自由人、チートを得る
「さっそくだけど、ここがどこだか教えて欲しい」
ハルトは草原を見渡し、ザスキアに尋ねる。
「んっとぉ、リーシ草原ですねぇ。西に10キロ進んだところにガルシア王国の都市アビニョンがありますね。行っちゃいますか?」
「そーだな、街で情報収集したいしな」
「ではでは迫り来る魔物達を千切り投げつつ前進しましょお!」
「おー! あづっ……ついでに右腕の骨折って治せる?」
道中、ハルトはザスキアにあらゆる事を教えてもらった。
この世界は数多の神々が見守る中、人族以外にもエルフやドワーフ、魔族や魚人族などが存在し、共存と対立をしていること。とくに太古に堕天し、この世界、トゥースモンドに現界した禍ツ神々が魔族を率いて、神族によく愛される人族と激しく対立しているらしい。人族は各国が打倒魔王を掲げているらしい。
人族の文明レベルは中世ヨーロッパレベルらしく、石造りの家屋が多いらしい。
「ステンドグラスとかまだ少なくってー、そろそろ交差ヴォールトも限界かなって感じ?」
と、ザスキアは言っていたが、ハルトには理解できなかったので、まぁドラ○エ的世界観か……、と納得した。
そうこう歩いて数十分……。
「……もうそろそろ街だよな?」
ハルトは額の汗を拭う。
「まさかまさかぁ。あと6キロくらいデスねぇ」
「……遠くない?」
「ゴブリンて意外と体力ないんですねぇ〜」
ザスキアは二ヘラっと笑う。
「敵と認識した奴よりちょっと強いくらいの状態のまま、次の敵に会うまでは強さが固定されるって……辛くね?」
「まっさかぁ。チート能力ですよ、チート」
「いやでも……」
ハルトは言葉を紡ごうとしたが、涼しげな表情のザスキアを横目にして、ため息が出てしまった。
「次の敵現れねぇかな」
と、のんきな事を言っていた。
「ん〜、あっ! みっけ!」
遠方を眺めていたザスキアが目を輝かせた。
「?」
「敵さんですよっ☆。あ〜れは〜……剣士、かにゃ?」
ザスキアがキャハッとはにかむ。
「敵……強いのか?」
ハルトは虚ろげな表情に期待を込めた眼差しを貼り付ける。
「ん〜、あれは南の剣帝グリューネヴァルト・ゴートハルト・ナイトハルトですねぇ。私の見識眼がそう囁いてます」
「カッコイイ単語を繋げりゃいいってもんじゃないだろう……。そのグリューネ……ハルトさん? 剣帝ってことは結構強いのか」
ハルトの顔に生気が戻る。
「ぇえ、南の剣士の中では最強ッスね。ま、南は剣客事態少ないっすけどね」
つまり価値無いっすね、とザスキアが言い終わる前にハルトは能力を発動させながら走り出していた。
「ヒャッハー! 火に飛び入る夏のムシ!」
ハルトはウキウキ顏で疾走していた。
グリューネヴァルトもハルトの存在に気付いたようで、
「む、旅の者か。元気な様だな。東洋人か? ということはホウライのほうからブッ」
ハルトの飛び膝蹴りでグリューネヴァルトはぶっ倒れた。
「俺はハルト、世界最強だ。そしてお前は敵だ」
そう宣言すると、ハルトはグリューネヴァルトをタコ殴りにかかる。
「なっ、貴様気違いか!? 突然卑怯な!」
「勝ったもんが正義だ。そして俺はお前より強い! 俺が正義だ!」
ハルトはウキウキ顏で拳を振るう。対するグリューネ何某は難なく攻撃を交わしていた。
「お、やるじゃねーか」
「止まって見えるぞ」
「ぁあ?」
ハルトはそれを挑発と受け取った。ムキになった彼は、しかしひたすら拳を振るっていた。
グリューネ何某はため息を吐くと、腰に手を掛け、抜刀した。
「文句を言うなよ」
グリューネ何某はそう言うと、距離を取って、剣を振るった。
グリューネ何某に接近をかけていたハルトは危うく当たりそうになる。剣先がハルトの前髪をかすった。
「うぇい! って、これ危なくね!?」
ハルトは今更ながらに力量差に気付いた。
「あ……あららあちゃ〜、始めちゃいましたかぁ」
追いついてきたザスキアが額を抑える。
「おいザスキア! どういうことだよ!?」
ハルトはグリューネ何某の猛撃にひやりひやりと交わしながら叫ぶ。
「言ったじゃ無いですかぁ。ハルトしゃんと、アタシが敵と認識になきゃダメってぇ。そこの剣帝を敵と思ってるのはハルトしゃんだけですよぅ。今、剣帝の実力の半分ちょっとしかチカラ発揮されてませんよぉ」
「ふぁ!? え、ちょ、剣帝サァン、タンマタンマ」
「ふんっ」
「ギャース!」
ついにハルトは左腕を切り落とされてしまった。ドバッと溢れる血を拭えば綺麗な断面図が見えるだろう、そんな怪我だ。
「うぎぃいい、ぁああぁあ……」
ハルトはたまらず地面を転がる。
グリューネ何某はハルトのそんな惨めな姿を見下すと、
「……興醒めだ。もうこんな真似はよせよ、早死にしたくなければな」
そう言い残し、歩き去っていった。
「いっ! いだい〜! ザスキア! ザスキア!」
ハルトは転がりながらザスキアに回復を請う。
「ありゃりゃ、綺麗に斬られちゃってまぁ……。つまり斬り易いぐらいトロかったと」
ザスキアはハルトに近付いて、腕を持ち上げると、しばしば観察し、転がっていた左腕を持ってくる。
「癒しの女神(私)よ、彼の者を癒したまえ。ヒーリング」
ザスキアがハルトの左腕に手をかざしてそう唱えると、掌から淡い、優しげな光が溢れ出してきた。みるみるハルトの腕がくっ付いていった。
「い、痛く……ない」
ハルトはまじまじと癒しの光を眺める。なんだかほっこりとした気分になった。
「ふぅ……完治です。もうすこし考えてから飛び出しましょうね」
ザスキアはニコッと笑った。
ハルトは胸が高鳴り、顔が次第に赤くなった。
「あ、ありがとう……」
ハルトは俯き加減に礼を言う。
「ちょっと休んだらまた西へ歩きましょ〜」
ザスキアはおー、と言いながら腕を上げた。
ハルトも小さく頷きながら、グリューネ何某への報復もしっかり考えていた。
(いつかぶっ倒す……)