまり、身体の中の魔力を回しながら循環させる事で、外にある魔力を引っ張り込んでくれるから回復が早くなるのか。それに加えて循環している最中は、魔力が食事みたいな感じになるから、お腹が減りにくいと。
普段の魔力は重なり合うと反発するのに、循環させると引き合うとか変わった性質を持っていて面白い。
「だとすると循環魔力を常に行えば、お腹も空かないし、いいことしかないよね」
「……今、話した内容で考えるとそうなりますね。実際どうやるのかという話になると、付け加えるところがあります。循環魔力は一定の間隔で、魔力を身体中に巡らせなければなりません。これが意識しながら正しくできないと、魔力を巡らせたところで何にもなりません。実際に正しくできているかというのが把握しにくいため、あまり使われなくなっているみたいです」
「なるほど。成功も失敗も分からないと、せっかくの循環魔力をやろうって気になる人もいなくなるか。幸い俺は失敗とかすぐわかるんだよね。回すの失敗すると魔力の球が消えてしまうから分かりやすくていいんだ。一定間隔を空けながら回すのが、最初は大変だったよ」
「……カイトの循環魔力はちょっと独特過ぎますね。やってることは正しいと思うのですが……しなくてもいい、とっても難しい事をしているようにしか見えません。まず、魔力の球を作るという工程が普通の人には目に見えないので、真似をするのも難しいと思います。ただ、そのおかげで成功も失敗も分かるのでしたら、とてもいい方法だと思います」
「大変だったけど、頑張った甲斐があって良かったよ」
ルリが頷いた。
まだ俺を視ているみたいだけど、魔眼って真似できるものなんだね。
ルリの場合は、持っている知識に沿って真似している感じなのか。
「カイトを視ていましたけど……これは相当に独特の感覚なのですね。真似しようにも知っていないと無理だと思います。持っていないと知りようのない感覚なので、実際に真似することは無理ですね。わたしには、薄っすらとしか魔力が見えないです」
「ルリは薄っすら見えるみたいだけど……こうやって視る深度を変えてみると、ルリが真っ黒にしか見えない」
ルリの魔力自体はとても濃度が高いというのかな。
他とはちょっと濃さが違う。
神様と比べたら全然だけど、それでも視てるだけで強いと分かる。
深く視るほどに、何も分からなくなるくらい真っ暗になる。
「うわ、何も見えなくなった。何か目隠しみたいなことやってる?」
「……わたしは何もしていません。真似た魔眼では実際に使ったとしても、これでは他に何もできなくなりますね。……魔力の消費量も大きいです。自在に切り替えるにしても大変です。すぐに扱う事はできませんね」
「あ、あれ? 何も見えないんだけど」
「……あの、カイトは何をしているのですか。わたしが視ても、目に物凄く魔力が偏っています」
「どうすればいいんだ。本当に何も見えないし、何だか息苦しい」
これはまずいぞ。本当に真っ暗で、ルリが目の前にいるのは分かっているのに存在を感じない。何だこれ、視過ぎたせいで焦点の調節ができなくなっているのか。
このまま真っ暗なままで、本当に見えなくなったらどうなるんだ。
嫌な考えばかりが浮かんできて、焦りで混乱してくる。
息苦しさで喉をかきむしりたくなってくる。
その時だった。
顔に柔らかいものが押し付けられて、頭を抱え込むような感触が俺の心を少し落ち着かせた。
□□□□ ルリ視点
カイトが魔眼を使って、わたしを視たせいで焦点が戻せずに混乱しているようでした。魔眼とは長い時間をかけて、その機能を理解して自分の中に消化していくものなのに、急に深く視たりすれば元に戻すのに時間がかかります。
魔眼を後天的に得たのであれば尚更です。
母様はあまりお気になさっていないようでしたけど……わたしは気になりました。
下手をすれば魔眼に囚われて自滅する事もあるそうです。
わたしはカイトを落ち着かせる為に、膝立ちしたままその頭を胸に寄せて抱え込みました。
「……落ち着いてください、カイト。……ゆっくり深呼吸しながら少しずつ焦点を戻してください。慣れないうちはすぐに戻ったりしないと思うので」
「わ、分かった。……すぅぅ、はぁぁーーっ!」
少し息をしにくいかもしれませんけど、カイトが深呼吸をしている間に聞いておきましょう。
「……お聞きしたい事があります。……盗賊がキリリさんを人質に取った時……助けてくれたのは……カイトですよね?」
とても分かりやすい反応をカイトはしていました。あんなにも何度も深呼吸していたのに、止まっています。わたしの考えは間違えていませんよね。
「……どうして答えてくれないのですか?」
「お、俺が到着した時にはもう終わっていたんだよ。ルリは二十人近い相手に一人で、あっさり勝ったんだから凄い事だよ」
カイトが声をかけてくれた時は、残りの盗賊を全員倒した時でした。それなのに、助けられた後にあっさり勝ったという事実を知っている。それは……。
「……わたしはハースさん達に感謝されました。でも、カイトは感謝されていません」
「俺は何もしていないからね。気にしなくていいよ」
カイトは何もしていないと言います。
わたしは一人で助けに行っても何とかなると言いました。
カイトはそれは危険だと忠告をしてくれました。
わたしは忠告を受けました。
助けに行って逆に盗賊に捕まりそうになりました。
それなのに、カイトは助けてくれました。
「……遠くの山にいた監視している人を撃ちました。当てることができたのはカイトが狙いを定めてくれたからです。……わたしは感謝されました。でも、カイトは感謝されていません」
「それは、俺は狙っただけで何もしていないし……」
カイトは何もしていないと言います。
わたしが監視している人を撃つ時もカイトは手伝ってくれました。
これまでのどれもが、わたしが一人でしていたら失敗していました。
カイトはあくまで何もしていないと、言いたいのでしょう。
これは全部カイトに助けてもらったから、上手くいったものです。
わたしだけが感謝されているのに、カイトは平然としています。
カイトは何も言わずに平然としているのです。
「……本当はっ、本当は……何度もカイトが助けてくれたから……そう言いたかったのです」
自然と声が詰まって、震えてしまいました。
きちんと話がしたいのに、声が詰まってしまいます。
目の前がぼやけて見えています、どうしてでしょうか。
「……でもっ……でも、カイトが何も言わないのにっ……わたしが言ったらっ……知識にはっ」
言葉がうまく出てきません。
カイトに伝えたいのに、声が詰まって言えませんでした。
どうしてこんなにも、うまく伝えられないのか分かりませんでした。
その原因に気が付いたのは、カイトの頭を抱えた腕に透明な雫が落ちていたからでした。 わたしは泣いていたようです。
情けなさと申し訳なさが一杯になって、こみ上げてきたものでした。
わたしの身勝手な行動で、カイトを煩わせてしまいました。
カイトは何も言いません。
きっと、自分勝手な奴なのだと呆れてしまったのだと思います。
カイトが助けてくれたのに、何も言ってくれなかった事も納得できる話でした。わたしは、カイトを助けられる強さを持っているからと、母様から頂いたその強さに驕っていたのでしょう。
「……こんな自分勝手なっ……必要ありませんよね。本当の事なんてっ……いいたくなっ……ですよね……」
話すほど言葉が詰まってしまいます。
考えもぐちゃぐちゃになって、まとまりません。
わたしが愚かだからなのでしょうか。
どんどん悪い事ばかりが頭に浮かんできて、とても悲しい気持ちになりました。
カイトの頭を抱えていた腕がゆっくりと解かれました。
こんな風に抱えてられているのも嫌になったのでしょう。
涙が止まりません。嫌われるということも、こんなに悲しい事なのですね。
わたしは考えのまとまらないまま何か言おうと思ったのですが、今度はカイトの胸に抱き寄せられるようにして視界が真っ暗になりました。