有才少年ですが、なにか?
「ハァッ、は、ハハハ、最低だ。最低だよ、望月トオルッ。君は本当にどうしようもない愚か者らしい。だから早くヤラれちまえよ」
「フッ、そう簡単にくたばってたまるか。俺を誰だと思っている。不死の大英雄シグルドだ」
俺は口から滴る血液を乱雑に拭い去り、イツキを睨みつける。
そして刃こぼれしたエクスカリバーを支えになんとか起き上がる。
ここまでの戦況は俺の劣勢、というよりも一方的にヤラれていたといった方が正しい。
俺は為す術なく彼の攻撃に耐えることしか出来なかった。
攻撃一つひとつが重たく、気を抜けばあっという間にゲームオーバーになりかねない。そしてまるでこちらの行動を予想しているかの様な天才的な攻撃の数々はブリュンヒルデと近いものがあった。
そう、俺とイツキの間には歴然たる差が存在していた。
それは情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!そしてなにより――
「君には速さが足りないんだよっ!!」
「……クッ」
イツキは草薙の剣を槍に見立て、全力投擲。咄嗟に防御態勢をとるが、100マイルはあろう速度で投擲された段ボールの威力は軽減できず、城壁まで吹き飛ばされた。
一瞬意識が遠退くが、舌を噛み既の所で持ちこたえる。
しかしその間に、イツキは草薙の剣を拾いなおし、剣先を首元に突きつけた。
「……いい加減諦めろよ。まだこんな不毛な戦いを続けるんだ。もうこれで36回目のゲームオーバーだろ。それにボクがその気になったら絞首、斬首、銃殺、釜茹、溺死、電気、火炙り、生き埋め、薬殺、石打ち、鋸、磔、なんだって出来たんだ。それに君もそろそろ分かって演っているんだろ」
イツキは肩で息をしながら、俺に嫌悪の視線を投げかける。
「フッ、お前こそ半端な覚悟だった主役に成り変わろうなんて思うものじゃない。それとも不死の大英雄はねじ伏せられないか。三下」
「クソ雑魚が。言わせておけばスキ放題言いやがってっ」
俺は満身創痍の中、なんとか言葉をひねり出してイツキを煽る。
格下と見下している俺に煽られるのはイツキのプライドが許さないようだ。
しかし、そんな性格に助けられ、ここまでなんとか持ちこたえてきた。
さて、今回はどこまで時間を稼げるだろうか。
「なあ、一体何がお前をここまで駆り立てるんだよ。結局テレビ局にいいようにされるだけなのに、そうなると理解しているのに、何故勇者であることを諦めないんだっ」
彼は青筋を立てながら、攻め立てるように怒鳴り散らす。
ああ、まるで鏡を見ているようだ。
自分そっくりな人間がなぜか自分を責め立てる。これ程までに滑稽なことは無い。
だけど、『望月トオル』と『日向イツキ』はどこまでも相いれない。
「そんなの決まっているじゃないか。この世界と仲間たちが好きだから。それ以上に何がある?」
例え全てが贋作の世界であっても、この世界を救うために死力を尽くしたこと、仲間たちと歩んだ道のりは贋作でないと知った。そんな宝物をやすやすと手放す訳にはいかないっ!
「ふっ、何をいうかと思いきやそんな下らないことか。仲間たちが好きだから? そうかい。けれどブリュンヒルデは死んだ。どうせ他の仲間も四天王にヤラれただろうさ。ほら、これで戦う理由は無くなったぜ」
イツキは先程から打って変わり、頬を歪ませ、ニタニタと笑った。
確かに「天才少女」夏目メグは舞台を降り、ヒロシやアリス、三賢者たちは増援に来てくれない。
……けどね。だからって「シグルド」と「望月トオル」が諦める理由にはならないんだ。俺は「ブリュンヒルデ」と「夏目メグ」の仇を討つまで決して止まらないっ!
「だからこそ俺はこの物語を自分の手で終わらせるんだ! だから俺は勇者で、主人公で有り続けるっ!」
「……それは違うよ。非才少年。そもそもあんたは主人公ですらなかったんだ。だからこの物語は混沌としてしまった。でも今ならまだ間に合う。さあ、主人公を手放せよ」
イツキは草薙の剣を放り投げ、俺の肩をガッシリと掴む。
「だから早く諦めちまえ。この物語をボクというリリーフに渡すんだ。それがお前の唯一のやくわりだろ。中継ぎくん」
ここでイツキは一呼吸おいて、唇を震わせた。
「非才少年のターンはここまでだ。君の役目は果たされた」
「そんなこと納得でき――」
そこでパアンと鈍い音。
「……痛い」
遅れて赤い痛みが襲ってきた。最初は何があったのか分からなかった。
それは日向イツキが渾身の力を込めて放たれたビンタだった。
夏目メグに全力ビンタを食らったことはあったが比べ物にならない。
段ボールの壁を突き破り、楽屋裏まで飛ばされる。
冷たい。心まで凍ってしまいそうなビンタだ。
「いつまでもつまらない反抗してるんじゃねーよ。非才少年。だから簡単なことじゃねーか。とっととリタイアすりゃいいんだ」
そう言いながら楽屋裏に侵入するイツキ。
その手にはブリュンヒルデを仕留めたクロスボウ。
ああ、これはもうどうしようも無いな。
もういっそのこと諦めてしまうか?
……そんなこと出来ないっ。
「フハァ、でもこれで正真正銘のエンディングだ。さようなら。贋物の勇者くん」
引き金にかかるイツキの指。
……これは打つ手なしだ。すまない皆。どうやらここまでの様だ。
俺はイツキから目を背け、奇妙で異常なヱ世界に思いを馳せた。
しかしクロスボウの矢はこちらに向かうことは無かった。
「あら、なにしょげた顔して落ち込んでるのよ? もう一発殴られたいのかしら。勇者望月くん」
「えっ!?」
弓矢を片手で受け止め、そのまま真っ二つにする少女。
何を隠そうこの少女こそ、夏目メグである。
彼女は壊した弓矢をその場に投げ捨て、こちらに手を差し伸べる。俺はその手を借りて、ゆっくりと立ち上がった。
「お帰り。夏目メグ。随分と遅かったな」
俺はそう言って右腕を差し出す。
「乙女は支度に時間がかかるのよ。それぐらい察しなさい。バカトオル」
彼女は手に力を込めてそれに応じた。
……相変わらず彼女の握手はめちゃくちゃ痛かったが。
「な、なんでお前が復活しているんだっ! ボクがしっかりとどめを刺したじゃないかっ! 『天才少女』」
「何故ってねぇ~、しいて言うならココが楽屋裏であり舞台じゃないってことかしら。そんな事より、うちの望月を随分といたぶってくれたみたいじゃないの。『有才止まり』くん」
彼女はにこりと笑顔を張り付けながら拳をつくり、イツキの方へ近づいていく。
流石の『絶対神』と言えど、恐怖を感じたようで一歩二歩と後ずさり。
「まってくれ。夏目メグ」
「あら、どうしたの? 望月くん」
「アイツとの決着は俺につけさせて欲しい」
「……乱入するなって事? いいけど一人でやりきれるの?」
「ああ、お前に勝利を届けてやるよ。だからちょっとだけ待っていてくれ」
「……そう言われちゃしょうがないわね。ここで牛タン弁当を食べて待ってるわ」
夏目メグは何かを悟った様な顔をし、小さな笑みを浮かべた後、ゆっくりと去っていった。
「……という訳だ。さしでやりあおうぜ。日向イツキ」
「フハハハハ、お前って本当に馬鹿だな。でも嫌いじゃ無くなってきた。この世界の設定もVRコンタクトレンズも全て取っ払って殴り合おうぜ。クソ雑魚望月」
「ああ、望むところだ。マジ偏屈日向」
こうして37回目の決戦の火ぶたが切って落とされた。




