勇者望月と聖剣の守り人
ナレーター〘ちょっとした手違いから異世界へと転生してしまった望月トオル。食堂家族の故郷ミリノについたものの伝説の剣はビキニアーマーの女騎士に引き抜かれてしまっていた〙
柿本「さて、ミリノの町についた望月くんですがどうなっているのでしょう? 勇者に視点を移しましょう!ミニモニターにチェンジ!」
――PPPテレビ ドラマスタジオ
ブリュンヒルデを名乗る女戦士が引き抜いた”エクスカリバー”
俺はすかさず異世界転生小説とばーちゃんに付き合わされたRPGによる知識によりこの宝剣の性質を思い出した。
エクスカリバー_ 元ネタは言わずと知れた伝説のイングランドの「アーサー王」の愛剣。
伝説によれば湖の乙女から与えられた剣で、決して折れずこぼれず、千の松明を集めたような輝きを放ち、あらゆるものを両断したという。
小説やゲームでは、強力な伝説の武器としてよく登場する。
原典たるアーサー王伝説では様々な逸話があるが、それらが再現されていることはほとんどない。
しかし知名度の高さでは、あらゆる伝説の武具の中でも一番であろう。
そんな前の世界でもゲームや小説をかじっているヤツならば誰でも知っている憧れの宝剣を自分のものにできるはずだったのに……。 ぐぬぬ、悔しい。
しかし、脳裏によぎるファンタジーワードはエクスカリバーだけではない。
ブリュンヒルデ_ 北欧神話に登場するワルキューレの一人である。ルーン文字による呪術に秀でており、アッティラ王の妹でもあるワルキューレの代表格。ばーちゃんがやっていたRPGではワルキューレが進化するとブリュンヒルデとなってた。
しかし厄介なことになった。勇者の座を奪われたのは百歩譲ってまだいいとする。
気になるのは天界の唯一神位継承権を巡る大戦争、”ラグナロク”と"ブリュンヒルデ"の関係性だ。
一応この世界はゼウス様の支配下にあるという。そんな支配下に現れた勇者が北欧神話のワルキューレであるブリュンヒルデ本人だとすると大変なことになりかねない。
万一、この世界をブリュンヒルデが救ったとするとギリギリで均衡を保っている天界のパワーバランスが大きく変化し、その歪みが現実世界を壊しかねないのだ。
恐ろしい。流石の俺でも前世の世界が壊れていくのを指をくわえて見ていることはできない。なんとかして彼女を勇者の座から引きずり降ろさないと。
「伝説の勇者の後継者に大いなる栄光を」
ジェームズがそう叫ぶと周りの人々もそれに応じるように復唱した。マズイ、このままではこのブリュンヒルデが本当に勇者になってしまう。
「ちょっと待ったっー」
大衆の復唱をかき消すために喉が潰れんばかりの大声を出す。
「そんなちんちくりんが勇者さまの後継者ぁ~? 何かの聞き間違いだと思っていたがまさかお前ら本気なのか? ふっ、とんだ笑い話だな」
「なにぃ、貴様、勇者さまの後継者を愚弄するのか? 万死に値する。当然、その罪はこの者を連れ込んだヒロシ。お前の家族も対象だ」
ジェームズは腰に携えたサーベルを引く抜くと、さっきまで幼なじみとかいっていたヒロシにむける。挑発したのは俺なのだから俺にむければいいのに。
「もう、すぐにカッカしないで。ジェームズ。この者は私を倒して真の後継者にナるんだって。いいじゃない。ヤラしてあげれば。アハハ、もちろんわたしをただの人間なんかが倒せるワケがないじゃナイ」
ブリュンヒルデは5mはあろう演説台から飛び降り、無駄に空中で一回転を決めて俺の目の前に着地した。確かにこれは並の人間にはできないだろう。
そしてその光景を見ていたメグミは驚愕し、明らかに尊敬の念を送っていた。
くぅ~、なんだか心底悔しい。俺だって練習すればできるもん。多分だけれど。
「アハハ、イイね、ぼく。イイ目をしているよ。特別にぼくと勝負してアげる。1対1のサシでヤろう」
ブリュンヒルデはそういい、俺の手をつかむと町の郊外まで飛んでいった。普通、人間は飛ばないのだが、この女戦士には空を飛ぶのは普通のことらしい。
郊外は人の気配はなくどこかに寂れていてさびしい印象を受ける。郊外につくとブリュンヒルデは俺をゴミのように投げ捨てた。
いててぇ、もう少し優しくておろせないのか。
そう思い彼女を睨むとエクスカリバーを鞘から抜いていた。早い。もう戦う気だ。この女戦士。
俺も対抗して三叉の矛を構える。まあ矛なんて前世じゃ持ったことがなかったからでたらめな持ち方なんだけど。
「どちらかが降参スるまで勝負は続くよ。アハハ、愉しませてネ。望月クン」
はっ、そんなのお前に言われなくたって…… いや待てよ。俺は一度も彼女に名前を名乗っていない。何故俺の名が分かったのだろうか? そんなの知り得るはずが無い。
「アハハ、戦場でよそ見するなんて、随分と余裕がアるじゃない。せめて苦しまぬよう一撃でキめてあげる」
ブリュンヒルデは地を蹴り、一瞬のあいだに俺との距離を詰める。
そしてそのまま俺を斬り殺した。
あゝ なんと短い第二の人生。なんとわずか3時間。とーさま、かーさま再びの親不孝お許し下さい。ばーちゃん、ゲームは天国ではできないようなので妹に与えてあげてください。妹はばーちゃんの遊び相手になってあげてやれ。そしてヒロシ、お前はミリノの町で親子3人で暮らせ。メグミちゃんはイイ男を見つけるんだな。 ……あれ、俺。生きている。
「気分はいかがかね、望月よ」
そのゴツく彫りが深い顔をした知り合いはあなたしかいない。俺は異世界転生小説とばーちゃんに付き合わされたRPGによる知識に照らしあわせなくとも彼がわかる。
アスクレピオス_ ギリシア神話序列4位の”灼熱の太陽”アポロンを父に持ち、医術に優れ、死せる者を完全に生き返れせる”完全手術”という能力を持った医神。
なぜ彼を知っているかって?それはこの前読んだ異世界転生もので登場したからではなくつい3時間ほど前にここゼウス神殿で出会っているからだ。
そのときに一応不死性を彼から頂いている。全く役に立たないチートだと思っていたのだが…
具体的にどのぐらいいらないチート能力と思っていたかというと”ししゃもを焼ける能力”ぐらいいらないと思っていた。そんなチート能力で命を救われるとは。
「死んじゃいましたか。しかし生き返らせてくれてありがとうございました。今後はこのようなことがないように気をつけたいと思います。それでは」
「いやいや、待て待て。望月よ。なにかあるのではないかね」
「アスクレピオスさまの素晴らしい医療技術のおかげで蘇ることができました。ありがとうございました」
「いやいやいや、待て待て待てよ。望月トオルよ。神も無償でなんでもできるわけじゃないんだ。それを踏まえて我になにかあるべきのではないかね」
えぇ、捧げ物しなくちゃいけないの?
投げ捨てたゴミが必ずゴミ箱に入る能力ぐらいいらない能力だな。
ゲームで全滅した時に持っているお金の半額がなくなるようなものか。
納得は行かないけど。
しかし神様なんかに捧げられるものなんて持っていたっけ。
そう思い、皮の袋を探す。
しかしろくなものがない。
流石に神様相手捧げるものがサイクロプスの娘の写真やゴブリンの帽子ではダメだろう。
どうしたものかと思っているとふとズボンのポケットの膨らみに気づく。
俺はハンカチは持たない主義なので違和感を覚えた。
なにかいれてたっけ。
ポケットに手を突っ込むと中にはチョコレートが入っていた。
最近、熱くないとはいえ、ポケットの中だったので溶けていると思ったが、チョコレートは形をきちんと維持していた。
俺の命、チョコレートで見合うかな?
まあ、物は試し。とりあえず捧げてみよう。
「チョコレートです。どうぞお納めください」
「なにぃ、医神であるこの私にチョコレートを差し出すだとぉ」
マズイ、チョコレートは油分が多く、体に良くないという話を聞いたことがある。そんな病気になりそうなモノを捧げては行けなかったか。
「分かっているではないか。望月よ」
あれ、なんだか知らないけど喜んでいる。
アスクレピオスはチョコレートの包み紙を剥がし、そのまま口に持っていった。
「チョコレートには多くの糖分が含まれているため、脳を活性化させたり、落ち着けたりするのに適している。医神である私も推奨している。当然適量ならばの話だが」
「私は先ほどお前を蘇生させるオペをおこなったからな。糖分を脳に送りたいところだったのだ。望月よ。なかなか気配りができた捧げ物ができるのではないか」
「へへっ、ありがとうございます。アスクレピオス様。それで俺は生き返ってもいいですかね」
「ああ、もちろん。しかし今生き返ったとして、お前はあのブリュンヒルデに敵うのか」
ブリュンヒルデ。やはり本物の戦乙女だったか。
瞬間移動のように距離を詰められる身体能力やそのまま人を躊躇いなく殺せる精神は間違いなく厄介だ。
その上、俺が絶望的に弱いのだ。真正面から戦っても絶対に勝てないだろう。
「いや、全くノープランです。正直どうしたら良いですかね」
「ふっ、今の私は血糖値が上がり気分がいい。望月よ。一つ目試してみる価値がある戦術を思いついた。うまくいくとは到底思えないのだがな」
アスクレピオスは紙を取り出し、簡単な戦術メモを書き、それを俺に渡してくれる。
俺は貰ったメモに目を通す。
……本当に成功する未来が見えない。
「これをやれとおっしゃりますか。鬼ですな」
「そう言うな、望月よ。お前の演技力は目を見張るものがある。案外上手く行くかも知らん。そして私は神だ」
アスクレピオスはそういい、口についたチョコレートを舌で拭う。
くっそ、俺のこと他人事のように思いやがって。
「最後にだが、望月よ。何故急にそこまで不死身を嫌うようになったのか。むしろ死んでありがたみを噛みしめたのではないのか」
俺は戸惑いながらも今の気持ちを答えた。
不死身に嫌悪感を抱くのは俺の知り得る知識からくる恐怖のせいであると。
「不死身の英雄伝説は世界中どこでもある。しかしながら、みな幸福とはほど遠い人生を送り、非業の死に見舞われる。俺はそんな人生を送りたくない」
「ふっ、らしくないな。望月よ。そんなこと、単純ではないか。お前が不死身の英雄でありながら幸せに暮らしたものになればいい」
「ああ、そうだな。俺が前例になればいい。なんだ。簡単なことだったんだ」
「俺、そろそろ現世に戻るよ。色々とありがと。アスクレピオス」
「了解した。勇敢なるもの、望月よ。現世へと戻ると良い」
アスクレピオスの吠えるような声を聞くと、俺の意識は薄れていった。
待っていろ、ブリュンヒルデ。勇敢なる望月トオルがお前を倒してやる。
☆
ナレーター〘ここが異世界でなく、ドラマスタジオだと気づかないまま一生を終えた望月トオル。まさかビックリ、ビキニ美女に殺された。果たして、望月トオルは彼女を攻略できるのか。そしてこれを見ている放送スタジオの方々はドラマスタジオに乗り込んでくる? 気になる続きは…〙
ナレーター〘CMのあとに〙
――CM
岡崎「多すぎる異世界転生小説」
岡崎「何から読んでいいのやら…」
岡崎「そんなあなたにまずこの1冊」
岡崎「研究家が厳選した100冊を大特集」
岡崎「おまけページは異世界転生辞書」
岡崎「これがあれば異世界でも無双チート?」
――異世界転生大図鑑。
1500円、買わなきゃ損ソン。