自由人、脅す
「着きました、ロレーヌの村デス!」
そう言って何やら書かれている立て看板を指すザスキア。あまり舗装されてない道とその奥には田園が広がり、家屋がチラホラ見える。
「この看板、ロレーヌ村へようこそ的なのが書かれてるのか?」
ハルトは字が読めなかったので推測してみた。
「そぅですね。だいたい合ってます」
ハルトさんすごーいとザスキアは手を叩く。
「俺も字の勉強しようかな……」
「らめです! そしたら私の価値が減りますダメデス!」
ザスキアがずいっとハルトに迫った。
「いや、お前いなかったら俺能力使えないじゃん」
ハルトが否定する。
「ハルトしゃんひどひ! 私は道具なんれすね、しくしく」
ザスキアは袖で顔を覆った。
ハルトは頭を掻いた。
「あぁ……めんどくせーな。ほらいくぞ」
そう言ってハルトはザスキアの手を取り歩き出す。
「ハルトさんさらにヒドひ! そこは、お前がいなきゃ生きてけない的な事言うとこです! でも手を握ってきたのはポイント高いデス」
ザスキアはケラケラと笑った。ハルトは顔を俯かせた。
「なんか……狙われやすそうな村だな。そりゃゴブリン被害にも遭いそうだ」
ハルトは村内を睥睨して呟く。
「お里が知れますね」
ザスキアが鼻で笑う。
「まずは依頼主の村長に挨拶しに行くんだっけ?」
「あい、依頼内容の確認とちょっとした小遣い稼ぎデス」
ザスキアが天使にあるまじきニヒルな笑みを浮かべる。
「小遣い稼ぎ?」
「イェア! この依頼報酬はたったの銀貨五枚。これじゃあ都市でパフェ食えないれす」
ハルトはしばし思案すると、
「そこで、村から別に金をせしめてパフェを食おう、と?」
ザスキアはにっかりと笑った。
「さすがハルトさん、一心同体も時間の問題ですね☆」
「でも良いのか? この村何もなさそうだぞ?」
「雑巾は絞れるだけ絞りきれとガッコで教わったでしょ。そーいうことデス」
ハルトは妙に納得した。
「盛者必衰なんたらです。この村が無くなってもしゃーないです」
「お前って本当は悪魔だろ?」
「勇者に斬られそうになったら助けてくらさひね」
そう笑いながらザスキアはハルトの手を握り締め、テクテクと歩く。
そうして村長の家に着いた。
「これはこれは冒険者様方、ようこそロレーヌ村へ。私は村長のピエトロ・リーフェンス。ささっ、どうぞ家の中へ……」
そうしてハルト達は村長宅の居間へ。
「では依頼の確認ですけど、近隣に巣食ったゴブリン達を退治する。報酬は銀貨五枚を後に直払いっと……。それで合ってます?」
ハルトが依頼書と村長の眼を交互に見ると、村長は会釈し、
「はい、ここから少し北に行った所に森がありまして、そこから最近ゴブリン達が畑を荒らしに来るのです。納めるべき年貢もこれじゃあ納められない。そこで三ヶ月ほど前からギルドへ依頼をしていたのですが……。何分貧しい村ですゆえ、掻き集めても銀貨五枚が限度で……」
「でもそれじゃ討伐の割に合わないと誰も受理してくれなかったと……」
ザスキアが口を出してきた。
「はい……。ゴブリン達もそろそろ繁殖期で、凶暴な時期です。ですから更に心配で……。ですが貴方方が来てくださって良かった……。本当にありがとう」
村長は深々と頭を下げた。その姿を見て、ハルトは少し心が痛んだ。
「ほんと、割に合わねーデスよ」
「ザスキア様……?」
声音を変えたザスキアに村長は首を傾げた。
「銀貨五枚じゃ都の一級ホテルに半日もいられねぇですね。なのにゴブリンの巣……推定三十匹を討伐? 舐めてんですかい?」
「い、いえ……。冒険者様がよく譲歩してくれているのは重々承知です。ですから褒賞とは別に村で厚いおもてなしを……」
村長は萎縮し、上ずった声で言うが……、
ドンッ
ザスキアはテーブルに身を乗り出すと、蒸かし芋を握り潰す。
「あちゅ……。いや、あんたモテナスってどうやって? 雑穀と蒸した芋とクソ肉のしょっぱい味付け料理食わせて、藁布団で寝かすんですかい? 舐めてんの?」
村長はさらに縮こまった。
ハルトはそろそろ居た堪れなくなってきた。
「おいザスキア、この辺でそろそろ……」
「何言ってんですかハルトしゃん! ウチら今文無しなんデスよ! こいつら野垂れ死なせてでも搾り取らなきゃ」
「そうだった。文無しだった! 生かさず殺さずで絞らなきゃな」
ハルトはコロッと意見を変えた。
「で、ですが私らは差し出すものがもう……」
「そこの畑からチョロマカすりゃ良いだろ」
ハルトが呟く。
「ダメですハルトさん。畑は国有地で、その穀物を悪役貴族以外が奪うことは罪になります」
ザスキアがアドバイスする。
「悪役貴族でもダメじゃ……」
「村長は何も言わず馬車馬のように働けばイイんデス! で、何も差し出すものがないってのはマチガイですよね?」
「え……」
「あるじゃないですか、この村、いやそこの台所にだって……高値で売れそうなモノが……」
ザスキアがニタリと嗤う。村長の顔から生気が抜けた。
「そんな……それこそ無理ですよ。女子供は村の宝で……」
「宝は価値があるから宝なんです! 売れば金になる! 金があれば明日を生きられる!」
ザスキアはさらにテーブルを叩く。村長の肩が震えた。
「ですが……」
「でもでもだってじゃないれす! ならみんなで死にますか? あてらはどうなっても知りませんよ。次の冒険者が来るのはいつでしょおね。あぁあ、全員死ぬかみんな散り散りでも生き抜くか……。まぁうちらにはカンケーないですネ」
ザスキアはふっと笑った。村長は唸る。ハルトは見てられなくなり、村長の膝下まで寄ると、
「なぁ、1削って9を救う。それだけじゃねぇか。あんたは村長だ。あんたが責任を持てばみんな救われる。な?」
肩に手を置くと、優しく耳打ちした。
「わかり、ました……」
村長は冷や汗を垂らしながら頷いた。
「お父さーん、冒険者様とは話ついたー?」
少し遠くから小走りで向かって来る足音がした。そして出てきたのは村長の娘である。
村長はハッとなり、笑顔を貼り付けると、
「ああ、今どこらへんに巣食っているのか教えたところだよ」
「そっか。あ、冒険者様方、この度は誠に有難うございます。気をつけて、お願いします」
三つ編みの少女はハルト達に頭を下げる。
「ああ、安心しろ。危機はみんなで乗り越えなきゃな」
ハルト達はにへらっと笑った。