七話 異世界だ
頬に当たる感触が柔らかい。
頭を誰かが撫でているようだった。
こんな事されたのはいつ以来だろうか。
小さい頃だったか。母親に頭を撫でられた時のような感じ……。
撫でられている?
そういえば、俺は何をしていたんだろう。
ゆっくりと目を開けると、目を閉じたままのルリが俺の頭を撫でていた。
この柔らかい感触はルリの膝だったのか。
「ごめん、寝ていたようだね……」
「……はい。……構いません。もう身体は大丈夫ですか?」
ルリはいつもの表情だけど、何となく優し気な感じに見える。
俺の顔を覗き込むように見ている。
「身体? 何だっけ。何かあった?」
頭がぼーっとしている。
何も思い出せないんだけど、何かあったっけ。
「……母様のちゅーとりあるで、血だらけになったのは覚えていませんか?」
「ああ? ああああ! 思い出した! ……けど、あの赤い猛牛が倒れる所しか覚えてないんだけど……。もしかしてルリがやってくれたのかな。そうだよね。いやぁ、情けないな、俺」
ちょっとは戦えるのかなって思った俺が馬鹿だったんだよね。
結局何もできなかったし。
「……? ……倒したのはカイトですよ? わたしは何もできませんでした」
「え? またまた、そんなこと言って」
「……事実を言っただけですよ?」
「ええ? 本当?」
「……はい。本当です」
てっきりルリが代わりに倒してくれたものだと思っていたんだけど。
ルリの様子を見ると、冗談を言ってるようにも見えない。
ましてや嘘なんてつくはずもないか。
「実はさ、あんまり覚えていないんだよね。身体が熱くなったところまでは覚えているんだけど……何とかしなきゃ死ぬって。それで、何かしたんだよね。その先が、何だっけ」
「……母様がカイトは百を超える魔力の球を、レッドアピに当てて気絶させたと仰りました」
「ってことは、ルリは見ていなかったの?」
「……見ていました。ですが、わたしにはカイトが何をしているか見えませんでした」
「魔力は普通は見えないって、神様が言ってたんだけど本当だったんだね」
「……母様は、嘘はつきません。……カイトでも言って良い事と悪い事があります」
あ、怒ってる……よね。
じーっと上から見つめてきていて、すんごいムスッとした顔している。
さすがに謝ろう。
ルリの言動から神様は母親だからとか以上に、もっと絶対的なものを感じるんだよね。
「ごめん。別に嘘とかそういう風に思っていたワケじゃないんだ。本当の事を言われてもピンと来ない時ってあるでしょ? そんな感じなんだよね」
「……分かりました。許します」
許してもらえてよかった。
不機嫌なままだとお互いにとって良くないからね。
「……記憶がない……というのは少し気になりますね。失血せいでしょうか……あの量だと……その、死んでもおかしくない量でした」
「え、そんなに血が出てたの?」
「……はい。……止めに入ろうとしたのですけど、母様に制止されました。……カイトも俺は大丈夫と言ってました」
「そんなこと言ってた? 全然覚えてない……」
「……気にしないでください。失血による一時的な記憶障害なのかもしれません。リカバーで失った分の血は戻ったはずですから問題ありません」
「リカバーって回復魔法なんだね」
「……はい。……魔法ではなく魔術です」
「ああ、そうか。魔術なんだっけ。神様が使えるのが魔法ってことなのかな」
「……詳しくは時間のある時にお話ししますけど、神様が使うものが魔法という訳ではありません」
「そうなんだ。まあ、細かい事は後ででいいか。しかしリカバーってすごいね、血も回復とかってかなり凄い魔法なんじゃない?」
「……はい。リカバーは上位の魔術にあたります」
「上位か、俺も使えるようになるかな」
「……カイトなら使えるようになると思います。……それと、母様から言伝を承っています」
ルリから聞いた内容はこうだった。
『スキルは一年後以降であればいつでもよい。北の大陸アイスパレスにある『ファトルム神殿』で待っておると』
一年後以降だったらいつでもいい……これはポイント高い。
多少遅くなっても、ファトルム神殿まで行けば問題ないからね。
「そのファトルム神殿まで行けばスキルがもらえるのか……」
「……」
ルリがじっとこっちを見ている。
さっきとは打って変わって何の表情も無いような……最初に見た時と同じような表情をしていた。
あの時は人形かと思ったからなぁ。
ちゃんと生きていると分かっている今は、そんな表情をされると逆に怖い感じがする。
「ルリ? どうかした?」
「……いえ、何でもありません」
「ああ、ごめん。膝枕してたらきついよね。ありがとう」
話をしている間、ずっとルリは膝枕をしてくれていたんだ。
体調も全然問題ないし、起き上がろう。
俺は立ち上がって、座ったままのルリの手を取って立たせた。
さて、ここから出ないとね。
「さて、洞窟の出口はどこだろう」
「……こっちのほうです」
ルリが指差す先を見ると、遠くから外の光が差し込んでいる。
やっと外に出られるんだ。
「おおーー、光が見える! よし、外に出よう!」
出口に向かって歩こうとすると、ルリがよろめいて倒れそうになる。
「……あっ」
体勢を立て直そうとしているけど、ルリ自身の足が引っかかって倒れそうになる。
俺はルリの手を取り、極小の魔力の球でルリの足の下から上に向かって跳ね上げた。
宙に浮きあがったルリを俺の元に手を引き寄せ、一回転すると所謂お姫様抱っこ状態になる。
軽い、見た目からの予想より軽かった。
装備も付けているのにこんなにもルリは軽いのか。
「……カイト。ありがとうございます」
「膝枕のお礼だよ。このまま外に出ようか」
「……はい」
一歩一歩、出口に近づくにつれて光が強くなってくる。
ルリも出口から差し込む光を見ていた。
目いっぱいの光で一瞬目がみえなくなるけど、次の瞬間には眩しく広がる景色が見えた。
「おおおお! 異世界だ! やっと外に出たぞおおおお!!」
思わず大声で叫んでしまう。やっと外に出られたからね。
外に出ると、どうやら高台にいるようだった。
高い視点から見下ろす景色は、遠くに見える山山と一面の広大な森だった。
左手に小さな湖とそれを囲む森、それに道が左右に伸びていた。
道はどこかの町や村に通じているのだろうか。
時折、吹き付けてくる強めの風が心地よい。
すっごい大自然だ。アスファルトも電柱も電気も何もない。
だけど、自然の中にある道や雲一つない空を見ると、無性に胸が高鳴ってしまう。
どこにでもある景色なのかもしれないけど、ここは別の世界。
ここが『異世界』なのだと。
「……これが外の世界……なのですね」
「ああ、異世界だよ、異世界! すっごいな!」
「……ふふっ。そうですね……すごいですね」
ルリを腕に抱えたまま、俺は感動していた。
この光景は一生忘れないと思う。
異世界だと知って初めて外に出た景色なんだ。
まあ、あの森の時も異世界だったかもしれないけど、そういう意識がなかったから無しにしておこう。
「それにしても、風が気持ちいいな」
「……はい」
しばらく、この風景を目に焼き付けた。
この感動は何にも変える事はできないだろう。
「それじゃあ、いこうか」
「……はい。……カイト、歩くなら自分で歩きたいです」
「ああ、わかった」
ルリと二人で歩き出す。
この異世界で何が起こるのか分からないけど、ここから始まりなんだ。
自然と手を繋いだ。
そして、ゆっくりと一歩ずつ歩いて行く。
この異世界の大地を。
ようやくスタートラインです。
お願いです、作中の神様が息していないんです!
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