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月に望んだ願いはトオル

「さて、公平で公正なデスマッチといこうじゃ無いか。ニセ勇者よ」


 日向イツキは段ボールで出来た草薙の剣をへし折る。

 37回目の決戦は武器を用いず殴り合いとなった今、武具は意味をなさない。

 続いて僕もエクスカリバーの刃を折る。打撲や擦り傷、筋肉痛が重なって鈍い痛みが腕に響く。

 しかしそんな事にいちいち構ってなどいられない。隙を見せれば、重たいボディブローを受けてしまう。


「……それにしても、本当に馬鹿な奴だ。流石に疲れてきたよ」


 イツキはぼそりと告げる。

 1時間弱僕を殴っていた彼も疲労してきた様で、体勢を立て直していた。


「正直、これで最後にしたい。これ以上はただのリンチだ。こんなのは主人公がすることじゃない。それに君だって、流石に悟っただろう? ボクに勝てない事を」

「ふん、何を言うかと思えばそんな事か。俺が本気を出せばお前を七回は倒せたんだ。お前こそ悪あがきは止めたらどうだ? ”有才”なのだろう?」


 なんて口では威勢のいい言葉を垂れ流すが、実際はかなりヤバい。

 36回、ワンサイドゲームを決められ、フルボッコにされてきた僕の肉体は悲鳴をあげていた。

 さっきのセリフもほぼ負け惜しみの様なものだ。正直、夏目メグに頼って決着をつけてもらえればどれ程楽か。

 でも、この勝負だけは僕だけの力で、勝利をもぎ取る必要がある。それだけは理解していた。


「愛だろうと勇気だろうと正義だろうとボクには届かない。天上天下無双の絶対神の前にはな。フハハハぁ」


 日向イツキはどや顔でそう宣言し、VRコンタクトレンズを握り潰した。

 しかし先程までカメラを意識したアクションを繰り返してきた日向イツキの呼吸は大きく乱れていた。


「ボクは全てをやり直す。この異世界を誰も思いつかなかった方法で変えてやるんだ。そうしてボクを踏み台にしていった天才共を見返すんだ。君を倒してっ!」

「そんなくだらない事の為に主人公になるのか。お前」

「あ?」


 ヒナタは不快感をあらわにする。

 彼の吊り目気味な目が剣の様に鋭くなって僕を睨む。


「何言ってんだ。贋作のお前にだって分かるだろ? 今のボクたちは”天才”たちの経験値なんだ。ボクはそれを変えようと――」

「へえ、贋作、天才の経験値か」

「これはボクと君のことだ。何をやっても極められず、現実世界に拒絶された。そう、自分を持たぬ囚人なんだ。だから、それを変えるんだ」


 ボクたちの事を。

 贋物だって。


「踏みねじって、もてあそんで、ぶっ壊した世界を! だからボクは主人公に――」

「ああ、そんなことか」


 僕はエクスカリバーを運動靴で踏んづけてイツキに近寄る。

 打ってひねって切ってボロボロになった足で。


「確かに僕は”非才少年”だからな。勘違いしていた」

「何を、だ?」

「勇者望月やシグルドを演じるのは弱い自分を偽るためだって。でも違ったんだ」

「違わないだろ、だってお前は――」

「僕に出来る唯一のこと。それは自分の心を身体で表すことだっ!」


 何かを演じること。それを通して自分を表現すること。

 これが僕がずっと探し求めていた唯一の『個性アイデンティティー』だった。


「確かにお前のほうが有能なのかもしれない。英雄、主人公にふさわしいのかもしれない。だけど、それでもお前は様々なものを途中で諦めた半端者。それ故”個性”を持ち合わせない擬物まがいものだっ!」

「そうかい。そうか。それが君が出した答えか。――今からその幻想をぶち殺す」

「来いよ。有才少年。一発で決めてやる」

「それはっ、ボクのセリフだぁっ」

 

 イツキはそう短く吐き捨て、動き出した。

 右足を踏み出して走り出したかと思うと、次の瞬間には僕の顔面めがけて拳を放っていた。それは僕をねじ伏せる事に重点を置いた動作で、それがイツキの全身全霊だとわかった。

 彼の執念がこもった拳。想いがこもった重い拳。

 これを喰らえば、もう立ち上がることはできないだろう。

 だけど。


「……ふっ、やっぱり」

 

 僕はクーフーリンの様に屈強な精神と鋼の肉体を持ち合わせる普通の高校生だ。いや、正しくはそんな自分を演じられる。

 上半身を限界まで後ろにそらし、拳をやり過ごす。

 『非才少年』なればここで朽ち果てていただろう。しかし今の僕はクーフーリン。よってこのぐらいなんてことない。


「なっ」

「これでも喰らえぇぇぇ」


 僕は古今東西すべての英雄よりも早く、強く、正確に、全身全霊を込めたストレートを放った。そして拳は日向イツキにヒット。

 攻撃を予想していなかったイツキは宙を舞い、魔王城を突き破って舞台裏に落ちていった。




「今回は僕の勝ちだ。日向イツキ」

「はは、もうどうだっていいや。喜べよ。ここまで粘り続けた君の勝ちだ」


 日向イツキはすべてが振り切れた笑顔でそう言った。彼を突き動かしていたものが振り切れた為だろう。


「ああ、そうか。今のお前は強いな。まるで主人公みたいだ」

「そうさ。僕は勇者望月。この物語の主人公だ。……それだけは譲れない。ごめん」

「……いけよ。望月トオル。玉座の奥に扉がある。そこに行けば晴れてエンディングだ」

「……なあ、日向イツキ」

「なんにも言うな。ボクに構うな。さっさと行けよ」


 イツキは目元をこすって、ぼそっとつぶやいて。


「あとは任した望月トオル。君の行動で全てが変わるよ」


 そう続けた。

 ボクたちは正反対の自分らしく。

 正しくそして痛快な決闘をしたのだった。

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