かわいい人
校庭の中央で燃え盛るキャンプファイアーはとても美しかった。
その場にひしめく大勢の生徒の誰よりも、高く伸びるように燃え続ける炎。
炎の強い輝きによって、夜空に星を認めることはできなかった。
ただ一つ、白くて大きな丸い月が隅の方になんとか見える程度だった。
群青色の空と、赤々とうねる炎と。
その二つのコントラストもまた美しかった。
花壇の端に座り、わたしはずっと空を見上げていた。
わたしがあまりにも長い時間見つめていたから、隣に座っていたカケルが話しかけてきた。
「どうした?」
顔を向けると、カケルはちょっと心配そうに眉を寄せていた。その表情がわたしの好きなカケルの優しさそのもののようで、それだけでうれしくて泣きそうになった。
だから「なんでもないよ」と少し震える声でそれだけを返した。
(ああ、今夜だ)
それはもはや確信だった。
(今夜この気持ちを伝えなくちゃ)
だってもうわたし。
彼のことが好きで好きでたまらない。
*
カケルとは小学生の頃から一緒につるんできた。
つるんできた、という言い方はすごく正しいと思う。
幼馴染、悪友、そんな感じでずっとやってきた。
田舎だから学区の小学校は一学年に一クラスしかなくて、だからずっとカケルとはクラスメイトだった。
だからずっと一緒にいるのが当たり前だと思っていた。
なのに中学に進学し、初めて違うクラスになってしまった。
その時気づいた。
カケルは私にとっての特別だということに。
そして今年、三年になって久しぶりにクラスメイトになった。
カケルは中学生特有の男女間の機微も気にせず、普通にわたしに接してくれた。
カケルのおかげで、また毎日一緒にいて話をする日々が戻ってきた。
笑い合ってからかい合う日々が戻ってきて、そうやって――気づけば「好き」だという気持ちは膨れ上がっていった。
わが校の夏の風物詩である学園祭は今日で終わりだ。
キャンプファイアーはそのフィナーレだ。
わたしたち三年生は学園祭のために相当に頑張ってきた。だがそれももう終わりで、明日からは受験生らしく勉学に励まなくてはいけない。
こんなふうに、楽しいことだけをして、浸って、ただ笑い合ってはいられない。
だからやっぱり、今夜しかない。
この気持ちを伝えるのは。
今夜だ――。
*
夜道をわたしはカケルと二人で歩いている。
さっきそこの角で最後まで一緒にいた友人と別れたところだ。もう十分ほど歩けばわたしの家、そこまでの二人だけの散歩だ。
夜なのにこうして堂々と歩いている自分が不思議だ。しかも隣には異性が、カケルがいるのだから。
どこにいるのか、コンクリートで敷き詰められた道を歩いているというのに、秋の訪れを告げる虫の鳴き声があたりに満ちている。でも全然うるさくはない。それどころか心地よい。
頬をなでる空気はほんのり冷たい。
空を見上げると、ひっそりとした星の白い輝きが目に入った。まるで星砂のようだ。
わたしだけでなくカケルも何も言わない。
ただ黙々と歩みを進めている。
普段口数が多い彼の沈黙もまた心地よかった。
(こうして一緒に歩いているだけでなんて気持ちいいんだろう……)
そんなことを思いながら、そっとカケルの様子を伺ってみる。
だけどカケルはこちらを見ようともしない。
それがずっと続くものだから、さすがのわたしにも分かってしまった。
「カケルって」
急に名を呼ばれ、カケルが「え?」と顔を向けてきた。
その顔が少し赤くなっているように見えたから、軽く睨んでみた。
「カケルっていつもいじわるだよね」
「な、なにが?」
おどおどと目をしばたくものだから、少し困らせてやりたくなった。
「本当は分かってるくせに」
「だからなにが」
「期待してたのにな。今夜キスしてくれるかもって」
「……は? キス?!」
足を止めたカケルの顔はより紅潮していた。
そんな顔をするカケルを見るのは初めてで、途端に胸が熱くなった。
瞼の裏に猛るような炎が映る。
そして炎を囲む暗闇も。
校庭での光景はわたしの恋心を狂いそうなほどに刺激した。
虫の鳴き声はずっと聞こえている。
静かな静かな夜だ。
そのことに気づいたとたん、ふっと笑っていた。
「ふふ。冗談」
そう言って歩き出したわたしの背後、カケルが慌ててついてくる気配を感じた。
学園祭という大きな行事を終えたばかりで、夜で。
カケルと二人きりで。
特別なことばかりでわたしの気分はこれ以上はないほどに浮き立っている。
そして愉快にもなっている。
「あのさ、実はわたしって寂しがりやなんだ。知ってた?」
カケルは返事をしない。
いや、できないようだった。
なぜ急にわたしがこんなことを言いだしたのか、その真意を掴めないからだろう。
「全部カケルのせいなんだからね」
「俺の?」
「そうだよ。女の子は好きな人ができると寂しがりやになるの」
カケルの足がまた止まった。
わたしは振り向くと手を伸ばした。
そして笑ってみせた。
「でもね、好きな人が一緒にいてくれたら強くもなれるんだよ。知ってた?」
一瞬瞳をさまよわせたカケルだったが、次の瞬間、唇をきゅっと結び、力強い視線をわたしに向けてきた。
その瞳に見つめられ、わたしの胸は再度高鳴りだした。
余裕ぶっていた自分があっという間にどこかに消えてしまった。
カケルは差し出していたわたしの手を握り、言った。
「じゃあこれからは俺がいつも一緒にいてやらないとな」
カケルがみせた笑顔……それがこの場に奇跡を起こした。
砂をこぼしたような控えめな星空が、一転して眩いシャンデリアのように輝いた。
虹色の風がわたしの周りを、カケルの周りをくるくると回るように通り過ぎていく。
どこからともなく、軽快で、それでいて心地よい音楽が流れてくる。
繋がれた手からエネルギーのような熱いものが流れ込んでくる。
カケルはわたしを見つめて笑っている。
その顔がくしゃっと綻んだ。
いつも男らしいカケルの見せたその表情はとてもかわいかった。
最高の夜だ、と思った。
この恋が未来永劫つづくかどうかは分からない。
わたしもカケルもまだ中学生だし、将来なんて分からない。
でもこんなに心震える夜、感動する瞬間なんてきっとない。
こんなに誰かを好きだって思える瞬間なんてきっとない――。
手をつないだままわたしたちは歩き出した。
「ずっと一緒にいられたらいいね」
「ああ」
いつか彼に言いたい。
なぜあなたを好きになったのか。
そんなことを思いながら、わたしは残り少ない夢のような散歩を楽しんだ。
了
---歌詞---
あなたはそう いつでもいじわるね
わたしをそう なんだかからかって
今だってそうよ 期待してたのに
キスしてほしいのに 知らんぷり
ああ 今夜は
あなたと一緒にいさせて
そしたらね 聞かせてほしいの
「好きだ」って言葉がほしいのよ
あなたになら いつでも打ち明ける
わたしがそう 寂しがりやってこと
あなたのせいよ あなたを好きになって
わたしはもう こんなに揺らめく
ねえ そんなわたしをね
大切にしていて
やさしくね 包んでくれたら
わたしはね 強くなれるのよ
さあ 手を握って行こうよ
そして どこまでも行こうよ
そして たどり着いたなら
わたし あなたを抱きしめる
こんな夜 こんなわたし
隣にはあなた 二人だけ
最高の夜だね
あなたはたった一人のわたしを
見つけてすくい上げてくれた人…
ああ あなたは
いつでも そばにいてくれるよね
だって あなたがいないと
わたし「好き」って言葉忘れちゃう
かわいい人 あなたほんとかわいい人
わたしだけの ほんともうかわいい人