十話 申し訳ありませんでした
どこの誰とも知らない男の人に舐めるように見られています。
とても不快な気分になりました。
カイトに見られてもこんな気持ちにはなりません。この違いは何でしょうか。
不快です、ただただ不快です。
それに、人質にされている女の子の存在です。
背後から抱えられるようにして、首元に短剣を突きつけられています。
下手に魔術を当てると短剣が刺さってしまいます。
「おい、魔術使いの女! いつまでもギャーギャー騒いでるんじゃねえぞ!」
「くっ……。たかだか盗賊のくせに」
「そのたかだか盗賊に捕まる間抜けはどこのどいつだ?」
「うるさい! そういえば、ウォルフがいない! ねえ、ウォルフはどこ!」
「あ? ウォルフ? あのデカブツの事いってんのか?」
「そうよ! どこやったのよ!」
「俺の子分を二十人も殺した野郎は、そこでオネンネしてるぜ」
女の子の視線が鉄の鎧を着た男の人に向かうと、また一段と暴れだしました。時間を稼いでくれたおかげで、何とか一度くらいなら魔術が使えるようになりましたが、これでは狙いが定まりません。
「ねえ、ウォルフ! そんな場所で寝るな! そんなので死ぬほどヤワじゃないでしょ! ねえ、起きて!」
魔術使いの女の子は、自分が傷つくのも構わずに暴れています。首元に突きつけている短剣が少し当たっているようで首から血が流れていました。
ウォルフと呼ばれている人は、少し前までは指が動いていました。まさかと思いますが、生きているのでしょうか。そうだとすると、早くこの状況をどうにかしないといけません。
「おい、二人で押さえておけ! 女は殺すんじゃねえぞ!」
「こんなに暴れてちゃあ、無理っす!」
暴れている女の人はナイフを強く押し付けられて、動かなくなりました。
さすがにあの状態では、動けば完全に首筋が斬れてしまいます。
「さて、そこのよく見たらとんでもねえ上玉じゃねえかよ。さっさと脱げ!」
「……脱げば、いいのですか」
「武器を先に外してから脱げよ」
嫌な視線が強くなってきました。
とても気持ちが悪いです。
母様から頂いた武器をこんな事で外さなければならないとは思いませんでした。
わたしが腰に手をかけたその時、短剣を持っている男の人の動きが止まりました。右肩に、小さな穴が空いたのです。曲げている肘にも小さな穴が空いて、短剣が地面に落ちました。
「へ?」
ナイフを持っていた男の人は、何が起きたか分かっていないようです。
考えるよりも早く、わたしは全速力で魔術使いの女の子へ向かって走ります。
呆然としている盗賊の人を蹴り飛ばしました。
木にぶつかってそのまま倒れるのを横目に、残りの二人も後ろの木に目がけて蹴っ飛ばしました。
盗賊の人が木に寄り掛かるように、気を失っています。
残りは、お頭さんだけですね。
「……最後に言いたい事は、ありますか?」
お頭さんは慌てて後ずさりしますけど、もう無理ですね。
その目が……とても、とても……本当にとても不快です。
「まっ……」
その声を聞いた時、
―――ショートサンダー
反射的に無詠唱で術を使っていました。
身体をビクッとさせて白目をむいて倒れました。
「……いえ、やはり聞きたくありません」
もう見られるのも嫌でしたので、気絶してもらいました。
少し意地が悪かったでしょうか。
でも、あんなに邪な視線でわたしを見るのです。
見ていいのはカイトだけです。仕方がありません。
「ねえ、ウォルフ! 起きてよ! ねえってば!」
「うっ……るせぇ。おきち……まった……」
ウォルフさんは相当顔色が悪いです。
あれだけ血を流していて……このままでは失血死してしまいます。
「刺されちまって……血がねぇ。わりぃ……キリリ」
キリリと呼ばれた魔術使いは泣いてしまいました。
魔力は十分あります。
とにかく流した血を補充しないといけません。
集中することで回復に重点をおく部分を明確にします。
ウォルフさんの失った血液を回復するためにリカバーの魔術を使いました。
また一気に魔力を使い過ぎないように調節しながら回復するため、効果を発揮するためには少し時間がかかりそうです。
「え……まさか回復の魔術? お願いだから、ウォルフを助けてよ!」
「……今、リカバーで失った血液を回復しています。……ウォルフさんの気を持たせてください。目を閉じて寝てしまえば、生きて帰ることはできません」
カイトは失った血液を回復できました。元々の回復力が高かったのもあるかと思いますけど、血の回復は自己の自然治癒力を加速させて回復させます。そのため、本人の意識が途切れてしまうと、低下してしまいウォルフさんの今の状態の場合では死に直結してしまいます。何とか意識を保ってもらいたいのですが……。
「ほら、ウォルフ! 回復しているって!」
「……だ…めだ。なんだ……すげぇ……眠い……」
ウォルフさんの意識が保ちそうにありません。これでは死んでしまいます。
助けに来たのに、助ける事ができないのは嫌です。
後ろから足音が聞こえました。
そう、カイトが来てくれたのです。
□□□□ おっさん(カイト)視点
俺だけ何でおっさん? なのは置いておく。
全部が終わったと思って俺はルリに向かって歩いていった。
まさか貫通するとは思わなったな。
骨が砕ける程度だと思っていたのに。
どうもこの魔力の球の威力がまだ俺自身が扱いきれていない。
これだと相手を吹き飛ばして威嚇とかできないなぁ。
ルリが転びそうになった時に、使った極小の魔力の球とは違うのか。
貫通してたもんなぁ。
ルリに近くには、鉄の鎧を着ている大柄な男のウォルフが横になっていた。
その隣には、赤い帽子が目立つキリリがいるのが確認できた。
会話が俺のほうまで聞こえていたおかげで相手の名前は分かっていた。
叫んでいる声のせいで横になっているウォルフという男が、ここまで重症だとは思わなかった。ルリが回復魔術を使っているみたいだけど、状況はあまり良くないみたいだ。
「ルリ、この人は大丈夫なのか?」
「……分かりません。気を保ってくれないと、持たないかもしれません」
「ねえ、ウォルフ! しっかりなよ! 回復してもらっているんだよ?」
「……ぅ」
これは本格的に反応が無くなってきている。
かなり容態が悪い。
そういえば、救急か何かであったな。
意識を保たせるのに暴言に近いような事を言って、相手の気を奮い立たせるのを見た事がある。何クソと思わせるのが重要なのだと。大丈夫だよ、もうすぐ助かるからとか、安心させると逆にダメなんだ。
このまま状況が変わらないとウォルフは死んでしまうだろう。
試してみる価値はあるか。
「ウォルフって呼ばせてもらうけど、あんたはそんな大きな身体しているのに死にかけてるのか? 身体だけでかくて女を泣かせて、俺はもうだめだーってか、それでも男なのか? 実は女の子だったりするのか?」
「ちょ、ちょっと、あんた誰? ウォルフにそれ言ったらダメだって!」
キリリの言葉は無視して、ウォルフに発破をかける。
せっかく回復しているのに、死なれたら「助ける」と言ったルリの思いが無駄になってしまうから。
「……ううぅっ、誰だ。うるせえのに加えて……ムカつく事……言ってるやつぁ」
「あれ、寝るんじゃなかったの? 女を泣かせて自分はぐっすり寝ちゃいますーって言ってたもんね。お邪魔だったかな?」
余程腹が煮えくり返っているのか、ゆっくりと状態を起こし始めた。顔色だけはまだ全然悪いのに、死ぬほど俺の事を睨んできていますよ。
「ウォルフ……だ、大丈夫なの?」
さっきまで反応が薄かったウォルフが起き上がるのを見て、キリリのほうは戸惑っているようだった。
「うるせえ、野郎だ。……くっ、おかげで最悪な気分、だぜ」
「……ウォルフさん。今はあまり動かない方が良いです」
ウォルフが立ち上がり俺の目の前にいる。
鉄鎧の鈍い光と威圧する圧倒的な体躯だけで、縮み上がりそうだ。
実際、俺はかなりビビっている。
こんなの絶対殺されてしまうやつじゃないかと。
「おい、おっさんよ! 誰だか知らねえが、俺は女の子じゃねえ! この身体だって自慢のもんだ! 立派な男なんだよ!」
ウォルフが振り絞るように叫ぶ声が上がるたびに、魔力……いやそれとは別のモノが大きく膨らんでいるように視える……何だろう、これは。
「い、いや、それは分かっているよ?」
「ふざけた事ばかり、抜かしやがって!」
何でか知らないけど、思い切り振りかぶっているんですが……。
ちょ、ちょっと鉄鎧が身体の捻りに耐えきれずに軋みを上げていますよ。
少し落ち着いて、意識して視てみようか。
流れが……魔力は少ないのにそれとは別のモノが全身から勢いよく、作られている。
その力はウォルフの握り拳にまわってきている。
何だこの渦巻くような流れは……力の集約点にものすごい変化が見て取れる。
いや、視るんじゃなかった!
だってこれって!!
「俺は、女の子じゃねええええ!!」
力強さを超えた、暴となる力が俺の頬を捕らえて飛んで来た。
―――ドガッッッ!!
当たる寸前で片手で受けたけど、その瞬間に俺は吹っ飛んでいた。
こんな威力を直接食らったことはない。
この直撃の威力は……、半分も相殺できそうにない。
「いってええ!!」
片手で受けたのに頬が痛い。
けど、痛いんだけど……思ったよりは……。
気が付けば、俺の視界の目の前には何本もの木々が倒れていた。
□□□□ ルリ視点
カイトがウォルフさんに暴言というのでしょうか。
その発言でウォルフさんは怒ってしまい、カイトは殴られてしまいました。
止めようかと思ったのですが、「男同士の戦いに女が割って入るな。それは男の尊厳に関わる」と知識があったために動けずにいました。
それにウォルフさんはまだ全然回復しきっていない身です。
いくら全力で殴ったとしても、威力は目に見えていると思いましたが……これは、こんな威力ありえません。
わたしは、どうしたらいいのでしょうか。
ハッと我に返りました。
そうでした、そんな事を考えている場合ではありません!
カイトが……カイトが飛んで行ってしまいました。
「カイト! ウォルフさん! カイトは……カイトは私の夫なんです!」
「は!? えっ、えっと、助けてもらっておいて名前を聞いてないな」
「私はルリ。今、ウォルフさんが殴った人が夫のカイト……です」
「ちょ、ちょ、ちょっと! ウォルフ!? あんた全力で殴ってなかった!?」
「わ、悪りぃ。あんまりにも頭に来たもんだからよ。つい、な」
「つい、じゃないでしょう! あんた命の恩人の男に何してくれちゃってるの!」
わたしの代わりになのでしょうか。
キリリさんがウォルフさんを殴っています。
衰弱していてもウォルフさんは、殴られていることに気付いていないようです。
カイトは倒れた木の向こうにいると思うので、助けに行かないと。
わたしは立ち上がると、木の向こう側からカイトが歩いてくるのが見えました。
頬をさすっているみたいですけど……そんな程度の威力だったのでしょうか。
母様から頂いた装備を身に着けてはいますけど、当たった場所は顔でした。
耐衝撃を逸らす魔術が衣服にあったとしても、ウォルフさんの攻撃を全て吸収できるはずもありません。
「……カイトが歩いてきています。……とりあえず大丈夫そうです。はぁっ……よかった」
「ルリって言ったな、すまねえ。思いっきり殴っちまった。……あれじゃ無事かどうか……ちっと怪しいかもしれねえ」
「……大丈夫です。歩いてきています」
「は? その冗談とかじゃねえの?」
「ええ!? ウォルフに全力で殴られて生きてるの!?」
カイトが歩いてこちらに来ているけど、何だかトボトボ歩いているように見えます。
フラフラで歩くならまだ分かるのですけど、見た目はほとんど無傷な様子です。
母様の装備のおかげ……なのでしょうか?
「いやぁ。結構、効いたよ。ちょっと言い過ぎたよね、ごめん」
カイトはウォルフさんに頭を下げて謝っていました。
何ともないように見えます……どういうことでしょうか。
ウォルフさんとキリリさんは口を開けて呆然としているようです。
「……あの、カイト。大丈夫なのですか。あ、少し頬が赤いですね」
「また服がボロボロになってないかなぁ。そこだけ心配だったんだよね」
カイトは服の事を気にしていたのですね。
服には木々の破片や土が付いていたので、手で払ってあげます。
せっかく母様から頂いた装備です。
綺麗な状態が好ましいですからね。
「……服は問題ありませんよ。頬は……これで」
カイトの赤くなった頬に、唇を当てて熱を吸い取ります。
あの暴言はどうかと思いましたけど、結果的にウォルフさんが助かったのは事実ですから、これくらい問題ありませんよね。
「……どうですか。……痛みは取れましたか?」
「あ、ああ。ダイジョブデスよ。治りました」
カイトが何だかカタコトっぽい、変な話し方をしています。
たまにこういう変なところは、気にしないほうがいいのでしょうか。
わたしには母様の知識以外では分からないことが多いです。
どこかで情報収集しないといけませんね。
「お、おお……マジなのか!? 夫婦ってマジなのか!?」
「ええ、ええ!? 本当!? 本当なの!? だ、だとすると私達……」
バン! と大きな音を立てて、二人が同時に土下座をしています。
ウォルフさんの頭と手が地面にめり込んでいるのが気になりますけど。
男の人の土下座は、地面に手と頭がめり込むものなのでしょうか?
「「申し訳ありませんでしたああああ!!」」
ウォルフとキリリの絶叫とも聞こえる謝罪が辺りに響き渡った。
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