起きたら冒険
1章
あれ?ここは…。
目が覚めた時、僕は自分の部屋で寝ていた。視界が少し霞んでいる。いつから寝ていたのだろうか。試しに起き上がってみる。痛っ!背中がゴキゴキと音を立てながら動く。床で寝ていたらしい。上半身だけの起きた状態で周囲を見回してみるが、誰もいない。一体僕の身に何が起きたのだろう。部屋の中は埃っぽくて、しばらく人の出入りがなかったようだ。僕以外に誰かいないのかな。ゆっくり起き上がると、僕は恐る恐る部屋を出た。
眩しい、一瞬目の前が真っ白になり反射的に目を細める。何度か瞬きをしていると、この明るさに慣れてきたのか、徐々に景色がはっきり見えるようになった。目の前に広がる景色はとても綺麗で、どこか懐かしい感じがした。真正面には丸い噴水があり、それを取り囲むようにしてレンガ造りの家々が立ち並んでいる。僕の家の左には、大きな掲示板が、右手には草が生い茂った小道があった。しかし、不思議なことに人は誰もいない。静かすぎて空気に重みを感じるくらいだ。突っ立てても何も始まらないので、とりあえず村を探索することにした。
噴水の向こう側まで歩いてみるか。なぜこんなにも閑散としているのだろうか。誰か一人くらいいてもいいのになあ—
あ、人がいる。噴水の裏側まで来たところで足を止めた。数メートル先に黒髪で黒いマントを羽織った人の姿が見えた。あちらも僕に気づいたらしく、こっちに向かって歩き出した。
僕の前で立ち止まると身を乗り出すようにして話しかけてきた。
「やあ、お前は誰だ?」初対面にしては随分と馴れ馴れしい。今気づいたのだが、この人は女性だ。まだ若そうに見える。僕よりも年下なのではないだろうか。身長だって僕より10㎝ぐらい低いし。
「何ぼけーっとしてるんだ。名前は?さっさと答えろ。」
「あ、あの、僕は—。」
あれ?僕の名前って何だろう。
「もういい。私の名前はキルだ。ところでお前はこの世界についてどれだけ知っている?」
どれだけって言われても、僕はさっき起きたところだし。
「何も知りませんって顔だな。」
何で分かったんだ、顔に書いてあったのか。
「仕方ない。説明してやる。」頼んでもないのに、親切なのか何なのか。
「ここは“始まりの村”。お前は今から冒険に出る。そこの草まみれの小道からな。そしてラスボスを倒し、この村、いや、この世界の平和を取り戻すことになっている。」
何を言っているのかさっぱりわからない。
「何のことですか?人違いではないかと、って、ちょっと―」キルさんは僕の左手首をガッチリと掴んで掲示板の前へと強引に引っ張っていく。
「取り敢えず読め。」
なんかこの人、さっきから図々しいなと思っていたが、渋々読んでみた。
掲示物1
ここは始まりの村。8月3日、この村に一人の女がやってきた。その女は黒髪で黒いマントを羽織っていた。その時は黒いマスクを着けていて顔を確認することが出来なかった。この村に黒髪の者など一人もおらん故、別の村の民が迷い込んでしまったのだろうと思った。
しかし、奴は自分のことを旅人だと言い、「この村が闇の組織“ワーストエンド”に狙われている。今すぐ村人たちを避難させろ!」と訴えてきた。周りの村が闇の国に侵略されたことは知っていたため、わしはその話を信じてしまった。そして、村の皆をこの噴水広場に集めて事情を説明した。話し終えて、皆を非難させようとしたとき、旅人だと名乗っていた女が突然笑い出し、それと同時に黒い霧が人々を包み込んだ。わしは村長のみが持つ能力を使って瞬間的にその場から逃げることが出来た。しかし、村人たちは霧とともにあの女に連れ去られてしまった。霧が消える瞬間、マスクを外して大声で笑うあの女の顔を見たが、間違いない。あいつはワーストエンドのボス、キル・ラベルだ。
なんであんな女の言葉を信じてしまったのか。わしは自分を責めた。今すぐにでも奴を倒しに行きたかったのだが、わしはこの村から出ることは出来ない。なぜなら、村長が村から出ると、その村は滅びてしまうからだ。
これを見ている方よ、どうかこの村を救ってくれ。キル・ラベルを倒せば、この村だけでなく、この世界をも救うことができるかもしれない。どうか、頼む。
村長
読み終えると、理由はわからないが全身に力が漲ってくるような感じがした。そうだ、思い出した。8月3日、あの日、僕は村長の話を聞くためにこの広場に来ていた。人が多くて全然前が見えなかったけど、村長の話はちゃんと聞こえていた。話が終わり、人々がざわめく中、前の方から甲高い笑い声が聞こえてきた。全員が笑い声のする方を見た瞬間、黒い霧がどこからともなく発生し、人々を包み込んだ。嫌な予感がした僕はとっさに自分の家に逃げ込んだが、遅かった。黒い霧を少し吸い込んでしまった僕は意識を失い、そのまま床に倒れこんだ。そして目が覚めたらこの状況だ。
待てよ、黒髪に黒いマント、名前は…
「お、お前はキル・ラベル、ワーストエンドのボスか?」
「あ、うん。そうだけど。」
僕はキルの胸ぐらをつかんだ。
「村のみんなをどこへやった?なぜおまえは今ここに居る?」
「さっきまで謙虚な感じだったのに、突然人が変わったね。ここまで変わるなんて思わなかったよ。」と言って、呆れ顔をしている。
「質問に答えろ!」
僕はさっきよりも強めに言ってみた。
「はいはい、村の人は現ラスボスのところで奴隷になっているかな。なぜここにいるかって、現ラスボスからラスボスの座を奪還するために君の力を貸してほしいから協力依頼をしに来たんだよ。何回も窓ガラスをノックし続けた甲斐があったよ。それにしても主人公っていうのは暑いねー。」
「現ラスボス?なんだ、それは?」
「リアルタイムでワーストエンドを支配している人。このゲームが作成されたときに誤って入ってしまったウイルスによって作られた悪者で、こいつを発売日までに倒して既製品に戻さないと、このゲームは処分されるわけ。私たちはゲームのキャラクターで、この世界でしか生きられない。処分されるということは、私達は死ぬっていうこと。死にたくないでしょ?」
ラスボス?ウイルス?一体こいつは何のことを言ってるんだ。
「そうか、主人公くん。君はこの世界がゲームの世界でありクリエーターたちによって作られたものだということを知らないんだね。」
「だから、何のことだよ。」
「とりあえず、この手を放してくれたら説明するよ。」
「村のみんなをだましたやつをどうやって信じろって言うんだ。」
「はぁ。大丈夫だから、私は今悪者じゃない。お願いだから信じて。」
この時のキルは、真っ黒なキラキラした瞳で僕を真っ直ぐ見つめていた。僕のキルに対する疑いと怒りはその瞳に吸い込まれてしまったのか、すっと心から消えていった。もちろん手を放して解放した。
「はい、どうも。では、どこから話そうか。」
そう言うとキルは右手を顎に寄せ、考えるようにしながらしゃべりだした。
「なるべく簡単に話すよ。この世界はクリエーターと呼ばれる人たちが作った世界。私たちはその中で生きている。この世界はクリエーターがいる世界で売買されて、いつの間にか私達は彼らに無意識のうちに操られる運命なの。つまり、彼らは私たちの運命を左右することが出来る。面白くなかったり、問題があったりするとこの世界は捨てられる。」
「クリエーターって何?」
「創造主だよ。この世界の。」
「破棄されると僕たちはどうなるの?」
「死ぬ。」
「死ぬ…。でも、“破棄”が僕たちにどう関係しているの?」
「この世界には問題があるから、今のままだと破棄される。」
「この世界の問題?」
「うん。クリエーターが作った通りになってないことが問題なの。というのはね、本来は私がラスボスであるはずなのに、違う奴がその座にいるせいで世界に変化が起きてしまった。このままでは破棄されてしまう。」
まだよくわかってないが、深刻な問題が起きているようだ。
「どうやったら、破棄されるのを阻止できるの?」
「お、ようやくその気になったようだね。」そう言うとキルは、にやりと笑って説明し始めた。




